【ピアノ】モーツァルトのダイナミクスで「subitoかそうでないか」の見分け方
► はじめに
モーツァルトの楽譜を見ると、p や f の指示は書かれているものの、そこへどのように到達するかは明記されていないことがほとんどです。「subito(突然)で切り替えるべきか」「クレッシェンド / デクレッシェンドを補って段階的に変化させるべきか」——この判断は演奏者に委ねられています。
本記事では、原典版の楽譜から演奏者自身が適切な解釈を導き出せるよう、中級以上の学習者を対象に、具体的な判断基準と豊富な実例を提示します。
本記事を読むことで習得できるスキル:
・subitoとクレッシェンド/デクレッシェンドを使い分ける判断力
・素材の継続性や断片性を見極める分析力
・構造的観点から、作曲家の意図により近い演奏解釈を導き出す力
► モーツァルトのダイナミクスの特徴
‣ 記譜の簡潔さ
原典版では、モーツァルトのダイナミクス指示は最小限に留められています。「新版 モーツァルト 演奏法と解釈」(著:エファ&パウル・バドゥーラ=スコダ)によれば:
・f(フォルテ)は大きな音から中程度の音量まで幅広い範囲を含む
・p(ピアノ)も豊かで歌うような mp から極めて弱い p までを意味する
・強弱は各作品の文脈の中で解釈されなければならない
‣ 解釈が求められる理由
クレッシェンドやデクレッシェンドの記号が少なく、唐突に p や f が現れることが多いため、演奏者には以下の判断力が求められます:
・subito(突然の変化)で表現すべきか
・記譜されていないダイナミクス変化を補うべきか
この判断を誤ると、音楽の流れが不自然になったり、作曲家の意図から外れた演奏になってしまいます。
‣ 判断のプロセス
モーツァルトのダイナミクス解釈に「この条件ならsubito」という単純な公式はありません。
以下のような観点から、譜例を見ながら総合的に判断する必要があります:
・素材の継続性や断片性はどうか
・休符の配置はどうなっているか
・アーティキュレーションの変化はあるか
・オーケストラ的なイメージが想定できるか
・楽節構造上どこに位置するか
本記事では、実際の譜例を通じてこれらの観点をどう適用するかを学んでいきます。
► 具体例:判断が明確なケース
‣ ケース1:素材の継続性
モーツァルト「ピアノソナタ ト長調 K.283 第2楽章」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、5-8小節)

状況:
・7小節目から f になる
・6小節目からの左手に継続性がある
判断:
・subitoで f にすると唐突感が出る
・6小節4拍目からクレッシェンドを補う
・ただし、メロディのフレーズは4拍目で終わっているため、3拍目からのクレッシェンドは不適切
‣ ケース2:素材の断片性
モーツァルト「ピアノソナタ ト長調 K.283 第2楽章」
譜例(同曲、Sibeliusで作成、18-21小節)

19小節3拍目の p :
・直前に両手とも8分休符あり
・問題なくsubitoで p に
20小節3拍目の f :
・カギマークで示した19小節3拍目からの16分音符の素材が、2回繰り返された後
・素材は断片的で継続性なし
・したがって、subitoで f に(クレッシェンドを補わない)
21小節目の頭の p :
・直前のエコー効果
・したがって、subitoで p に (デクレッシェンドを補わない)
21小節3拍目の f :
・カギマークで示したように素材が断片的
・したがって、subitoで f に(クレッシェンドを補わない)
‣ ケース3:オーケストラ的イメージ
モーツァルト「ピアノソナタ ト長調 K.283 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、65-68小節)

状況:
・p と f の交代が続く
・f 部分はオーケストラをイメージさせる(アクセントキックを入れる楽器の追加)
判断:
・すべてsubitoでダイナミクス変化(クレッシェンドを補わない)
・別の場所で鳴っている別の楽器群というイメージを強調
‣ ケース4:素材の明確な切り替わり
モーツァルト「ピアノソナタ ハ短調 K.457 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、13-20小節)

17小節目の p :
・16小節3-4拍目のメロディ素材が17小節1拍目のEs音で終了
・1拍目裏から新しい素材開始
・したがって、subitoで p(デクレッシェンドを補わない)
19小節目の f :
・曲頭の主要素材が再登場
・モチーフを明確に取り出す必要がある
・subitoで f に(クレッシェンドを補わない)
‣ ケース5:アーティキュレーションの境目
モーツァルト「ピアノソナタ ハ短調 K.457 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、65-68小節)

66小節目の f :
・スラーとスタッカートのアーティキュレーション境目に記載
・表現を明確に別にする必要性
・subitoで f に(クレッシェンドを補わない)
‣ ケース6:緊張感の維持
モーツァルト「ピアノソナタ イ短調 K.310 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、199-204小節)

状況:
・4小節間、全く同じ内容を執拗に繰り返す
・不安定な和声、f での演奏
・サイレン(警報音)のようなイメージ
意図の解釈:
・あおってせきたてる
・緊張感を途切れさせない
演奏方法:
・rit.をしない
・202小節最後の音までノンストップで弾き切る
・203小節目から完全に新しい部分が始まり、素材連結的に継続性なし
・subito p でガラリと空気を変える(デクレッシェンドを補わない)
・わずかな時間をとるのであれば、p へ入るところで少しだけ
‣ ケース7:楽節構造から判断
モーツァルト「ピアノソナタ ニ長調 K.311 第2楽章」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、1-12小節)

3小節目の f :
・2小節単位で音楽が進行
・2小節目から3小節目へメロディの継続性なし
・subitoで入る(クレッシェンドを補わない)
7小節目の p :
・音楽の流れの最中に記載
・subito p にしてしまうと、フレーズ線がギクシャクする
・p と書かれているところからデクレッシェンドして、8小節目頭で p に到達させる
注意
この「p の記号からデクレッシェンドして p まで持っていく」解釈は、楽譜に従っていないように感じるかもしれませんが、定番的な解釈です。「斎藤秀雄 講義録 / 白水社」でも取り上げられている考え方です。
► 具体例:どちらとも解釈可能なケース
演奏者の解釈により複数のアプローチが成立する例もあります。
‣ ケース8:対照性の強調度合い
モーツァルト「ピアノソナタ イ短調 K.310 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、1-6小節)

5小節3拍目の p
解釈A(推奨):
・5小節3拍目表の音まではっきりと弾く
・3拍目裏の右手からsubito p
・ダイナミクス対照を際立たせる
解釈B:
・1-2拍目にデクレッシェンドを補う
・3拍目で p に到達
素材連結の観点からはどちらもおかしくありませんが、対照を際立たせる意味で解釈Aを推奨します。
‣ ケース9:最終的なサプライズ効果
モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、82-89小節)

最終小節の f
解釈A:
・素材連結から考えると前の小節からの継続性あり
・クレッシェンドを補う
解釈B(慣例的):
・ラストのサプライズとして解釈
・subitoで f に(クレッシェンドを補わない)
・比較的多くの演奏で採用されている慣例的な解釈
► 終わりに
モーツァルトのダイナミクス解釈に絶対的な正解はありませんが、本記事で示した判断基準を用いることで、より説得力のある音楽的解釈に到達できるはずです。
重要なのは、単に「subitoかそうでないか」を決めることではなく、なぜその解釈を選ぶのかを説明できることです。素材の継続性、休符の配置、アーティキュレーション、オーケストラ的イメージ——これらの観点から総合的に判断する習慣をつけましょう。
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