【ピアノ】映画「パリに見出されたピアニスト」レビュー
► はじめに
「パリに見出されたピアニスト(Au bout des doigts)」は、パリ郊外の荒れた地区で育った才能ある青年マチューが、偶然に音楽院のディレクターに見出され、音楽の世界へ導かれていく姿を描いた感動作です。
この映画の魅力はストーリーだけではありません。音楽の使われ方、特に「状況内音楽」と「状況外音楽」の巧みな演出が、作品の大きな見どころとなっています。
・公開年:2018年(フランス)/ 2019年(日本)
・監督:ルドヴィク・バーナード
・ピアノ関連度:★★★★★
► 内容について(ネタバレあり)
以下では、映画の具体的なシーンや楽曲の使われ方について解説しています。未視聴の方はお気をつけください。
‣ 音楽表現の妙:状況内音楽と状況外音楽
状況内音楽とは:
・ストーリーの中で実際に聴こえている音楽
・登場人物がピアノを弾いているシーンのBGMなど
この映画の音楽演出の特徴は、「状況内音楽」と「状況外音楽」を絶妙に使い分けられている点です。これらを理解することで、映画をより深く味わうことができるでしょう。
‣ 印象的な音楽演出シーン:状況内音楽関連
1. オープニングにおけるシームレスな演出
映画のオープニングでは、J.S.バッハの「平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第2番 より プレリュード」をアレンジした曲が使用されています。オープニングでは状況外音楽(通常のBGM)として流れていますが、アンサンブル部分が消え、純粋なピアノ音だけが残ると、主人公マチューのピアノ演奏シーンへと切り替わります。つまり、状況外音楽から状況内音楽へとシームレスに移行しているのです。
映画の終盤の駅のシーンでは、この演出が逆に用いられ、ピアノ部分のみ消えることで状況内音楽から状況外音楽へと移行する演出もあります。
2. 記憶と現実を繋ぐ演奏シーン
マチューがピアノの鍵盤に手を置くシーンでは、バックグラウンドに流れるピアノ曲は最初状況外音楽として機能しています(マチューがピアノを弾いているわけではないので)。しかし、場面が幼少期の回想に移ると、同じ曲がピアノ教師の老人が弾く状況内音楽となり、再び現代に戻ると、マチューが実際に弾いている状況内音楽へと変化します。
「状況内音楽と状況外音楽の行き来や、現代と過去のそれぞれ状況内音楽の行き来を、一つの音楽の中で担わせている」という巧みな扱い方です。
この一連の流れは、音楽が記憶と現実を繋ぐ架け橋として機能していることを示す優れた演出例と言えるでしょう。
3. 想像上の音楽
興味深いのは、マチューが警察に見つからないよう音を出さずにピアノの前で弾く真似をするシーンです。この時流れるショパンの「ワルツ 第3番 イ短調 Op.34-2」は、映画内の世界で実際には鳴っていない音楽。つまり、マチューの頭と心の中で鳴っている想像上の音楽です。状況内音楽のようでいて状況外音楽でもある、二重の性質を持ったユニークな演出となっています。
「心の中で音楽を聴く」感覚を見事に映像化したものと言えるでしょう。
4. 近代の映画だからこそ確認できる状況内音楽
マチューがヘッドフォンでJ.S.バッハの「平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第2番 より プレリュード」を聴いている場面がありますが、その音楽を残したままマチューが弾いているシーンに変わります。つまり、「ヘッドフォンから流れている状況内音楽」「弾くことで流れる状況内音楽」という別の状況内音楽を、一つの曲で行き来していることになります。
音楽映画では、状況内音楽自体はよく出てきますが、「ヘッドフォンから流れている状況内音楽」というのは、近代の映画だからこそ確認できるものでしょう。
► ピアノ学習から見た映画の魅力
ピアノ学習者にとって、この映画には共感できる要素が多くあります:
1. 音楽の喜びと苦悩
マチューが経験する手の故障のエピソードは、ピアノ弾きが経験する可能性のある身体的な苦しみを描いています。しかし同時に、演奏することの純粋な喜び、音楽を通じた心を通わせるパートナーとの出会い、音楽を通じて感情を表現する解放感、等も描かれています。
2. 独学と正統派教育の対比
独学で身につけたマチューの音楽性と、身を置くことになった音楽院の厳格な教育法との対比は、興味深いテーマです。「女伯爵」との異名を持つ教師との関係は、多くのピアノ学習者が経験する「厳しい先生」との関係を思い起こさせるでしょう。
3. 才能と努力の関係
生まれ持った才能を持つマチューですが、それでもコンクールで成功するためには厳しい訓練が必要でした。この「才能と努力」のバランスは、ピアノ学習者が常に向き合うテーマです。
► 終わりに
「パリに見出されたピアニスト」は、音楽映画の枠を超えて、音楽そのものを映画表現の一部として巧みに取り入れた作品です。特に状況内音楽と状況外音楽の絶妙な使い分けの多様さは、数ある音楽映画の中でもバラエティに富んだものでした。
物語の中で描かれる才能、努力、情熱、そして人間関係は、ピアノを学ぶ全ての方に響くテーマです。原題:Au bout des doigts(この指で未来を拓く)というタイトルが示すように、ピアノという楽器と向き合うことで開かれる未来の可能性を、この映画は美しく描き出しています。
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