【ピアノ】ベートーヴェン「ピアノソナタ 第18番 変ホ長調 Op.31-3 第1楽章」演奏完全ガイド
► はじめに
曲の背景
ピアニストのE.フィッシャーは、この作品について「女性の魂を持っている」と評しています。カプリッチョ風の性格を持ち、いくぶん気まぐれな表情を見せるこのソナタは、ベートーヴェンの中期作品の中で唯一の4楽章構成となっています。初期のスタイルの影響が色濃く残っているのが特徴ですが、緩徐楽章を欠いているという点では、むしろ第8交響曲との類似性を感じさせます。
(参考文献:ピアノ音楽事典 作品篇 / 全音楽譜出版社)
演奏難易度と推奨レベル
この楽曲は「ツェルニー30番修了程度」から挑戦できます。
本記事の使い方
この楽曲を、演奏のポイントとともに解説していきます。パブリックドメインの楽曲なので譜例も作成して掲載していますが、最小限なので、ご自身の楽譜を用意して読み進めてください。
各セクションごとに具体的な音楽的解釈を示していますので、練習の際に該当箇所を参照しながら進めることをおすすめします。
► 演奏のヒント
全体的な演奏方針
第18番のソナタは「第17番(テンペスト)」とは対照的な性格を持っています。全体的に軽さを持って演奏していきましょう。
また、第1楽章のテンポは♩= 140 を目標にすることをおすすめします。楽曲の持つ軽快さを活かすことができるテンポとなります。
‣ 関連記事:跳躍難所をすぐに克服したい方へ
跳躍克服のための運指法について
この作品には多くの跳躍が含まれています。以下の記事では、具体的な箇所(75-77小節、125-126小節、160-162小節、205-207小節、245-247小節、250-253小節)を例に、効果的な運指法と実践的な練習方法を解説しています。
【ピアノ】ベートーヴェン「ピアノソナタ第18番 第1楽章」から学ぶ、跳躍克服の実践的運指法
‣ 提示部:1-88小節
曲頭(1-2小節)
フレージング:
・1拍目と2拍目に2つのダウンビートをはっきりと入れてしまうと音楽が縦割りになってしまう
・「ダンケシェ(ー)ン」を一息で言うかのように演奏すると音楽が流れる
音量バランス:
・「1拍目の16分音符F音」は直後の「4分音符F音」より大きくなってしまわないように注意する
・例外はあるが、基本的には「長い音価のほうに重みが入る」というのが原則
リズムの正確さ:
・付点のリズムを正しく演奏する
・3連符のようになってしまわないように
・このリズムは第1楽章で何度も出てくる重要な素材
表現:
・「問いかけ」をしているようなイメージで演奏する
・その緊張感を3-6小節目で高めていき、7小節目で解決させる
和声
・転回形の和声になっており、左手の和音の響きをよく聴くことが重要
3-6小節
ritardandoの配分:
・3小節目からのritardandoで緊張感を高めていく
・このritardandoは「後ろ寄り」を心がける
・テンポをゆるめるのが早過ぎると音楽の方向性が希薄になってしまう
スラースタッカート:
・3小節目と5小節目の「スラースタッカート」はダンパーペダルを使用して構わない
・使用していても手をスラースタッカートにすることで「音色」は変わる
・サウンドが変わる理由:‣ 11. 分散せずに、和音の中から特定の音を浮き立たせる方法
・押し込んでいくように打鍵する
一息のフレーズ:
・「3-4小節」「5-6小節」はそれぞれワンセット
・音楽が縦割りにならないようにワンセット一息で演奏する
sf の処理:
・6小節目の sf は、手で叩かずに、身体がつながって体重を乗せるイメージ
・打鍵したらすぐに力を解放する
・「強めのダイナミクスによる長い音価」の箇所では特に注意する必要がある
8-10小節
テンポキープ:
・8-9小節目は走りがちのフレーズなので、テンポキープを意識する
・「出来ている」と思っていても走っていることがあるため、必ず録音&チェックする
休符の活かし方:
・10小節目に入るときには rit. を入れないほうが10小節目の休符が活きる
・音楽の聴こえ方というのは「相対的」なもの
・ある箇所を効果的に聴かせたければ、その前後の表現を工夫する必要がある
緊張感の維持:
13小節目から14小節目への移り変わりでは、両手ともに大きな跳躍をする
手の離し方に注意し、緊張感のある空気感を大切にする
譜例(PD作品、Sibeliusで作成、17-20小節)

運指やペダリングの参考
・17-20小節の運指やペダリングは、楽譜の書き込みを参考に設定する
左手との音量バランス調整:
・18小節目からは、左手が右手を隠蔽してしまわないようにバランスをとっていく
・左手の連打は音が大きくなってしまいがちなので、まずは片手のみでよく練習する
同音連打の課題:
・18小節目からの「左手の同音連打」はすべて「5の指」で演奏することになる
・弾きにくいのが原因で「付点2分音符の内声」が固い音になりがち
・「打鍵速度」がカツンとならないように気をつける
音価の弾き分け:
・18-19小節2拍目のメロディは4分音符だが、22-23小節は「8分音符+8分休符」なので注意する
・22-23小節のほうは、トリルも入ってより軽やかさが増しているため、音価も短くしたと考えられる
2音1組の音型:
・20小節目のメロディに出てくる2音1組の音型は、はじめの高い音に軸を持つ
・はじめの音よりもスラー終わりの後ろの音をより軽く弾くとニュアンスが出る
・リズムに注意し、はじめの音が「前打音」のようになってしまわないように注意する
スタッカートの基本分類
・「指を使用したスタッカート」(「速い動き」などで)
・「手と指を使用したスタッカート」(通常)
・「腕を使用したスタッカート」(「キメ」など、「強く」且つ「細かくない動き」などで)
楽曲によっては、これらを組み合わせないと演奏しにくいパッセージなども出てくるので、この分類を覚えておきましょう。
スタッカートの奏法:
・26小節目のスタッカートは「手と指を使用したスタッカート」で演奏する
・指だけでやろうとしたり腕を使ったスタッカートにしようとすると、上手く弾けない
・特に指だけでやろうとしている例が見受けられるので注意する
両手での高速オクターブユニゾン:
・27小節3拍目の「両手での高速オクターブユニゾン」では、体の中心を絞って緊張させておく
・そうしないと、両手のタイミングがずれてしまう
音響断裂をサポートするペダリング:
・32小節目から33小節目への移り変わりではスラーが書かれているが、左手はつなげられない
・したがって、この8分音符ぶんはペダルでレガートをサポートする
ワンセット一息の表現:
・曲頭の素材と同様、35-36小節、37-38小節、39-40小節、41-42小節も音楽が縦割りにならないように
・それぞれワンセット一息で演奏する
伸びているメロディを聴き続ける:
・36小節目では内声の動きのニュアンスが重要だが、もっと重要なのは3拍ぶん伸びているメロディ
・打鍵した後も音を聴き続けることで、3拍目の内声とのバランスをとることができる
連続する f の意味:
・44-45小節目には何度も f が書かれている
・この書き方はベートーヴェンが特によく使用したもの
・「エネルギーを落とさないで」という意図があると考えられえる
・これらの音は「鍵盤の近くから少ない動作で打鍵していく」と、響きが集まった f の音になる
・はっきりした音は欲しいが、「一つ一つ一つ」にならないように
・44小節1拍目から最低音まで一つの流れで捉える
アルベルティ・バス:
・46小節目からの左手は、高速の「アルベルティ・バス」
・こういった左手の音型は、バス音のみを深めに弾いたら、他の音はleggieroで演奏する
・アルベルティ・バスは多声的表現の伴奏形なので、すべての音が1音1音はっきり欲しいわけではない
・手を硬直させて弾くのではなく、多少「小回りの回転」を使って打鍵すると、速い速度にも対応できる
2音1組の音型:
・48-49小節の右手の演奏方法は、20小節目と同様に、はじめの高い音に軸を持つ
・スラー終わりの後ろの音をより軽く弾く
譜例(52小節目)

声部の認識:
・52小節目の右手では、譜例で示したように「2声」のラインになっている
・音価を指で残す必要はないが、これらのラインごとに「音量」と「音色」のバランスをとる
譜例(53-57小節)

12連符の演奏について
・53小節3拍目には「12連符」が出てくる
・この楽曲のテンポはAllegroなので、インテンポで拍へ入れることはできない
・仮に入れられる超人的なテクニックを持っていたとしても、前後関係からすると機械的に聴こえるだけ
対処法 拍の感覚を保つ:
・拍を引き伸ばしている感覚を持ちながら演奏する
・53小節目を「イチ・ニ・サーーン」というように、「サン」を引き伸ばす意識を持つ
・絶対に「サン」の感覚を放棄しない
・それをしてしまうと、次の小節の「イチ」が崩れる
・拍を意識しておくと、仮に「暗譜」がとんでしまったとしてもいずれかの拍頭から弾き始められる利点も
54小節目への接続:
・54小節目で通常の16分音符に戻るため、普通に演奏するとテンポ感が変わり過ぎてギクシャクする
・12連符の最後の3つの音をテヌート気味にやや引き伸ばして演奏するようにする
・そうすると、54小節目へ違和感なく連結できる
57小節目への準備:
・57小節目から通常の「メロディ+伴奏」の音楽へ戻る
・こういった場合、その直前の16分音符4つ(56小節3拍目)を使って57小節目からのテンポを作る
なぜ、ベートーヴェンは拍に入らないような12連符をわざわざ書いたのか?:
・54-55小節は、各拍ごと連桁(れんこう)が分断されずにすべての16分音符がつながっている
・つまり、53-56小節あたりは「即興的な自由さ」をイメージしていたのではないかと感じる
・そう考えると、12連符が出てくることも納得できなくはない
譜例(64-66小節)

2分音符の扱い:
・65小節目の上段「2分音符」に注目
・16分音符の連続から解放されて2分音符へ入った瞬間に安心してしまうと、そこに落とし穴が待っている
・音を出し終わったらただ鍵盤だけを下げているのではなく、出ている2分音符の音をしっかりと聴き続ける
・鍵盤を下げている指先に「意識」を持って音を保持するイメージ
音色の統一:
・2分音符を聴き続けることで、直後の tr の加減が決まるため、とってつけたような tr にならずに済む
・フレーズが切れたように聴こえてしまうのは、次の音と「音色」が変わってしまったとき
・音をレガートにしたいときにも応用できる考え方
シンコペーションの効果:
・70-71小節では、sf が出てくることでシンコペーションのようなリズムが演出されている
・シンコペーションというのは「拍の感覚のズレを聴かせる手法」とも言える
・したがって、68小節目からの拍をきちんと守って弾いておくと sf の効果を活かせる
譜例(72-74小節)

運指やペダリングの参考
・72-74小節の運指やペダリングは、楽譜の書き込みを参考に設定する
72-74小節の高速パッセージ:
・72-74小節のパッセージは1拍ずつ縦割りになってしまいがち
・「3小節ひとカタマリ」で演奏する
・テンポキープも忘れずに
音楽の先を見る:
・78-81小節もひとカタマリの感覚を持ち、常に音楽の先をみて演奏する
・78小節目に書いてあるcresc.は「後ろ寄り」で演奏する
・cresc.が早過ぎると音楽の方向性が希薄になる(やはり、音楽の先をみるべきということ)
スラーの切れ目:
・85小節目のスラーの切れ目は、きちんと「別」にする
・装飾音符があるために忙しくなりつながってしまいがちな箇所
・曲頭から何度も出てきているアーティキュレーション
休符表現を活かす:
・88小節目は、rit.をしないでスルリと次に入る
・そのほうが次の小節の休符表現が活きる
‣ 展開部:89-137小節
手の交差とため息音型:
・110小節目の手を交差して演奏する中高音の2音は、「別の楽器」で演奏しているようなイメージで軽く
・こういった「ため息音型」では、後ろの音が前の音よりも大きくなってしまわないように
・「交差している最中の右手の音」がいい加減にならないように、よく音を聴きながら練習する
譜例(122-124小節)

運指やペダリングの参考
・122-124小節の運指やペダリングは、楽譜の書き込みを参考に設定する
演奏の選択肢:
・137小節目には p と書いてある
・ここを f で演奏して138小節目を p でエコーにする解釈も、多くのピアニストが取り入れている
‣ 再現部:138-253小節
譜例(31-32小節、167-168小節)

提示部と再現部の違いの整理
・ソナタ形式における再現部は、提示部と「同じ」または「似ている」状態で始まる場合が多い
・ただし、再現部ではいずれ「違う方向」にそれ始めるため、そのポイントをよく理解しておく
167小節目の注意:
・うっかり手癖で「提示部の31小節目」と同じように弾いてしまうと、提示部に戻ってしまう
・譜例の矢印で示した部分が「違う方向」へそれ始めるポイント
・こういう部分は身体で覚えるだけではなく、頭で整理しておいたうえで意識して演奏する
・そうしないと、クセで間違えてしまう恐れがある
譜例(202-204小節)

運指やペダリングの参考
・202-204小節の運指やペダリングは、楽譜の書き込みを参考に設定する
例外的な強拍の扱い:
・楽典的には「弱拍よりも強拍に重みが入るのが原則」だが、225-229小節は例外
・このように強拍にフレーズ終わりの音が来るのが連続する場合には、注意が必要
・ため息音型で解説したように、スラー終わりの後ろの音のほうが大きくなってしまわないように
4分休符の重要性:
・226-229小節に出てくる4分休符は、しっかりとる
・両手ともに休符になる表現というのは「ものを言う表現」だから
・それと同時に、226-229小節では「4分休符」も一緒にリズムをつくっているから
a tempoの位置の解釈:
・242小節目のa tempoは注意が必要
・この用語は2拍目に書かれているとも読み取れなくはない
・しかし、3拍目に書かれていると解釈したほうが直前のritardandoを活かせる
・3拍目からa tempoにする場合、3拍目の「4分音符」の出し方で次の小節からのテンポの基礎を作る
体内のザッツ:
・244小節2拍目は「右手の音がタイでつながれている」うえに「左手も休符になっている」
・したがって、2拍目の頭でしっかりと「体内のザッツ」をとってあげないと拍の感覚が曖昧になってしまう
ダイナミクスバランス
・246小節目からは両手ともに同等の素材が出てくるので、同程度のダイナミクスバランスで演奏していく
最後の2つの和音における慣例的な演奏:
・最後の2つの和音には p と書いてあるが、f で演奏することも慣例的に行われている
・その場合、各和音の打鍵に合わせて短くダンパーペダルを踏むのを推奨(アクセント・ペダル)
► 終わりに
12連符の即興的な扱い方、跳躍の克服、アルベルティ・バスの奏法など、技術的な課題も多い楽曲ですが、一つ一つ丁寧に取り組むことで、ベートーヴェン中期作品の持つ豊かな表現力を体現できるでしょう。
録音とチェックを繰り返しながら、自分の演奏を客観的に見つめつつ取り組んでみてください。
推奨記事:
・【ピアノ】R.ケルターボルン「ピアノ曲の分析と演奏」レビュー
(この楽章の楽曲分析と演奏解釈が取り上げられている教材)
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