【ピアノ】運指の書き込みによる譜読みの効率化と練習管理法
► はじめに
ピアノ学習において、譜読みは最も労力を要するプロセスの一つです。
楽譜と向き合う時間を最大限に活用し、効率的に譜読みを進めるための戦略的アプローチとは何か。
本記事では、その中でも「運指の書き込み」に焦点を当てて、譜読みと練習管理を効率化する方法を探ります。
► 譜読みの効率化と練習管理法
‣ 1. 運指を細かく書き込むことが、譜読みをはかどらせる
譜読みをしていて、片手であればすんなり弾けるのに、両手で合わせた途端にいきなり弾きにくくなるところがありますね。
そういったところでは「運指を覚えきれていない」というのが足を引っ張っている可能性もあります。
解決法はシンプルで、書かなくても明らかにその運指を使うに決まっているところでも、書いてしまうこと。
そうすると、運指に思考がもっていかれる割合が少なくなるので、おおむね弾けるようにまでもっていくまでの時間が短くなります。
運指を細かく書くことが、譜読みをはかどらせます。
おおむね弾けるようにもっていくまでの段階では、いきなり違う版の楽譜を使うと弾けなくなりますが、
この段階ではまだ、楽譜の視覚情報に頼っている部分も大きいからでしょう。
視覚情報としての運指番号を補足してあげることは、とても有効です。
クルト・シューベルトも、
「ピアノ奏法の研究 音楽作品の芸術的理解にもとづく」著 : クルト・シューベルト 訳 : 佐藤峰雄 / 音楽之友社
という書籍の中で、「演奏運動の原理」の話題のさなか、以下のように述べています。
指の正しい順序(運指法)を厳密に非常に早く暗記することは、
多くの〈困難な〉場所を克服する最も良い秘訣である。
(抜粋終わり)
◉ ピアノ奏法の研究 音楽作品の芸術的理解にもとづく 著 : クルト・シューベルト 訳 : 佐藤峰雄 / 音楽之友社
‣ 2. 繰り返しのところにも同じ運指を書き込む
モーツァルト「ピアノソナタ ニ長調 K.576 第2楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、59-64小節)
59-61小節の内容が62-64小節でそのまま繰り返されていますね。
こういったケースでは、譜例で示したようにたいていどの版でも最初の1回分しか運指が書かれていません。
繰り返しの部分では省略されています。
譜読みのときに、繰り返しのところにも同じ運指を書き込んでしまうようにしましょう。
そうすることで別の運指を使ってしまう可能性がなくなるので、譜読みが効率よく進み、早く終わります。
何度弾いても同じ運指で弾けるように、楽譜を作り込んでおくわけです。
そういった意味では、ピアノ練習と言えども机上での仕込みが大事とも言えますね。
‣ 3. ページをめくった後のはじめの音にも運指を書きこむ
モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、9-12小節)
譜例は9小節目から始まっていますが、仮にここが「楽譜のページをめくった直後の左上の部分」だと思ってください。
譜読みを進めているときに、ページをめくった直後のはじめの音には、運指を書き込んでおいてください。
(再掲)
「ページをめくった直後のはじめの音」というのが、この譜例でいう◯印で示した音だとします。
この音を前からの流れで弾けば基本的に「4の指」で弾くことになるのですが、運指を書かないでおいてここから部分練習すると、無意識に「3の指」で弾いてしまう可能性が高い。
つまり、それでは実際の運指を使って練習しているわけではなくなってしまうので、極端な話、練習が積み重なっていかない。
細かいことですが、ページの変わり目というのはこういった問題点を含んでいるわけです。
どの指で弾くか分かりきっているような場合でも、構わず運指を書き込んでおいてください。
‣ 4. 変更した運指はきちんと書き変えておく
譜読みをするときに、はじめから書かれている運指とは異なる運指を採用することも多々あるはずです。
このようなケースでは、変更した運指はきちんと書き変えておくことを原則としてください。
弾き込み段階になってから再度楽譜を見ながら弾いているときに、使っている運指とふと目に入った書かれた運指との違いに混乱してしまい、
「あれ、昨日までは書かれているほうの運指を使っていたんだっけ?」
などと分からなくなってしまうケースが結構あるからです。
このようにハマってしまうと、なぜか、どちらの運指を使ってもしっくりこなくなってしまう。
ピアノの練習ではこんなことばかりです。あらゆる対策をしておくに越したことはありません。
また、一度寝かせた楽曲を起こす時には、身体で覚えている部分が減っているので、楽譜に書かれている情報を頼りにする側面も強くなります。
このときに、楽譜に書かれている今まで使っていなかった運指を前提として練習してしまうと、起こすまでに時間がかかってしまう。
数パターンの運指の可能性を残しておきたいのであれば書き並べてもいいのですが、
メインで使っていないほうの運指にはカッコをつけるなどの視覚的な工夫を施しておくべき。
‣ 5. 本番が終わったら真っ先にやるべきことは、運指の書き込み
本番で弾いた楽曲を別の本番へ向けてまだしばらく弾き続けることはありますが、いったん寝かせるケースもありますね。
このような場合に、本番が終わったら真っ先にやるべきことは「運指の書き込み」です。
その楽曲へ将来もう一度取り組むときに必要なのです。
上記のように、寝かせていた楽曲を起こして再度取り組み始めたら、ある数箇所のみ運指を忘れてしまっていることは結構あります。以前に相当弾き込んでいた作品でさえ。
また、問題なく起こせたと思っていても、あるところがいきなり弾けなくなって
「この音は、2の指と3の指のどちらで弾いていたっけ?」などといったように、いきなりハマってしまうこともあります。
もし、運指の書き込みを徹底しない状態で本番を迎えたのであれば、本番後、楽曲を寝かせる前に書き込む時間をとってください。
‣ 6. J.S.バッハの作品で、全ての音に運指を書き込む
J.S.バッハの作品のような多声音楽では特に、「全ての音に運指を書き込む」という方法がおすすめ。
全運指書き込みのメリット
・気分転換としての効果
・視覚的な助けとなり、譜読みの効率が向上
・将来的な再学習時にも有用
・明白な運指でも書き込んでおくことで、一貫性を保持
J.S.バッハをはじめとした作曲家の特に多声作品を譜読みするときには、運指の書き込みが重要になってきます。
2本の腕で2声〜5声程度の声部を分担するので、各指の役割分担をきちんと決めて毎回同じ運指で練習するべきだから。
いっそのこと全運指を書き込んでしまってください。
‣ 7. 練習中、いつも使っていた運指を急に忘れてしまったときの対処法
しかし、あるとき突然、1箇所のみ、いつもとうぜんのように使っていた運指が分からなくなってしまった。
このような経験はありませんか。
筆者はしょちゅうこの経験をしており、そのたびに汗をかかされています。
このようなトラブル時にどう対処してきたのかを、共有しておきたいと思います。
モーツァルト「ピアノソナタ第8番 K.310 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、126-128小節)
この作品は、筆者が上記のトラブルを経験したもののひとつ。
127小節目に書き込んだ運指は、筆者がこの箇所を弾くときに使っているものです。
このうち、丸印で示した2箇所を見てください。
Fis音では3の指を使ってずっと弾いていたのですが、あるとき突然、2の指と3の指のどちらの指を使っていたのか分からなくなってしまいました。
現行のヘンレ版には2の指番号が振られているので、それを変に意識してしまったのかもしれません。
何回か弾いてみてもいつも弾き込んでいたときの感覚で指が運用できない。完全にハマってしまっていました。
こういったトラブル時には、以下のように対処してきました。
そして、最低でも1時間以上空けて “何も考えずに” その場所を再度弾いてみます。
そうすると、今まで弾き込んできたのであれば、たいてい、先ほどまでの迷いが奇跡のように消え去っていて、
1回であれば、運指が今まで通りのものを使ってくれます。
間髪入れずに楽譜へその運指を書き込んでセーブ。
これでバックアップ完了。
もし思い出せなかったら、もっと時間を空けてから “何も考えずに” その場所を弾いてみてください。
そして、脇目もふらずに書き留めます。
► 終わりに
運指の書き込みは、単なる楽譜へのマークではありません。
それは自分の音楽的思考を可視化し、学習の効率性を高める知的な実践です。
細部へのこだわりが、譜読みや練習管理の効率化をもたらします。
▼ 関連コンテンツ
著者の電子書籍シリーズ
・徹底分析シリーズ(楽曲構造・音楽理論)
Amazon著者ページはこちら
・SNS/問い合わせ
X(Twitter)はこちら
コメント