【ピアノ】映画「さびしんぼう」レビュー:ショパン「別れの曲」が紡ぐノスタルジックな初恋物語
► はじめに
大林宣彦(1938-2020)監督映画「尾道三部作」完結編となる本作は、ショパンの「別れの曲」(練習曲 Op.10-3)が全編を通して流れる、音楽と映像が見事に融合した作品です。
・公開年:1985年(日本)
・監督:大林宣彦(1938-2020)
・音楽:宮崎尚志(1934-2003)
・ピアノ関連度:★★★☆☆
► 内容について
音楽用語解説:
状況内音楽
ストーリー内で実際にその場で流れている音楽。 例:ラジオから流れる音楽、誰かの演奏
状況外音楽
外的につけられた通常のBGMで、登場人物には聴こえていない音楽
‣ ピアノの上達が示す時間の経過
本作で印象的なのが、主人公ヒロキのピアノ演奏の変化によって物語の進行を表現している点です。最初は右手のメロディのみしか弾けなかったヒロキが、徐々に左手を加え、やがてすべての声部を演奏できるようになっていく過程は、彼の成長そのものを音楽で描いています。
演奏の段階的進化:
・本編21分頃:右手のメロディのみ
・本編40分頃:左手が加わる
・本編89分頃:たどたどしいながらも完全な演奏
・ラストシーン:娘による熟練した演奏
この映画のラストシーンには、様々な見解があります。例えば:
・ヒロキが結婚した百合子に似た人物は誰なのか
・娘が弾いているピアノの上になぜ、ヒロキが百合子にあげたピアノのオルゴールが置いてあるのか
ピアノの上達に関しても、ラストシーンの解釈は自由に想像できます。たどたどしいながらも完全な演奏ができるようになった後、父親と一緒に風呂に入ったヒロキは、演奏が上達したことを褒められます。そこで:
・この時点までの上達と解釈するのか
・娘が演奏するラストシーンまでを、ヒロキの演奏の完成形に含めて解釈するのか
観る側の想像に委ねられているのも本作の魅力です。
‣ 興味深い音楽演出の数々
· シームレスな音楽転換
本編88分頃のヒロキと「さびしんぼう」の会話シーンでは、話題が「別れの曲」に及ぶとBGMが自然にその曲へ移行し、話がそれると再びオリジナル楽曲に戻ります。これを別々の曲ではなく一つの編曲として処理することで、映像の流れを損なわない音楽演出を実現しています。
· 状況内音楽の妙技
木魚とピアノのシンクロ(本編21分頃)
ヒロキが「別れの曲」を練習する横で、父親がお経を読み木魚を叩くシーン。全く異なる2種の音が同じ空間に存在する面白さに加え、当初はバラバラだったテンポが徐々に一致していく様子は、後に親子の心の距離が縮まることを暗示しているかのようです。
ゼンマイ式オルゴールの演出(本編97分頃)
別れ際にヒロキから百合子へ贈られたピアノのオルゴール。「別れの曲」が流れる中、ゼンマイが切れかけてテンポダウンしていくのに、百合子は最後まで聴かずに蓋を閉めてしまいます。この演出は、二人の気持ちの温度差を音楽で表現した印象的なシーンです。
► 終わりに
本作では、ピアノの上達という具体的な変化、会話に呼応する音楽の転換、異なる音のシンクロなど、音楽演出の創意工夫が見られました。
ショパンの「別れの曲」が持つ甘美で切ない旋律は、届かない初恋の痛みと、人間の心情や成長を見事に表現しています。それは主人公ヒロキだけのものではありません。
瀬戸内の美しい風景と共に、音楽が紡ぐノスタルジックな世界に浸れる一作です。
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