ピアノ曲の意外性テクニック:名曲に見る作曲家たちの工夫
► はじめに:意外性とは何か
ピアノ曲は数え切れないほどあるために、作曲家たちは常に新しい表現を試行錯誤してきました。
・ただキレイな作品
・ただ速く動き回る作品
・ただショパンっぽい作品
こういったものばかりを作曲していても創造的な進展は望めません。そこで作曲家たちは、時に意外性を含んだ作品を模索してきました。
ただし、この「意外性」という要素は非常に扱いが難しい題材です。
なぜなら、聴き手が意外と思うかどうかは主観的なものであり、万人に共通する意外性を見出すことは容易ではないからです。
► 意外性の多様な表現方法
‣ 1. 音域による意外性
ラヴェル「ピアノ協奏曲 ト長調 第1楽章」の例
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲頭のピアノパートのみ)
【譜例の説明】
このピアノパートでは、15小節もの間、高音域で分散和音を繰り返し続けます。
やっていること自体は通常の分散和音ですが、「ずっと高い音域で、ずっと同じことをやり続ける」というところにインパクトがあります。
・ずっと低い音域に居続ける
・ずっと高い音域に居続ける
これらは特に近現代以降の作品で見られる手法です。
‣ 2. 構造的な意外性
ベートーヴェン「ピアノソナタ第17番 テンペスト ニ短調 op.31-2 第3楽章」の例
譜例(PD作品、Finaleで作成、335-351小節)
【譜例の説明】
15小節半もの間、オルゲルプンクトで同じ音型が静かに繰り返された後、突然 ff で第一主題が再現されます。
subitoでダイナミクスが上がるという表現は確かにとられているのですが、ただ単に大きな音が出るから意外なのではありません。
323小節目からすでにコーダへ入っている楽曲終盤で聴き慣れていた主要主題が突然再現されるからこそ、意外さと一種の驚きを感じます。
‣ 3. 即興的要素による意外性
ブラームス「4つの小品 第3番 間奏曲 Op.119-3 ハ長調」の例
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、41-44小節)
【譜例の説明】
dolceで歌われていた曲想の中に、突然即興的な要素が挟み込まれます。
これは作曲家の遊び心であり、「Grazioso e giocoso(優美に楽しげに、優雅さと遊び心)」という指示がすべてを物語っています。
‣ 4. 音楽的文脈の意図的な裏切り
プロコフィエフ「子供の音楽-12のやさしい小品 物語 Op.65-3」の例
譜例(PD作品、Sibeliusで作成、15-21小節)
【譜例の説明】
この作品では、数小節間ずっとE音が鳴りっぱなしの後、突然F音が鳴ります。
聴衆は一瞬「間違えて隣の音を弾いてしまったのか」と思うような意外性を感じます。
作曲家は意図的に「次はこうくるだろう」と思わせる展開を作り、それを適切なタイミングで裏切ることで効果を生み出しています。
ドビュッシー「前奏曲集 第2集 より 妖精はよい踊り子」の例
譜例(PD作品、Finaleで作成、101-108小節)
【譜例の説明】
カギマークで括った2箇所(105、107小節目)に注目してください。
101小節目からずっと似たような音型が続きますが、カギマークで括った2箇所でいきなり、意外性のあるサプライズサウンドが挟み込まれるんです。
直後にsubitoで pp へ戻すことで何事もなかったように素知らぬ顔をして先へ進んでいくからこそ、意外性のある2箇所の効果が際立ちます。
‣ 5. びっくり箱的表現による意外性
ある意味、「1. 音楽的文脈の意図的な裏切り」と共通する意外性ですが、ダイナミクスの急変を伴うものです。
ラヴェル「クープランの墓 より リゴードン」の例
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、中間部の終わり部分)
静かで美しい中間部から、 ff による再現へ一気に戻ります。
楽曲を知らない聴衆は、まさかここでいきなり ff が戻ってくるとは想像つかないでしょう。
このような「びっくり箱的表現による意外性」は、もはやオーソドックスになりつつありますが、
楽曲を知らない聴衆にとっては効果の大きいものとなります。
► 演奏における意外性の表現
意外性を効果的に表現するためのポイント:
視覚的・演奏法的に「これから来る」という予感をさせないこと。例えば:
・サプライズの直前でrit.をしない(するとしても最小限に)
・強度の変化の直前で大きく振りかぶらない
・表情を緊迫させない
► まとめ
意外性は以下のような様々な形で現れます:
・ダイナミクス変化
・音色変化
・テンポ変化
・音域の極端な使用
・即興的要素の挿入
・構造的な意外性
日頃のピアノ練習の中で意外性のある箇所に注目することで、
楽曲理解が深まり、将来的なピアノアレンジの際の引き出しにもなっていきます。
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