【ピアノ】作曲家自身によるペダリング指示を読み解く

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【ピアノ】作曲家自身によるペダリング指示を読み解く

► はじめに

 

本記事では、様々な作曲家のペダル指示から、彼らの音楽的意図と楽器の特性を紐解いていきます。

作曲家たちが楽譜に込めた繊細な指示は、楽曲理解の鍵となるでしょう。

 

► 作曲家自身のペダリングか校訂者の運指かを見分ける方法

 

書かれているペダリングが作曲家と校訂者のどちらのものなのかを見分ける方法には、大きく以下の3つの方法があります:

・原典版を見る
・楽譜に書かれている報告を見る
・運指に関する音楽史の事実を知っておく

 

解釈版では変更されている可能性があるので、必ず原典版で確認するのがファーストステップと言えるでしょう。

 

また、ペダリングに関する音楽史の事実を知っておき、それを元に判断するのも一案。

例えば、ベートーヴェンがはじめてダンパーペダルを指示したのは、ベートーヴェン「ピアノソナタ 第12番 葬送 変イ長調 Op.26」第1楽章における第5変奏の最後の部分だと言われており、このペダル指示は原典版にも記載があります。

この知識を元に、それ以前の作品で書かれているものは校訂者が付け加えたものであると判断できますね。

 

以下の書籍では、ベートーヴェンがピアノソナタでペダル指示した部分を全てまとめてあります。

 

・ピアノ ペダリング(ライマー・リーフリング 著/佐藤 峰雄 訳 ムジカノーヴァ)

 

 

 

 

 

 

また、シュナーベル版の楽譜では、ベートーヴェンが指示した全てのところに報告が書かれており、やはり判断の参考になります:

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

► 初期の作曲家のペダリング

‣ 1. ピアノの歴史とペダリング:楽器の進化が音楽表現に与える影響

 

ベートーヴェン「ピアノソナタ 第17番 テンペスト 第1楽章 Op.31-2」の再現部におけるレチタティーヴォのところで、和声が変わる6小節もの間、ダンパーペダルを踏みっぱなしにしておくよう、ベートーヴェン自身が書き残しました。

 

これにはさまざまな見解があり、踏みっぱなしにしない演奏もよく聴かれます。

ベートーヴェンは、このソナタを作曲した時にはヴァルター製のピアノを使っていたとされていますが、

「ベートーヴェンがこの作品を作曲していたときに使用していたピアノは、現代のピアノほど響くものではなかった」というのが根強い意見。

一方、そんなことはなかったと主張する専門家も存在します。

 

最終的には、種々の情報を集めたうえで「自分はこういう考えのもと、今回はこういう解釈をした」と言えるようにして堂々と弾くしかありません。

上記のレチタティーヴォに関しても、同じピアニストが両方の解釈で演奏している例もあるくらいですので。

 

いずれにしても、ピアノの歴史を知ることは、ペダリングにも少なからず影響するということを踏まえておきましょう。

 

ベートーヴェンが使用していたエラール製のピアノについては、

「シュナーベル ピアノ奏法と解釈」(コンラッド・ウォルフ 著/千蔵 八郎 訳 音楽之友社)

という書籍の中で、以下のように書かれています。

(以下、抜粋)
彼(シュナーベル)がベートーヴェン自身のピアノ(エラール製のピアノ)で実験したところ、ペダルの効果は、現在のコンサート・グランドの場合と同じように、よく響いていたという。
ペダルは、指示されているとおりに正確に実行されなければならないということ、そしてまた、どんな場合でも、そうすることが、音楽的な表現に添うことになるのだということを、われわれが楽譜を注意深く読み取っていきさえすれば、明らかに実証されるのである。
(抜粋終わり)

 

・シュナーベル ピアノ奏法と解釈(コンラッド・ウォルフ 著/千蔵 八郎 訳 音楽之友社)

 

 

 

 

 

 

► ロマン派の作曲家のペダリング

‣ 2. シューマンの革新的なペダリング:意図的な音の濁りと音色表現

 

シューマン「ユーゲントアルバム(子どものためのアルバム)より 冬の季節 2 Op.68-38b」

譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、曲尾)

譜例の最初の4小節間は、伸ばされているバスの完全5度の上でドミナントとトニックが何度も交代します。

ここで注目すべきなのは、作曲家自身が4小節間ダンパーペダルを踏みっぱなしにするよう指示をしていること。

 

実際のところ濁ることには濁るのですが、以下の3つの要素があわさることで、むしろ霧のかかったような美しい効果が出てきています:

・ダイナミクスが pp であること
・「Verschiebung(ソフトペダルを使用)」の指示により、さらなる音量の減少に加えて音色が柔らかくなっていること
・ピアノという楽器が減衰楽器であること

 

実験として、ソフトペダルを使用せずに f で弾いてみてください。

霧のかかったような美しい効果だったものが、ただの濁りのカタマリへと変化してしまうことに気づくはずです。

 

上記のように捉えてみると、「濁り」というものは必ずしも悪というわけではなく、時には音楽表現になり得ることが分かりますね。

ピアノという楽器のもっている特徴や使えるペダリングテクニックを活かした「いかにもピアノ的な表現」というのは、このような書法のことを言うのでしょう。

 

‣ 3. シューマンのペダル指示の特徴:曲頭のペダル記号の意味

 

ロベルト・シューマンのピアノ曲では、かなり多くの作品の「曲頭」で作曲者によるペダル指示が書かれています

チョコンとペダル記号が書かれていて、それ以降の詳細なペダル指示は書かれていない。

 

これは「踏みっぱなしにする」という意味ではなく、con ped. と同義で「ペダルを使ってください」という意味だと考えてください。

明らかに con ped. だと分かるような曲頭の場合でも指示しています。

 

このようなやり方でペダルを指示し、それも多くの作品で取り入れた作曲家はシューマンくらいであり、それが彼の譜面の特徴の一つにもなっています。

 

シューマンの作品に限らず、作曲家自身によるペダル指示というのは:

・音楽表現そのものであったり
・記譜のこだわりであったり
・作曲当時の楽器の特性だったり

様々な要素を読み取る重要なサイン。その意味を考えるクセをつけましょう。

 

‣ 4. ショパンのペダリング解釈:音の微妙な現れと音楽的グラデーション

 

ショパン「バラード第2番 op.38」

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、197-198小節)

「ピアノ・ペダルの技法」(ジョーゼフ・バノウェツ 著/岡本秩典 訳 音楽之友社)

という書籍の中で、ジョーゼフ・バノウェツは以下のように語っています。

(以下、抜粋)
この作品が作曲された頃(1836-39)の楽器は、現代の演奏会用の楽器のような豊かな共鳴音響を出すことはできませんでした。
もしショパンの記入したペダル通りの演奏を行った場合には、ピアニッシモの反復されるAの初めの数個の音は、前の和音の響で覆われてしまいます。
したがって初めのAを弾く時に、ハーフ=ペダルの交換が必要になるかもしれません。
(抜粋終わり)

 

一方、「一種のグラデーションのような効果を狙っていた」と解釈することもできるでしょう。

つまり、pp のA音が鳴り始める最初はあまり明瞭に聴こえないのをむしろ想定内として、直前の強奏の音響が減衰するにつれてA音の連打がだんだんと姿を現してくる効果。

 

別のたとえをします。

藤原家隆(ふじわらのいえたか)の一首に、以下のようなものがあります。

「花をのみ 待つらん人に 山里の 雪間の草の 春を見せばや」

 

「花が咲くことのみを待っている人に、山里の溶けてきた雪からのぞく春の若草を見せたい」

おおむね、このようなことを言っています。

 

雪の下で、もうすでに緑は芽生えていて、雪がとけて減ることで、それが顔を出す。

このような印象を、譜例の箇所におけるショパンのペダリングから読み取れなくもありません。

もちろん、情景のことを言っているのではなく「何かが取れたら、別のものが顔を出す」という出来事について共通点があるということです。

 

「必ずしもすべての音が明確に聴こえなくても表現が成立する」という視点は持っていてもいいでしょう。

 

◉ ピアノ・ペダルの技法(ジョーゼフ・バノウェツ 著/岡本秩典 訳 音楽之友社)

 

 

 

 

 

 

► 近代音楽の作曲家のペダリング

‣ 5. ドビュッシーが示すソフトペダルの本質:音色変化の意図

 

ソフトペダルは “音量” を下げるためではなく、“音色” を変える意図が大きくあります。

音量も下がりますし、大きくしたくないところで適切に用いても構いません。

しかし、本質的には「音色変化」なのです。

 

ソフトペダルが「弱音ペダル」ではないことをドビュッシーの楽曲の中で読み取ることができます。

 

ドビュッシー「版画 1.塔」のFirst editionを見てみると、11小節目から「2 ped.」と書かれています。

これは、意外かもしれませんが「ソフトペダルを使用する」という意味で、つまりここでは、「ダンパーペダルとソフトペダルを両方使用する」ということになります。

そこからのダイナミクスは p ですが、そこまでのダイナミクスは pp

つまり、ソフトペダルを使うように指示があるところからダイナミクス自体は上がっているのです

 

ドビュッシーの自筆譜には「2 ped.」と書かれていないので、どの段階でこの指示が入ったのか、また、ドビュッシー自身の指示なのかは、はっきりしません。

しかし、少なくともFirst editionからは、ソフトペダルを「音量を下げるため」ではなく、「音色を変えるため」に用いて欲しいのだろうということが伝わってきます。

 

‣ 6. セヴラックの詳細なペダル指示:作曲家の音楽的意図を読み解く

 

セヴラック「ひなたで水浴びする女たち(バニュルス=シュル=メルの思い出)」(作曲:1908年)という作品、譜面を見たことはありますか。

是非、全曲を見てみて欲しいのですが、「かなり細かく “作曲家自身による” ペダル指示が書き込まれている」という意味で珍しい作品の一つです。

 

例えば戦後の現代音楽では、作曲家が全てのペダル指示をしている作品もかなりありますし、それらと比べると多いとは言えません。

それでも、この時代(作曲年:1908年)の分かりやすい音楽にあっては、ペダリングの細かな指定という意味で異色な作品となっています。

 

踏まえて欲しいのは、作曲家自身によるペダル指示は音楽を読み解く有力情報ということです:

・どんな音色が欲しいのか
・ペダル効果でどこまでを和音化して欲しいのか
・構造的にどの音を強調して欲しいのか

など、作曲家の意図がペダル指示の中に詰まっています。

 

◉ ニュースタンダードピアノ曲集 セヴラック ピアノ作品集(2)  音楽之友社

 

 

 

 

 

 

‣ 7. ラヴェルのペダリング指示の特徴:簡潔さと解釈の余地

 

それまでの時代の作曲家の作品と比べると、ラヴェルのピアノ作品における楽譜の情報量は多い方でしょう。

通常の記譜の細かさに加え、言葉まで使って演奏者への指示を残しました。

 

一方、比較的あっさり書かれているだけなのが、ペダル指示。

「どこで踏むのか」という入りだけ書かれていて離す位置は書かれていないケースが多いのです。

 

シューマンの曲頭でのペダル指示と同様で、そのままで受け取って踏みっぱなしにしてしまっては音楽が見えてきません。

「そこではペダルを用いてほしい」という意図だけを受け取って、あとは演奏者が解釈していきましょう。

 

‣ 8. ラヴェルの言葉によるペダル指示:具体的な用語と使用例

 

1 Corde (Une Corde)  
【意味】ソフトペダルを使用する
【使用楽曲】「水の戯れ」「クープランの墓 より フォルラーヌ」

解除指示:「3 Cordes(3本の弦で=ソフトペダルを使わないで演奏する)」

 

Sourdine
【意味】ソフトペダルを使用する
【使用楽曲】「クープランの墓 より メヌエット」

 

Sourdine durant toute la pièce
【意味】全曲にわたってソフトペダルを使用する
【使用楽曲】「夜のガスパール より 絞首台」

 

2 Ped. jusqu’au ※ 
【意味】※まで、ソフトペダルとダンパーペダルを使用する
【使用楽曲】「水の戯れ」

 

Très enveloppé de pédales
【意味】2つ以上の
【使用楽曲】「鏡 より 洋上の小舟」

 

‣ 9. ラヴェルが示すソフトペダルの真意:音量以上の音色表現

 

例えば、ラヴェルはスカルボの終盤においてfmf のところでソフトペダルを踏んだまま弾くように指示しています。

 

ラヴェル「夜のガスパール より スカルボ」

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、492-495小節)

これは明らかに「ただ単に音量を変えたい」というよりは、ソフトペダルを踏んだまま強く弾くことによる「不気味な音」を欲していたはずです。

 

‣ 10. プロコフィエフの大胆なペダル指示:12小節にわたる継続的ペダリング

 

プロコフィエフ「束の間の幻影 第5曲 Op.22-5」という楽曲は、たった19小節のみの短い作品ですが、

何と、8小節目から楽曲の締めくくりまでの12小節間、ずっとダンパーペダルを踏みっぱなしにする指示があります

 

当然、音同士がぶつかって濁るわけですが、その不協和と共に特殊な効果として、最終和音強打まで突き進むエネルギーが生まれています。

 

音響的な効果ももちろんですが、このペダル指示から「最終和音までノンストップで弾き切ってほしい」という作曲家の意図が汲み取れるので、あらゆる意味で重要な指示だと言えるでしょう。

 

ポイントとしては、ペダルを踏みっぱなしにしなければ一つ一つの音は分かりやすいように書かれているということ。

 

► 終わりに

 

本記事で扱った内容は、作曲家自身が指示したペダリングのうちのわずかでしかありません。実例はまだまだたくさんあり、それら全てが教材になり得ます。

ペダリングという観点からも作曲家たちの意図を汲み取って、楽曲理解を深めていきましょう。

 


 

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