【ピアノ】映画「海の上のピアニスト」レビュー:ピアノ的視点から見た魅力と楽曲の使われ方
► はじめに
映画「海の上のピアニスト(The Legend of 1900)」は、音楽を通じて人と人とがつながるさまを美しく描いており、ピアノに親しんでいる我々に深い感動と気づきを与えてくれる映画です。
本記事では、ピアノ的視点から、この映画の魅力と特に注目すべき楽曲の使われ方について詳しく解説します。
・公開年:1998年(イタリア)/ 1999年(日本)
・監督:ジュゼッペ・トルナトーレ
・ピアノ関連度:★★★★★
► 内容について(ネタバレあり)
以下では、映画の具体的なシーンや楽曲の使われ方について解説しています。未視聴の方はお気をつけください。
‣ あらすじ
第二次世界大戦終戦直後、トランペット奏者のマックス・トゥーニーが楽器屋を訪れるところから物語は始まります。そこで彼は、かつて大西洋を往復する豪華客船「ヴァージニアン号」で出会った天才ピアニスト「1900(ナインティーン・ハンドレッド)」について語り始めます。
船上で捨てられ、機関士のダニー・ブートマンに拾われた1900は、8歳の時に養父を亡くし、その葬儀で流れる音楽に魅了されてピアノを始めます。驚くべき才能を開花させた彼は、一度も船を降りることなく、世界中から訪れる旅行客を魅了する伝説的なピアニストとなります。
ジャズの創始者と称されるピアニスト、ジェリー・ロール・モートンとの伝説的な対決や、一目惚れした女性との出会いと別れ。そして、ついに船を降りようと決意するものの、陸の無限の可能性に圧倒され、結局船に戻ってしまう1900。戦後、解体されるはずの船で再会した1900とマックスの最後の対話が、この物語の心を打つクライマックスとなります。
‣ 人と人をつなぐ状況内音楽
本映画の音楽の最大の特徴は、「状況内音楽」(ストーリー内で実際にその場で流れている音楽)がただの背景音楽ではなく、人と人をつなぐ役割として機能している点です。以下、人と人をつなぐ印象的な「状況内音楽」の例を挙げておきましょう:
マックスと店主の出会い:
映画冒頭、マックスがトランペットを吹くと、店主はピアノで演奏された同じ曲のレコードを取り出し、この音楽が過去の物語へと導きます。音楽がマックスと店主をつなぎ、また、我々聴衆と過去の記憶とをつないでくれます。
1900と少女の邂逅:
レコード録音のために「愛を奏でて」を演奏する1900のそばの窓に少女が通りかかります。彼の演奏は一瞬で色を変え、彼女への切ない思いを音楽に込めます。音楽が恋のきっかけとなる美しい瞬間です。
タランテラで沸き立つ船内:
1900が弾くタランテラに乗客たちが熱狂し、踊り出すシーン。彼のピアノがその場全体を一つにする様子は圧巻です。しかし同時に、彼はこの一時的なつながりとその後の別れを繰り返す孤独な存在でもあります。
再会を告げるレコード:
戦後、傷んだヴァージニアン号で「愛を奏でて」のレコードを流すマックス。音楽が1900を呼び寄せ、最後の再会が実現します。
これらのシーンでは、音楽が「物語を動かす力」「人と人とをつなぐ媒介」として機能しています。
‣ その他、多彩な音楽的工夫
ピアノの音色へのこだわり:
1900が船上の様々なピアノを弾き分ける場面では、実際には録音した音源を映像に当てているにも関わらず、ピアノごとに少しづつ楽器自体の音を変えています。同じピアノで録音したそのままの音源を使い回しているわけではないところにこだわりを感じます。
ミッキーマウシングの活用:
独特な歩き方をする男性の動きに合わせて1900が即興演奏をするシーンでは、「ミッキーマウシング」(映像の動きに合わせて音楽が細かく変化する手法)が “状況内音楽として” 表現されています。多くは状況外音楽のBGMとして使われるミッキーマウシング技法が、状況内音楽の実際の演奏として描かれる面白さがあります。
音楽の境界を曖昧にする演出:
ジェリー・ロール・モートンとのピアノバトルの場面では、転換時間に状況外音楽としてのBGMが使われます。その音楽は、低音金管楽器の音を遠くから聴こえてくるように音響操作し、しかも、一人で基礎練習しているような音遣いになっています。したがって、「どこか他の部屋で吹かれている状況内音楽かもしれない」と一瞬思ってしまうような面白い演出に感じました。
‣ ピアノ経験者が気づく細部の演出
映画における音楽表現は概ね素晴らしいですが、一点だけ専門的視点から興味深い点があります。
序盤、幼い1900の演奏シーンでは、彼の足がダンパーペダルに届いていないにもかかわらず、そこで流れる状況内音楽ではペダル効果のある音が使われています。音楽と映像の小さな不一致ですが、彼の特別な才能を強調する効果につながっているとも解釈できるでしょう。
► 映画の名曲「愛を奏でて(Playing Love)」に挑戦しよう
映画の象徴的テーマ曲である「愛を奏でて(Playing Love)」は、1900が恋に落ちた瞬間に弾いていた美しい曲です。「愛を奏でて」のおすすめ楽譜紹介と練習方法については、以下の記事で詳しく解説していますので、あわせて参考にしてください。
【ピアノ】エンニオ・モリコーネ「愛を奏でて」の難易度と弾き方解説
► ピアノ学習から見た映画の魅力
「海の上のピアニスト」が我々に教えてくれるのは、音楽の可能性です。1900の演奏は常に誰かに向けられ、誰かの心に届くことを目指していました。彼にとってピアノは、船という限られた世界の中で、人と人をつなぐ唯一の手段だったのです。彼は、以下の言葉を残しました:
・「面白い物語があって、聴いてくれる人がいる限り、人生は悪くない」
・「僕は、限りある鍵盤で幸せを届ける」
我々が日々練習するピアノも、誰かの心に触れるための手段なのかもしれません。たとえ1900のような天才的な才能が無くとも、音楽を通じて誰かとつながる喜びは、我々一人ひとりが体験できるものです。
► 終わりに
「海の上のピアニスト」は、音楽が持つ力を美しく描いた傑作です。エンニオ・モリコーネによる美しい音楽と、ティム・ロスが演じる1900の繊細な演技が見事に調和しています。この映画を通して、ピアノという楽器の新たな魅力を発見してください。そして、映画を鑑賞した後は、「愛を奏でて」の演奏にも挑戦してみてください。
► 関連コンテンツ
コメント