【ピアノ】楽譜の奥に隠れた重要な軸音を見抜く
► はじめに
作曲家の意図や音楽的な構造を深く理解するためには、楽譜に隠された「軸の音」を見抜く力が必要です。
本記事では、実例をもとに、軸音を見つけ出すポイントとそれを演奏に活かすためのコツを解説していきます。
► 軸の音を見抜いて活かす6つのヒント
‣ 1. メロディを音楽的に聴かせるコツ
モーツァルト「ピアノソナタ第11番 K.331(トルコ行進曲付き) 第3楽章」
譜例(PD作品、Finaleで作成、曲頭)
曲の始まりの部分の右手です。
大きな音符にしてある箇所をたどると、各拍の頭に「Do Mi La Do」という上昇音型ができていますね。これらの音が「軸の音」になっているので、演奏の際には軸である各音のバランスを良く聴いて演奏しましょう。
どれか一個の音だけが急に強くなってしまったりするとバランスが崩れてしまいます。
メロディを音楽的に聴かせるためには、「メロディの中で軸になっている音を見つけて、それら同士のバランスをとる」というのがポイントになります。
多くのメロディは「軸の音」+「装飾的な音」で成り立っていると思ってください。
この譜例では分かりやすいように音符の大きさを変えましたが、大きな音符が「軸の音」、小さな音符が「装飾的な音」になっています。
他の例として多く見られるのは、次の譜例のような「1小節ごとに小節頭の音が2度ずつ移動する」というケース。
譜例(Finaleで作成)
「So – Fa – Mi -Re」という階段ができていますね。
これを見抜けば、「So – Fa – Mi -Re」などとデコボコしてしまったら不自然だということに気づくでしょう。
‣ 2. 音の「軸」と「装飾」の識別
ドビュッシー「2つのアラベスク 第2番 ト長調」
譜例(PD作品、Finaleで作成、曲頭)
こういった細かな音の連なりでは、「軸の音」を見極めることが重要。
例外もありますが、軸の音は「各拍頭の音」に注目していくと抽出できることが多く、譜例では丸印をつけた音が軸の音です。
ここでは、着地点である裏拍の音も軸の音になっています。
別の例を見てみましょう。
モーツァルト「ピアノソナタ ニ長調 K.576 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、178-179小節)
譜例のところはこの楽章の終盤であり、一番賑やかなクライマックス。
フォルテで鳴らしたいところですが、全てをガンガンに弾くのではなく、1小節ひとカタマリの中からモノを言っている部分を見抜いて表現すると、より音楽的に演奏できます。
丸印で示した部分がフレーズのヤマになっていて、ファンファーレのよう。
f というのはあくまで 「f 領域」という意味であり、その中でも強調すべき音と控えめにすべき音というのを見極めなければいけません。カタマリ全体として f のエネルギーが伝わってくれば、それは f と言えるのです。
さらなる例を見てみましょう。
ベートーヴェン「ピアノソナタ第17番 テンペスト ニ短調 op.31-2 第3楽章」
譜例(PD作品、Finaleで作成、381-384小節)
丸印に注目してください。
382小節目は小節を2分したポイント、383小節目は各拍頭の音、これらを合わせると「減七の和音(ディミニッシュ・セブンス・コード)」になっていることが分かります。
特に、各拍頭の音は認識されやすいので、383小節目のパッセージを聴いた時に減七の和音の響きを感じるわけです。
仮にタイミングが1音ずつ横にずれると、和声の印象も大きく変わって聴こえます。
ショパン「エチュード op.10-4」
譜例(PD作品、Finaleで作成、曲頭)
丸印に注目してください。
各拍頭の音を取り出していくと軸となるメロディが浮き彫りになる例です。
モーツァルト「ピアノソナタ ニ長調 K.576 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、50-57小節)
2箇所のカギマークで示したように、ここでは同じメロディ素材が変化とともに繰り返されています。
2回目では装飾的な変奏が加えられていますが、結局、丸印で示したように元のメロディはきちんと埋め込まれていますね。
続いて、伴奏形の例を見てみましょう。
モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.333 第2楽章」
譜例(PD作品、Finaleで作成、51-53小節)
52小節目の左手パートを見てください。
こういったカタチはただ単にそう聴こえて欲しいから書かれているのではなく、音楽的な要求があるのです。
具体的には、丸印で示した部分がバスラインとして、1拍ごとに1度だけバスが鳴る通常のカタチよりも音楽を前へ進める印象がより強くなっている。
左手部分のみでも多声的な扱いになっています。
演奏方法としては、丸印で示したバスラインを他の音よりもやや大きめに響かせるといいでしょう。
加えて、各拍の4つ目のバス音から次の拍のバス音へのつながりを意識してください。
このように「伴奏部分を多声でとらえてみる」というのは、あらゆる伴奏型を読み解くポイントになります。
‣ 3. 一見単調に見える音群の本質的な意味
ラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲頭)
下段の丸印で示した音を見てください。
「C音-D音-E音」と「2度で上がっていくラインが内包されている」ということが分かると思います。これらが「一本の線」として聴こえるように演奏しましょう。
この作品には「ラヴェル自身が編曲したオーケストラ版」があります。
そのオーケストラ版では、以下のように担当分けされています:
・丸印をつけた音は、コントラバスのピチカート
・下段のそれ以外の音は、チェロのピチカート
つまり、オーケストラ版を参照することでも、ラヴェルがそれらの音をどのように扱いたかったかを理解する手がかりになるのです。ラヴェル自身が編曲したからこそ受けられる恩恵ですね。
‣ 4. パッセージに隠された軸音同士の対話を聴き取る
モーツァルト「ピアノソナタ K.545 第1楽章」
譜例(PD作品、Finaleで作成、18-21小節)
ここでは4音ひとかたまりで各声部に与えられたフィギュレーションがやりとりしていきますが、それらの中にもさらに軸となるやりとりが含まれています。
丸印で示した音を見てください。
これらの4分音符が、それぞれ対話をしているかのようにやりとりしています。
譜例の場合もそうですが、「長い音価の音符」に注目してみると軸の音を見抜けることが多くあります。
似た例をもう一つ見てみましょう。
モーツァルト「ピアノソナタ ニ長調 K.576 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、58-62小節)
丸印で示したようなやや長い音価で書かれた到達音は、キーノートとなります。
‣ 5. 隠れた多声メロディの発見と表現
モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.281 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、57-58小節)
57小節目での右手で演奏するメロディは見た目はひとつの線ですが、内容としては多声的になっています。
あえて声部分けをするとすれば、下側の譜例のようになるでしょう。
中には、このようなことを考えてフィンガーペダルを使って演奏する例もありますが、テンポは Allegro ですし重くならない方がいいので、通常通りに弾いても問題ありません。
ただし、多声的になっているということが伝わるように弾く必要はあります。
どうすればいいかというと、上の方の声部をやや大きめに、下の方の声部をやや控えめに弾いてください。
そうすることで、フィンガーペダルを使わずとも多声的に聴かせることができます。
もう一例を見てみましょう。
モーツァルト「ピアノソナタ第8番 K.310 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、52-57小節)
52小節目の丸印で示したCis音は、次の小節の丸印で示したD音へつながるメロディ。
56-57小節のように完全に声部分けされていれば分かりやすいのですが、52-53小節のように部分的にしか声部分けされていないと、見落としてしまう可能性があります。
メロディCis音からD音へのつながりを大切に演奏しましょう。矢印で示したように内声のつながりも意識し、横のラインの流れを乱さないように。
‣ 6. 内声強調の落とし穴と適切な表現
ほとんどの楽曲には「メロディ」があります。
つまり、主役はメロディであるわけですが、作曲家が指示したわけでもない内声をやたらに強調して、いかにも発見したかのような演奏をする方がいます。
ある程度上達してきて、余裕が出てきた学習者に多い印象。
内声の中から美味しいラインを見つけ出して、それを強調すること自体は悪いことではありません。
しかし、やり過ぎな演奏には疑問を持ってしまいます。
基本としての取り入れ方としては、「繰り返しで、”2回目は変化を与えたい” という明確な意図がある時」に限っておくといいでしょう。
思い返して欲しいのは、「今、その箇所で一番聴かせたいのはどこなのか」ということ。
たいていの場合は「メロディ」ですね。
・やたらに内声の強調を取り入れて、主役を邪魔しないこと
・取り入れる場合でも、主役を邪魔しないバランスを探ること
これらを意識すると、本当に言いたいことは何なのかが整理されたスマートな演奏になるはずです。
► 終わりに
この記事で紹介した軸音の見抜き方を実践に取り入れることで、演奏がより音楽的に深みを増します。さらに深く学びたい方は、以下の記事を参考にしてください。
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