【ピアノ】ベートーヴェン「月光ソナタ 第1楽章」演奏完全ガイド
► はじめに
曲の背景
ベートーヴェンが作曲したピアノソナタの中で、「ピアノソナタ 第14番 月光 嬰ハ短調 Op.27-2」は特に広く知られた作品の一つに数えられます。作曲年は1801年と考えられています。「第11番 変ロ長調 Op. 22」において、古典様式の均整美を備えたソナタ形式を一つの到達点まで高めたベートーヴェンは、従来の枠組みに満足することなく、新たな表現の可能性を探る創作へと舵を切りました。この作品は、創作活動の初期から中期へと移行する過渡期に位置づけられます。
ハイドン以降のウィーン古典派では、ソナタの構成上、第1楽章が中心的な役割を担ってきました。しかしベートーヴェンは本作において、最終楽章を全曲の頂点として位置づけ、第1楽章と第2楽章には導入部や幕間のような役割を持たせるという構成を採用しました。この手法は後の成熟期のソナタ群で大きく発展することになりますが、終楽章を重視する試みとしては、「第13番 変ホ長調 Op. 27-1」と並んで最初期の実践例です。
(参考文献:最新ピアノ講座(7) ピアノ名曲の演奏解釈Ⅰ / 音楽之友社)
演奏難易度と推奨レベル
この楽曲は「ブルグミュラー25の練習曲修了程度」から挑戦できます。
本記事の使い方
この楽曲を、演奏のポイントとともに解説していきます。パブリックドメインの楽曲なので譜例も作成して掲載していますが、最小限なので、ご自身の楽譜を用意して読み進めてください。
各セクションごとに具体的な音楽的解釈を示していますので、練習の際に該当箇所を参照しながら進めることをおすすめします。
► 全体の構成を把握する
この楽曲は「ソナタ形式」で構成されています。
・提示部:1-22小節
・展開部:23-41小節
・再現部:42-69小節
より詳細な構成
【提示部 1-22小節】
・1-4小節:導入
・5-8小節:第一主題
・9-14小節:第一主題の展開
・15-22小節:第二主題
【展開部 23-41小節】
・23-27小節:展開部の開始(第一主題の素材)
・28-31小節:ブリッジ
・32-37小節:3連符のバリエーション
・38-41小節:ブリッジ
【再現部 42-69小節】
・42-45小節:第一主題の再現
・46-50小節:第一主題の展開
・51-59小節:第二主題の再現
・60-69小節:エンディング
注目すべき点:
・再現部では導入部分(1-4小節のような)が省略されている
・楽章の規模からするとやや長めのエンディングが使われている
► 演奏のヒント
‣ 拍子について
この楽曲は「2/2拍子」です。4/4拍子のように4つで刻んでしまわないよう注意しましょう。2拍子を意識し、今まで弾いていた速度よりも「少しテンポを上げてみる」と、自然な流れが生まれやすくなります。最低でも2分音符「50」以上で演奏するのをおすすめします。
‣ ペダルについて
冒頭に「ダンパーを外して」というベートーヴェン自身による指示があります。これは勘違いしやすい表現ですが、「ダンパーペダルを使用して」という意味です。ダンパーとは弦の響きを止める装置のことで、ペダルを踏むとこのダンパーが弦から離れ、音が響き続けます。
‣ 小節ごとの演奏ポイント
· 提示部 1-22小節
– 1-4小節
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、曲頭)

右手の3連符:
・右手の3連符は一種の「持続音」として機能
・1音1音をはっきりさせるのではなく、全体として和声が聴こえることを目指す
3連符演奏の技術的ポイント:
・鍵盤の近くから、指をあまり上げずに打鍵する
・指をバタバタさせると音色が不揃いになるので注意
音楽的注意点:
・1拍単位で縦に刻まない
・音楽を横に引っ張っていくイメージを持つ
・右手の3連符の頭にアクセントをつけない
左手のオクターヴ:
・4の指も使いながら、なるべくレガートに演奏する
・ペダルを使用しても、手でもレガートにする
・そうすることで、ペダルだけに頼る場合とは異なるサウンドが生まれる
譜例(3-6小節)

3小節目の和声:
・この小節では2種類の長和音が出てくるため、他の小節と比べて少し明るめのニュアンスになる
・コードネームでいう「A、D/F#」
・和声の響きの違いを耳で感じ取るようにする
4小節目の隠れたメロディ:
・右手には隠れたメロディがある(Fis-E-Dis-Dis、および、His-Cis-Cis-His)
・どちらかをフィンガーペダルで伸ばすことができる
・ただし、次の小節で第一主題が始まるため、強調し過ぎずにさり気なく聴かせる程度が適切
– 5-8小節
(再掲)

全体のバランス:
・5小節目から第一主題が始まる
・伴奏は「背景」、メロディは「前景」として、ピアニッシモの中でもメロディを際立たせる
5小節目のモチーフ:
・付点8分音符と16分音符の組み合わせで、16分音符が付点8分音符よりも強くならないよう注意
・付点リズムを楽譜通りピッタリのリズムで弾くと鋭すぎる印象になる
・16分音符をやや長めの音価で弾く
・「付点8分音符と16分音符の1セット全体のテンポが微妙に広がっている」イメージで演奏する
譜例(8-9小節)

7-9小節のメロディライン:
・メロディの動きを追いながら、9小節目のメロディE音はフレーズをおさめるように演奏する
・手のポジションを変えてつかむ音なので、注意しないと大きく弾いてしまいがち
– 9-14小節
(再掲)

8小節目の運指:
・9度音程が届きにくい場合は、レッド音符で示したA音は、左手で取るのも一案
・ただしその場合は、ペダルを踏み変えないこと(バスの音響を断裂させないため)
9小節目のメロディラインの処理:
・9小節目の頭のメロディは4分音符なので、レッドで示した箇所でペダルを踏み変える
・和声は同じなので踏み変えなくても濁らないが、このようなメロディラインの処理にも気を配る
・46小節目も同様に
9-10小節目の転調:
・9小節目でE-dur(平行調)に部分転調するが、10小節目ですぐにe-mollの主和音に変わる
・10小節目右手のG音の響きをよく聴き、和声の移り変わりを明確に表現する
12小節目の和声変化:
・この小節には4種類の和音が出てくるため、ペダルを踏み変える必要がある
・その際、右手メロディの付点2分音符を5の指でしっかりと残すことが重要
重要な意識:
・打鍵した瞬間だけでなく、伸びている間ずっと付点2分音符の響きを聴き続ける
・そうすることで、4拍目のメロディFis音との音色のつながりをコントロールする
– 15-22小節
譜例(15-17小節)

15-17小節のメロディ構造:
・16小節目のメロディC音とAis音はどちらも非和声音で、17小節目の和声音H音へアプローチする音
– C音は半音上からH音へアプローチ
– Ais音は半音下からH音へアプローチ
演奏の意識:
・16小節目は緊張感を持って演奏
・17小節目でその緊張感が解決する感覚を持つ
16小節目の対旋律
・左手の対旋律的要素は、メロディを隠さない程度に少し際立たせる
17小節目のおさめ
・1拍目はしっかりおさめ、大きく飛び出さないように注意
19-20小節の同音連打:
・メロディに2分音符のH音が3連続で出てくる
・3つ目のH音に最も重心を入れる
・抑揚をつけて歌ってみると、この重心配置がしっくりくる
· 展開部:23-41小節
– 23-27小節
23小節目から展開部
・展開部が始まり、fis-mollで第一主題の素材が登場する
25-27小節のクレッシェンド:
・25小節1拍目は、まだ pp
・そこからクレッシェンドして27小節のクライマックスに向かう
重要なポイント:
・27小節目後半にデクレッシェンドがあり、28小節目で「p(弱く)」になる
・つまり27小節では「 p 」よりも大きいダイナミクスまでクレッシェンドする必要がある
– 28-31小節
オクターブの変化:
・28小節目のメロディが29小節目では1オクターブ低く奏される
・オーケストラなら別の楽器で演奏されるはずの箇所
・1オクターブ低いほうを、少し深めの音で演奏すると立体的になる
低音の保続:
・28小節目から40小節目まで、Gis音が低音で保続されている
・その上でハーモニーが移り変わるため、ペダリングが濁らないよう、和声の変化に細心の注意を払う
– 32-37小節
響きとしての表現
32-36小節目は、特定のメロディを聴かせるのではなく、フレーズ全体を響きとして聴かせる作曲法がとられています。
演奏のコツ:
・1音1音が明確に立ち上がり過ぎないように
・「響きの中に入れていく」イメージ
・指を立てないようにし、指の腹を使う
ダイナミクスの解釈:
・この部分にはダイナミクス記号が一切書かれていない
・音型に沿ってクレッシェンド・デクレッシェンドを補う解釈もあるが
・抑揚をつけずに、全体を「静」のイメージとして淡々と弾く解釈も可能
音楽の流れの維持:
・小節のまたぎ目で音楽が止まらないように
・特に、32小節目から33小節目の移り変わり、34小節目から35小節目の移り変わりの跳躍部分に注意
35-37小節の一体感:
・35小節目のバス音はタイでつながれ、3小節間に渡って伸びている
・この左手が右手の表現と結びついている
・つまり、左手のように右手を「大きく一つのフレーズ」として横に引っ張るように演奏すると音楽的
– 38-41小節
低音域のメロディ:
・37小節目の後半から右手にメロディが復活するが、低い音域に出てくる点がポイント
・Cis音を弾くときにペダルを踏み変える
メロディと伴奏の区別:
・38小節目では、メロディ部分を深い指圧による打鍵で太い音を出し、伴奏部分は響きの中に隠す
・こうすることで、メロディとそれ以外の要素をしっかり区別し、立体的な演奏が実現する
・8分音符ばかりが聴こえないように注意する
· 再現部:42-69小節
– 42-59小節
基本方針:
・42小節目から再現部が始まる
・多少の変化はあるが、基本的な考え方は提示部と同様
– 60-69小節(エンディング)
60-66小節の左手
・左手に第一主題の素材が出てくるため、これが最も聴こえるバランスで演奏する
ダイナミクスの配置(ヘンレ版)
版によって異なりますが、ヘンレ版では興味深い指示があります。
・62-63小節のクレッシェンド・デクレッシェンド:右手
・64-65小節のクレッシェンド・デクレッシェンド:左手
このように弾き分ける解釈も大いに効果的です。
66-67小節の休符:
・右手に8分休符が出てくる
– ダンパーペダルを使っていても、休符でしっかりと手を離す
– 手で休符をとるかとらないかで、視覚的にも音の横へのつながり方が変わる
譜例(67-69小節)

67-69小節のペダリング:
・67小節目の後半部分は低い音域で音が動くので、ペダルを踏みっぱなしだと濁ってしまう
・低いGis音を弾く辺りでペダルが上がり切るように、滑らかに上げる(譜例の書き込み参照)
68-69小節(最後の2小節):
・ヘンレ版では、68小節目の2分音符それぞれにピアニッシモが書かれている
・これは「そこから新たなフレーズを始める」という意図の表現
それを踏まえた解釈の可能性
・「v マーク」を入れたように、68小節目の2つの2分音符の間に一瞬の音の切れ目を作るのも一案
► 楽曲構成についての考察
異例な楽章構成
「月光ソナタ」の楽章構成は、古典派のそれまでのソナタから考えると異例です。
・第1楽章がアダージョ
・第3楽章に比重がある
・第2楽章は対比的
一つの解釈
従来のベートーヴェンのピアノソナタでは、以下の構成が多く見られました:
・第1楽章:ソナタ形式の急速楽章
・第2楽章:緩徐楽章
・第3楽章:スケルツォまたはメヌエット
・第4楽章:ロンドなどの急速楽章
ここから第1楽章を取り払って第2楽章からスタートすると考えると、「月光ソナタ」の楽章構成と類似してきます。このように別作品との関連性を探ることも、学びにつながります。
► 終わりに
この楽曲は、和声の響きを繊細に聴き分け、メロディと伴奏のバランスを適切にコントロールすることが求められます。2/2拍子を意識した自然な流れ、ペダリングの細やかな配慮、そして各小節の和声変化への敏感さが、説得力のある演奏につながります。
楽譜に書かれた音符の背後にある構造を理解し、作曲家の意図を汲み取りながら演奏しましょう。
推奨記事:
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(演奏解釈をさらに学ぶための教材 /「月光ソナタ」も全楽章分収載)
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