【ピアノ】映画「ファイブ・イージー・ピーセス」レビュー:ピアノシーンの詳細解説

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【ピアノ】映画「ファイブ・イージー・ピーセス」レビュー:ピアノシーンの詳細解説

► はじめに

 

「ファイブ・イージー・ピーセス(Five Easy Pieces)」は、アカデミー賞4部門にノミネートされた名作映画で、音楽の使用方法においても興味深い一作です。音楽一家出身でありながら階級からドロップアウトした主人公ボビーの複雑な内面を、音楽と映像の両面で描いています。

 

・公開年:1970年(アメリカ)/ 1971年(日本)
・監督:ボブ・ラフェルソン
・ピアノ関連度:★★☆☆☆

 

 

 

 

 

 

► 内容について

 

以下では、映画の具体的なシーンや楽曲の使われ方について解説しています。未視聴の方はご注意ください。

 

音楽用語解説:

状況内音楽
ストーリー内で実際にその場で流れている音楽。 例:ラジオから流れる音楽、誰かの演奏

状況外音楽
外的につけられた通常のBGMで、登場人物には聴こえていない音楽

 

‣ 状況内音楽と状況外音楽の巧妙な演出

 

オープニングから流れるタミー・ワイネット「Stand by Your Man」は、音源が画面に映らないまま進行しますが、ボビーとレイの会話だけでそれがレコードであることが自然に理解できる演出になっています。すぐに音源を見せないことで、観客に想像の余地を与えているのです。

本編53分頃、ボビーが実家に帰ったシーンでは、ピアノの音が聴こえてきますが、それがレコードなのか、実際の演奏なのか、観客は様々な想像を巡らせることができます。これまでにレコードやピアノ演奏が登場し、実家にヴァイオリンが飾られているなど、音楽が自然に演奏されていてもおかしくない環境が整えられているからです。後に、この音楽はカールとキャサリンによる2台ピアノで演奏されるモーツァルト「ピアノ協奏曲 第9番 K.271」であることが明かされます。

続く61分頃のJ.S.バッハ「半音階的幻想曲とフーガ、BWV 903」では、直前のモーツァルトの生演奏シーンがあるため、観客はすぐに実際の演奏だと想像がつく——このように、音楽の提示方法を段階的に変化させることで、観客の認識をコントロールする緻密な演出が施されています。

 

‣ 印象的な状況内音楽の使用

 

本作には、通常の映画ではあまり見られない独創的な状況内音楽の使用シーンが2つあります:

その1:渋滞中のピアノ演奏

本編19分20秒頃、渋滞に巻き込まれたボビーは車から降り、前方のトラックの荷台に積まれたピアノでショパン「幻想曲 Op.49」を弾き始めます。このとき、周囲の車から激しいクラクションが鳴らされ、ショパンの音楽と大量のクラクションによる騒音という、通常ではあり得ない「状況内音楽」と「状況内音声」の同居が生まれます。この対比は、上流階級の音楽教育を受けながら肉体労働者として生きるボビーの存在そのものを象徴しています。

その2:早送りされるJ.S.バッハ:

本編34分20秒頃、レコーディング現場で、直前に録音されたJ.S.バッハ「半音階的幻想曲とフーガ BWV 903」が早送り再生されます。このような状況内音楽の使用も比較的珍しく、録音作業の機械的側面と、芸術としての音楽との乖離を表現しているかのようです。

 

‣ 使用されたピアノ曲

 

オープニングクレジットでは、映画で演奏される5つのピアノ曲がリストされています。ピアニストとしてパール・カウフマンがクレジットされています:

・ショパン「幻想曲 Op.49」:渋滞中のトラックの上での演奏
・J.S.バッハ「半音階的幻想曲とフーガ BWV903」:レコーディングスタジオでの演奏
・モーツァルト「ピアノ協奏曲 第9番 K.271」:ボビーの実家でのカールとキャサリンによる演奏
・ショパン「前奏曲 第4番 Op.28-4」:ボビーの実家でのボビーからキャサリンへ向けての演奏
・モーツァルト「幻想曲 K.397」:ボビーの実家での演奏として短く使用(本編75分頃)

さらに、クレジットには記載されていませんが、ボビーがレコーディングスタジオで短く演奏するエルメンライヒ「紡ぎ歌」も使われています(本編31分50秒頃)。

 

‣ カントリー音楽との対比

 

クラシック音楽と対照的に、タミー・ワイネットのカントリー曲(「Stand by Your Man」「DIVORCE」「Don’t Touch Me」「When There’s a Fire in Your Heart」)が効果的に配置されています。これらは恋人レイの世界を象徴しており、クラシック音楽が表すボビーの出自との文化的対立を浮き彫りにしています。

 

► 終わりに

 

本作における音楽の使用は、雰囲気作りだけに留まらず、主人公の内面、階級的葛藤、そして1970年代アメリカの文化的分断を描いています。これは、優劣の問題ではなく、異なる文化や価値観を持つ2つの世界が、音楽を通じて対立しているさまを表現しています。

音源を見せるタイミング、状況内音楽の効果的な配置、クラシックとカントリーの対比——これらすべてが計算され尽くした演出となっており、音楽映画としても高く評価されるべき作品と言えるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 


 

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