【ピアノ】楽譜の版選び:悩みとモヤモヤを解消する方法
► はじめに
「楽譜の版選び」に悩んでいるピアノ演奏者は少なくありません。
本記事では、楽譜の選び方を理解し、悩みを解消するためのポイントをご紹介します。
► A. 版選びの前提
‣ 1. なぜ、版選びが話題になるのか
楽譜でどの版(エディションを)使用するかについて話題になることがあります。
それぞれの使いやすさがあり、同じ楽曲でも初心者にとって学習しやすくなっているものや、校訂者の音楽性が強く表れているものなど、千差万別。
一方、以前から原典版を持っておくように書いているのには、結構重要な理由があるのです。
「フレージングとアーティキュレーション―生きた演奏のための基礎文法」 著 : ヘルマン・ケラー 訳 : 植村耕三、福田達夫 / 音楽之友社
という書籍に、以下のような記述があります。
(以下、抜粋 譜例はFinaleで作成)
[モーツァルトの]へ長調ソナタ(K. Anh. 135)冒頭で、弧線が小節の頭の前で終っているのは
充分な理由があるのであって、それによって小節の頭が強調されるのである。
モーツァルトがジュピター交響曲におけるように弧線を先まで引いている場合には最後の音はディミヌエンドになる。
(抜粋終わり)
これを読むことで見えてくるのは、第三者にアーティキュレーションを変更されてしまうことの怖さ。
仮に上記、「へ長調ソナタ(K. Anh. 135)」のスラーそれぞれが次の小節の頭までかけられてしまっていたらどうでしょうか。
「最後の音符へはディミヌエンドをする」つまり、「フレーズ終わりの音としておさめる演奏」をすることになり、音楽が変わってしまいます。
実際に、こういう種類の変更がされてしまっている楽譜は山ほど出版されています。だからこそ、使用する版について話題になるのです。
勝手に編集されてニュアンスの変更に伴い、音楽エネルギーが変更されてしまっている。
・運指が多く書かれている
・レイアウトが見やすい
・校訂者ならではの解釈が学べる
などといったことは重要なことです。
しかし、それはサイドに置いておいても享受できるので、特に中級以上の段階に達している方は、原典版などのある程度信頼のあるとされているエディションも検討してみるのはいかがでしょうか。
◉ フレージングとアーティキュレーション―生きた演奏のための基礎文法 著 : ヘルマン・ケラー 訳 : 植村耕三、福田達夫 / 音楽之友社
‣ 2. 楽譜の版によって異なっている内容のさばき方
使用する楽譜の版によって、アーティキュレーションはもちろん、音自体まで異なっていたりします。
場合によっては、
・「結局、どれに従えばいいんだろう…」
・「すべて勉強し直さないといけないのかな…」
などと、不安に思ってしまうこともあるかと思います。
解決方法はシンプル。
使う情報を、どの版からとってきたのかを言えるようにしておいてください。
例えば、ヘンレ版のショパン「革命のエチュード」。27小節目に他の版にはない「タイ」がついています。
しかし、ヘンレ版を使っていることを自覚してさえいれば、原点版として信頼性のあるそれを使うこと自体には特に問題はないのです。
何となく色々なところで見つけたものを持ってきて自分で使っている楽譜と全く違うものになってしまうのは避けるべきです。
今弾いているやり方がどこからとってきたのか分からないものばかりになると、それは再現芸術であるクラシック音楽の学習としては望ましいものとは言えません。
色々なところから持ってくるのであれば、せめて、
・「このタイは、◯◯版から」
・「この pp は、◯◯版から」
などと、出どころを言えるようにしておくことが必要です。
できる限り、整合性を保った学習をしていきましょう。
► B. 楽譜の出版社選びに絶対的な正解はない
‣ 3. 楽譜を買った後にすべきではないこと
前項目で、楽譜選びの重要性について書きました。しかし、買って満足したいのでなければ、もうすでに持っている楽譜を買い換える必要はありません。
楽譜を買った後にすべきではないことは、「あの版の方が良かったのかな?」などと悩むことです。
意外と悩んでいる方は多いはずです。
標準的とされている出版社のものを使っていなくても悪いわけではありません。むしろ、どの版を使っているのか把握していない方が問題なのです。
前項目で、ヘンレ版の革命のエチュードの話題を出しましたが、そのように「この作品はこの版を使っていた」と言えるようにしておけばOK。
‣ 4. 日本の出版社も活用すべき
特定の条件下では日本の出版社による楽譜を使うのもアリです。
例えば、一般的にシューマンの楽譜は「ヘンレ版」が標準とされています。
一方、ユーゲントアルバムのように、まだそれほどピアノ学習歴が長くない方が選ぶ楽譜の場合は、文章なども日本語で書かれている楽譜にするのもいいでしょう。その方が学習に活かせます。
ツェルニーなどの練習曲も、日本語の楽曲解説を読みながら練習できた方がよければ、わざわざ海外のものを使う必要はありません。
このように、学習レベルなどに応じて適宜チョイスすることはおすすめできます。
‣ 5. 出版社ごとの雑学的特徴をおさえる
どんなことでもいいので、雑学的に、出版社ごとの特徴を把握しておくといいでしょう。例えば:
・ヘンレ版は痛みやすく分解しやすい
・ドーバー版は値段の割には沢山の楽譜が入っている
・ブダペスト版はひたすら高価
・日本の出版社の楽譜は解説が日本語で便利
・〜版や〜版は紙が真っ白
・〜版や〜版はライセンス版が出てる
・〜版は運指がたくさん書き込まれているものが多い
など、何でも構いません。こういった雑学が溜まっていくことで、楽譜購入の基準のひとつになっていきます。
特に、「マイナーな作曲家」の楽譜を自分の判断で選ばなくてはいけない時に役に立ちます。
► C. 版選びの悩みを解消する方法
楽譜を買ったはいいものの、買った後に:
・「この作曲家なら、この版じゃないと」
・「この作品なら、この版じゃないと」
などと知人に言われてモヤモヤすることもあるのではないでしょうか。周りでも結構見受けられます。
買う前におすすめの版を知っておくことはいいことですが、買った後に言われても困りますね。
こういったモヤモヤの捨て方は、大きく3つあります:
・買って満足するなら買ってしまう
・すでに買った版の校訂者を信じる
・いっそのこと、違う楽曲へ乗り換えてしまう
‣ 6. 買って満足するのであれば買ってしまう
いつまでもモヤモヤするのであれば、新しいおすすめとされるそれを買ってしまうのは一つの方法。
ただし、このやり方は必ずしもベストとは言えません。買って満足すればいいのですが、たいてい、それは一時的なもの。
新たな楽曲でまた新たなことを言われたら、買って解決するという方向へ向かってしまいます。
「今回は買うけど、次回からは最初の一冊を買う段階で版選びの調査を徹底しよう」などと反省をしたうえで買うべき。
‣ 7. すでに買った版の校訂者を信じる
考えてみて欲しいのですが、多くの校訂者は自分よりもその分野の研究に関しては詳しいもの。
思い切って、その作品に関してはすでに買った楽譜の校訂者を信じてみるのもアリでしょう。
‣ 8. いっそのこと、他の楽曲へ乗り換えてしまう
すでに買った版のことでモヤモヤしてずっとグルグルしているくらいであれば、いっそのこと他の楽曲へ乗り換えてしまえば一発解決。
自分で取り組む作品を自由に決められる独学の方は、曲目変更も視野に入れていいでしょう。
► D. 楽譜の版選びの具体的な方法
‣ 9. 万人がおすすめしているものをチョイス
版の選び方の結論ですが、万人がおすすめしているものをチョイスするので構いません。
「音符の誤植などの間違い」は論外として、出版社による違いというのは主に、「アーティキュレーションの付け方などが勝手に変えられてしまっているか」などといった細部のことにあります。
こういったことは、中級以上になると重大な部分なのですが、多くの学習者にとって買う段階でそれらの違いを比較して判断することは難しいはず。
したがって、原典版などの万人がおすすめしているものを選べばいいのです。
‣ 10.【作曲家別】おすすめの出版社(版)一覧
メジャーな14名の作曲家を例に、おすすめの出版社(版)を一覧にしました:
(「版」に加え、「出版社の名称」で示しているものも混ざっています)
・ハイドン → ヘンレ
・モーツァルト → ヘンレ
ツェルニーをはじめとした訓練的練習曲の楽譜は、日本の出版社のものを使うといいでしょう。基礎段階の教本なので、練習に役立てられるように、日本語で演奏解説を読める方がいいからです。
本記事ではエディションについてざっくりしか解説していませんが、さらに詳しく知りたい方は、以下の書籍を参考にしてください。
◉ 知って得するエディション講座 著:吉成 順 音楽之友社
‣ 11.「アルバム」と「単曲」はどちらが買いか
ベートーヴェンのピアノソナタなどをはじめ、明らかにまとまったものとして定着している作品群はアルバム買いした方がいいでしょう。
今すぐに全曲を弾くわけではなくても、後に単曲で買い足すと相当割高になるからです。
以下の場合は単曲買いを検討しましょう:
・単曲でないと手に入りにくいもの
・”園田高弘 校訂版 ベートーヴェン : ピアノソナタ” のような参考教材としての解釈版楽譜
・どうしても予算が足りない場合
‣ 12. 取り組む楽曲の楽譜は2種類持つ
2種類目の楽譜を併用するケースは多くあります:
・1冊目の楽譜をメインに使って学習
・2冊目の楽譜で、記譜の疑問点を調べたり、解釈の参考にする
おすすめする組み合わせの例を挙げておきます:
ベートーヴェン:
ヘンレ版をメインとし、「シュナーベル 校訂版」もしくは「園田高弘 校訂版」を併用する
J.S.バッハ:
ヘンレ版をメインとし、「園田高弘 校訂版」を併用する
ショパン:
エキエル版をメインとし、「コルトー 校訂版」を併用する
ラヴェル:
デュラン版をメインとし、「ペルルミュテール 校訂版」を併用する
練習の進め方としては、「あくまでもメインとして使う書籍は1冊に絞る」ということが重要。
解釈などを考えるうえで併用楽譜を参考にするのは良いことです。しかし、「メインとしてはこの楽譜を元にしている」ということをはっきりと決めておかないと、情報の出所が分からなくなってしまいます。
それでは、数年経って改めてその楽曲を練習する際に非効率になってしまうでしょう。
► 終わりに
ピアノの楽譜版選びは一度決めたら終わりではなく、演奏のレベルや目的によって変わることもあります。
大切なのは、どの版を選んだのかを明確にし、その版の特徴や校訂者の意図を理解した上で練習に取り組むことです。
今後の演奏や学習に役立てるため、ぜひ本記事を参考にしてください。
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