【ピアノ】場面転換と全体構成:演奏の完成度を高める実践的アプローチ
► はじめに
ピアノ演奏において、個々のセクションを美しく弾けるようになっても、それらをつなぐ「場面転換」がぎこちないと、演奏全体の印象は大きく損なわれてしまいます。
本記事で学べること:
・各セクション間の自然なつなぎ方
・楽曲全体を俯瞰した構成の考え方
・聴衆の心理を活用した演奏技法
・実践的な練習アプローチ
► 場面転換と全体構成の扱い方
‣ 1. 組曲間や楽章間のつなぎ方も聴かせどころ
ベートーヴェン「ピアノソナタ 第23番 熱情」における第2楽章と第3楽章のつなぎのように、「楽曲の成り立ちとして、attaccaになっている作品」があります。この作品の場合、わざわざ楽譜に「attacca」と書かれています。
一方、attaccaではない作品をつなぐ場合は、どのようなやり方が考えられるでしょうか。
【解釈としてのattaccaにする方法】
楽曲の成り立ちとしてはattaccaになっていなくても、すぐに次の楽曲へ入るやり方があります。
よく見受けられる例としては:
・ピアノソナタの第3楽章が終わったら間髪入れずに第4楽章を始める
・ショパンのエチュード全曲を演奏する際、Op.10-1が終わったら間髪入れずにOp.10-2を始める
・シューマン「謝肉祭 16.ドイツ風ワルツ」から、間髪入れずに「間奏曲(パガニーニ)」へ突入する
などが挙げられます。一般的には、ソナタの第3楽章と第4楽章のあいだの時間は短めにとられる傾向があります。
これらのような「解釈としてのattacca」は、聴衆の予想を裏切るために大きな「心理的効果」を期待できます。後続楽曲の入りが強調され、「意外性」のある演出になるでしょう。
【やや長めに曲間をとる方法】
一般的には、ソナタの第1楽章と第2楽章のあいだの時間は長めにとられる傾向があります。
やや長めに曲間をとることで、曲想が大きく異なる楽曲や楽章同士を対比的につなぐことができ、attaccaとは別の意味での対比効果が出せます。
しかし、曲間というのはあくまで「つなぎ」です。あまりにも長い時間をとってしまうと段落感がつき過ぎてしまいますし、聴衆の緊張感も薄れてしまうので、注意が必要です。
【通常の長さの曲間としてつなぐ】
「通常の長さ」というのは、「特に何も意識せずに後続楽曲を弾き始めるときにとるであろう曲間の長さ」のこと。多くの演奏はこれに該当することになります。
無難ですが、基本はコレでOKです。ただし、上記の2つのアプローチよりも言ってみれば「つまらない」ので、楽曲解釈上、上記の別案に積極的に挑戦してみるのもアリでしょう。
つなぎの解釈をどうするかは自身で選択するしかありません。
そのためには、「何となくattaccaにしてみよう」ではなく、「次の曲の強烈な入りを印象付けたいから、attaccaで入ろう」などと、表現したいことを軸に考えるようにしましょう。つなぎ方も聴かせどころの一つです。
‣ 2. 各セクションのつなぎ方を大切に扱う
ドビュッシー「前奏曲集 第1集 亜麻色の髪の乙女」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、11-12小節)
「Cédez(だんだん遅く)」が書かれていますが、12小節目へのつなぎでは細かな16分音符が出てくるので、テンポのゆるめ方によってはその繋ぎ目がぎこちなくなってしまいます。
23小節目から24小節目への繋ぎなどでも同様。
本項目で言いたいのは、この作品の弾き方についてではありません。あらゆる作品において:
・音を拾えていても
・各セクションは美しく弾けていても
・暗譜まで出来ている状態までいっていても
それぞれの場面の繋ぎ目の不自然さは、気をつけないとずっと残ってしまうということです。
録音&チェックを上手く活用して、自分の耳で聴いても明らかに不自然な部分だけは直しておくようにしましょう。
‣ 3. その場面転換では興奮を引きずっていいのか
譜読みを進めておおむね弾けるようになり、音楽の理解も深まってきて、ある程度本番が間近に迫ってきたとき、さらに仕上がりのクオリティを上げるために何ができるでしょうか。
・音色の追求
・暗譜の確実性の向上
・通し練習による通し慣れ
などをはじめ、できることは多くあるでしょう。
一方、比較的抜け落ちがちな観点があります。
「その場面転換では興奮を引きずっていいのかを検討する」というもの。本来、譜読み段階ですべきことですが、結局最後まで意識せずに本番を迎えることもあるのではないでしょうか。
ショパン「バラード 第2番 Op.38」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、195-198小節)
明らかに興奮を引きずらないほうがいい例。引きずって pp のところで急いでしまったり、繊細ではない音が出てしまうと、せっかくのエンディングが台無しになってしまいます。
切り替えを意識するだけで、出てくる音楽は全く変わります。奏者自身の興奮のコントロールは想像以上に演奏へ反映されると心得ておいてください。
シューマン「謝肉祭 20.ペリシテ人と戦うダヴィッド同盟の行進」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、117-124小節)
興奮を引きずってもいい例です。目まぐるしいパッセージからエネルギーが放射されるかのように一度 sfz のキメがあり、また mf からだんだんと坂をのぼり続けていくような音楽です。
こういった音楽では場面転換でいちいち落ち着かずに、常にある程度の興奮と緊張感を持って1曲トータルで坂をのぼっていくようなイメージを持つと、魅力的な演出になります。
‣ 4. 一曲の中での全体の構成は絶対に意識する
「どんなに一部分の解釈が魅力的でも、それが全体の構成の中で役に立たなければ使えない」ということを強調したいと思います。例えば、以下のようなケースです:
「ある一箇所だけグールドの真似をしたけれど、他の部分とつなげて聴くとそこだけ浮いてしまうため、全体の構成にとってはむしろマイナスになる」
「全体のバランス」「前後関係」という言葉を本Webメディアでよく使うのは、「全体の構成を考慮しているから」という理由もあるのです。音楽は流れていくもの。そして、全体で把握されるものです。「木を見て森を見ず」にならないように注意しましょう。
この考え方は、「楽曲を抜粋演奏する場合」にも関係のあることです。
例えば、15分以上ある原曲を、8分以内におさめなければならない演奏会のために抜粋演奏するとしましょう。半分程度の尺にまで縮めないといけないということです。そのときにも、お気に入りのフレーズの箇所ばかりを抜粋した結果:
・音の多いセクションだけを集めてしまう
・盛り上がりばかりになってしまう
・選んだ箇所の調性が偏ってしまう
このような状態になってしまっては、魅力的な8分間は作れません。
・どこにクライマックスを持ってくるのか
・音の多い箇所との対比はどこに入れるのか
・原曲の転調をいかに違和感なくつなげて全体のバランスをとるのか
などといったことを常に意識するべきです。
‣ 5. 場面転換の応用視点:カクテルパーティ効果をピアノ演奏に応用する
前提としておきたいのが、実は我々は、日頃からある程度カクテルパーティ効果を演奏に取り入れているということです。
フーガを練習しているときに、先生や参考書籍などから、「主題が出てきたら、その都度 ”入り” を明確に弾くように」というようなアドヴァイスをもらいませんか。
特徴的な動きは「入りを少しだけ強調する」と聴衆の耳がそこにいくので、その後はすべての音をゴリゴリ弾かなくても聴衆はそのラインを追ってくれます。「カクテルパーティ効果」と言い、「パーティ会場などの騒がしい場所でも、自分が聞こうと意識すれば対象人物の声を聞き取れる」というところから来ている用語です。
この聴覚上の錯覚は、場面転換時などフーガ以外のピアノ演奏でも大いに応用できます。
例えば、「場面の変わり目で聴かせたいフレーズが出てくるけど、他の声部も鳴っていて混ざってしまう可能性がある」場合には、そのフレーズが出てくるときに、入りの最初の音のみを少しだけ強調するようにしましょう。
言ってみれば、「人間の錯覚を利用している」ということです。ちなみに、19世紀を代表する彫刻家ロダンは、「芸術は人間が錯覚を持つからこそ存在し得る」と語ったそうです。
カクテルパーティ効果は「ポピュラーピアノ(ソロ)で歌ものを弾くときの場面転換」でも活用できます。
「イントロ」から「Aメロ」へ入ったときに、Aメロの入りのメロディをやや強調すると「歌の開始位置」を印象付けられます。実際の歌であれば歌が始まればすぐに分かりますが、ピアノソロで「歌もの」を演奏する場合は、イントロもAメロも「ピアノの音」なので、カクテルパーティ効果を使ってAメロの入りを示すといいでしょう。
「カクテルパーティ効果」は細かなテクニックではありますが、場面転換を明瞭にしたり音楽を立体的に作っていくためには非常に有効なテクニックです。
応用範囲も広いので是非引き出しへ入れておきましょう。
► 終わりに
場面転換と全体構成への意識は、技術的な習得が一定レベルに達した演奏者がさらなる成長を目指すために不可欠な要素です。個々のセクションの完成度を高めることと並行して、それらを有機的につなぎ、楽曲全体として説得力のある音楽を創造することを心がけましょう。
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