【ピアノ】本番でのミスのトラウマをリブートする方法
► はじめに
ピアノの発表会や本番で失敗してしまった経験は、多くの学習者にとって心の重荷となります。指が止まってしまった瞬間、暗譜が飛んでしまったときの冷や汗、会場の静寂の中で響く自分のミス──そうした記憶がトラウマとなり、「もう人前で弾きたくない」と感じてしまうことは決して珍しくありません。
しかし、失敗への向き合い方次第で、それは最大の学びの機会へと転換できます。本記事では、本番のミスから立ち直る方法を詳しく解説します。
※本記事は、筆者の音楽経験と指導経験に基づく実践的なアドバイスです。 心理学的な治療が必要な場合は、専門家にご相談ください。
► トラウマは「放置」が最大の敵:すぐに再挑戦すべき理由
‣ 宮沢りえと仲代達矢のエピソードが教えてくれること
仲代達矢さんがご自身の著書で語られているエピソードが印象的です。
1992年の映画「豪姫」の撮影現場で起きた出来事は、トラウマ克服の本質を見事に物語っています。当時、若手女優だった宮沢りえさんが馬から落馬するというアクシデントに見舞われました。精神的ショックから撮影延期も検討される中、共演していた大御所俳優の仲代達矢さんが放った言葉が印象的です。
「すぐに再開しよう。今日乗らないと一生馬に乗れなくなる」
この助言には、トラウマにおける重要な真理が含まれています。恐怖体験を放置すると、「もう二度とやりたくない」という気持ちが強くなってしまう傾向があり、これは音楽分野でも多くのピアノ弾きが経験してきたことです。
結果として、宮沢りえさんはすぐに馬に乗り直し、撮影を続行。このエピソードは後に彼女自身も「あのときすぐに乗らなかったら、本当に馬が怖くなっていたと思う」と振り返っています。
‣ 時間を置くことで起こりがちなこと
ピアノの本番で失敗した後、時間を置くと以下のようなことが起こりがちです:
・「次も失敗するかも」という不安が大きくなり、人前で弾くのを避けたくなる
・「自分は本番に向いていない」と思い込んでしまう
・本番の機会が減り、プレッシャー下での演奏経験が積めなくなる
‣ 再挑戦のタイミング:「できるだけ早く」が鉄則
ピアノ演奏において、以下のようなステップが推奨されます。
短期再挑戦プラン:
・1〜2週間以内:家族や親しい友人など、少人数の前で同じ曲を演奏する
・1ヶ月以内:小規模な演奏会やサークルなどで演奏機会を持つ
・2〜3ヶ月以内:より正式な発表会やコンクールなどに再挑戦する
完璧を待っていては、いつまでも再挑戦のタイミングは訪れません。
‣ 筆者の実体験
筆者自身も、10代の頃に海老名で行われた本番での大失敗を経験しました。帰りに駅へ向かう途中、随分と落ち込んだのを、今でも鮮明に覚えています。
しかし、指導者からのアドバイスで、その2週間後に申し込み型演奏会で同じ曲を演奏する機会を持ちました。不安は大きかったものの、その経験が転機となり、その後は本番での緊張との付き合い方を学ぶことができました。もしあの時、半年や1年も間を空けていたら、おそらくその曲を人前で弾けなくなってしまっていたことでしょう。
► 本番録音は「財産」:涙目の乾かし方と前向きな解釈
失敗の録音こそ最高の教材である理由
本番で思うように弾けなかったとき、多くの人は録音を聴き返すことすら辛く感じるでしょう。しかし、本番での失敗録音こそが、最も価値のある上達資料なのです。なぜなら、自宅の練習室では決して現れない以下のような要素が、本番の録音には含まれているからです:
・極度の緊張下での身体反応:指の震え、緊張による冷え など
・精神的プレッシャー下での判断力:瞬間的なミスへの対応、出だしテンポの選択 など
・環境要因への適応:異なるピアノのタッチ、会場の響き、客席からのプレッシャー
・無意識の癖や弱点:膝でのカウントなど、普段は気づかない演奏上の問題点が顕在化する
► プロも失敗する:アシュケナージのエピソードに学ぶ
‣ 巨匠の失敗が教えてくれること
世界的なピアニスト・指揮者であるウラディーミル・アシュケナージ氏が、2004年のNHK交響楽団定期演奏会で指揮中に起きた衝撃的な事故は、音楽界で語り継がれています。指揮の最中、指揮棒が自身の手に約3cmも刺さり、血が噴き出すという大アクシデント。
このエピソードから学べることは:
・完璧な本番など存在しない:世界的な演奏家でさえ、予期せぬトラブルに見舞われる
・一つの失敗が全体を否定するわけではない:その後もアシュケナージ氏は活躍している
‣ 他の著名音楽家の失敗談
音楽史を振り返れば、失敗のエピソードは数多く存在します:
マルタ・アルゲリッチ:暗譜に不安を抱え、一時期ソロリサイタルを完全に中止していた時期がある
グレン・グールド:本番での緊張をはじめ、様々なプレッシャーに耐えられず、32歳で公開演奏から引退した
スヴャトスラフ・リヒテル:晩年まで本番前の極度の緊張に悩まされ続けた
これらの巨匠たちでさえ、本番のプレッシャーと戦い続けたのです。
► 小さな本番機会の作り方
正式なコンクールや演奏発表会だけでなく、他の「小さな本番」を積極的に設定しましょう。以下の記事を参考にしてください。
► 終わりに
仲代達矢さんの言葉を借りれば、「今日乗らないと一生馬に乗れなくなる」──本番での失敗後、できるだけ早く再挑戦することが、トラウマを克服し、さらなる成長へとつながる最良の道なのです。失敗の録音は「恥ずかしい記録」ではなく、「成長への貴重なデータ」です。
本番に挑戦し続けることそのものが、既に大きな成功だと腑に落として継続していきましょう。
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