【ピアノ】演奏におけるアーティキュレーションの重要性と実践法
► はじめに
音楽において、音程やリズムは基本的な要素ですが、真の音楽表現には「アーティキュレーション」の理解が不可欠です。アーティキュレーションは「音楽を示すもの」と考えましょう。
本記事では、音楽の魅力を引き出すアーティキュレーションの奥深さを探ります。
► A. アーティキュレーション:デュレーション
‣ 1. 音の長短で音楽の性格が変わる
一口に「スタッカート」と言っても、様々な長さがあります。また、J.S.バッハの作品などで8分音符をノンレガートで演奏することがありますが、「どれくらいの長さにするのか」といったことも、アーティキュレーションのうち。それらによって音楽の性格が全く変わってくることを認識してください。切り方がいつも一緒になってしまうと、音楽表現として幅がなくなってしまいます。
アーティキュレーションを軽視し過ぎている演奏が多いと感じます。例えば:
・繰り返しではアーティキュレーションが変わっているのに、同じように弾いてしまっている
・そもそも音程とリズムしか読んでいない
「現代ピアノ演奏テクニック」 著 : エフゲーニ・ヤコブレヴィッチ・リーベルマン 訳 : 林万里子 / 音楽之友社
という書籍に、以下のような記述があります。
(以下、抜粋)
プラウドは『アーティキュレーション』という本の中で「今日におけるスラーと分割の程度」を次のように分類した。
スラー
1. 音響的 legato または legatissimo
2. legato
3. 乾いた legato
分割
4. 深い non legato
5. non legato
6. 韻律的に決められた non legato(音を響かせる部分が休止部分と等しい)
短音
7. 柔らかい staccato(mezzo staccato)
8. staccato
9. staccatissimo(最大可能な短音)
(抜粋終わり)
ここでいう「分割」が「単音」になってしまっている演奏が多いように感じます。
例えば、J.S.バッハの8分音符などノンレガートで弾こうとしている音が「ピッピッピッ」っと短くなり過ぎているもの。極端な場合には、1/4以下くらいの短い音価で、まるでデコピンをするかのように弾かれています。そのほうが弾きやすいからこそ、うっかりラクをしてしまうのでしょう。それか、本当に気づいていないのであれば、これを機に意識的になって欲しいと思います。
上記抜粋はあくまでも言葉で分類した例であり、それぞれの間のような微妙なニュアンスが存在するのは確かです。しかし、non legato と staccato、staccatissimo の間には明らかな違いがあります。
目の前の音符に関してどのようなニュアンスが必要かを判断したら、上記分類のような細かな使い分けを目指していきましょう。
・現代ピアノ演奏テクニック 著 : エフゲーニ・ヤコブレヴィッチ・リーベルマン 訳 : 林万里子 / 音楽之友社
► B. アーティキュレーション:譜読み
‣ 4. 繰り返しなのに変化しているアーティキュレーション
特にドビュッシーなどの「こだわりが強く、全く同じやり方による繰り返しを嫌う作曲家」に多いのですが、同じような音型の繰り返し時に、少しだけアーティキュレーションを変えていることがあります。
「暗譜しにくいので、どちらかに統一してしまってもいいかも」と思うかもしれませんが、Noです。少なくともクラシック作品においては。
確かに、どれかに統一してしまったほうが暗譜はしやすいですし、演奏自体も楽になります。しかし、それでは音楽が平坦になってしまうでしょう。作曲家が「それぞれ書き分けた」のは「それぞれ弾き分けて欲しい」ということです。
少なくとも音楽学をはじめとした研究者が研究し尽くしてきたクラシック作品の分野では、演奏しやすさを理由に楽譜に書かれているアーティキュレーションを変更するのは、原則、避けておいたほうがいいでしょう。
► C. アーティキュレーション:演奏注意点
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、97-102小節)
p で演奏される領域を見てください。スタッカート中心でありながらも、スラーが含まれています。
このようなパッセージを音楽的に演奏するコツは、とにかく、スラーに着目すること。矢印で示したスラー始まりの音に少しだけアクセントを入れて、直後のスタッカートは軽く弾く。このようにすると、スラーの表情が活き活きと見えてきて、相対的にその他のスタッカートの部分ですら音楽的に聴こえるようになります。
「スタッカートはスタッカート、スラーはスラー」というように、一応アーティキュレーションが表現できていても、それだけでは魅力的に聴こえません。魅力的な表情をつけるためには「どこへ重みを入れるのか」という観点も必要になってくるということです。
‣ 7.「アーティキュレーションをもらう」という考え方を取り入れる
「アーティキュレーションをもらう」とは、先行する声部や旋律で示されたアーティキュレーションの特徴を、後続の声部や旋律が模倣・継承することです。これにより楽曲全体に一貫性が生まれ、対話的な音楽表現が可能になります。
シューマン「ユーゲントアルバム(子どものためのアルバム)Op.68-13 愛する五月よ」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、曲頭)
右手パートのカギマークで示したように、特徴あるアーティキュレーションが見られ、それを2小節目や4小節目の左手パートでもらっています。この模倣関係は作曲上の意図であり、演奏においてもニュアンスを揃えて右手で表現したそれを左手に継承することで、自然な対話感が生まれます。
まず先行する声部だけを取り出して、そのアーティキュレーションを明確に意識します。次に後続の声部を弾く際、先ほどの表現を思い出しながら同質のニュアンスで演奏してみましょう。録音して聴き比べることも効果的です。
「アーティキュレーションをもらう」意識によって、楽曲内の対話性が強調され、聴き手は無意識のうちに音楽の流れを自然に感じることができます。また、演奏者自身も作品の構造をより深く理解できるようになるでしょう。
‣ 8. メロディに書かれたスラーの切れ目でニュアンスを考える
譜例(Sibeliusで作成)
このようなメロディがあるとしましょう。
上側の譜例では2小節にわたる長いスラーがかかっていますが、下側の譜例では途中で一度切れています。伴奏パートとの関係でダンパーペダルを使用している場合、実際の音は繋がったままになるため、このようなスラーの差異を軽視してしまいがち。しかし、音楽表現としては大きな違いが生まれます。
下側の譜例の場合、スラーの切れ目にある「丸印で示したC音」が強調されると不自然な表現になります。通常、メロディの高音部を強調したくなる傾向がありますが、ここではむしろ逆の表現が求められてることを読み取ってください。具体的には、「直前のF音から丸印のC音に向かってデクレッシェンドをかけるイメージ」で演奏するのが効果的です。これは「高い音を弱音にすることによる歌心」とも言えるでしょう。
この例のように、ダンパーペダルで音が繋がっているかどうかに関わらず、スラーの状態によって読み取れるニュアンスがあることを意識しましょう。特にロマン派以降の作品におけるスラーの切れ目は、息遣いや歌い方の指示としても理解することが大切です。
► D. アーティキュレーション:運指
‣ 9. 運指でわざとアーティキュレーションを切る
モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、33-34小節)
33小節目の最後の16分音符B音は、普通に考えれば「1の指」でとるでしょう。34小節1拍目の1オクターブ上のB音がつかみやすくなるからです。オクターブ跳躍するところでスラーが切れています。
一方、カッコで補足したように「2の指」でとるという方法も。
そのようにしても跳躍は1オクターブ跳ぶだけなので危険ではないですし、何より、「運指でわざとアーティキュレーションを切ることができる」という利点が出てきます。手が相当大きくないと、2の指を離さない限り1オクターブ上のB音をつかめないからです。
「新版 モーツァルト 演奏法と解釈」
著 : エファ&パウル・バドゥーラ=スコダ 訳 : 堀朋平、西田紘子 監訳 : 今井顕 / 音楽之友社
という書籍で書かれているように、このようなスラーの切れ目で音響はつなげる解釈もあります。
・新版 モーツァルト 演奏法と解釈 著 : エファ&パウル・バドゥーラ=スコダ 訳 : 堀朋平、西田紘子 監訳 : 今井顕 / 音楽之友社
‣ 10. 一瞬の切れ目をつくれる運指
譜例(Finaleで作成、左手で演奏すると想定)
譜例のように、スラーが拍をまたいでおらず、速いスケールの直後に一瞬の切れ目を入れるアーティキュレーションが求められることはよくあります。こういった時は、もし前後関係が許すのであれば、右側の譜例で記したように、スラーがかかっている最後の音を親指で弾くように運指を設定してください。
両方の運指で弾き比べてみると明らかですが、スラー終わりの音を親指で弾くと、その直後の一瞬の切れ目がとても作りやすいでしょう。親指のバウンドを使って飛ばすことができるからです。当然、その音が大きく飛び出ないように気をつける必要はあります。
► 終わりに
アーティキュレーションは、楽譜の奥に隠された作曲家の意図を読み取る重要なヒントです。
アーティキュレーションについてさらに理解を深めたい方は、以下の記事を参考にしてください:
・【ピアノ】「ため息」音型完全ガイド:表現力を高める演奏テクニック
・【ピアノ】2打点ひとカタマリのアーティキュレーションへのアプローチ
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