【ピアノ】譜読みはメンタルに効く究極の生存戦略
► はじめに
仕事や人間関係などの日常には、自分の努力だけではどうにもならない「変数」が多過ぎます。どれだけ頑張っても、相手の反応や外的要因によって結果が左右されてしまう。そんな不確実性に満ちた世界で、我々は日々消耗しています。
ピアノの弾き込みも、ある意味では同じです。練習時間を重ねても、昨日できたことが今日はできなくなることもあります。「本当に上達しているのだろうか」という不安が頭をよぎることもあるでしょう。
しかし、譜読みは裏切りません。読んだ分だけ、確実に前へ進んでいる実感が得られるのです。
► 筋トレと譜読みの共通点:「確実な前進」がもたらす心理的安定
‣「努力」と「結果」が直結する、数少ない世界
近年、筋トレがビジネスパーソンの間で人気を集めています。その理由は、単に健康や見た目のためだけではありません。「筋肉は裏切らない」というフレーズが広く支持されるのは、それが現代社会における精神的な救いにもなっているからです。
仕事の場合、どれだけ残業して資料を作り込んでも、クライアントの気分一つでボツになることも。しかし、筋トレをやれば、細胞レベルでは確実に変化が起きます。
外の世界で失った「自分の人生を自分でコントロールしている感覚」を、取り戻しているのです。それは筋トレをする筆者自身、身をもって体感しています。
‣ 譜読みも同じ:読んだ分だけ確実に進む
譜読みにも、筋トレと同じ性質があります。1小節読めば1小節分、1ページ読めば1ページ分、確実に前へ進んでいます。この「積み上げ」の感覚こそが極めて重要だと思ってください。
おおむね弾けるようになっている状態に対してさらに磨きをかけていく「弾き込み」は、「反復状態」なので成長を実感しにくいという側面があります。同じフレーズを何度も繰り返し、微調整を重ねていく作業は、もちろん重要です。しかし、昨日よりうまく弾けない日があることもすでに理解していることでしょう。
一方、譜読みは違います。 たとえゆっくりとした進度であっても、4小節読めば4小節ぶんの新しい音楽を自分の中に取り込んだことになります。仮に、たどたどしくも弾けるようになったところが次の日に弾けなくなっても、運指やペダリングを決めて書き込んだ事実は揺るぎません。
だからこそ、毎日の練習に少しでも譜読みを取り入れることをおすすめします。それは単に新しい曲を増やすためではなく、「前に進んでいる」という実感を毎日得るためなのです。
► たとえテクニック的にまだでも、ピアノに対して大きな自信を持つ方法
‣ とりあえず、何かの分野を全曲譜読みする
ピアノをやっていると、難しい作品を上手く弾けることが一番大事なことのように思ってしまいがちです。小学生が驚くような難曲を驚くようなスピードで弾いている動画などを観たりすると、余計にその気持ちに拍車がかかってしまうのではないでしょうか。
しかし、技術的な完成度だけがピアノの価値ではありません。たとえ今現時点がどんな状態であっても、自分の意欲次第でピアノというものに大きな自信を持てるようになる方法があります。
それは非常にシンプルで、「とりあえず、何かの分野を全曲譜読みする」というやり方です。
‣ レベル別 おすすめの取り組み
初級〜初中級の方:
まずは、J.S.バッハ「2声のインヴェンション 全曲」や「全音ピアノピース ランクA 10曲」などでもいいでしょう。習いに行っている方は、教室でやっている取り組みとは別の作品を使って自主的にやってみましょう。
中級以上の方:
学習がもっと進んでいる方であれば、曲数や規模を増やすのもおすすめです。例えば:
・J.S.バッハ「平均律クラヴィーア曲集」全曲
・ベートーヴェン「初期のピアノソナタ」全曲
・ドビュッシー「前奏曲集」全曲
‣ 完璧に弾ける必要はない
これをやるときには、必ずしもそれらすべてをプロのように上手に弾けることを目指さなくても構いません。譜読みしておおむね弾けるようにすることで、それまで聴いていただけでは分からなかった要素が山ほど見えてきますし、「ある分野を全曲譜読みした」という事実を手にすることで大きな自信になります。
例えば、インヴェンション全15曲を譜読みした場合は、「J.S.バッハのインヴェンションについて、全曲に触れた」と胸を張って言えます。この経験は、単に15曲弾けるようになった以上の価値があります。
J.S.バッハの対位法の考え方、各曲の個性、全体を通した構成――こうした全体像を把握することで、音楽に対する理解の「幅」と「深さ」が段違いに変わります。そして何より、「一つの分野を網羅した」ということから、難しい作品をバリバリ弾けるようになることとは別の観点で大きな自信を持てるようになります。
‣ 巨匠たちも実践していた「全曲譜読み」
「ネイガウスのピアノ講義 そして回想の名教授」(著:エレーナ・リヒテル 訳:森松皓子 / 音楽之友社)という書籍には、以下のような記述があります。
20歳を越えたばかりで次のような作品全てを弾き、全てを暗譜していました――それは、ベートーヴェンのソナタ全曲、シューマン、ショパンの作品全曲、ほとんど全てのバッハの作品でした。それに当時はまだコンサートで決して弾いたことのなかった、名人芸を要求するリストの作品全てをさえ、暗譜していました。私は、建物をその上に築くための巨大な土台を準備しました。
自分の意志で何か一つの分野を選んで挑戦してみてください。それは必ず、読者さんの音楽人生における「巨大な土台」となるはずです。
これに関する筆者自身の取り組みとしては、学生のときに半年間で以下の4名のピアノ曲全曲を譜読みしました:
・シェーンベルク
・ベルク
・ウェーベルン
・武満徹
一人あたりのピアノ曲の数は少ないのですが、4名全員分となるとそれなりの学習量が必要になったのを覚えています。ピアノに関する自信がついたのはもちろん、作曲の勉強に関する収穫になったことも大きかったです。
・ネイガウスのピアノ講義 そして回想の名教授 著 : エレーナ・リヒテル 訳 : 森松皓子 / 音楽之友社
► 余計なことを考え出したら、譜読みに専念する
‣ 暇なほど辛いことはない
あらゆる分野で言われていることですが、我々人間は暇になったり少し時間ができたりすると余計なネガティブなことを考え出します。
・全然上達していかないな…
・あの人はすごいけど、自分は…
・こんなことやっていて意味があるのだろうか…
2020年に自宅待機を強いられた際、多くの方が自分の趣味について見直したり仕事のキャリアについて必要以上に悩んだりしたはずです。必ずしも悪いことばかりではなく、自分を見つめ直す良い機会になったことでしょう。
しかし、これがいつもいつもでは人間は前へ進んでいけません。時間はある程度あったほうがいいのですが、度が超えると人間を苦しめます。暇なほど辛いことはないのです。
‣「弾き込み」より「譜読み」が適している理由
おすすめは、「余計なことを考え出しそうなときほど、譜読みの時間に充てる」というやり方です。
すでにおおむね弾けるようになっている状態に対してさらに磨きをかけていく「弾き込み」は、「反復状態」なので余計なことを考えてしまいがちです。同じフレーズを何度も繰り返していると、ふと「このまま続けて本当に意味があるのだろうか」という疑念が頭をよぎることもあるでしょう。
一方、譜読みは違います。読んだ分だけ確実に前へ進んでいく譜読みのほうが、こういった時期の練習には適しています。 新しい音符を読み、新しい和声の響きに触れる。この「新しさ」が、ネガティブな思考を遮断してくれるのです。
ちょっとした時間を味方につけて、ガンガン譜読みを進めてしまいましょう。気がつけば、ネガティブな思考に費やすはずだった時間が、新しいレパートリーという「資産」に変わっているはずです。
► 終わりに
現代社会は不確実性に満ちています。どれだけ努力しても、結果が保証されない場面が多過ぎます。だからこそ、「努力が確実に報われる領域」を持つようにしましょう。
譜読みは、そんな「確実な前進」を約束してくれる数少ない活動の一つです。
・毎日少しずつでも譜読みを取り入れる
・何かの分野を「全曲譜読み」することで大きな自信を得る
・ネガティブな思考が浮かんだら、譜読みに時間を使う
この3つを意識するだけで、ピアノとの付き合い方、そして日々の心の持ち方が大きく変わるはずです。
譜読みは裏切りません。 読んだ分だけ、確実に前へ進んでいます。そしてその「確実な前進」こそが、不確実な日常を生き抜くための、強力な精神的支柱となります。
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