【ピアノ】フィリップ・アーバーグ 完全ガイド:生い立ち・楽譜・難易度・おすすめ曲まで徹底解説
► はじめに
本記事では、日本ではあまり知られていない隠れたピアニスト兼作曲家、フィリップ・アーバーグを紹介します。彼の音楽は、広大なモンタナの自然を思わせる独特の魅力を持っており、クラシックピアノの経験を活かしながら新しい音楽世界を探求したい方に最適です。
※本記事で紹介しているフィリップ・アーバーグの生い立ち情報は、「Philip Aaberg Piano Solos(Hal Leonard 出版)」に記載の解説内容を中心にまとめています。
► フィリップ・アーバーグとは
‣ 概要
フィリップ・アーバーグ(Philip Aaberg)は1949年、モンタナ州ハバーで生まれたピアニスト兼作曲家です。人口1,000人足らずの小さな町チェスターで育った彼の音楽の原点は、まさにモンタナの大地そのものでした。重低音を響かせる雷雲、ブルースを囁くように吹く風、マキバドリの完璧な音程、そしてハイプレーンズ(大平原)の草原が奏でる調べ。これらすべてが、彼の音楽性を形作る最初の教師となったようです。
‣ アーバーグ音楽の特徴
アーバーグの音楽性で最も特徴的なのは、コードチェンジが少なめで、長い息のフレーズを持つ作品が多いことです。これは日頃J-POPなど、コードチェンジの多い音楽を聴いている方には非常に新鮮に響くでしょう。まるでモンタナの広大な自然を眺めているかのような時間の流れが感じられます。
‣ 音楽家としての歩み
· 幼少期から青年期
母ヘレンによれば、フィリップは子供用のハイチェアに座っている頃から、すでにリズムを刻んでいたといいます。高校生になると、クラシック音楽を学ぶために2週間おきにグレート・ノーザン鉄道に乗って、スポケーンまで片道12時間をかけて通いました。夏の間はボーズマンへ向かい室内楽を演奏し、週末には弟のスティーブや友人のリー・ウィゲンとガレージでポップスやロックを演奏していました。
· ハーバード大学時代
その後、ハーバード大学からレナード・バーンスタイン奨学金を得て招待されます。大学ではJ.S.バッハ、モーツァルト、ショパン、ドビュッシーといったクラシックの巨匠たちを学ぶ一方で、マイルス・デイヴィス、ビーチ・ボーイズ、ビートルズ、コープランド、ジョン・ケージの曲や自作曲も演奏していました。また、指揮者パブロ・カザルスやピアニストのルドルフ・ゼルキンの時代のマールボロ音楽祭でも演奏しています。
ハーバード卒業後は、ケネス・ドレイクのもとでベートーヴェンのソナタを研究しました。
· ロックンロール時代
サンフランシスコ・ベイエリアに拠点を移した後、フィリップは19年に及ぶロックンロールのキャリアをスタートさせます。ジュース・ニュートン、ヴィンス・ギル、ケニー・ロジャース、エディ・ラビットといったアーティストの100枚以上のアルバムにゲスト参加しました。その才能によって、ピーター・ガブリエル、ジョン・ハイアット、ドゥービー・ブラザーズのトム・ジョンストン、エルヴィン・ビショップなどのバンドに加わり、ツアーにも同行しています。
『ローリング・ストーン』誌は彼を「巧みで情熱的なロッカー」と呼び、『LAジャズ・シーン』誌は「ソロピアノ・ファン必聴」と評しました。
· それ以降の活動
それ以降、フィリップは主にソロでの演奏や録音を行い、スタイルに縛られず、流派や技法にとらわれない独自の楽曲を制作しています。ウィンダム・ヒル・レーベルから「High Plains」「Shape of the Land」「Out of the Frame」「Upright」「Cinema」などのアルバムをリリースしており、世界的に有名な音楽・演劇グループ「ポール・ドレッシャー・アンサンブル」や、スライドギターの巨匠ロイ・ロジャースと共にツアーを行いました。
1995年にはモンタナ州知事芸術賞を受賞しました。
‣ 音楽的哲学
フィリップは、自身の折衷的な音楽の好みは、ポピュラー音楽やクラシック音楽のメインストリームの影響から離れた小さな町での生活のおかげだと考えています。彼はあらゆる種類の音楽を聴いて育ち、音楽的なヒーローの一人であるデューク・エリントンの言葉をよく引用します。
「音楽には2種類しかない。良い音楽か、悪い音楽かだ」
弟のスティーブによれば、フィリップは常に自分の音楽的才能に対してユーモアのセンスを持ち続けているそうです。つまり「遊び心と驚きの感覚」です。
‣ ジョージ・ウィンストンとの違い
モンタナの広い自然を思わせる息長いフレーズが多い点など、同じくモンタナ出身のジョージ・ウィンストンとアーバーグの共通点は多くあります。しかし、重要な相違点もあります。
音楽スタイルの違い
ウィンストンはバラードやスローテンポの楽曲が大部分を占めますが、アーバーグはそういった楽曲もありつつ、より、ピアニストとしてのテクニックを魅せるテクニカルな作品や重厚な作品も含みます。
録音の違い
録音に関しても違いがあります。アーバーグはクラシカルな響きのするピアノを好むようですが、ウィンストンは比較的硬めの音がするクラブ的サウンドがするピアノを使うことが多く感じます。
► 楽譜:Philip Aaberg Piano Solos(Hal Leonard 出版)
Philip Aaberg Piano Solos(Hal Leonard 出版、112ページ)
この楽譜集は容易に手に入れることができ、アーバーグのピアノ作品を学ぶための決定版です。フィリップ・アーバーグとアン・ウェスターによって採譜・編集されており、作曲家本人がきちんと目を通している楽譜という点でも、非常に価値があります。
‣ 収録曲
・Every Deep Dream
・The Big Open
・High Plains
・Marias River Breakdown
・Kimiko
・Montana Half-light
・My Brilliant Career – Andante Cantabile (Quartet, Opus 47)
・Swoop
・Theme For Naomi Uemura
・Upright
・Welcome To The Church Of St. Anytime
・Westbound
・When It Snows / Theme For Naomi Uemura
‣ 難易度
難易度は幅広く、ツェルニー30番入門程度から取り組める楽曲から、ツェルニー40番修了程度以上の本格的な作品まで含まれています。アーバーグ自身がピアニストということもあり、かなりピアニスティックに書かれた作品も含まれます。
‣ 楽譜の特徴
作曲者が演奏の中で改訂を加えているため、録音されたバージョンとは異なる場合がありますが、簡易化(アレンジ)はされていません。即興的なセクションについては、フィリップ・アーバーグによるディスクラビア(自動演奏ピアノ)の録音「Montana Half-light」から書き起こされたバージョンが採用されています。
‣ 運指・ペダリング・アーティキュレーション
書かれている運指
アーバーグ自身によるものです。ただし、アーバーグの手は大きいようで、かなり極端な運指が見られます。したがって、演奏者によっては運指や音を変更する必要があるでしょう。
書かれているペダリング
これに関してもアーバーグ自身によるものが書かれており、ハーフペダルなどの指示まで見られる作品があります。解説文によると、アーバーグは、明快さと「ハーフライト(ほのかな光)」を表現するためにハーフペダルを多用しているとのことです。
アーティキュレーションにおける注意点
ノンクラシック作品に多いのですが、この楽譜の作品にも、アーティキュレーションなどの細かな指示は最低限しか書かれていません。アーバーグ自身の演奏も参考にしながら、解釈を考えていく必要があります。
‣ 楽譜の入手方法
この楽譜は海外からの取り寄せなので、一般的には注文から手元に届くまで時間がかかります。ただし、筆者がこの楽譜の購入した際は、以下のロケットミュージックを通し、予定よりも早く発送してもらえたり、厚手のビニールカヴァーに梱包されて届くなど、美品を迅速に手に入れることができました。
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‣ 楽譜集未収載作品の楽譜購入
ぷりんと楽譜では「God Rest Ye Merry Gentlemen」の簡略版が購入可能です。
► おすすめCD
おすすめCD:「High Plains」
練習にあたり、アーバーグの演奏を参考にすることをおすすめします。音源と楽譜がマッチングしている楽曲や、やや違いが聴かれる楽曲もあります。
上記楽譜集の収録曲は、アルバム「High Plains」からの選曲が多く、このアルバムはジョージ・ウィンストンがおすすめした、アーバーグ初期の重要なピアノソロアルバムです。アーバーグの音源が初めての方は、まずはこのアルバムから鑑賞するといいでしょう。ウィンストンがカバーした「Spring Creek」も収録されています。
アマゾンでは、CD・MP3ダウンロード・ストリーミングのすべての方法で購入可能
► アーバーグが影響を受けた作品
アーバーグ作品への理解を深めるために、彼が影響を受けた作品を知っておくと良いでしょう。アーバーグが楽譜集へ寄せたコメントによると、以下の3曲に影響を受けたようです。
グレゴリオ聖歌の「Tantum Ergo」 – 中世からの宗教音楽の伝統
エリオット・カーターの「ピアノソナタ」 – 1945年に作曲された、部分的に現代的な奏法も使われた大作
ウェイン・ショーターのアルバム「Native Dancer」に収録されている「Ana Maria」 – 多ジャンルの融合
この3つの影響源を見るだけでも、彼の音楽がいかに多様な要素を取り入れているかが分かります。
► こんな演奏者におすすめ
アーバーグの音楽は、以下のような方に特におすすめです:
クラシック作品とも相性の良いノンクラシック作品を探している方
クラシックピアノの技術をそのまま活かせる
クラシックで培った演奏能力を活かしたい方
テクニカルな作品も多く含まれている
映画「植村直己物語」が好きな方
上記楽譜集にも、映画より数曲が収録されている
既にジョージ・ウィンストンに興味があり、影響の輪を知りたい方
部分的に共通した音楽性を持ちながら、より多様な作品を楽しめる
► 終わりに
フィリップ・アーバーグは、クラシック、ロック、ジャズ、そしてモンタナの自然が奏でる音楽すべてを吸収した、真に折衷的な音楽家です。彼の作品は、クラシックピアノの訓練を受けた演奏者にとって、新しい音楽世界への扉を開く鍵となるでしょう。
楽曲にもよりますが、比較的コードチェンジが少なく、長い息のフレーズを持つ彼の音楽は、現代の忙しい音楽シーンの中で、ゆったりとした時間の流れを取り戻させてくれます。まるでモンタナの大平原に立ち、風の音に耳を傾けているかのような体験を、ピアノを通じて味わうことができます。
ぜひ、アーバーグの楽譜を手に取り、その音楽世界を探求してみてください。新しいピアノ音楽の魅力に出会えるはずです。
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