【ピアノ】ショパン「エチュード Op.25-1 エオリアンハープ」演奏完全ガイド
► はじめに
曲の背景
この練習曲には「エオリアンハープ」と「牧童の笛」という2つの愛称があります。エオリアンハープという名称は、音楽評論家シューマンによって名付けられました。一方、牧童の笛という呼び名は、ショパン自身がレッスンで語った情景描写に由来します。それは「嵐を避けて洞穴に身を隠した牧童が、遠くで荒れ狂う風雨をよそに、静かに笛を吹いて優雅な旋律を奏でている」というものでした。
エオリアンハープとは、ギリシア神話の風神エオルスにちなんで名付けられた特殊な楽器です。共鳴箱に張られた複数の弦がユニゾンに調弦され、人の手で弾くのではなく、風の力によって自然に音を奏でる仕組みになっています。洞穴の入口や崖など、適度な風が吹く場所に設置すると、風向きや強さによって倍音が変化し、幻想的な響きを生み出します。高倍音が発生しないため、すべての弦が鳴っても不協和音にならないという特徴があります。
(参考文献:最新ピアノ講座(8) ピアノ名曲の演奏解釈Ⅱ / 音楽之友社)
演奏難易度と推奨レベル
この楽曲は「ツェルニー40番中盤程度」から挑戦できます。
本記事の使い方
この楽曲を、演奏のポイントとともに解説していきます。パブリックドメインの楽曲なので譜例も作成して掲載していますが、最小限なので、ご自身の楽譜を用意して読み進めてください。
各セクションごとに具体的な音楽的解釈を示していますので、練習の際に該当箇所を参照しながら進めることをおすすめします。
► 演奏のヒント
‣ 楽曲構成とテンポ設定について
楽曲構成
・A:1-16小節
・B:17-35小節
・A:36-49小節
テンポ
原典版を含め、ほとんどの版では ♩=104 が指定されています。この楽曲に初めて挑戦する方は、♩=92程度を目標とするといいでしょう。ただし、メトロノームに合わせて機械的に演奏するのではなく、おおよその速さを知るためにメトロノームを利用するに留めて、音楽的な練習を心がけましょう。
‣ この楽曲全般における重要点
ショパン「エチュード(練習曲)Op.25-1 エオリアンハープ」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、曲頭)

指の形と打鍵方法
比較的演奏しやすいと言われているにも関わらず、独学におけるショパンのエチュードの入門楽曲としてこの楽曲をおすすめできないのは、指の角度に関する良くないクセがつきやすい楽曲だからです。
・全曲に渡るアルペジオ音型で効率よく音を出すためのポイントは「指先に角度をつける」こと
・関節をフニャフニャさせない意識も持っておく
・一番避けたいのが、指をベタっと伸ばしたまま弾き進めてしまうこと
・音が浮いてしまううえに、不揃いの原因にもなってしまい、視覚的にも美しくない
(図)

・このクセは一度つけてしまうと抜くのが大変なので、特に独学の方は気をつけて練習する
・似たような音型が出てくる楽曲はすべて同様
・ショパンをはじめ、特にロマン派以降の作品では頻出する音型
肘の回転:
・左手は1拍毎に肘を時計回り、右手は1拍毎に反時計回り
・この動きを加えることで肘を固めたまま指だけで弾くよりも格段に演奏しやすくなる
・大げさに回してバタバタしないように、行なっている動作は無駄な動きになっていないかをよく注意する
・両手共に5の指(小指)が軸になっているイメージ
手が大きく広がりますが、「手の広がり」というのはショパンのピアノテクニックの一つと言えるでしょう。
和音を響きとして捉える:
・全曲に渡るアルペジオ音型では、1音1音がはっきりと欲しいわけではない
・「全体として聴こえてくるハーモニーが欲しい」という意図
・つまり、メロディとバスの音は響かせるが、それ以外の内声は響きの中に隠れるような柔らかい音色で弾く
・こういった内声を柔らかい音で弾くコツは、鍵盤からできる限り指を上げずに最小限の動作で打鍵すること
・両手共に親指の音が飛び出しがちなので注意する
・このような伴奏型の左手部分では、「かえり(下行音型)」もしっかりと聴く
ペダリング
この楽曲では、ショパン自身がペダリングの指示を残しているので、お使いの版にも書かれていることでしょう。基本的にはそのペダリングを使って構いませんが、ポイントとなる箇所は本文中でピックアップして解説していきます。
バランスについて
あまり音楽的な言い方ではありませんが、両手のバランスを数値化すると「メロディ100に対してバス80、内声はもっと隠れて」というバランスを基本に、曲想に応じて細かく応用していくのがいいでしょう。
跳躍について:
・メロディの跳躍(特に楽曲後半は跳躍の音程が大きく難易度が高い)が1ページ目から度々出てくる
・こういった箇所では、「手の移動に時間がかかってしまって空いてしまった」と聴こえないように
・手のポジションが跳ぶときには、手の平を締めるようにする
・腕に力を入れずに跳べるように練習する
・ポイントは、肘を上げずに跳躍すること
‣ 1-16小節
曲頭のアウフタクトから1小節目の弾き方:
・最初にアウフタクトでEs音があり、1小節目の頭のメロディもEs音
・この2つのEs音をどのような音質で始めるかでその演奏の印象が決まってしまう
・一番マズいのは、この2つを同じ音質、同じ強さで並べてしまうこと
・「コン!コン!」というドアのノックが何故不快かというと、全く同じ音が連続しているから
・アウフタクトはアップの動作で弾き始め、1小節目の頭のメロディにダウンで着地する
・アウフタクトのEs音は打鍵速度に気をつけて、丸い音を出す
・カツンという現実的な音を出すと冷めてしまう
・アウフタクトで遠くへ行った響きを、1小節目の頭の音で捕まえて戻すイメージ
・左手の最初の音は、直後の跳躍に気を取られて跳ねないように
・指先の点で狙って打鍵する
冒頭のフレーズ:
・大きいフレーズで、2小節目の頭で音楽が止まらず、音楽を横へ引っ張っていく意識を持つ
・5-8小節目は2小節単位でなく、4小節で大きなフレーズとして捉えてもいい
和声の変化
・「1、2小節目はずっと同一和音(2小節1和音)」
・「3小節目は1つの和音(1小節1和音)」
・「4小節目は2つの和音(1小節2和音)」
となっており、ハーモニーの変化がだんだん細かくなっていき、5小節目の「一時的転調(調性の拡大)」に入ります。このように、この曲では音価の刻み方はほぼずっと同じですが、ハーモニーの変化などでエネルギーの変化、メリハリをつけています。ハーモニーが変わるというのは一種のリズム表現です。
音楽の動き出し:
・4小節目では、この楽曲As-durが持っていない音(E音)が初めて出てくる
・次のDes-durの主和音を導くための音
・つまり、ここまでより音楽的に動き出す
・5小節目の頭では、Des-durになった響きを意識する
6小節目ではさらに細かくなり、「1小節4和音」に
この楽曲のように、「似たような素材を繰り返しながらハーモニーが移り変わっていくような楽曲」の場合、「ダンパーペダルが濁らないようにすること」が重要です。
分析的観点から
6小節4拍目の左手バスにアクセントがついていますが、何故でしょうか。
この4拍目は、音楽理論的には主調のAs-durから離れた和音です。その意外性のある和音から次の小節の強拍へ音楽を持っていく、というエネルギーが読み取れるアクセントに見えてきます。
楽曲を演奏するために分析する場合、このように「初めて出てきた要素」「今までと変わるきっかけになった要素」などをしっかり見極めることが大切です。
譜例(7-8小節)

メロディの跳躍の自然さ:
・7小節4拍目にかけてはメロディ(大きい音符)が「7度跳躍」する
・メロディの跳躍ではこれまでで一番広い音程だが、テンポが不自然に遅くならないように注意する
・メロディの跳躍する箇所では、メロディのつながりがなくならないように
・指は離していても音をよく聴き続ける
・7小節4拍目のメロディB音ではすぐ直前にも伴奏音のB音が鳴っているが、これが大きくならないように
8小節目から9小節目への移行:
・8小節目の最後では多少ゆっくりしてもいいが、rit.と思わずに「やや息を入れるだけ」という意識で弾く
・そうすることで、音楽を停滞させずにテンポをゆるめることができる
譜例(15-16小節)

声部分けされた副旋律:
・譜例の部分では、副旋律にあたる要素を示す意図で声部分けがされている
・ここの副旋律は重要だが、頑張り過ぎると主旋律との関係性が分からなくなるため、バランスをよく聴く
連符の音数変化の意味
16小節4拍目の左手は5連符になりますが、最後の2つの音をよく聴きましょう。ここで5連符になったのは、次の小節から4つ(通常の16分音符が1拍に入る数)になるため、「6→5→4」とすることで音楽を滑らかに移行したように聴かせるためです。
ペダリング:
・16小節2-4拍目は第9音が入っているかどうかの違いで、和声的にはほぼ同じ
・しかし、この小節は各拍ごとにペダルを踏み替えたほうがクリーンな響きが得られる
‣ 17-35小節
B(17小節目から開始)の導入:
・17小節目からは、左手の親指で弾く音符が大きい音符になっている
・この音と右手で演奏する主旋律が対話するように
・ここからは、左手が4つになるため、音楽の横の流れを意識しないと停滞したように聴こえてしまう
・これまでと同じテンポの中で数が変わっているのが美しさなので、テンポ自体が遅くならないように気をつける
無闇な間(ま)を取らない:
・21-22小節の移り変わりでは、ここも遅くせずに次へ進む
・スラーが大きくかかっているため、この後控えているクライマックスへ音楽を向けていく
場面の移り変わり:
・22小節目からは p になるが、指は深く打鍵し、かすったような音にならないように
・ここからは和声を考慮して、夢の中の世界のような雰囲気の変化を感じ取る
譜例(23-24小節)

フレーズの細かさとテンポ:
・「フレーズが細かくなったところ」では変にテンポを動かさずにサラリと先へ行くべき
・長いフレーズが特徴的なこの楽曲の中にあって、譜例の箇所では「1小節ごとのフレーズ」になっている
・こういった箇所では、大きな呼吸はとらずにサラリと次へ進む
・フレーズの細かさの変化が、テンポの動かし方のヒントになる
分析的観点から
24小節目の riten. はやり過ぎず、少しだけにすることで、この後のクライマックスへつなげます。なぜ、ここに riten. が書かれていると思いますか。
・ただ単にメロディだけを歌っていると、25小節目と26小節目の間に段落があって呼吸が入るように感じるはず
・しかし実際、25小節目は a tempo で26小節目へ向かって一気に進む小節
・その効果を高めるために、24小節目に riten. が書かれている
・したがって、構成分析をする場合も「24小節目と25小節目の間に切れ目が入る」と解釈する
大きな表現:
・26小節目の f からは、メロディやバスのみでなく、内声も主張して構わない
・情熱的に、晴れやかに
変化への対応:
・29小節目は、左手の数が変わったことを感じて弾く
・書かれているからそう弾くだけでなく、その変化が自分の感覚にどう訴えてくるのかを意識することが大切
跳躍における時間:
・29小節目3拍目から4拍目への跳躍は、止まらずに跳躍する
・指先に目がついているイメージで跳躍する
・フレーズ線を考慮し、30小節目への移り変わりもノンストップで
クライマックスを見越した表現:
・f だが、この後に楽曲最大のクライマックスが待っている
・したがって、26小節目の f よりもやや控えめの表現にするのを推奨
手のポジションと運指:
・32小節4拍目の手の交差は、右手が上に来るようにすると弾きやすい
・ここの左手の運指は「52124」を推奨
・33小節4拍目の左手の運指も「52124」を推奨
楽曲最大のクライマックス:
・34小節4拍目への跳躍では変なタメを作らずに跳ぶ
・ここの appassionato が楽曲最大のクライマックス
・34小節4拍目のメロディGes音、35小節1拍目のメロディF音をしっかりと鳴らす
‣ 36-49小節
場面転換とラストへの持っていき方:
・36小節目の頭の音を弾いたら p
・対比を意識して、場面転換を明瞭に
・上記の「曲の背景」から想像できるように、しつこい音楽にせず、ここからラストまでは特にあっさりと進むべき
弱奏場面におけるバス音の意識:
・39小節目で pp になり、40小節目からは dim. していくが、バスの響きが消えないように
・弱奏場面では、メロディは意識できていてもバス音には意識が行きにくいので注意
44小節目からのパッセージ:
・44小節目からの広い音域にわたるアルペジオは、さほど感情を入れずにあっさりと弾く
・cresc.せずに淡々と弾き進める
・44小節目の最初の音でタメないで、さっと上がっていく
・この小節から曲の最後までは、ソフトペダルを踏んで色を変えるのを推奨
譜例(46-48小節)

同じ音型の繰り返し:
・46小節2拍目から同じ音型が繰り返されていく
・一回多くなってしまったり、一回少なくなってしまったり、という暗譜のミスが目立つ
・全く同じ音型の繰り返しというのは、かえって暗譜しにくい一面がある
対策:
・「繰り返しの勘定」をする
・繰り返しは「7回」なので、「1回、2回、3回…」などと、心の中でカウントする
・小節線に頼って「46小節の2拍目から繰り返し始めて…」などと考えることは必要
・ただし、それだけでは高確率で回数を間違えてしまう(小節頭から繰り返しが始まらないのでなおさら)
その他の注意点:
・46小節目あたりでテンポが遅くなってしまっている演奏が多く見受けられる
・テンポはそのままで風のように通り過ぎる
譜例(48-49小節)

48小節目の演奏:
・48小節2拍目の右手和音は、小指の音を意識して抽出し、ただの和音のカタマリになってしまわないように
・4拍目の右手は装飾音のはじめのD音と合わせる
曲尾のトリル:
・曲尾のトリル部分にフェルマータを入れる演奏が多く見られるが、これは誤り
・主要なエディション(ヘンレ版、エキエル版、パデレフスキ版、コルトー版など)にフェルマータは書かれていない
・トリルでフェルマータしてしまうと、最終和音の伸ばしが活きなくなる
► 終わりに
この楽曲では、アルペジオの連続という一見単純な素材から、どれだけ豊かな音楽を引き出せるかが演奏者の腕の見せ所となります。
本記事で解説した各ポイントを意識しながら、楽曲全体の流れを大切に練習を進めてみましょう。
推奨記事:
・【ピアノ】コルトー版の魅力と実体験レビュー:使い方と注意点を詳しく解説
(練習方法をさらに学ぶための教材 /「コルトー版 ショパン 12のエチュード Op.25」の併用を推奨)
► 関連コンテンツ
著者の電子書籍シリーズ
・徹底分析シリーズ(楽曲構造・音楽理論)
Amazon著者ページはこちら
YouTubeチャンネル
・Piano Poetry(オリジナルピアノ曲配信)
チャンネルはこちら
SNS/問い合わせ
X(Twitter)はこちら

コメント