【ピアノ】ラヴェル「ボロディン風に」演奏完全ガイド

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【ピアノ】ラヴェル「ボロディン風に」演奏完全ガイド

► はじめに

 

曲の背景

1913年、ラヴェルは他の作曲家の様式を模倣するという実験的な試みに参加しました。これは同時代のイタリア人作曲家カゼッラが始めた興味深いプロジェクトで、カゼッラ自身がワーグナー、フォーレ、ブラームス、ドビュッシーの筆致を真似た4つのピアノ小品を既に発表していました。ラヴェルはその続編に2曲を寄稿することになり、最終的に全4曲から成る曲集が完成します。

当時のラヴェルといえば、「高雅で感傷的なワルツ」や後の「クープランの墓」などの創作に励んでいた充実期。そんな本格的な作品群の合間を縫って、こうした諧謔味あふれる小品に筆を執ったというのは興味深いエピソードです。

冒頭を飾る「ボロディン風に」は、アレグロ・ジュストの速度指定のもと展開されます。特徴的なのは、ややぎこちないシンコペーションを含むワルツのリズム感で、これに微妙な不協和音が絡み合いながら、揺らめくように音楽が進行していく構造となっています。

(参考文献:ピアノ音楽事典 作品篇 / 全音楽譜出版社

 

演奏難易度と推奨レベル

この楽曲は「ツェルニー30番中盤程度」から挑戦できます。

 

本記事の使い方

この楽曲を、演奏のポイントとともに解説していきます。パブリックドメインの楽曲なので譜例も作成して掲載していますが、最小限なので、ご自身の楽譜を用意して読み進めてください。

各セクションごとに具体的な音楽的解釈を示していますので、練習の際に該当箇所を参照しながら進めることをおすすめします。

 

► 演奏のヒント

‣ 1-16小節

 

譜例(PD作品、Sibeliusで作成、曲頭)

ラヴェル「ボロディン風に」曲頭の楽譜。

メロディラインの扱い

まず注意すべきは、メロディラインに書かれたスラーの長さです。1-16小節までずっとスラーが続いています。メロディ自体は「2小節でひとまとまり」のように感じることができますが、フレージングはいちいち切れてはいけません。長いフレーズで音楽を横へ引っ張るイメージを持って演奏していきましょう。

 

リズムの構造を理解する

譜例へカギマークで示したように:

・メロディが全く同じリズムで3回繰り返されており、2小節を3等分するメロディの作り方になっている
・これが何度も繰り返されてメロディを紡いでいく

まずは、この特徴を理解しましょう。

 

リズムの注意点

譜例における「2小節目と4小節目の各3拍目」には左手のダウンビートが入りません。したがって:

・注意しないと、この付点のリズムが甘くなってしまうのでよく気をつける
・「Allegro giusto(快速に正確なテンポで)」という速めの速度だからこそ、リズムの甘さには注意が必要

 

左手の役割

左手も2小節単位であり、譜例で示されている2小節間の音型が繰り返されていきます。つまり、2小節単位でのオルゲルプンクトと解釈することもできます。

・1小節目の左手は、Des音よりもAs音が大きくなってしまわないように注意
・優しいバス「Des音」の響きの中に、さらに優しくAs音を響かせる

特にこのAs音は右手で演奏するメロディ音と音域が重なってくる音となっており、かなり繊細に演奏しないとメロディの一部のように聴こえてしまいます。このような箇所は楽曲中で何箇所も出てくるので、曲頭からよく意識しておくべきです。

 

ペダリング

譜例に書き込んだようにするといいでしょう。2小節2拍目では「Des-durのドミナント」になるので、踏み変えて響きが濁らないようにしましょう。3-4小節目のペダリングも同様に、4小節2拍目で踏み変えます。

 

‣ 7-10小節

 

譜例(7-10小節)

ラヴェル「ボロディン風に」7-10小節の楽譜。

効果的な運指

8小節目の運指に注目してください:

・1拍目裏のEs音で「2の指」にすることで、その後をスムーズに弾ける
・1拍目裏のEs音を2の指で弾くときに、2-3拍目の運指も鍵盤の上で準備しておくことがポイント

運指に限らず、ピアノ演奏において準備(プリペア)というのはとても大事なポイントです。

 

和声の変化に注目

9小節目ではCes音が出てきます。この音の影響で「新鮮さ」が演出されています。和声の違いをよく感じて丁寧に響きを作りましょう。

 

‣ 13-16小節

 

譜例(13-16小節)

ラヴェル「ボロディン風に」13-16小節の楽譜。

手のポジション選択

13小節目からは「手のポジション」に迷うはずです。「右手が上側、左手が下側」で構えておくのがおすすめですが、このやり方では15小節目が演奏できません。そこで、15小節目の下段B音は右手でとってしまいましょう。

仮に「右手が下側、左手が上側」で演奏していくと、譜面通り15小節目の下段B音は左手でとることができます。しかし、よく似た箇所である29小節目以降は「右手が上側、左手が下側」のほうが演奏しやすいので、暗譜のためにも統一しておいたほうが後々トラブルが起きないのです。

 

内声のつながり

ブルーラインで示したように、下段B音はAs音へつながっている音です。このつながりをよく耳で聴きましょう。

16小節3拍目はペダルを踏み変えて下段のAs音を独りにしてあげましょう:

・そうすることで上段の4分休符が表現できる
・17小節目で音域が大きく上がる印象も唐突にならずに済む

 

フレーズ終わりの処理

15小節目のメロディラインに書き込んだ曲線矢印は「大きくならずにおさめて」という意図です。フレーズ終わりの音で大きくなってしまうと、尻餅をついたような印象に聴こえてしまいます。

 

‣ 17-32小節

 

左手の音域バランス

17小節目からは左手の役割に注目してください。「高めの音域」と「低めの音域」が1小節ごとに交替していきます。pp なので、低めの音域のほうで大きくなってしまわないように注意が必要です。

ペダリングは曲頭と同様に:

・右手が濁らないことを優先
・例えば、18小節2拍目などでは踏み変える

 

手のポジション統一

譜例(29-32小節)

ラヴェル「ボロディン風に」29-32小節の楽譜。

上述のように、29小節目以降は右手が上側、左手が下側のポジションで演奏しましょう。よく似た「13小節目〜」の部分と統一しておくことで、暗譜をする際にスムーズにいきます。

 

ハーモニーの変化を感じ取る

カギマークで示した箇所は14-15小節と同じメロディですが、和声は変化しています。「b-mollのカデンツ」が入ることで、より切なさが増しています。こういった変化を敏感に感じ取りましょう。

同じメロディに対して、異なるハーモニーがつけられている——こういったことは、楽曲分析としても必ず見抜くべきポイントです。必ずしも和声記号が分からなくても問題ありません。響きの違いを「音」で把握しましょう。

 

ブリッジ部分の処理

32小節目はつなぎとしてのブリッジ的な役割を持っている小節ですが、ここで問題になるのが「音色」です。

丸印で示した音を見てください。31小節3拍目のメロディB音と32小節2-3拍目の伴奏B音は同じ高さに出てくる音なので、伴奏部分までメロディに聴こえてしまう恐れがあります。

そこで、32小節目はノンペダルで演奏するようにするといいでしょう。そうすると32小節目はポツポツと切れた同音連打になるので、31小節3拍目のメロディB音と区別することができます。

 

‣ 33-48小節

 

楽曲構造の理解

33小節目からも32小節目で出てきた左手の音型が続きます。B音によるオルゲルプンクトになっています。何か気づくことはありませんか。

この楽曲では、「かなり大部分がオルゲルプンクトで構成されている」という楽曲の作りが特徴なのです。だからこそ、一番のクライマックスである57小節目からバスラインが半音で動き出す効果がより活きてきます。

音楽というのは「相対的」なものなので、ある箇所を効果的に演出したければその前後も工夫しなければいけません。ラヴェルの作曲上の工夫がバスラインの使い方にも感じられます。

 

アクセントの扱い

33小節目のメロディラインはアクセントに注意しましょう。2拍目にアクセントがついています。「強く強調する」というよりは、重みを入れるイメージを持ってやり過ぎないほうが楽曲のイメージに合うでしょう。

また、つられて左手の2拍目まで強調しないように注意してください。こういった2拍目にアクセントがついた形はしばらく続きますが、39小節目など「ついていない箇所」もあるので、よく整理しておきましょう。

こういった似ているけれど、少し異なるところを丁寧に譜読みしておくと、後ほど暗譜をするときにスムーズにいきます。

 

経過音の処理

譜例(33-34小節)

ラヴェル「ボロディン風に」33-34小節の楽譜。

34小節目のメロディに出てくる8分音符は重くならないようにサラリと経過しましょう。

また、33-34小節の2小節分でワンフレーズになっていることを意識し、34小節目の頭に不要なアクセントを入れないようにします。

 

テンポの維持

40小節目から41小節目へ入るときに rit. はかけずにノンストップで。そこまでで咳き込むかのような表現が使われていることに加えてクレッシェンドも書かれており、明らかに音楽が前に進んでいるからです。

 

10度音程の対処法

譜例(48小節目)

ラヴェル「ボロディン風に」48小節目の楽譜。

48小節目の左手には10度音程が出てきます。黒鍵同士の10度音程というのは白鍵同士の10度音程に比べるとつかみやすいのですが、それでも手の大きさが必要になってきます。もし届かない場合は、丸印で示したDes音は右手でとってしまいましょう。

注意点:

・ここではアルペッジョにしてはいけない
・ほぼ同じ形である56小節目ではアルペッジョが書かれているために弾き分ける必要があるから
・ラヴェルがわざわざ書き分けたので、弾き分けるべき

もっと言えば、「56小節目では、仮に手が届くとしてもアルペッジョをとってはいけない」ということです。アルペッジョというのはそのサウンドを求めて書かれているケースが多く、余程の意図的な学習用教材でない限りは、手が届かないことを想定して書かれているわけではないのです。

 

‣ 49-56小節

 

ダイナミクスの配分

49小節目では f が出てきます。しかし:

・まだ f なので、すぐマックスにならないように
・この楽曲のクライマックスは ff である57小節目から

 

跳躍の練習法

49-50小節の左手は、やはり2小節ワンセットとなっており、この楽曲で何度もとられているやり方です。ここでは跳躍が大きいために演奏がやや難しいところです。

このような跳躍が多いところでは、「先にどちらか片方の手だけ暗譜する」という練習方法を取り入れてみましょう:

・片方の手は鍵盤や楽譜を見なくても弾けるくらいにしておく
・そのうえで両手でゆっくり練習していく

このようにすると難易度がグンと下がります。

 

‣ 57-69小節

 

ペダリングの基本方針

57小節目からはクライマックスです。ここでのペダリングは、バスラインが変化するごとに踏み変えていくと、他のパートもうまくいくようにできています。

ペダルを踏み変えたときに音響が希薄にならないように、右手の内声などといった「音価分を指で残しておく音」を正しく表現しましょう。

 

四声体の扱い

57小節目からは四声体になっています:

・メロディ
・バス
・右手で演奏する内声
・左手で演奏する内声

これらすべて「半音を伴うライン」になっているので、連結をよく聴きながら、どれか一つの音だけ大きく飛び出てしまわないように注意しましょう。

 

ディミヌエンドの配分

61小節目の最後に dim. が書かれていますが、62小節目の頭はまだ ff です。dim. と書かれている箇所がすでに小さくなってしまわないように注意が必要です。

ダイナミクスの変化が早過ぎると音楽の方向性が見えにくくなってしまいます。70小節目の p へ向かってバランスよくdim. していけるように配分を意識してみてください。

 

内声の運指

譜例(66-69小節)

ラヴェル「ボロディン風に」66-69小節の楽譜。

ここでの運指は悩みどころだと思います。書き込みを参考にしてください。68小節3拍目の丸印をつけたC音は、右手でとっても構いません。

レッドラインで示したように、「D Es Ges F」という内声のラインが隠れています。これらの音同士をバランスよくつなげていきましょう。

 

‣ 70-81小節

 

ダイナミクスの対比

78-79小節は mf ですが、繰り返しの80-81小節は p なので、p のほうはエコーとして聴かせたいところです。はっきりと差をつけましょう。

当然のことのようですが、意識しないとずっと中ぐらいのダイナミクスで弾いているような演奏になりかねません。

 

‣ 82-93小節

 

フレージングの変化

譜例(82-93小節)

ラヴェル「ボロディン風に」82-93小節コーダ部分の楽譜。

82小節目からはコーダの役割になっています。左手はスラーの長さに注意してください:

・82-83小節、84-85小節は、2小節ひとかたまり
・86,87,88小節目は、1小節ひとかたまり
・89小節目はスラーなし

段々と細かくなっていっているのが読み取れると思います。このフレージングを意識し、特に89小節目はレガートにせず、ノンレガートで弾きます。スタッカートだと音楽自体が変わってしまうので、「スタッカート+テヌート」のようなイメージを持ち、指先で置いていくように打鍵しましょう。

 

右手の表現テクニック

83小節目では「右手の親指で弾いているF音」と「左手の動き」が重なってしまうので、丸印をつけたF音は83小節の頭で切ってしまって構いません。

右手の和音は表現に困るところです。レガートにしたいですが、左手が細く動いているのでペダルを踏むと濁ってしまいます。そこで:

・点線スラーで示した箇所のみ「3の指」や「4の指」を使ってトップノートをつなげる
・それ以外のつながらない箇所は、譜例に書き込んだようにほんの少しのペダルでサポートする

このようにするといいでしょう。88小節目のペダルは特に濁ってしまうので、薄く添えるだけにしましょう。

ただ、「手が大きめの方を対象にした運指」になっているので、もし書き込みの運指が難しい方は、ペダルの使用箇所を変更するなどして対応しましょう。

 

最後の処理

89小節目は rit. をしてしまいがちですが、その後「4小節間も伸びる余韻の空間」があるので、ここで rit. をしてしまうと音楽がもちません。やるとしても少しだけにしてください。

最後には休符が多くありますが、これは「音を切ってほしい」というよりは「手は離していて欲しい」という意図だと解釈するほうが音楽的に自然でしょう。そこで、譜例に書き込んだように、90小節目から楽曲の最後まで、ペダルで余韻を残したままにしてOKです。多くのピアニストが適用している解釈です。

 

最終和音の音色

・91小節目の和音は打鍵速度をゆっくりにして柔らかい音を出すことで、遠くで鳴っているような雰囲気を演出
・この音にソフトペダルを使うのもおすすめ

90小節目に鳴らした和音の響きの中に入っているようなバランスを目指してください。

 

► 終わりに

 

この「ボロディン風に」は、技術的な難易度は中級程度ですが、比較的速いテンポの中での繊細なバランス感覚が求められる作品です。特に、オルゲルプンクトを基調とした構造から生まれる独特の浮遊感と、クライマックスでのバスラインの動きによる効果のコントラストは、作曲技法の面でも学ぶところが多い作品と言えるでしょう。

丁寧な譜読みと、音楽の構造への理解を深めることで、この魅力的な小品の演奏をより楽しんでいただければ幸いです。

 

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この記事を書いた人
タカノユウヤ

作曲の視点からピアノ学習者の学習的自立を支援/ピアノ情報メディア「Piano Hack | 大人のための独学用Webピアノ教室」の運営/音楽雑誌やサイトなどでピアノ関連の文筆
受賞歴として、第88回日本音楽コンクール 作曲部門 入賞 他。

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