【ピアノ】ベートーヴェン「ピアノソナタ 第27番 ホ短調 Op.90 第1楽章」演奏完全ガイド
► はじめに
曲の背景
第1楽章は第2楽章ほどシューベルト的な色彩は強くないものの、長い旋律フレーズや、掛留による不協和音・短9度音程への傾倒、そしてどこかメランコリックな抒情性など、ロマン主義への萌芽が随所に感じられます。一方でベートーヴェンらしい主題労作も充実しており、感情的な起伏と論理的な構築が絶妙なバランスを保っています。この二面性こそが、Op.90 第1楽章の大きな魅力と言えるでしょう。
(参考文献:ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 演奏法と解釈 著:パウル バドゥーラ=スコダ / 音楽之友社)
演奏難易度と推奨レベル
この楽曲は「ツェルニー40番中盤程度」から挑戦できます。
本記事の使い方
この楽曲を、演奏のポイントとともに解説していきます。パブリックドメインの楽曲なので譜例も作成して掲載していますが、最小限なので、ご自身の楽譜を用意して読み進めてください。
各セクションごとに具体的な音楽的解釈を示していますので、練習の際に該当箇所を参照しながら進めることをおすすめします。
► 演奏のヒント
‣ 提示部:1-81小節
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、1-4小節)

オーケストラ的な音色のイメージ
・曲頭から非常にオーケストラが聴こえてきそうな作品
・「仮にオーケストラで演奏されるとしたら、どんな楽器が聴こえてくるだろうか」という観点を持って弾く
オーケストレーションの教材として知られるゴードン・ヤコブの「管弦楽技法 / 音楽之友社」には、この冒頭部分のオーケストレーション例が載っています:
・2小節1拍目までが弦楽器
・2小節3拍目から上段が2本のクラリネット
・下段が2本のファゴット
このように提案されています。ピアノでの演奏に応用するならば:
・弦楽器の部分はしっかりダンパーペダルを使う
・木管楽器の部分はあえてノンペダルで弾く
というやり方も有効です。
ブレスと食い込む音:
・8小節2拍目の休符でブレスをとり、3拍目からは改めて入り直す
・3拍目はタイで食い込んでくる音なので、はっきり目に弾く
・10小節3拍目以降も同様に
左手の重要性:
・11-14小節目は、左手の動きも音楽的に重要な役割を担っている
・右手だけに集中せず、左手の声部もしっかり意識して演奏する
フェルマータ後の処理
・16小節目のフェルマータの後は一瞬の音響の切れ目を入れてから3拍目の音へ入り、フレーズを区切る
左手の音量と手が届かない場合の対処:
・17小節目の左手は、音程の広さからうるさくなりがちなので注意する
・もし手が届かずアルペッジョにする場合は、左手の親指で弾くH音のタイミングを右手と合わせる
重さを入れる箇所と抜く箇所の弾き分け:
・19小節1拍目は深い音を出し、そこからデクレッシェンドさせる
22小節目:fpの解釈
伸ばされた1度の打鍵に書かれた fp の奏法は、別記事 【ピアノ】fp記号の弾き方:一度の打鍵でフォルテピアノを表現する方法 を参考にしてください。
譜例(24-29小節)

f の和音のバランス:
・28小節目で pp の世界からsubito f になる
・8音を同時発音する和音なので、何も考えずに打鍵するとただの音の塊になりメロディが埋もれてしまう
・かといって右手の小指だけを意識して他を加減すると迫力がなくなる
・解決策はシンプルで、右手全体をはっきり弾き、左手はやや加減すること
・こうした f の和音では、鍵盤のすぐ近くから、つかみとるように打鍵する
・高いところから叩くように打鍵すると音が散らばってしまう
目指すべき f の和音の条件は、以下の3つです:
・聴こえてほしい音がきちんと聴こえること
・音が散らばらずに美しいこと
・迫力が伝わること
譜例(29-39小節)

運指やペダリングの参考
・29-39小節の運指やペダリングは、楽譜の書き込みを参考に設定する
パッセージの整理:
・29小節目は2拍目の表をしっかりと感じる
・ここを意識しないとリズムが甘くなる
・30小節目は通常の16分音符・6連符・5連符と様々な要素が混在する
・「拍頭止め」という練習で拍感覚を整理しておくことを推奨
・これは細かいパッセージを拍単位に区切り、各拍の頭で止めていく練習 → 詳しいやり方を学ぶ
ダイナミクスと音価:
・31小節目の頭のG音は着地の音なので強くなり過ぎないように
・速いパッセージの終わりの音は突き放したように弾いてしまいがち
・その直後の2つの8分音符はダイナミクス指示がないため、そのまま f でしっかり弾くことを推奨
・なお、31小節目の頭のG音は8分音符だが、35小節目の対応箇所は4分音符
・再現部でも同様に書き分けられているので、楽譜通りに区別して演奏する
同音連打を有機的に:
・38小節3拍目と39小節目では同じ高さのB音がメロディで連続する
・同じように2回鳴らすのではなく、音価の長い39小節目のB音により重みを入れ、そこから新たに始める
・39小節目からは緊張感を高めていく
和音連打と跳躍における注意点:
・45小節目から始まる8分音符による和音連打は、鍵盤のすぐ近くから打鍵することで効率よく揃えられる
・45小節目から46小節目へ移るときに左手が少し跳躍する
・それに気を取られて45小節目最後の音が雑にならないよう注意する
音楽の性格の考慮:
・47-50小節の右手は各1拍目の音が重くならないように
・また短過ぎると音楽の性格が変わってしまう
・1-2拍目の右手が発音する各タイミングで短くペダルを踏むのを推奨
譜例(55-56小節)

10度音程のアルベルティ・バス:
・55小節目から第2主題
・この箇所の難所として知られるのが、10度音程による高速アルベルティ・バス
・基本的な練習方法は通常のアルベルティ・バスと同様
・ただし、音程が広い場合に特に意識すべきなのが「つなぎ目」の処理
・ゆっくり練習(拡大練習)の段階から、跳躍するつなぎ目を意識する(イエローラインの箇所)
・うまく弾けない原因は、このつなぎ目でつまずいたりもたついたりしている場合が多い
まずは 【ピアノ】アルベルティ・バス:演奏と分析両面からのアプローチ で紹介している練習方法をこの音型に当てはめて、丁寧に実施してみましょう。
手が重なる箇所の処理
・58小節目で手が重なる部分では、右手が下になるように配置する
変奏と音の処理:
・61小節目からは「確保」としての繰り返しで、メロディが変奏される
・各スラー終わりの8分音符が強くならないよう注意する
sfp の打鍵:
・68小節目の sfp は「強く」と思い過ぎて硬い音にせず、押し込むように打鍵して深い音を出す
・左手で弾いているFis音の響きの中に入り込んでいくように、左手の音をよく聴き続けながら演奏する
ディミヌエンドと提示部の終わり:
・75小節目からのディミヌエンドは、遠ざかっていくようなイメージで表現する
・この作品の提示部には反復小節線が書かれていない点で、ベートーヴェンの初期・中期の多くのソナタと異なる
‣ 展開部:82-143小節
「Si Si Si」の動機:
・79-81小節で休符混じりに響く「シシシ」というメロディが、82-84小節では2分音符でもう一度鳴り響く
・この連続性を意識して演奏する
p での表情と左手の裏打ち:
・100小節目の p からはしっかりと表情を変える
・弱奏でも右手のトップノートのメロディが埋もれないように注意する
・103小節目からの左手の裏打ちは重くならないように意識する
pp での横の流れ:
・108小節目の pp からは音の運動性が大きく変わるため、表情をもう一度切り替える
・2拍目へのオクターヴ跳躍のエネルギーをしっかり感じる
・この区間は細かな音価が出てこないため、横の流れを意識して音楽が停滞しないよう注意する
16分音符の力強さ:
・113小節3拍目からは細かな音符が続くが、軽くなり過ぎないよう注意する
・まずは拍頭止めの練習(30小節目の項で説明したもの)をここでも応用し、1拍ずつ力強く弾く練習をしておく
p・pp での響き:
・133小節目からは p ですが、かすったような上辺だけの打鍵にならず、響きのある音で弾く
・140小節目には pp も出てくるため、それを見越したダイナミクス設定を意識すべき
手が重なる箇所の処理
・140-141小節の手が重なる部分では、右手が下になるように配置する
期待感の構築:
・132小節目からは、再現部に向けて期待感を構築していく
・同じ音楽素材が重なり合いながら執拗に繰り返されることによるせき込み効果
・音価を短縮していく縮節技法による加速感と緊迫感
・それと対照的に和声は固定されたまま推移するという静的処理
・これらの組み合わせが聴き手に強い心理的インパクトを与える
・和声的な進行に頼らずに期待感を高めていくこの手法を理解したうえで演奏する
‣ 再現部+コーダ:144-245小節
譜例(180-182小節)

運指やペダリングの参考
・180-182小節の運指やペダリングは、楽譜の書き込みを参考に設定する
コーダと楽章の締めくくり:
・230小節目からコーダ
・237小節目でa tempoになるので、そのまま割とあっさりと楽章を締めくくる
・最後にわずかにゆっくりにすることは構わない
・ただし、やり過ぎると直前(233-237小節)の rit. の効果が活きなくなる
・シンプルに終わる音遣いとも合わない表現となってしまう
► 終わりに
各セクションで取り上げたポイント——音色のイメージ、ダイナミクスの設計、細かいパッセージの整理、手が重なる箇所の処理など——は、いずれも他の楽曲の演奏にも応用できる重要視点です。一箇所ずつ丁寧に学習を進めてみてください。
► 関連コンテンツ
著者の電子書籍シリーズ
・徹底分析シリーズ(楽曲構造・音楽理論)
Amazon著者ページはこちら
YouTubeチャンネル
・Piano Poetry(オリジナルピアノ曲配信)
チャンネルはこちら
SNS/問い合わせ
X(Twitter)はこちら

コメント