【ピアノ】レパートリー拡充の価値:楽曲理解を深めるアプローチ
► はじめに
ピアノ学習において、ただ単に一曲を完璧に弾けるようになることだけを目指すのではなく、より広い視野で音楽を理解することの重要性について、具体的な例とともに解説していきます。
► レパートリー拡充による楽曲理解アプローチ
‣ 1. レパートリーを広げることで得られる比較の視点
1. 発展の軸を理解できる
・同じ作曲家の異なる時期の作品を比較することで、その作曲家の音楽語法の発展が理解できる
・技法や表現方法の違いを認識することで、各作品の特徴をより明確に把握できる
例えば、ドビュッシーが「ボヘミア風舞曲」などを作曲した本当の初期と、後期の作品では全く作風が異なります。単に書法が洗練されていくだけでなく、音楽のスタイルそのものが大きな変貌を遂げます。仮に、「月の光」と「亜麻色の髪の乙女」だけに親しんでいては、このような発見はありません。
2. 思考的な応用力が向上する
・似たようなパッセージでも作品によって異なる表現が求められることを学べる
・複数の作品で使われている同様の技法を比較することで、その本質的な意味を理解できる
例えば、アルベルティ・バスというと、クレメンティやモーツァルトの作品のイメージが強いのではないかと思います。一方、「同じ伴奏形でも、使われる文脈によって全く異なる意味合いを持つ」という点を意識しましょう。
例えば、バルトークやプロコフィエフなどにもアルベルティ・バスを取り入れた作品がありますが、クレメンティ達が古典派の時代に用いたのとは全く意味が異なってきます。それが当然のように使われていた時代と、使われる頻度が激減した時代に確信犯的に使うのとでは「何のためにそれを使うのか」という作曲のコンセプトから全く別のものです。時には、ある時代の作品のオマージュとして使われることもあるでしょうし、また、近現代以降の作品で使われたときの方が「アルベルティ・バスですよ」という説明的な意味合いも強くなります。
‣ 2. 作曲者の全作品の文脈で個々の作品を理解する
実践的なアプローチ例:
シューマンの作品群を例に:
1. 「子供の情景」から始める
・短い性格的小品で基本的な表現を学ぶ
・標題音楽としての解釈を理解する
2. 「蝶々」Op.2への展開
・より大きな規模での性格的表現
・技術的な要素の増加
3. 「謝肉祭」Op.9への発展
・より複雑な感情表現
・標題と音楽表現の深い結びつき
学習の具体的なステップ:
1. まず作品の時代背景を調べる
・作曲された年
・作曲家の人生におけるこの時期の出来事
2. 同時期の他の作品を聴く
・同じジャンルの作品
・異なるジャンルの作品との比較
3. 作品別のスコア分析
基本的な分析の視点:
・全体構造の把握
– 形式の理解
– セクションの区分
– 調性の変化
・素材の分類と関連性
– モチーフの特定
– 反復と変奏
– 素材の発展方法
・ 調性の変化
– 主調との関係
– 転調の種類
– 和声進行の特徴
・リズムパターンの観察
– 基本リズム
– リズムの変化
– 特徴的なリズム型
・ 声部間の関係性
– メロディとバスの関係
– 内声の役割
– 声部間の動きの特徴
‣ 3. 作曲家の親近ジャンルへの注目
作曲家の近接ジャンルへも目をつけてください:
・シューベルトのピアノ曲を学ぶ際、彼の歌曲作品を理解しておく
・モーツァルトのピアノ曲を学ぶ際、彼のオペラ作品を理解しておく
例えば、山田耕筰のピアノ曲を学習するとしましょう。彼はピアノが得意な作曲家であったため、歌曲作品のピアノ伴奏パートにも非常に多くの表現が書き込まれています。このような特徴から、作曲家がその楽曲におけるある音型、ある和声などでどのような表現を望んでいたのかを理解し、彼の別のピアノ曲でも表現を考えるヒントにしていくことができます。
► 数個のイメージのみで物事を決めつけない
「ドビュッシーっぽい」「ショパン風」といった表現をよく耳にしますが、これらは多くの場合、その作曲家の最有名作品のイメージに依存しています。
例えば、「ドビュッシーっぽさ」は「月の光」のイメージに基づいていることが多く、市販の「〜風アレンジ」の多くもその作曲家の最有名ピアノ曲の音型をそのまま引用しています。
しかし、これは作曲家の全体像を理解する上で限定的な視点となりがち。
より効果的な理解のために:
・最有名作品が作曲された時期から離れた年代の作品を聴く
・作曲家特有の手法や特徴を把握し、普段あまり出てこない要素に注目する
(例:「このモーツァルトのソナタは、彼の作品にしては珍しく短調」など)
► まとめ
このようなアプローチを通じて、単なる「1曲の習得」を超えた、より深い音楽理解と豊かな表現力を獲得することができます。特に重要なのは:
・複数の作品を並行して学ぶことで得られる比較の視点
・作曲家の創作全体を見渡す広い視野
・異なるジャンルからの学びを統合する能力
これらの要素を意識的に学習に取り入れることで、より充実したピアノ学習が可能となります。
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