【ピアノ】映画「忘れじの面影」レビュー:リスト「ため息」の興味深い音楽演出
► はじめに
マックス・オフュルス監督の名作「忘れじの面影(Letter from an Unknown Woman)」は、リスト作曲「3つの演奏会用練習曲 より ため息」を軸とした音楽演出で知られる一作。
本作では、主人公リザの一途な恋心を表現する重要な要素として「ため息」が機能しています。状況内音楽と状況外音楽の使い分け、音量調整による表現、そしてクライマックスでの長尺音楽演出など、興味深い音楽演出が随所に見られます。
・公開年:1948年(アメリカ)/ 1954年(日本)
・監督:マックス・オフュルス
・ピアノ関連度:★★☆☆☆
► 内容について(ネタバレあり)
以下では、映画の具体的なシーンや楽曲の使われ方について解説しています。未視聴の方はご注意ください。
‣ 本作の主題的音楽
リスト「3つの演奏会用練習曲 より ため息」が本作の主題的音楽となり、例えば以下のように使われます:
・シュテファンがピアノで弾く楽曲として
・「ため息」のメロディを元に作曲された独自のBGMとして(複数のバリエーション)
シュテファンがピアノで弾いているのを耳にしてリザが恋に落ちてしまい、リザが窓越しにこの作品の演奏を聴いている場面が描かれています。原曲における「ため息」というタイトルの背景には諸説ありますが、まさに、ため息と共にうっとり聴いている様子にぴったりの選曲と言えるでしょう。
「ため息」のメロディを元に作曲された独自のBGMは、オープニングやラストも含め、本作を通じて全面的に使われています。この一貫性により、リザのシュテファンへの恋という一貫したテーマが統一性を持って表現されています。結局その想いが周りの人物を不幸にしてしまうのは皮肉です。
‣ クライマックスを演出する長尺の従属的音楽
ラスト10分間は、「ため息」のメロディを元に作曲された独自のBGMが長尺で流れ続けます。その特徴は以下の通りです:
映像の動きに合わせた従属的な曲想変化:
・リザが路上で男性に声をかけられた時にコミカルな音楽に変化
・その男性から逃げる時に、細かな音価が現れてそれを表現
・回想シーンの音楽とも有機的に繋げた音楽演出
・「The End」テロップに合わせた音楽の堂々とした締めくくり
感情的クライマックスでの歌い上げ:
この10分間の中に感情的クライマックスもあり、それに従属するように音楽も歌い上げます:
・クライマックス①:再会したシュテファンの自宅を去るシーンの「ため息」メロディの歌い上げ
・クライマックス②:リザの死をシュテファンが知った時の悲痛な弦楽器の歌い上げ
‣ 音量を下げることによる二種の音楽演出
音楽用語解説:
状況内音楽
ストーリー内で実際にその場で流れている音楽。 例:ラジオから流れる音楽、誰かの演奏
状況外音楽
外的につけられた通常のBGMで、登場人物には聴こえていない音楽
· 音量調整で判断できる状況内音楽
本編55分辺りでは、リザの自宅でハーモニカの音が聴こえていますが、以下のような演出が施されています:
・はじめの時点では通常のBGM(状況外音楽)と感じられる
・息子がいる部屋のドアを開けるとその音量がやや大きくなり、状況内音楽ではないかと予測が立つ
・ハーモニカを吹いている息子が映し出され、状況内音楽であることが確定する
ここで着目したいのは、ハーモニカの演奏が結構上手であるということ。それにより、BGMなのかもしれないと思ってしまうわけです。演奏が上手くなければ誰かが吹いている状況内音楽であることをすぐに察せますが、この演出により観客に想像の隙間が与えられています。
· 音量調整で強調される回想シーン:対比表現
本編82分頃には、47分頃に描かれた場面の回想シーンがあります。シュテファンが弾くアップライトピアノの演奏をリザが超至近距離で聴いている場面ですが、82分頃の回想では音量をやや下げて使われています。これにより、回想シーンであることが強調されています。
また、この超至近距離での状況内音楽は、本編序盤で窓越しに遠くからシュテファンの弾くピアノを聴いて心惹かれていた時の対比として表現されていると考えていいでしょう。皮肉なことに、物理的な距離や表面的な心の距離は急激に縮まりましたが、シュテファンは圧倒的なプレイボーイであり、後にリザのことを忘れてしまうくらい本当の心の距離は遠かったのです。
► 終わりに
「忘れじの面影」は、リストの「ため息」を軸とした音楽演出が印象的な作品です。状況内音楽と状況外音楽の境界を曖昧にする手法や、音量調整による効果など、興味深い要素が詰まった一作と言えるでしょう。
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