【ピアノ】fp記号の弾き方:一度の打鍵でフォルテピアノを表現する方法
► はじめに
ピアノの楽譜を見ていると、”伸ばされる” 一度の打鍵に対して fp と書かれている箇所に出会うことがあります。ピアノは打鍵した瞬間から音が減衰していく楽器なので、「強く弾いた後にすぐ弱く」というこの指示は、一見矛盾しているように感じられるかもしれません。
ベートーヴェンのピアノソナタをはじめ、意外と多くの楽曲にはこのような記譜が見られます。作曲家がどのような意図でこの記号を用いたのか、そして演奏者はどう解釈すべきなのかが問われます。
ベートーヴェン「ピアノソナタ 第5番 Op.10-1 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、28-36小節)

ベートーヴェン「ピアノソナタ 第8番 悲愴 Op.13 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲頭)
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► fp の解釈方法
‣ 通常の解釈で対応できるもの
以下の fp は伸ばされる音に書かれているわけではないので、通常の解釈で対応できます。
ベートーヴェン「ピアノソナタ 第6番 Op.10-2 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、75-78小節)

‣ 伸ばされる一度の打鍵に書かれたfp
伸ばされる一度の打鍵に書かれた fp をどう表現するか。答えは一つではありません。作曲家の意図を推測し、その箇所にとって最も適切だと思われる方法を選択することが求められます。
以下、代表的な解釈方法を紹介します。
· 解釈1:アクセント表現として捉える
最もシンプルな解釈は、fp を「この音のみが f(フォルテ)で、その直後から p(ピアノ)の世界に入る」という一種のアクセントとして見なすことです。
例えば、ベートーヴェンの「悲愴ソナタ 第1楽章」の冒頭では、重々しい和音に fp が記されています。この場合、その和音だけを強く打鍵し、残響が消えていく中で次の音楽が静かに始まるという解釈が成り立ちます。
ここで重要なのは、単に f と書いて次の音に p と書くのとは、楽譜から伝わる内容が全く異なるという点です。fp と記すことで、「打鍵が終わった直後から p の世界である」という作曲家の意図が明確に伝わるのです。
· 解釈2:フェルマータ的表現として捉える
もう一つの解釈は、fp を「f で打鍵した後、余韻が p まで減衰したら次の音へ進む」という一種のフェルマータとして見なすことです。
特に、すぐ次に音がない箇所では、この解釈が有効に機能します。打鍵後の残響が自然に減衰していくのを待ち、静寂が訪れてから次のフレーズへ移行する。このような時間的な余白の取り方は、音楽に深い呼吸感を与えます。
興味深いことに、ベートーヴェンの時代のピアノは現代のピアノよりも減衰が速かったため、このような表現がより効果的に機能したと考えられています。
· 解釈3:記譜の簡潔性を優先した可能性
実用的な観点から、楽譜上の情報量をシンプルにするために fp と記した可能性も考えられます。
「fp(フォルテピアノ)」と書いておけば、その後に改めて「p(ピアノ)」と書く必要がなくなり、楽譜が視覚的にすっきりします。特に複雑な楽曲では、このような記譜の工夫が読譜の助けになります。
· 解釈4:オーケストラを想定していた可能性
特にベートーヴェンのピアノソナタでは、ピアノ曲でありながらオーケストラが聴こえてくるような箇所が数多く存在します。
オーケストラであれば、管楽器や弦楽器が強く音を出した後、すぐに弱く演奏を続けることで、真の fp 表現が可能です。作曲家がその楽曲をオーケストラ的な響きを念頭に置いて作曲していたとすれば、fp という記号もより自然に理解できます。
► 応用視点:実際にfpのように聴かせる特殊技法
上記の解釈は主に音楽的・表現的なアプローチでしたが、文脈によっては、ピアノの物理的特性を活かして本当に fp のように聴かせる方法も存在します。
ハーモニクス(倍音)を利用した表現
譜例(Finaleで作成)

実演例:
・例えば、譜例のひし形のA音を音を鳴らさずに押さえておく
・ペダルを使わず、16分音符で書いた音を強く鋭く演奏する
・そうすると、丸印で囲った音がハーモニクスとして響く(弱い音で背景のように響く)
ハーモニクスの音は弱音で繊細に響くため、強く打鍵した音の後に弱い余韻が続くような効果が得られ、まるで fp を表現したかのように聴こえます。
ただし、この技法はすべての音やすべての文脈で使えるわけではありません。倍音の仕組みを理解し、楽曲の構造に合った場面で応用することが求められます。
► 終わりに
一度の打鍵に書かれた fp は、演奏者に多様な解釈の可能性を開いてくれる記号です。
・アクセントとして際立たせるのか
・時間的な余白を持たせるのか
・オーケストラ的な響きを想像するのか
・あるいは特殊技法で物理的に表現するのか
正解は一つではありません。楽曲の文脈、作曲家の様式、そして演奏者自身の音楽的感性を総動員して、その瞬間に最もふさわしい表現を選び取るようにしましょう。
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