【ピアノ】ブラームス「2つのラプソディ 第1番 Op.79-1」演奏完全ガイド
► はじめに
曲の背景
Op.79の2つのラプソディは、ブラームスのピアノ作品の中でも特に親しまれている楽曲です。1879年に作曲され、作曲家・指揮者として活躍したヘルツォーゲンベルクの夫人に献呈されました。
ブラームスはOp.119の第4曲にももう1曲ラプソディを書いていますが、Op.79の2曲ほどの人気は得ていません。リストのラプソディが民族音楽の編曲的性格を持つのに対し、ブラームスの作品は純粋な創作です。第2番がソナタ形式で書かれていることからも分かるように、即興的要素よりも構築性を重視した真摯な作風が特徴と言えるでしょう。その内側にはブラームス特有の深い情熱が秘められています。
(参考文献:名曲事典 ピアノ・オルガン編 著:千蔵八郎)
演奏難易度と推奨レベル
この楽曲は「ツェルニー40番中盤程度」から挑戦できます。
本記事の使い方
この楽曲を、演奏のポイントとともに解説していきます。パブリックドメインの楽曲なので譜例も作成して掲載していますが、最小限なので、ご自身の楽譜を用意して読み進めてください。
各セクションごとに具体的な音楽的解釈を示していますので、練習の際に該当箇所を参照しながら進めることをおすすめします。
► 全体の構成を把握する
細かい内容に入る前に、まず全体像を確認しましょう。
全体構造:
・A(1-93小節)
・B(94-128小節)
・A(129-218小節)
・コーダ(219-233小節)
A(1-93小節)は3部よりなり(a 1-29、b 30-66、a 67-93)、2回目のA(129-218小節)は、A(1-93小節)をほぼ忠実に再現しています。
► 演奏のヒント
‣ A(1-93小節)
譜例(PD作品、Sibeliusで作成、1-4小節)

1-4小節
まず、2/2拍子であることに注意し、4/4のように拍を捉えない注意が必要です。
冒頭に記された「Agitato」について考えましょう:
・この指示を極端な高速演奏と解釈する必要はない
・音楽のエネルギーが伝わる速度であれば十分(冒頭は、2分音符80程度)
左手のオクターブは:
・各音にテヌートをかけながら徐々にエネルギーを収める感覚で演奏する
・ここでの左手がリズムの骨格を担うため、テンポの管理も左手の役割
ダイナミクスの微妙なバランス:
・レッド音符で示した下行していく音同士のバランスをよく聴き、一つだけ大きく飛び出たりしないように
・ブルー音符で示した裏の音は強くなり過ぎない
譜例(曲頭)

曲頭の運指:
・右手の3連符は、弱い指を含む「345」の運指ではなく「235」で弾くことを推奨
・曲頭から音がすっぽ抜けてしまう失敗の可能性を減らすことができる
5-8小節
声部の交代:
・5小節目では主役が左手に移り、冒頭の右手メロディが左手で再現される
・右手の4分音符は抑制し、左手を前面に出すバランスを心がける
6小節目からの右手の6度進行について:
・完璧なレガートは物理的に困難
・下声部は可能な限り保持し、上声部をレガートにすることで、聴覚上のレガート効果を得られる
9-15小節
・11小節目の頂点では決して上から叩かず、鍵盤に近い位置から打鍵することで音の散らばりを防ぐ
・12小節目で rit. したくなる衝動を抑え、16小節目まで流れを維持することで、表現のメリハリが生まれる
・13小節目冒頭は subito でダイナミクスを mp まで落とし、クレッシェンドを効果的にする
・クレッシェンドは後半寄りに配分し、15小節目の marcato を十分な音量で決める
・16小節目1拍目の和音へ入るまで、ダイナミクスを落とさず弾き抜ける(15小節目で落とさない)
15小節目の音価に注意:
・左手は「4分音符+スタッカート」、右手は「8分音符+スタッカート」
・この違いを表現するため、左手は短過ぎないように鍵盤近くから打鍵する
16-21小節
・16小節目1拍目の和音は、小節全体をかけてダンパーペダルをゆっくり離す
・そうすることで、17小節目への自然な接続を実現する
・右手の8分休符をわずかに長めに取ることで、音楽の区切りを明確にできる
・これまでノンストップで進んできたからこそ、こうした微細な表現が際立つ
・16-21小節のダイナミクスの細かな変化を丁寧に表現する
・ただし「静の中の表現」であることを忘れず、過剰にならないよう注意する
ここでのスタッカートやスラースタッカートは:
・「音を切る」指示ではない
・ダンパーペダルで音をつなぎながら手は切ることで、「空間的な響き」を作り出す
22-29小節
・22-24小節の右手では冒頭メロディが弱奏で回帰する
・3連符が重くならないように注意する
23-27小節の左手内声には、メロディックなラインが隠れています。バランスの優先順位は:
1. 右手メロディ
2. 左手のメロディックライン
3. その他の内声
29-30小節の移行部分では、わずかな時間の伸びは許容されますが、過度にならないよう注意します。
30-42小節
譜例(30-33小節)

まず、最低限把握すべきなのは、役割分担を見て「メロディ」「バス」「伴奏」「対旋律」を区別することです:
・イエローマーカー:メロディ
・グリーンマーカー:バス
・ブルーマーカー:伴奏
存在感を持たせるべき優先順位は、以下の順番になります:
1. メロディ
2. バス
3. 伴奏
「メロディをバスの響きが支えて、その合間を伴奏が控え目に埋めて」イメージを持って演奏すると立体的な演奏になります。
運指について:
・レッドで示した音は右手で取るのが良く、左手で取るよりも演奏難易度としては下がる
・伴奏を両手で分担するので、音色などが変わり過ぎてデコボコしないように注意が必要
声部の棲み分け:
・レッドで示した音は、メロディと音域が近い
・したがって、メロディと「ダイナミクス」や「音色」の差がついているか注意する
・伴奏がメロディの一部に聴こえてしまうと、音楽そのものが変わってしまう
手の横移動:
・33小節目のブルーで示した音を弾いた直後、次の音を弾くために左手が大きく横移動する
・それにつられて、この音が大きく飛び出てしまったり、雑になったり、欠けてしまわないように注意する
メロディのダイナミクス:
・pp と書いてあるが、メロディに関しては mp くらいのダイナミクスで弾く
・ダイナミクスの pp というのは「ここからは pp の領域です」という意味
・その中にあって聴かせる音と控える音があるのは当然のこと
色彩の変化:
・30小節目からソフトペダルを半分踏み込み、音色に変化をつける
・32小節目で徐々に解放する
・32-33小節目のメロディは、33小節目の頭に向けて自然に膨らませ、最後のE音でおさめる
・楽譜に細かなダイナミクス指示がなくても、フレーズの自然な起伏を読み取ることが演奏者の役割
37小節目の左手低音5度和音は目立ちやすいため、音量のコントロールが必要
譜例(39-42小節)

・39小節目では、譜面上の点線で示されるフレーズの切れ目を明確に表現する
・スタッカート付きの各音には、拍ごとに短いアクセントペダルを使用する
・この箇所からは f で演奏し、43小節目のピアノとの対比を際立たせる
譜例(39-42小節)

・レッド音符で示した音は4分音符
・41小節2拍目の右手パートには8分休符が書かれている
・しかし、ブルー音符で示したように以降は付点4分音符になっている
これが意味するのは:
・「39小節2拍目から41小節1拍目まででワンフレーズ」ということ
・したがって、41小節2拍目では和声は変わらないが、ダンパーペダルを踏み変えて8分休符を表現する
・表現されることで、フレーズの切れ目を明確にし、楽曲の構造を聴き手に伝えることができる
49-66小節
技術的頂点へ
・49小節目以降は3連符のリズムを正確に保つことが重要で、まずは楽曲の骨格をしっかり把握すること
・53小節目は pp まで落とし、54小節目からの長いクレッシェンドの効果を最大化する
・60小節目は前半部の最大クライマックス
・61小節目で rit. せず、62小節目に直接入ることで、長い音価の表現が際立つ
・63小節目最後の休符をしっかり取ることで、64小節目の ff が効果的になる
譜例(62-66小節)

62小節目以降の音階の練習法:
・1オクターブごとに区切って速く力強く弾けるよう練習し、それらをつなげて全体を調整する
・この「区切る」練習方法により、弱点を洗い出すことができる
67-93小節
前半の結び:
・81小節目の左手アルペジオは極めて速く入れ、拍感が乱れないよう親指の音が確実に拍頭に来るようにする
・81小節目以降は技術的に最も困難な箇所
・効果的な練習法は「片手を先に暗譜し、音楽的にも仕上げておく」こと
・これにより両手合わせの難易度が大幅に下がる
・86小節目最後のスフォルツァンドを活かすには、直前の4分休符をしっかり取ることが重要
・ここでペダルの響きが残らないように注意する
・91小節目では、左手が先行し右手が追いかける構造のため、左手のほうをやや大きめに演奏する
・92小節目の rit. は、「93小節目のフェルマータを導き出すためのもの」と考える
‣ B(94-128小節)
94-128小節
94-97小節の右手Fis音の保続は、「鐘の音」のように、常に均等に聴こえるようバランスを整えます。
バランスの優先順位:
1. 右手メロディ
2. 左手のハーモニーライン
3. その他の音
諸注意事項:
102小節目という小さなヤマ:
・94-104小節で最も重要なのは102小節目
・静かなダイナミクスの中での頂点を明確にするため、他の箇所は極めて柔らかく演奏する
・音楽的効果は相対的なものだということを常に頭に置いておく
重くなりがちな動き:
・102小節目のような「行って返る動き」は重くなりがち
・軽さを保つよう注意する
色の変化への反応
・108小節目では明るい雰囲気に変わるため、バスのA音を豊かに響かせる
ポリリズム:
・118小節目前半の右手3連符対左手8分音符は、厳密なリズムにこだわらない
・右手を太く左手を控えめにすることで、主従関係を明確にする
保続音のニュアンス:
・B(94-128小節)の左手パートでは、常に同じ音が保続音として出てくる
・94-100小節ではH音が保続音、101小節目からはCis音保続音、など
・これらの繰り返して鳴る音が一つだけ大きく飛び出たりしないように注意する
127小節目の入り:
・127小節目の入りは、ペダルをゆっくり離して音響を柔らかく消す
・消えたタイミングで、丁度右手だけの和音が現れるように演出すると音楽的
・右手だけの突然の出現による「ハッと夢から覚めるような雰囲気」を演出
117-118小節に見られる < > の記号:
・ロマン派ではブラームスが度々使用したもので、特に近現代作品では多く見られる
・演奏法解説記事:【ピアノ】音符の上の < > 記号の意味とは?
‣ A(129-218小節)+コーダ(219-233小節)
217-233小節
H音の保続と音楽的意味:
・217小節目から最後までH音が保続される
・「変わらぬ要素」の上で和声が変化する対比が聴かせどころ
221小節目からの主従関係:
・221小節目からの左手メロディが主役
・右手パッセージは動きが多く目立ちやすいため、ダイナミクスを抑制して左手を支える
・右手のメロディックラインは対旋律的要素として扱う
ラストの音楽表現:
・230小節目後半の音型では、2音1組の後ろの音(スラー終わりの音)が大きくならないよう注意する
・230小節目以降は、音像が徐々に遠ざかるイメージで演奏する
229小節目からのディミヌエンドと rit. は:
・231小節目後半あたりから効果が表れる程度に、後寄りで配分する
・早過ぎると音楽の方向性が不明瞭になる
最後の4小節は「音像が遠ざかっていくイメージ」を持って、極めて柔らかく演奏します。柔らかい音を出す基本テクニックは:
・鍵盤近くから指の腹を使って打鍵
・打鍵速度をゆっくりに
・指を立てると音が硬くなる傾向がある
・「打鍵速度」と「打鍵角度」が音色を決定する重要な要素
► 終わりに
この楽曲は技術的な攻略とともに、ブラームス特有の深い情感を表現する必要があります。各箇所の音楽的意図を理解し、細部まで丁寧に作り込むようにしましょう。
推奨記事:
・【ピアノ】「最新ピアノ講座」演奏解釈シリーズのレビュー:演奏解釈とピアノ音楽史を一冊で学ぶ
(演奏解釈をさらに学ぶための教材 /「2つのラプソディ 第1番 Op.79-1」も収載)
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