【ピアノ】映画「グレン・グールドをめぐる32章」レビュー:ゴールドベルク変奏曲の構造で描く伝記映画
► はじめに
「グレン・グールドをめぐる32章(Thirty Two Short Films About Glenn Gould)」は、コンサート活動から身を引き、スタジオ録音や執筆活動に力を注いだピアニスト、グレン・グールドの生涯を描いた作品です。通常のドキュメンタリー映画ではなく、歴史を踏まえたうえでの劇映画として製作されているため、実際のグールド本人は登場しません。
・公開年:1993年(カナダ)/ 1994年(日本)
・監督:フランソワ・ジラール
・ピアノ関連度:★★★★★
► 内容について
以下では、映画の具体的なシーンや楽曲の使われ方について解説しています。未視聴の方はご注意ください。
‣ 独創的な構成美
本作の特徴は、タイトルに掲げられた「32」という数字に象徴される構成にあります。32の独立した断章で構成されるこの映画は、J.S.バッハの「ゴールドベルク変奏曲」(冒頭のアリア、30の変奏、そして再現されるアリア)の形式をそのまま映画の骨格としているのです。
作品全体は、グールドの人生における様々な場面と、彼を知る人々へのインタビュー映像を織り交ぜながら展開し、一人の芸術家の姿を複数の視点から照らし出す試みとなっています。
‣ 音楽の使い方―4つのアプローチ
本作における音楽の使用方法は、大きく4つのカテゴリーに分類できます:
1. 映像とは独立したグールドの演奏
特に本編前半で多用される手法で、グールドの日常や人となりを描くエピソードに、J.S.バッハのイギリス組曲や2声のインヴェンションなどの楽曲を流すというものです。
実際、グールドが速いテンポで演奏しているJ.S.バッハなどは、映像よりも音楽の主張が強く感じられるほどです。しかし、グールドの映画でグールドの演奏であると分かっているからこそ、観客は違和感なく受け入れることができるのです。これは本作ならではの大胆な演出と言えるでしょう。
2. 映像の雰囲気に寄り添う音楽選択
本編後半で特に多く採用される手法です。例えば、薬の多量摂取を描くエピソードでは無調音楽を当て、「A LETTER」などの愛をテーマにしたエピソードでは長調の音楽を選ぶなど、映像の内容や雰囲気と音楽が呼応しています。
興味深いのは、本作で使われる楽曲は圧倒的に短調のものが多い中、「A LETTER」やオープニングでは意図的に長調の音楽が当てられている点です。これはグールドの人生における光と影、あるいは孤独と愛情といった対比を音楽的に表現しているとも解釈できるでしょう。
3. ピアノ演奏が主役のエピソード
「CD318」のエピソードはその代表例。ピアノの楽器内部が映し出されながら、J.S.バッハの「平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第2番 より プレリュード」が演奏されます。視覚と聴覚が一体となって、ピアノという楽器やグールドの演奏の迫る、通常のエピソードとは対照的な場面となっています。
4. 音楽を排した静寂のエピソード
全く音楽をつけないエピソードも存在します。これらは大抵短いエピソードで、各エピソード間のブリッジ、つなぎ的な役割を果たしています。音楽に満ちた他のエピソードとの対比効果を生んでいます。
‣ 印象的なエピソード群
「THE L.A. CONCERT」のエピソードでは、本番5分前にお湯に腕をつけるグールドの印象的な場面が描かれます。この映像は、ドキュメンタリー映画「グレン・グールド エクスタシス」でも使用されたもので、グールドの演奏前の行動を象徴的に表現しています。このエピソードから次の「CD318」へは内容が連続的に繋がっており、映画全体の流れに自然な連続性を生み出しています。
また、グールド自身が作曲した「弦楽四重奏曲 作品1」の演奏シーンや、グールドが制作したラジオ・ドキュメンタリーに関するエピソードなども収録されており、ピアニストとしてだけでなく、作曲家、放送作家としてのグールドの多面的な才能が描かれています。
‣ 使用楽曲について
本作で使用されるクラシック音楽は、「LAKE SIMCOE」のエピソードで使われるワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」を除き、すべてグールドの演奏によるものです。音楽はグールド演奏のJ.S.バッハ「ゴールドベルク変奏曲」が主軸になっていることもあり、やはりJ.S.バッハを中心に構成されており、映画全体が一つの大きな音楽作品のように響き合っています。
全23曲の詳しい曲目リストを確認したい方は、以下のサントラ盤の商品情報をご覧ください。
「グレン・グールドをめぐる32章」オリジナル・サウンドトラック
► 終わりに
「グレン・グールドをめぐる32章」は、グールドの演奏を大胆にBGMとして使用する手法、「ゴールドベルク変奏曲」の構造を映画全体の構成に取り入れたコンセプト、そして32の断片を通して浮かび上がる天才ピアニストの全体像。すべてが有機的に結びついています。
推奨記事:
・【ピアノ】ドキュメンタリー映画「グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独」レビュー
・【ピアノ】ドキュメンタリー映画「グレン・グールド エクスタシス」レビュー
► 関連コンテンツ
著者の電子書籍シリーズ
・徹底分析シリーズ(楽曲構造・音楽理論)
Amazon著者ページはこちら
YouTubeチャンネル
・Piano Poetry(オリジナルピアノ曲配信)
チャンネルはこちら
SNS/問い合わせ
X(Twitter)はこち



コメント