【ピアノ】「大ピアニストがあなたに伝えたいこと」(千蔵八郎 著)レビュー
► はじめに
本書は、18世紀後半のピアノ時代の幕開けから現代まで、音楽史に名を刻んだ100人のピアニストの発言を時代順に紹介した資料です。クレメンティ(1752-1832)から始まり、ダン・タイ・ソン(1958-)まで、各ピアニストに見開き2ページを割いて、彼らの発言と著者の見解がコンパクトにまとめられています。
・出版社:春秋社
・初版:1996年
・ページ数:207ページ
・対象レベル:初級〜上級者
・大ピアニストがあなたに伝えたいこと 著:千蔵八郎 / 春秋社
► 内容について
‣ 3つの世代から見るピアノ界の変遷
著者は登場する100人を以下の3つの世代に分類しています:
・19世紀の開拓者たち – ピアノという楽器の可能性を切り開いた先駆者
・1900年代〜1930年代生まれの巨匠たち – ホロヴィッツ、アラウ、ラローチャ、アシュケナージなど
・コンクール世代 – アルゲリッチやポリーニに代表される現代的なピアニスト
‣ 印象深い巨匠たちの言葉:教育的視点の発言より
音楽学習アプローチへの鋭い洞察
グルダの「ジャズの音楽家は音楽から始めて、あとでテクニックを得ることもある。今日のクラシック音楽教育では、残念ながらこれがまったく反対だ」という指摘は、グルダの発言時点(1965年)から現在まで続く音楽教育を考えるうえで重要な視点を提供しています。
コンクール文化への疑問
ラローチャによる「コンクールは不健全で、世界中に蔓延している伝染病」という辛辣な批判は、現代のクラシック音楽界を取り巻く状況を鋭く突いています。ただし、この「1900年代〜1930年代生まれの巨匠たち」の区分の時代は、近年に比べてコンクールは少なく、音楽家の数もそれほど多くなかった状況を踏まえたうえで、この発言について考える必要があるでしょう。
‣ 技術論を超えた視点
クレメンティのような古い時代のピアニストについては、当時の演奏習慣と彼らの発言との関連性も解説されており、音楽史の学習にも役立つでしょう。
ヘブラーの「モーツァルト弾き」という称号に対する見解や、ピリスの哲学的な音楽論など、技術論を超えた独自の音楽観にも触れることができます。また、驚いたことに、ツィメルマンが映画「アマデウス」について語るなど、クラシック音楽と映画文化の接点についても興味深い視点が得られます。
► 注意しておきたいポイント
著者も前書きで述べているように、掲載されている発言のすべてが金言というわけではありません。しかし、豊富な経験を積んだピアニストたちの言葉には、その人生観や音楽観が色濃く反映されており、そこにこそ本書の価値があります。
また、直接的な演奏技術の向上を目的とする実用書ではないことも理解しておく必要があります。むしろ、音楽に対する姿勢や考え方を深める「自己啓発書」としての側面が強い一冊です。
► まとめ
「大ピアニストがあなたに伝えたいこと」は、音楽史に名を残した巨匠たちの言葉を通じて、音楽に対する深い理解と教育的な視点を養うことができる一冊です。
ピアノを学ぶうえで技術的な成長も重要ですが、それと同じくらい大切なのが音楽に対する姿勢や考え方です。本書は、そうした内面的な成長を促してくれる価値のある書籍と言えるでしょう。
・大ピアニストがあなたに伝えたいこと 著:千蔵八郎 / 春秋社
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