【ピアノ】映画「逢びき」音楽レビュー:ラフマニノフのピアノ協奏曲が彩る禁断の恋
► はじめに
映画「逢びき(Brief Encounter)」は、音楽の使い方において映画史に残る傑作です。この作品の最大の特徴は、ラフマニノフの「ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 Op.18」を全編にわたって使用し、見事な音楽的統一感を生み出している点にあります。
・公開年:1945年(イギリス)/ 1948年(日本)
・監督:デヴィッド・リーン
・ピアノ関連度:★★☆☆☆
► 内容について
音楽用語解説:
状況内音楽
ストーリー内で実際にその場で流れている音楽。 例:ラジオから流れる音楽、誰かの演奏
状況外音楽
外的につけられた通常のBGMで、登場人物には聴こえていない音楽
‣ 音楽構成の巧みさ
本作では、状況外音楽(通常のBGM)としてラフマニノフの「ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 Op.18」のみを採用することで、映画全体に一貫した情緒を与えています。
ピアノ協奏曲という編成が「ピアノ独奏+オーケストラ」、すなわち「個人+社会」を象徴している点も見逃せません。既婚女性ローラの視点から描かれる、社会規範と個人的感情の葛藤というテーマに、この楽曲の構造が驚くほど合致しています。
一方で、状況内音楽(劇中で実際に聴こえている音楽)としては、ラフマニノフ以外の楽曲も聴かれます:
・ラジオから聴こえてくる演奏:本編13分頃
・屋外での手回しオルガンの演奏:本編21分頃
・喫茶店での店頭ミュージシャンの演奏:本編22分頃、および37分頃
・映画館での映画音楽、およびオルガン演奏(シューベルト「軍隊行進曲」):本編25分頃
・映画館での映画音楽:本編41分頃
これらの対比により、ラフマニノフの音楽がローラの内面世界を表現する特別な役割を担っていることが明確になります。
補足 原曲に部分的にアレンジが加えられている点:
・ラストのローラが夫と抱き合う部分のつなぎ方
・エンドの部分の伸ばす終止和音の追加 など
‣ 心理描写としての音楽演出
第1-3楽章までの甘美なメロディの部分が中心に使用されていますが、激しい曲想の部分も効果的に聴かれます。
禁断の恋を犯した後のローラの興奮状態を表現する場面(本編47分頃)では、第1楽章の激しい部分がレコードの状況内音楽として流れ、ローラは夫に音量を下げるよう頼まれます。この演出は、彼女の内面の激動を音楽という形で可視化する手法です。
また、アレックの友人のアパートから雨の中飛び出す場面では、第2楽章の激しい部分が使用され、ローラの動揺を力強く描き出しています。
‣「現実への引き戻し」という演出技法
他に印象的なのは、音楽のカットアウトによる演出です。本編7分頃、アレックを想い夢見心地のローラに合わせて第1楽章の甘美なメロディが流れますが、友人ドリーの突然の声により音楽が途切れます。この瞬間、観客もローラと共に現実へ引き戻されるのです。
同様の演出は、映画のラスト、駅の喫茶店でドリーが再び割り込んでくる場面でも使われます。長く流れていた第2楽章の甘いメロディが突然カットアウトされ、逢瀬の時間が終わりを告げます。この円環構造は、映画全体に運命的な印象を与えています。
► 終わりに
「逢びき」における音楽の使用は、登場人物の心理描写、物語構造の強化、現実と内面世界の対比という多層的な機能を果たしています。ラフマニノフの協奏曲が持つロマンティックでありながら切ない旋律は、叶わぬ恋の儚さと哀しさを表現しており、この映画を名作へと押し上げた重要な要素と言えるでしょう。
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