【ピアノ】暗譜との向き合い方:理解を深めるための考察
► はじめに
暗譜は多くのピアニストにとって避けて通れない課題であり、これは単なる記憶作業ではなく、楽曲への理解を深める重要な過程でもあります。
本記事では、暗譜という行為との向き合い方について、実践的な視点から考察していきます。
► 本番で弾かない曲を暗譜する利点
本番で演奏する曲は、多くの場合は暗譜をすることになりますが、本番で弾かない曲でも暗譜する利点があります。
その利点とは、当然のことではありますが「楽曲を深く理解できる」ということ。
楽譜を見ながらであればおおむね弾けるようになっている状態と暗譜で弾けるようになっている状態とでは、学習到達段階が全く異なります。
・和声進行の論理的な流れ
・主題の展開方法
・細かな音楽表現
・繰り返しのときの微細な違い
などをきちんと理解していないと、暗譜では弾けません。
暗譜が出来るようになるためにたくさん弾き込んだり、忘れたところを覚えるために工夫を凝らしたりと、そういった過程の中で楽曲の理解は深まります。
楽譜に張りついているだけの練習で終わらせる場合とでは、理解度に圧倒的な差が出てきます。
取り組む楽曲すべてを暗譜する必要はありません。
しかし、勉強になる楽曲、深く知りたい楽曲などは、仮にその時は本番で弾かないとしても、一度、暗譜までもっていってみましょう。
► 本番で楽譜を見る場合でも暗譜するべきところ
暗譜が間に合わないといった理由から、本番で楽譜を見ながら演奏することもあるでしょう。
その場合でも、部分的な暗譜は重要です。
特に譜めくりの位置は、音楽の流れを左右する重要な要素です。
なぜか、律儀にページの変わり目でのみめくるケースが散見されますが、そこが音楽的に不自然なところである場合も少なくありません。
これの何が一番の問題なのかというと、めくる位置というよりも、「楽譜を置いているからという理由で暗譜を完全に放棄していること」です。
全曲を暗譜できないから楽譜を置いているのかもしれませんが、1小節も暗譜できないわけではありませんよね。
それだったら、ページの変わり目から数小節前後のキリの良いところくらい暗譜してしまって、音楽的な流れをくずさないところでめくることをおすすめします。
► 暗譜をしていなくてもステージ上の見栄えを良くするコツ
「人は視覚的にも音楽を聴く」と言われています。実際、暗譜して本番をこなした方が、楽譜を見て弾いているよりも聴衆からの印象は良い傾向にあります。
伴奏では楽譜を見て弾くのが通常ですが、少なくともソロの場合はそうですね。
筆者自身もイチ聴衆として演奏を聴くときにはそのように感じます。
では、完全な暗譜が難しい場合でも、ステージ上の見栄えを良くするコツがあります。
それは「楽譜を見る時間を必要最小限にする」ということです。
ある程度は暗譜できているのにも関わらず、かじりつくように譜面を見ている方が見受けられますが、少なくともソロ演奏の場合は、明らかに視覚的な損をしています。
譜面台に譜面を置いている時点で、暗譜ができていないということは聴衆に伝わってしまっています。
しかし、たまにチラと見るのとかじりつくように譜面を見ているのでは、そこから先の印象に明らかな違いがあるんです。
「ほぼ暗譜で弾いているつもりで、一応譜面を置いておく」くらいの気持ちで練習しておくと、視覚的にも自然な演奏が可能になります。
► 本番で暗譜をするメリットとデメリット
演奏者が暗譜をしていることによる聴衆側の立場からの「メリット」とすると、
「楽譜とにらめっこされている場合よりも、自分たち(聴衆)と向き合ってくれていると感じる」という点でしょう。
例えば、スピーチを聴くときでも、原稿を持って話している人よりも、暗記して話している人の方が、
「この機会に真剣に向き合ってくれている」という印象を受けますよね。
演奏者が暗譜をしていることによる聴衆側の立場からの「デメリット」は、ほとんど無いといっていいでしょう。
逆に、暗譜をしていることによる演奏者自身にとっての「メリット」とすると、
「不安なところがない限り、演奏に集中できる」という点が挙げられます。
楽譜を見て演奏する場合、
・自分の音を聴く(聴覚的な要素)
・楽譜を見る(視覚的な要素)
・鍵盤を見る(視覚的な要素)
などといったように、他にもいくつもの感覚を使っていることになります。
この中から「楽譜を見る」という視覚的な要素のひとつを取り除いたほうが、自分の音をよく聴いて演奏することができます。
「飛ぶのが怖くてむしろ集中できない」という声も聴こえてきそうですが、それは、言ってしまえば「練習不足」です。
暗譜をしていることによる演奏者自身にとっての「デメリット」とすると、
「楽譜に書かれている細かなことを忘れている可能性がある」という点が挙げられます。
暗譜している場合、以下のような要素は自然と記憶に残ります:
・音高
・リズム
・大まかなダイナミクス
しかし、人間は「忘れる生き物」なので、以下のような細かい指示は見落としがちです:
・細かなアーティキュレーション
・繊細なダイナミクス
・さりげなく書かれている音楽用語
”本番での暗譜” の話をしているのですが、
本番で暗譜をするということは、練習の段階から暗譜で弾き込むことになるので、
こういった部分がおろそかになってしまう可能性があります。
「暗譜ができていたとしても、ときどき楽譜を読み直す」
という過程を練習に組み入れながら、本番へ向かっていくべきです。
► 暗譜をすると失うもの
「暗譜をすると、得られるものと同じくらい失うものもある」
これは、数十年前、とあるピアニストが月刊ピアノのインタビューで語っていた言葉です。
「失うもの」が何かは具体的に語っていませんでしたが、
おそらく、「わかったつもりになっていて忘れてしまっている細かなニュアンス」のことも含まれると思います。
前項目でも話題にしましたが、
暗譜をしている楽曲であっても時々楽譜を見直してみると、
「こんな記号が書いてあったんだ」
「ここでスラーが切れているのは忘れていた」
などと、たくさんの発見があるはず。
暗譜した結果、楽譜から完全に離れてしまうと、これらのような発見はありません。
こういった部分が「失うもの」とも言えるでしょう。
► 本番での暗譜を覚悟したら
せっかく暗譜をしても、本番が終わってから一定期間が過ぎる怪しくなりますね。
「結局また忘れてしまうから」と思うと、意味のないことを頑張っていると感じてしまう方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、暗譜というのはある意味では「パフォーマンス」だということを理解してください。
例えば、フィギュアスケートで見事に3回転半を跳ぶ選手も、本番という場に標準を合わせて調整してきているからこそ跳べるわけです。
オフシーズンにいつでも跳べるわけではないのは明らかでしょう。
頑張って練習していても尻もちをつく可能性はあるし、もちろん練習していないと出来なくなる。
しかし、本番での喜びを想像して練習に励んでいます。
繰り返しますが、暗譜というのは、ある意味ではパフォーマンス。
本番へ向けて調整しないと標準が合わないのは仕方ないこと。
当然、暗譜だけでなく、テクニック面に関しても言えること。
忘れたり、出来なくなることはピアニストにとっても誰にとってもデフォルトであると踏まえたうえで練習していきましょう。
► 終わりに
本記事では、暗譜という行為との向き合い方について、様々な角度から考察してきました。
暗譜は単なる記憶作業ではなく、楽曲への理解を深め、より豊かな演奏表現へと導く重要な過程です。
暗譜に関する具体的なテクニックについては、「【ピアノ】暗譜の攻略テクニック17選:確実な記憶から本番対策まで」で詳しく解説していますので、併せて参考にしてください。
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