【ピアノ】「愛のあいさつ 〜左手独奏のための〜」編曲者による演奏解説
► はじめに
エルガーの名曲「愛のあいさつ」を左手のみで演奏できるように編曲した本作品について、編曲者自身が演奏上のポイントを詳しく解説します。
右手に何らかのトラブルを抱えている方、左手演奏に挑戦したい方、指導者の方々に向けて、この編曲作品特有の演奏技術と音楽表現の両面から、実践的なアドバイスをお届けします。
► 基本情報
エルガー「愛のあいさつ〜左手独奏のための〜」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、曲頭)

作品データ:
・2017年度 月刊ピアノ×ピティナ編曲オーディション 上級部門 第1位 受賞作品
・編曲時期:2017年2月
・演奏時間:約3分30秒
・演奏レベル:ツェルニー40番入門程度から挑戦可能
・ピティナ・ピアノ曲事典
楽譜の入手方法
本作品の楽譜は以下の方法で入手できます:
・ぷりんと楽譜で購入可能(» 愛のあいさつ〜左手独奏のための〜)
・「月刊ピアノ 2017年10月号」バックナンバー
・ミュッセ
メディア掲載
音楽・遊び・エンタメの総合ウェブメディア「RAG Music」で本作品を取り上げていただいています。
► 編曲方針
編曲コンセプト
(月刊ピアノ掲載時のコメントより)
右手に何らかのトラブルを抱えたことで左手のみで演奏できるピアノ曲を必要としている方が相当数存在することを知り、加えて、既存の左手のための楽曲で誰もが知っている楽曲が少ないという事実に着目しました。
そこで、「愛のあいさつ」という名曲を左手のみで演奏できるように編曲することを試みました。
運指への配慮
左手演奏独特の難所である「運指」について、なるべく無理のないように熟考し、運指番号も比較的多く書き入れました。初めて左手作品に取り組む方でも、楽譜の運指を参考にしながら練習を進められます。
► 演奏のヒント
‣ 左手演奏の基本姿勢
左手のみでピアノを弾く際には、通常の演奏とは異なる座り方が重要になります。
図(Sibeliusで作成)

より詳しい解説は以下の記事をご覧ください。
【ピアノ】左手のみで演奏するピアノ曲:魅力と実践の入門ガイド
‣ 技術的なポイント
· 弾きにくさへの対処法(8小節目、48小節目)
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、7-8小節)

8小節2拍目は、音域の跳躍があり弾きにくく感じるかもしれません。
対処法
もし難しく感じる場合は、レッドで示したF音を追加し、アルペッジョ記号をつけて演奏して構いません。中指で弾く音が加わることと和音を分散させることで、手が安定して弾きやすくなります。
48小節目も同様の対処が可能です。演奏しやすいほうを選択してください。
· 音色変化の指示と空気感の演出(20-21小節)
21小節目の p(ピアノ)は、音量指示としてだけではなく、「音色を変えて」というメッセージと捉えましょう。
演奏のコツ:
・19-20小節でクレッシェンドをしっかりと表現
・21小節目の入りで少し時間をとる
・21小節目の p で空気感を一変させる
音楽的背景
この楽曲は女性を誘う音楽です。ここでは急に空気感が変わることで、ハッと女性が反応している印象を表現しています。
· 音色を考慮した表現の選択(27小節目)
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、26-29小節)

27小節2拍目の赤色音符で示した和音は f(フォルテ)ですが、あまりキツい響きにしたくない、高揚した気持ちを表現する箇所です。
表現の選択肢
この和音にアルペッジョをつける解釈も可能です。そうすることで、f のエネルギーは表現しつつも、カツンというダイレクトで硬い響きを避けることができます。
自身の音楽的解釈に合わせて選択してください。
· クロスリズムにおけるテンポ設定(29小節目〜)
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、26-29小節)

29小節目からは、左手のみで3:2のクロスリズム(異なるリズムの同時進行)を演奏する、この編曲の中では最も難易度の高い箇所です。
練習のポイント:
・クロスリズム自体は、テンポを段階的に上げていく練習で習得可能
・重要なのは、全体のテンポ感を保つこと
注意点
クロスリズムが始まった途端に急にテンポが遅くなってしまわないように気をつけましょう。むしろここでは、「più mosso(今までよりも速く)」になるくらいのほうが、音楽の流れから考えると適しています。
· 音楽的なつなぎ方(34-35小節)
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、34-36小節)

フェルマータが書かれていますが、演奏の流れには注意が必要です。
適切な演奏の流れ:
・レッドで示した音で止まらない
・ブルーで示した音まで一気に進む
・その後にフェルマータ
これが楽曲構造上、適切な音楽の動かし方です。
追加の注意点
フェルマータ直後の16分音符は、フェルマータの仲間ではなく、「次の小節のグループの音」として扱いましょう。
· 音楽的なつなぎ方(54-55小節)
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、54-56小節)

54-55小節の移行では、大きく2パターンの解釈が可能です。
解釈パターン:
パターンA:テンポで調整
・54小節目で少しテンポをゆるめる
・その流れで55小節目へ入る
パターンB:間(ま)で調整
・テンポはゆるめない
・小節のまたぎ目で時間をとる
音楽的考察
55小節目では、ダイナミクスが大きく変わるとともに、繊細な和声変化も起こります。ガラリと音色を変えたい箇所です。
パターンBで演奏する場合は、小節のまたぎ目で音色と空気感を作るための十分な時間が必要になります。まったく違う色の世界へ移行することを意識してください。
· クライマックスの弾き方(67-68小節)
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、67-68小節)

フェルマータの直前に小音符(装飾音)が複数入ります。両手で演奏する場合とは異なり、左手のみでは直前のメロディの16分音符As音を指で保持したままペダルで拾うことができません。
技術的な課題
小音符を演奏している瞬間、わずかな時間ですがメロディの音響が断裂してしまいます。
解決策(編曲時に考慮済み):
・65小節目より rit. しており、テンポが引き伸ばされている
・小音符全体をなるべく前へ出し、急速に弾き切る
・メロディの16分音符As音を弾いたら、すぐに小音符へ入る
この演奏法により、音響の断裂はさほど気にならなくなり、むしろクライマックスへ向けた高揚感が生まれます。
► 終わりに
技術的な難しさはありますが、本解説で紹介したポイントを一つ一つ押さえて練習すれば、必ず演奏できるようになります。左手独奏でも豊かな音楽表現ができることを、ぜひこの作品を通じて体感してください。
楽譜の入手方法
本作品の楽譜は以下の方法で入手できます:
・ぷりんと楽譜で購入可能(» 愛のあいさつ〜左手独奏のための〜)
・「月刊ピアノ 2017年10月号」バックナンバー
・ミュッセ
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