【ピアノ】クララ・シューマンが編曲した「リーダークライス」全8曲:選曲・難易度完全ガイド

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【ピアノ】クララ・シューマンが編曲した「リーダークライス」全8曲:選曲・難易度完全ガイド

► はじめに

 

ロベルト・シューマンの代表的な歌曲集「リーダークライス」(Op.24とOp.39)。この珠玉の作品群の中から、妻クララ・シューマンが8曲を選んでピアノ独奏用に編曲したことをご存知でしょうか。

本記事では、この8曲の選曲ガイドとして、各曲の特徴、難易度、学習の進め方まで詳しく解説します。

 

► 前提知識

‣「リーダークライス」について

 

ロベルト・シューマンには「リーダークライス」という歌曲集が2つ存在します:

リーダークライス Op.24

・作曲年:1840年
・詩人:ハインリヒ・ハイネ
・全9曲

リーダークライス Op.39

・作曲年:1840年
・詩人:ヨーゼフ・フォン・アイヒェンドルフ
・全12曲

 

いずれも1840年、シューマンがクララと結婚した「歌の年」に作曲された作品です。一般的にOp.39のほうがより演奏機会が多く、特に「月の夜」や「春の夜」などは歌曲のレパートリーとして定番となっています。

 

‣ クララ・シューマンについて

 

クララ・シューマン(1819-1896)

・19世紀を代表する女性ピアニスト・作曲家
・ロベルト・シューマンの妻(1840年結婚)
・優れた音楽編集者としても活動
・ブラームス、リストらと深い音楽的交流を持つ

クララの父フリードリヒ・ヴィークは、ロベルトのピアノ教師でありながら二人の結婚に強く反対していました。法廷闘争まで発展した困難を乗り越えて結ばれた二人の愛の物語は、音楽史上最も美しいエピソードの一つです。

クララは演奏家として国際的な名声を得ただけでなく、ロベルトの作品の編集者・解釈者としても重要な役割を果たしました。彼女が編集した楽譜や編曲作品は、作曲者の意図を深く理解した資料として、今日でも高い価値を持っています。

 

‣ クララが編曲した8曲について

 

クララは「ロベルト・シューマンの30のリートと歌」の中で、リーダークライスから以下の8曲のみを編曲しています。

Op.24より(3曲)

・第7曲「山や城は見下ろしている」
・第9曲「ミルテとバラを持って」

Op.39より(6曲)

・第1曲「異郷にて」
・第2曲「間奏曲」
・第4曲「静けさ」
・第5曲「月の夜」
・第6曲「美しい異郷」
・第12曲「春の夜」(終曲)

興味深いことに、クララはOp.39から6曲を選んでおり、アイヒェンドルフの世界に強く惹かれていたことが窺えます。

 

► クララ編曲の基本方針

 

クララの編曲に共通する特徴は、原曲への深い敬意です。多くのピアノ編曲が編曲者の個性を前面に出すのに対し、クララの編曲は極めて謙虚で控えめです。

 

編曲の基本アプローチ:

・原曲のピアノ伴奏部分を基礎として活用
・歌声部をピアノの旋律に自然に組み込む
・改変は必要最小限に抑える
・シューマン特有の音遣いや和声進行を忠実に保存
・原曲にない強弱記号を追加することで、歌詞が持っていた表現を補完している箇所は見られる

 

この編曲姿勢は、「ロベルトの音楽をピアノで再現する」という明確な意図の表れと言えるでしょう。

 

► 選曲ガイド(難易度、知名度)

‣ 取り掛かりにおすすめの曲

·ツェルニー30番入門程度〜

 

異郷にて(Op.39-1)

譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、曲頭)

シューマン「異郷にて」クララ・シューマン編曲ピアノ独奏版の冒頭楽譜。

・難易度:ツェルニー30番入門程度〜
・演奏時間:約2分
・特徴:アルペジオ伴奏にシンプルなメロディが乗る構造

技術的難所がほとんどなく、美しいメロディで覚えやすいため、最初の一曲に最適です。

 

山や城は見下ろしている(Op.24-7)

譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、曲頭)

クララ・シューマンによるピアノ編曲版「山や城は見下ろしている」冒頭部分の楽譜。

・難易度:ツェルニー30番入門程度〜
・演奏時間:約2分30秒(原曲から繰り返しを省略)
・特徴:穏やかで開けた視野を持つ曲想

技術的難易度よりも音楽的理解が重要な一曲です。初中級段階の音楽性を深める良い教材となるでしょう。

 

静けさ(Op.39-4)

譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、曲頭)

シューマン「静けさ」クララ・シューマン編曲ピアノソロ版の楽譜(曲頭部分、ロングアルペッジョを含む)。

・難易度:ツェルニー30番入門程度〜
・演奏時間:約1分20秒
・特徴:多声部の弾き分けと左右の対話的表現

音符の数は多くなく、他の作品とは雰囲気の異なる軽さを持った一曲です。

 

· ツェルニー30番中盤程度〜

 

月の夜(Op.39-5)

譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、曲頭)

シューマン「月の夜」クララ・シューマン編曲ピアノソロ版の冒頭楽譜。

・難易度:ツェルニー30番中盤程度〜
・演奏時間:約3分30秒
・特徴:静寂な月の夜の情景と魂の恍惚

テンポはゆるやかですが、片手での多声部の弾き分け、メロディとそれよりも上の音域をいく音の同時処理など、やや高度な表現と技術が求められます。

 

ミルテとバラを持って(Op.24-9)

譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、曲頭)

シューマン「ミルテとバラを持って(クララによる編曲版)」ピアノ独奏版の楽譜冒頭部分。

・難易度:ツェルニー30番中盤程度〜
・演奏時間:約4分
・特徴:テンポ変化が多い。愛と歌を棺に納める悲痛な内容

8曲の中で最も長く、テンポ処理など高度な音楽性が要求されます。

 

間奏曲(Op.39-2)

譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、曲頭)

クララ・シューマン編曲「間奏曲」ピアノソロ版の冒頭部分の楽譜。

・難易度:ツェルニー30番中盤程度〜
・演奏時間:約1分40秒
・特徴:全曲を支配しているシンコペーションが特徴的

内省的で詩的な雰囲気を持つシンプルな作品で、アンコールレパートリーなどにもおすすめです。

 

‣ 余裕次第で挑戦したい曲

· ツェルニー30番後半程度〜

 

美しい異郷(Op.39-6)

譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、曲頭)

シューマン「美しい異郷」クララ・シューマン編曲版の冒頭部分の楽譜。

・難易度:ツェルニー30番後半程度〜
・演奏時間:約1分30秒
・特徴:同音連打が特徴的な、夢幻的な憧れの歌

凝った伴奏形が使われており、表現の多様性を学べます。

 

· ツェルニー40番程度〜

 

春の夜(Op.39-12)

譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、曲頭)

クララ・シューマン編曲「春の夜」ピアノ編曲版の冒頭部分の楽譜。

・難易度:ツェルニー40番中盤程度〜
・演奏時間:約1分20秒
・特徴:高速同音連打による伴奏形

リスト編との比較で、クララの編曲哲学が理解できるでしょう。コンパクトながら技術的に充実した作品です。クララ編にも2パターンの編曲が存在します(後述)。

 

‣ 原曲でよく知られている作品

 

歌曲としての原曲が特に有名で、参考音源が豊富な作品は以下の通りです:

特に有名:

・月の夜(Op.39-5):シューマン歌曲の中でもよく知られている一作
・春の夜(Op.39-12):リスト編も有名な人気曲
・異郷にて(Op.39-1):Op.39の冒頭を飾る重要作品

比較的知られている:

・美しい異郷(Op.39-6)
・静けさ(Op.39-4)
・間奏曲(Op.39-2)

 

特にこれらの作品は、歌曲版の録音が多数存在するため、クララ編曲版の学習においても参考になるでしょう。

 

► 学習の進め方

‣ 推奨学習順序

 

ステップ1:入門曲から始める

・異郷にて(入門曲としては最推奨)
・山や城は見下ろしている
・静けさ

ステップ2:中級曲に着手

・間奏曲
・月の夜
・ミルテとバラを持って

ステップ3:上級曲に挑戦

・美しい異郷
・春の夜(この8曲の中では最も技術的に高度)

 

原曲への親しみ度や、詩の内容への共感度によって、学習順序を変更しても構いません。

 

‣ 効果的な学習方法

 

原曲の歌詞を理解する

クララの編曲は、歌詞の内容を深く理解したうえで施されています。演奏する前に原詩と日本語訳を読み、詩の世界観を把握しましょう。

歌曲版を聴く

ピアノ編曲版だけでなく、必ず原曲の歌曲版を聴きましょう。クララがどのような解釈のもとに編曲を行ったかがより深く理解できます。

クララが追加した要素に注目

原曲にはない強弱記号などの追加された要素に注目しましょう。これらは、歌詞という情報源を失ったピアノ版で音楽的起伏を補完するためのクララの工夫です。

 

► 各曲の演奏ヒント

 

各曲の詳細な演奏解説については、以下の個別記事をご覧ください。

Op.24より:

【ピアノ】クララ・シューマンが編曲した「山や城は見下ろしている」:特徴と演奏のヒント
【ピアノ】クララ・シューマンが編曲した「ミルテとバラを持って」:特徴と演奏のヒント

Op.39より:

【ピアノ】クララ・シューマンが編曲した「異郷にて」:特徴と演奏のヒント
【ピアノ】クララ・シューマンが編曲した「間奏曲」:特徴と演奏のヒント
【ピアノ】クララ・シューマンが編曲した「静けさ」:特徴と演奏のヒント
【ピアノ】クララ・シューマンが編曲した「月の夜」:特徴と演奏のヒント
【ピアノ】クララ・シューマンが編曲した「美しい異郷」:特徴と演奏のヒント
【ピアノ】クララ・シューマンが編曲した「春の夜」:特徴と演奏のヒント

 

これらの記事では、各曲の具体的な技術的課題、表現のポイントなどを解説しています。

 

► 学習に役立つ参考資料

‣ 楽譜

 

必携の楽譜集

・クララによるシューマン歌曲のピアノソロ編曲集 30 Lieder und Gesange fur Klavier

 

 

この楽譜集には、リーダークライスからの8曲に加え、「ミルテの花 Op.25」からの編曲など、クララが編曲した30曲が網羅的に収録されています。歴史的価値と実用性を兼ね備えた貴重な資料です。

 

‣ 参考書籍

 

クララ・シューマンについて学ぶ

クララの生涯や音楽活動について理解を深めることで、編曲作品への洞察も深まります。以下のような視点で調べてみましょう:

・クララとロベルトの結婚までの経緯
・クララのピアニストとしての活動
・クララの作曲・編曲活動
・ロベルトの作品の編集者としての役割
・ブラームスとの音楽的交流

クララについて学ぶための資料を一冊選ぶのであれば、迷わず以下の書籍をおすすめします。クララの人生や人となりについて詳しく知ることができる歴史的資料です。

 

・真実なる女性 クララ・シューマン 著:原田光子 / みすず書房

 

 

 

 

 

► 発展学習

‣ クララ編「春の夜」の2つの編曲版を比較する

 

Ries & Erler出版の楽譜には、「春の夜」の編曲が2パターン収録されています。

版A:弾きやすく改変された版

・本記事および個別解説記事で取り上げた版
・より演奏しやすい配慮がされている
・それでも、ツェルニー40番中盤程度から挑戦可能な難易度

版B:より高度な版

・音域の扱い方に大きな差が見られる
・技術的により困難で、ピアニスティックな技術が要求される
・左手でメロディを弾く箇所が多く出てくる

 

両方の版を比較することで、クララの編曲における判断の過程を理解できます。まずは版Aで曲に親しみ、余裕が出てきたら版Bにも挑戦してみましょう。

 

‣ リスト編「春の夜」との比較

 

フランツ・リストも「春の夜」をピアノ独奏用に編曲しています(S.568)。クララ編と比較することで、編曲哲学の違いが明確になります。

 

比較の観点

観点 クララ編(2種の編曲) リスト編
基本方針 原曲の忠実な再現 華麗な技巧的変奏
難易度 ツェルニー40番中盤程度〜(高度版は修了程度〜) ツェルニー40番修了程度〜
表現の焦点 歌詞の内容と原曲の詩情 華やかさと左手の扱い方
演奏時間 約1分20秒(原曲同様) 約2分30秒

 

クララ版は原曲への敬意を保ちながらピアノの特性を活かした編曲である一方、リスト版は原曲を素材とした新たな作品としての性格が強いと言えます。

両方を学習することで、19世紀における歌曲のピアノ編曲という文化的実践の多様性が理解できるでしょう。

 

‣ 他の編曲作品への展開

 

クララは「ロベルト・シューマンの30のリートと歌」の中で、リーダークライス以外の歌曲集からも編曲を行っています。

推奨作品:

「ミルテの花」からの編曲(全5曲)

・第1曲「献呈(Widmung)」
・第2曲「自由な心(Freisinn)」
・第3曲「くるみの木(Der Nussbaum)」
・第7曲「蓮の花(Die Lotosblume)」
・第24曲「君は花のよう(Du bist wie eine Blume)」

これらの作品については、別記事「【ピアノ】クララ・シューマンが編曲した「ミルテの花」5選:愛に満ちたピアノ編曲の魅力」で詳しく解説しています。

リーダークライスの楽曲理解にもつながるので、ぜひこれらの作品にもあわせて挑戦してみてください。

 

► 楽曲情報一覧表

 

以下に、8曲の基本情報を一覧表にまとめます。

曲名 作品番号 難易度目安 演奏時間 詩人 特徴
山や城は見下ろしている Op.24-7 ツェルニー30番入門程度〜 約2分30秒 ハイネ 穏やかで広く開けた場所を思わせる
ミルテとバラを持って Op.24-9 ツェルニー30番中盤程度〜 約4分 ハイネ 8曲中、最長
テンポ変化多数
異郷にて Op.39-1 ツェルニー30番入門程度〜 約2分 アイヒェンドルフ 8曲中、最も入門に最適
孤独と死への憧れ
間奏曲 Op.39-2 ツェルニー30番中盤程度〜 約1分40秒 アイヒェンドルフ 全編を一貫したシンコペーション
静けさ Op.39-4 ツェルニー30番入門程度〜 約1分20秒 アイヒェンドルフ 多声部の弾き分け
軽い曲想
月の夜 Op.39-5 ツェルニー30番中盤程度〜 約3分30秒 アイヒェンドルフ 原曲が有名な名曲
静寂な月夜の恍惚
美しい異郷 Op.39-6 ツェルニー30番後半程度〜 約1分30秒 アイヒェンドルフ 抑制された情熱
同音連打が印象的
春の夜 Op.39-12 ツェルニー40番中盤程度〜 約1分20秒 アイヒェンドルフ 8曲中、最も演奏難度が高い
クララ編2種とリスト編も

 

► 終わりに

 

クララ・シューマンによる「リーダークライス」からの8曲の編曲は、原曲への深い理解と愛情に基づいた作品群です。これらの作品を学ぶことは、以下のような多面的な学習機会となります:

音楽的学習:

・19世紀ロマン派の歌曲芸術の理解
・ドイツ・リートの様式とピアノ編曲の技法
・シューマン特有の音遣いと旋律の特徴

技術的学習:

・多声部の弾き分けと声部バランスの制御
・歌うようなメロディの表現方法
・歌の表現をどのようにピアノで表現するかの模索

解釈的学習:

・詩と音楽の関係性
・編曲という創造行為の理解
・原曲への敬意と編曲者の個性のバランス

歴史的学習:

・クララとロベルトの音楽的パートナーシップ
・19世紀の音楽文化における女性音楽家の役割
・サロン文化とピアノ編曲の実践

 

まずは「異郷にて」や「山や城は見下ろしている」など、取り組みやすい作品から始めて、徐々にレパートリーを広げていくことをおすすめします。各曲の詩を読み、原曲の歌曲版を聴き、クララの編曲の工夫を感じ取りながら学習を進めてください。

これらの美しい作品を通じて、19世紀ロマン派の詩的世界に触れる喜びを味わってみましょう。

 


 

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