【ピアノ】クララ・シューマン映画3作品完全比較ガイド:愛の調べ・哀愁のトロイメライ・愛の協奏曲

スポンサーリンク
スポンサーリンク

【ピアノ】クララ・シューマン映画3作品完全比較ガイド:愛の調べ・哀愁のトロイメライ・愛の協奏曲

► はじめに

 

19世紀ロマン派音楽界の巨匠・クララ・シューマンの生涯を描いた映画は、ピアノ学習者にとって特別な意味を持つ作品群です。本記事では、クララを主人公とした3つの名作映画について、それぞれの特徴と魅力を詳しく解説します。

 

► 3作品の基本情報

 

映画タイトル 公開年 監督 時代設定 特徴
愛の調べ(Song of Love) 1947年(米)
1949年(日)
クラレンス・ブラウン 結婚後〜晩年 3作中最も知られており、
内容的もオーソドックス
哀愁のトロイメライ(Frühlingssinfonie) 1983年(独)
1985年(日)
ペーター・シャモニ 少女時代〜結婚 結婚前の成長過程に焦点
クララ・シューマン 愛の協奏曲(Geliebte Clara) 2008年(独)
2009年(日)
ヘルマ・サンダース=ブラームス 結婚後〜晩年 作曲家としてのクララの変遷の強調

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

► 各作品の詳細解説

‣ 1. 愛の調べ(Song of Love):1947年

 

最大の特徴:全楽曲が「状況内音楽」

この作品では、映画音楽として外的に付けられた楽曲が一切なく、すべてが物語の中で実際に演奏されている「状況内音楽」で構成されています。

 

· 状況内音楽の効果的な活用例

 

1. クララの演奏会場での緊急事態

クララが配偶者の楽曲「謝肉祭 Op.9」を披露している最中、客席近くにいる実子が泣き声を上げ始める緊張感溢れる場面で、彼女は瞬時に音楽的な決断を下すことになります。授乳の必要性を感じ取った彼女は、「18. プロムナード」の楽章をカットし、加えて「20. ペリシテ人と戦うダヴィッド同盟の行進」を通常より著しく速い速度で演奏します。この予想外の展開は聴衆に動揺を与えました。このような表現は、劇中で実際に演奏される状況内音楽の特性を活かした、即座の判断を映像化した演出技法といえます。

2. ブラームスによる子守歌の情景

シューマン一家の住居に居候するブラームスが、自身の創作による「子守歌 Op.49-4」を奏でながらシューマン夫婦の幼子を眠りに誘う温かな場面。従来的なバックグラウンド・ミュージック(状況外音楽)として場面にふさわしい楽曲を使用する手法も考えられるところですが、意図的に状況内音楽として実際の演奏場面を描写することで、登場人物間の心情的な交流と絆が鮮やかに表現されています。

3. リストの「メフィスト・ワルツ 第1番」における偶発的要素

リストによる演奏の途中でピアノ線が断線するという予期しない出来事が描かれる箇所ですが、これもまた、状況内音楽という手法だからこそ実現できる独創的な表現方法です。楽曲そのものに留まらず、弦の切断を視覚的に捉えた映像技法や、その瞬間に響く断線音なども含めた総合的な演出として機能しています。

4. シューマンとブラームスの音楽的重層構造

シューマンが隣室で「アラベスク Op.18」を奏でる音色が、ブラームスがクララへ心情を吐露する際の背景音楽として機能する皮肉に満ちた演出場面。この演出もまた、状況内音楽の特性を最大限に活用した表現手法の典型例と評価できるでしょう。

 

· 物語の軸:「トロイメライ」

 

オープニング:クララの演奏会でのアンコール曲
中盤〜終盤:精神を病んだシューマンが「新作だ」と言ってクララに弾いて聴かせる(実際は彼の過去の作品)
エンディング:晩年のクララの演奏会でのアンコール曲

時を超えた愛の物語を一曲で表現する秀逸な構成となっています。

 

‣ 2. 哀愁のトロイメライ(Frühlingssinfonie):1983年

 

最大の特徴:クララの成長過程に焦点

11歳のクララとロベルトの出会いから結婚までを描く、他の2作とは異なるアプローチの作品です。他の2作では、結婚後の生活におけるクララとロベルトとブラームスの関係などが主に描かれています。

 

· 独特な演出手法

 

演奏技術の逆転描写

序盤:クララの「ポロネーズ Op.1-1」をロベルト→クララの順で演奏し、ロベルトが上手に聴こえる演出
終盤:ロベルトの「交響的練習曲 Op.13」を同様に演奏し、クララが上手に聴こえる演出

意味:クララがピアニストとして成長して演奏技術が逆転したことを、その演奏内容で対照的に表現している

時代考証:

・映画の設定上、この時点でクララは最低でも16歳を超えている
・「交響的練習曲 Op.13」の作曲は、1834-1837年
・ロベルトと結婚したのは、1819年生まれのクララが20歳のとき

したがって、クララがおおよそ10代後半頃のことになります。

 

楽曲構造の解説場面

本作では、ピアノ作品やオーケストラ作品について、ロベルトが他の登場人物に対してその構成手法を解説する音楽教育的な場面が複数箇所に配置されています。例えば本編32分頃には、「謝肉祭 Op.9 より 10. A.S.C.H.-S.C.H.A 踊る文字」において、各音符をどのような理論的根拠で選択しているのかを楽しげに語る姿が印象的に描写されています。

カットアウトによる現実への引き戻し

本編78分頃、ロベルトとクララの結婚に強固に反対するクララの父親の監視を逃れ、二人が熱烈な口づけを交わします。この情熱的な瞬間には、ロベルトの「ピアノ協奏曲 イ短調 Op.54 第1楽章」が響き渡ります。ところが直後に、この音楽が突然完全に遮断され、クララと父親との場面へと転換します。この急激な音響のカットアウト技法によって、2つの場面が異なる時間軸に属することと、束縛を行う父親が存在する厳しい現実へと強制的に引き戻されたことが際立って表現されています。

 

· 多様な音楽使用

 

・主要登場人物以外の楽曲(ショパン、メンデルスゾーン 等)の使用
・多様な編成での豊富なピアノアンサンブル場面の登場

これらは、「哀愁のトロイメライ」が他の2作と大きく異なる部分でもあります。

 

‣ 3. クララ・シューマン 愛の協奏曲(Geliebte Clara):2008年

 

最大の特徴:作曲家クララの変遷を楽曲選択で表現

クララ・シューマン、ロベルト・シューマン、ブラームスの複雑な三角関係を、音楽そのものが語る手法で描いた作品です。

 

· クララの作曲家時代の対比演出

 

1853年設定:ブラームス20歳、クララ34歳

 

シーン1:現在のクララ(本編33分頃)

演奏楽曲:ロベルト・シューマン「5つの音楽帳 第1曲 Op.99-4」(1836年作曲)
演奏者:ブラームス
演出効果:クララとロベルト双方に関連性を持つ楽曲を採用することで、3人の複雑な関係性を音楽で表現

 

本編33分頃、クララとロベルトの面前でブラームスがピアノを演奏する重要な場面が展開されます。「ロベルト・シューマンの楽曲を自分なりの解釈で演奏する」と宣言して弾き始めたのが、ロベルトの「5つの音楽帳 第1曲 Op.99-4」でした。この作品はクララにとって特別な意味を持つ楽曲であり、この原旋律を基にクララは「ローベルト・シューマンの主題による変奏曲 嬰ヘ短調 Op.20」を創作し、同年(1853年)に夫への贈り物として献呈しています。

クララは34歳前後という設定になっていますが、当時の彼女はロベルトの作品を世に広めるピアニストとしての演奏活動や育児に追われ、創作活動からは遠ざかっていました。映画開始から10分頃にも、ロベルトから「創作活動はもう辞めたんだろ?」と問いかけられる場面があり、「現在のクララが作曲活動を “ほぼ” 停止している」という状況が作品全体にとって重要な要素となっています。

 

同一の旋律を共有する作品群は以下の通りです:

・ロベルト・シューマン「5つの音楽帳 第1曲 Op.99-4」(原曲)
・クララ・シューマン「ローベルト・シューマンの主題による変奏曲 嬰ヘ短調 Op.20」
・ブラームス「シューマンの主題による変奏曲 嬰ヘ短調 Op.9」

この場面の時代設定が1853年であることから、1854年に創作されたブラームス版は時系列的に適合しないことが判明します。エンドクレジットの記載によれば、ロベルトの原曲が使用されたことが確認されています。

 

これとは対照的な効果を生む場面が以下になります。

 

シーン2:過去のクララ(本編86分頃)

演奏楽曲:クララ・シューマン「ロマンスと変奏 Op.3」(1831年作曲)
演奏者:ブラームス
クララの反応:「昔の曲、作曲は大昔に辞めたわ」

 

本編86分頃に、ブラームスがクララと子供たちの前でピアノを演奏する印象深い場面が描かれます。演奏されたのは、クララ・シューマン「ロマンスと変奏 Op.3」でした。

その楽曲を耳にしたクララは、「昔の曲、作曲は大昔に辞めたわ」と応えます。子供たちが画面に映し出されることで、現在のクララが置かれている多忙な生活状況がより一層際立って表現されています。

 


 

この2つの対照的な場面の構成により、作曲家としてのクララの人生の軌跡が描写されています。創作にも情熱を注いでいた青春時代と、ピアニスト・母親として生きる現在の姿の対比が、楽曲選択という手法を通じて効果的に強調されているのです。

 

· クララが演奏するピアノ協奏曲による時間軸の表現

 

オープニング:ロベルト・シューマン「ピアノ協奏曲 イ短調 Op.54」(ロベルト・ブラームス両方が居合わせ)
エンディング:ブラームス「ピアノ協奏曲 第1番 ニ短調 Op.15」(ロベルトは故人、ブラームスのみ)

時間経過とクララを取り巻く環境の変遷を協奏曲の選択で表現した演出です。

 

► 各作品の視聴をおすすめする方

 

愛の調べ:

・まずは有名作から観たい方
・最もオーソドックスなスタイルによる作品を希望する方

哀愁のトロイメライ:

・クララの少女時代から成長過程に興味がある方
・3作の中では最も音楽史に近いであろう内容を希望する方

クララ・シューマン 愛の協奏曲:

・やや過激なシーンも承知で楽しみたい方
・作曲家としてのクララにも興味がある方

 

► 留意点

 

共通の注意事項

全作品において、映画の内容は史実と異なる部分があります。音楽史学習ではなく、映画作品として楽しむことを重視しましょう。

 

► 終わりに

 

クララ・シューマンを描いたこれら3作品は、それぞれ異なるアプローチで彼女の人生を描き出しています。

観る作品に迷った場合は、最も有名作として知られる「愛の調べ」から観始めて、年代順に視聴していくといいでしょう。そして、観終わった後にもう一度本記事の音楽演出考察を読んでみてください。新たな発見があるはずです。

各映画のさらなる詳細レビューは、以下の記事でまとめています:

【ピアノ】映画「愛の調べ」レビュー:ピアノ的視点から見た魅力と楽曲の使われ方
【ピアノ】映画「哀愁のトロイメライ」レビュー:ピアノで読み解くクララ・シューマン物語
【ピアノ】映画「クララ・シューマン 愛の協奏曲」レビュー:楽曲選択で描く複雑な人生と音楽の交錯

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

► 関連コンテンツ

著者の電子書籍シリーズ
・徹底分析シリーズ(楽曲構造・音楽理論)
Amazon著者ページはこちら

YouTubeチャンネル
・Piano Poetry(オリジナルピアノ曲配信)
チャンネルはこちら

SNS/問い合わせ
X(Twitter)はこちら

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました