【ピアノ】手首のアップ・ダウン奏法を動作の大きさ別に解説
► はじめに
ピアノを弾いていて、こんな悩みを感じたことはありませんか?
・「同じ音が続くとのっぺりして聴こえてしまう」
・「音は単純なのに、なぜか弾きにくい」
こうした問題の多くは、手首の「アップ・ダウンの動作」を意識するだけで解決することがあります。本記事では、このテクニックを動作の大きさ別に、具体的な曲例を交えながら解説します。
► アップ・ダウンとは何か?
簡単に言うと:
・ダウン(下げる動作):主に重みを入れるところで手首を多少沈め、その動作の中で打鍵する
・アップ(上げる動作):主に音のまとまりの終わりに向かって手首を持ち上げ、その動作の中で打鍵をする
この動作を意識的に組み合わせることで、音のニュアンス・強弱・つながりが自然に生まれます。
重要なのは、やり過ぎないこと。あくまでも打鍵のサポートとしての動作であり、数センチの世界の話です。派手に動かすと無駄な動きになってしまうので気をつけましょう。
► 動作が大ぶりなアップ・ダウン
‣ 例:ショパン「エチュード Op.25-1 エオリアンハープ」
ショパン「エチュード Op.25-1 エオリアンハープ」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、1-2小節)

この曲の冒頭では、アウフタクトのEs音、1小節目頭のEs音と、同じ音が連続します。
ここでやってはいけないのが、2つの音を同じ音質・同じ強さで並べてしまうことです。ドアを「コン!コン!」と全く同じ音でノックされると不快に感じるように、均質な音の連続は音楽的ではありません。
演奏のポイント
・アウフタクトの音は「アップの動作」で、丸く柔らかい音色で弾き始める
・1小節目の頭の音に「ダウン」で着地する
・「遠くへ飛んだ響きを、戻ってきて捕まえる」イメージを持つ
打鍵速度に気をつけて、「カツン」という硬い音にならないように注意しましょう。音の出し方ひとつで、演奏全体の印象が決まります。
‣ 例:ショパン「エチュード Op.10-12 革命」
ショパン「エチュード(練習曲)ハ短調 Op.10-12 革命」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、14-15小節)

演奏のポイント
・15小節1拍目の和音:下から上へ弾くイメージ(アップ)で打鍵
・2拍目のアクセント付き和音へ:ダウンで着地し、深く重みのある音を出す
この「アップで準備→ダウンで着地」の流れを意識するだけで、アクセントが深く響くうえ、自然な手の運動なので弾きやすくもあります。
► 動作が中ぶりなアップ・ダウン
‣ 例:スクリャービン「左手のためのノクターン Op.9-2」
スクリャービン「左手のための2つの小品 第2番 ノクターン Op.9-2」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、7-8小節)

7-8小節の境目で、メロディのC音が連打されます。
演奏のポイント
1つ目のC音 → アップの動作(軽め)
2つ目のC音 → ダウンの動作(和音の厚みを活かし、より深く)
軽く弾くべき音と、重みを入れるべき音を、手首の方向で自然に弾き分けられるわけです。
‣ 例:ラヴェル「ハイドンの名によるメヌエット」
ラヴェル「ハイドンの名によるメヌエット」
譜例(PD作品、Sibeliusで作成、1-4小節)

演奏のポイント
2小節目を例に取ると、「1拍目にやや重みを入れ、2拍目で解決させておさめる」というニュアンスが大切です。
・1拍目:ダウン
・2拍目:アップ
この軽い動作をつけることで、音楽的なニュアンスが自然と生まれます。やり過ぎず、「ニュアンスをサポートする程度」にしましょう。
► 動作が小ぶりなアップ・ダウン
‣「シャンドール ピアノ教本」が教える大原則
ピアノ奏法の名著「シャンドール ピアノ教本」には、レガートについて以下のような指摘があります。
グループの弾き始めでは手首・手・腕を比較的低く構え、弾き終わりでは高くする。これが例外なき大原則である。
これがまさにダウン→アップの動作です。できる奏者は当たり前にやっていますが、言語化されることはあまりありません。
・シャンドール ピアノ教本 身体・音・表現 著 : ジョルジ・シャンドール 監訳 : 岡田 暁生 他 訳5名 / 春秋社
‣ 例:ドビュッシー「ベルガマスク組曲 第1曲 プレリュード」
ドビュッシー「ベルガマスク組曲 1.プレリュード」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、76-77小節)

右手・左手とも、1拍ごとにスラーのかかったかたまりが連続するパッセージです。
弾き方のポイント
・スラーの最初の音で手首を入れる(ダウン)
・4音のかたまりを弾きながら、徐々に手首を上げていく(アップ)
・「手首だけを上げる」のではなく「手の甲ごと持ち上げる」イメージで
アップの動作が、次のスラーのダウンへの「準備」にもなっており、この繰り返しがレガートのかたまりを美しくつなぐ秘訣です。
試してみる
手首を固定したまま弾くと、とても弾きにくく感じるはずです。それが「アップ・ダウンの必要性」を実感できる一番の練習と言っていいでしょう。
‣ 例:モーツァルト「ピアノソナタ K.311 第1楽章」
モーツァルト「ピアノソナタ ニ長調 K.311 (284c) 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、38-39小節)

「スラーでつながれた2音1組が連続する音型」での注意点:
・スラーの後ろの音が大きくなり過ぎないこと
・後ろの音をやや短めに弾くこと
なぜ、アップ・ダウンが役立つのか
スラーの出始めでダウン、終わりでアップの「抜ける動作」をつけることで、後ろの音は大きくなりようがありません。しゃっくりをするような演奏を防ぐことができます。
ただし、テンポが「Allegro」より速くなる場合は、手首の動きを最小限にしたほうが弾きやすくなります。テンポに応じて動作の量を調整する判断力も、身につけるべき大切なスキルと言っていいでしょう。
► 終わりに
アップ・ダウンの動作を逆にすると弾きにくく、固定すると音楽的でなくなる——これは言い換えれば、音型ごとに使うべき動作がほぼ決まっており、それはすでに楽譜に書かれているということです。
スラーや強弱記号を「音の指示」としてだけでなく、身体の動作のヒントとして読み解く習慣をつけると、演奏の完成度が一段階上がります。
手首の動きは「数センチの世界」。やり過ぎず、でも確実に使う。それがポイントです。
手首の動作をより基礎からもっとやさしい曲で学びたい方は、以下の書籍も参考にしてください。
ピアノ奏法20のポイント―振り付けによるレッスン 著:セイモア・バーンスタイン 訳:大木裕子、久野理恵子 / 音楽之友社
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