【ピアノ】ポール・コーカー「Malgré Tout…Piano music for left hand」レビュー

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【ピアノ】ポール・コーカー「Malgré Tout…Piano music for left hand」レビュー

► はじめに

 

本記事で紹介する一枚は、ピアニストのポール・コーカーが、自身の編曲を数多く収録した左手作品のアルバムです。演奏家であると同時に編曲者としての個性も表れ、有名曲から知られざる現代作品まで、幅広いレパートリーを一つのプログラムとして楽しめます。

 

・演奏:ポール・コーカー(Paul Coker)
・リリース年:2012年
・レーベル:Doron Music(輸入盤)
・総収録時間:75分44秒
・録音:2010年9月15〜16日、スイス・グランにて

 

Paul Coker: Malgré Tout…Piano music for left hand

 

► 演奏者 ポール・コーカーについて

 

ポール・コーカーは1959年、ロンドン生まれ。イェフディ・メニューイン・スクールで学んだのち、ロイヤル・カレッジ・オブ・ミュージックに進み、ヴラド・ペルルミュテールやナディア・ブーランジェに師事、さらにアルフレッド・ブレンデルの個人指導も受けました。1978年にはBBCによって最優秀若手音楽家に選ばれるなど、若くしてその才能が認められていました。

20歳でユーディ・メニューインと初共演を果たし、その後約10年間にわたり世界各地で200回を超えるリサイタルをともに行いました。伴奏者としての活動は特に高く評価されており、ヴァイオリニストのパートナーとしての実績が広く知られています。室内楽への造詣も深く、ジョシュア・ベルやナイジェル・ケネディ、スティーヴン・イッサーリスといった名手たちとの共演歴も持っています。

 

► 収録内容の詳細

‣ 収録曲一覧

 

[1] ブルーメンフェルド:左手のための練習曲 Op.36
[2] スクリャービン:左手のための2つの小品 第1番 プレリュード Op.9-1
[3] スクリャービン:左手のための2つの小品 第2番 ノクターン Op.9-2
[4] ワーグナー:トリスタンとイゾルデ より イゾルデの愛の死(リスト編、コーカー編、左手版)
[5] J.S.バッハ:半音階的幻想曲とフーガ BWV903~幻想曲(コーカー編、左手版)
[6] J.S.バッハ:同~フーガ(コーカー編、左手版)
[7] J.S.バッハ:コラール前奏曲「来たれ、異教徒の救い主よ」BWV659(ブゾーニ編、コーカー編、左手版)
[8] J.S.バッハ:BWV1004 より シャコンヌ(ブラームス編、コーカー編、左手版)
[9] ボリス・メルソン:失われた眼差し 左手のための前奏曲 Op.60(2007)
[10-12] ブリッジ:左手のための3つのインプロヴィゼーション
[13] ポンセ:マルグレ・トゥー

 

‣ アルバムの特徴

 

このアルバム最大の特徴は、単なる左手作品集ではなく、コーカー自身による編曲作品を軸にプログラムが組まれている点です。

プログラムの構成には、はっきりとした意図が感じられます。まず冒頭に置かれているのは、左手作品の名曲として知られるブルーメンフェルドとスクリャービンの作品。ここで左手のためのピアノ音楽というジャンルの土台を示したのち、編曲作品が連続する中盤へと進み、最後はメルソン、ブリッジ、ポンセといった比較的新しい作品で締めくくられるという流れになっています。

このアルバムのもう一つの大きな特徴は、収録されている編曲作品すべてに、コーカー自身の手が加えられている点でしょう。「イゾルデの愛の死」は、リスト編をもとにヴィトゲンシュタインが左手用へ編曲した版を土台としており(ライナーノーツでは「リスト編」とのみ記載)、そこにコーカー自身がさらに手を加えています。同じように、「半音階的幻想曲とフーガ BWV903」はラウル・ソーザの左手編曲版を土台に、「シャコンヌ」はブラームスの左手編曲版を土台に、それぞれコーカーによる加筆・編曲が施されています。

中でもシャコンヌの編曲は興味深く、原典に忠実なブラームス版よりは音が書き加えられているものの、大胆に書き換えられたヴィトゲンシュタイン版ほどの拡張ではなく、原典を尊重しつつ、演奏効果を高める範囲で音が補われた印象を受けます。出版譜で近い方向性のものを挙げるなら、ジストニアと闘った経験を持つピアニスト、ルビー・モーガンによる編曲版に通じるところがあるように感じました。

個人的な聴きどころとしては、『コラール前奏曲「来たれ、異教徒の救い主よ」BWV659』が挙げられます。「半音階的幻想曲とフーガ BWV903」、そして「シャコンヌ」という2つの大曲に挟まれた位置に置かれており、厳かで思案深い時間を演出する曲として、独自の存在感を放っています。J.S.バッハの作品が3曲連続するプログラムの中で、この一曲が果たしている役割の大きさを感じずにはいられません。

 

‣ 演奏の印象

 

演奏全体を通しては、楽譜に忠実な、いわゆる正統的なアプローチが基調になっているという印象を受けました。とはいえ、全く型通りというわけでもなく、例えばスクリャービンの「ノクターン Op.9-2」では、原譜にはないオクターヴを加えるなど、演奏者独自の解釈も見られます。編曲作品が多く収められたアルバムだからこそ、こうした自由な処理も違和感なく、むしろプログラム全体の一体感を強めているように感じられました。

 

► 終わりに

 

本盤は、有名な左手作品の名曲から、演奏者自身の編曲による大曲、そしてほとんど知られていない現代作品まで、幅広い時代とスタイルを一枚に収めたプログラムとなっています。編曲者としてのコーカーの個性がはっきりと刻まれた一枚であり、左手のためのピアノ音楽というジャンルの奥深さを改めて実感させてくれる録音だと感じました。既存の名盤に慣れた方にも、新たな発見をもたらしてくれるのではないでしょうか。

 

Paul Coker: Malgré Tout…Piano music for left hand

 

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