【ピアノ】モーツァルト「ピアノソナタ ハ長調 K.545 全楽章」演奏完全ガイド
► はじめに
曲の背景
このピアノソナタは、「交響曲 第39番 変ホ長調 K. 543」とほぼ同時期に作曲されました。モーツァルトが経済的に厳しい状況にあった時期の作品ですが、その生活環境からは想像できないほど、明るく喜びに満ちた音楽となっています。作品と作曲家の生活状況を単純に結びつけることの危うさを教えてくれます。
自筆譜には「初心者のために書かれた、小さいピアノ・ソナタ(アイネ・クライネ・クラヴィア・ゾナーテ)」というタイトルが付けられており、技術的には比較的易しい作品です。ソナチネ・アルバムにも収録されています。全3楽章で構成され、全体の演奏時間は7〜8分程度の短い曲です。
(参考文献:ピアノ音楽事典 作品篇 / 全音楽譜出版社)
この楽曲についてブレンデルは「the most treacherous pieces(最も油断のならない作品)」という言葉を残しています。
演奏難易度と推奨レベル
この楽曲は「ブルグミュラー25の練習曲修了程度」から挑戦できます。
本記事の使い方
この楽曲を、演奏のポイントとともに解説していきます。パブリックドメインの楽曲なので譜例も作成して掲載していますが、最小限なので、ご自身の楽譜を用意して読み進めてください。
各セクションごとに具体的な音楽的解釈を示していますので、練習の際に該当箇所を参照しながら進めることをおすすめします。
► 演奏のヒント
‣ 第1楽章
· 楽曲構成とテンポ設定について
楽曲構成
ソナタ形式
・提示部:1-28小節
・展開部:29-41小節
・再現部:42-73小節
テンポ設定について
諸注意:
・最初の部分は弾けるから速いテンポで演奏し始め、5小節目でいきなり遅くなる演奏が多く見受けられる
・最初のテンポ設定を思っている以上に気をつける
・一度スタートしたらテンポの基準が決定してしまうので、テンポでは、演奏し始めるときが最も重要
最終的なテンポ設定:
・遅くとも♩=110を目指す
・速過ぎてもいいわけではないが、♩=140までであれば、健康的な楽曲の印象を損なわない良いテンポと言える
· 提示部(1-28小節)
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、1-16小節)

1小節目の左手:
・少しだけバス音を強調し、それ以外の音はバスの響きの中に溶けていくように演奏する
・この伴奏形は「アルベルティ・バス」と呼ばれ、この曲では何度も出てくるため、同様に演奏する
・基本的には、メロディがカンタービレのときには伴奏もカンタービレ
・この曲頭であれば、メロディが歌にあふれているため、左手のアルベルティ・バスは決してガツガツ弾かない
2小節目の右手:
・H音にやや重みを入れて、それを3拍目のC音で解決させる
・ハーモニーも1-2拍目のドミナントから3-4拍目のトニックに解決している
・解決のほうを強調してしまわないように
・16分音符は重くならないよう、通り過ぎるだけというイメージで演奏する
譜例(1-4小節)

2小節目と4小節目のメロディ終わりの音:
・それぞれ丸印をつけた音が、フレーズ終わりの音
・この終わりの音は、なぜか短く切ってしまう演奏が多い
・しかし、モーツァルトはなぜ4分音符で書いたのかを考えてみるべき
・余韻も含めて4分音符分の長さになるようにするのはOK
・音価が半分になるほど短くなっては、音楽が変わってしまう
・音価が変わると音の切れる位置が変わり、その結果、直後の休符の始まる位置までもが変わってくる
和声の違い:
・2小節1-2拍目は属七の第二転回形、4小節1-2拍目は属七の第一転回形というように転回の仕方が異なる
・構成音は同じでも転回の仕方によってサウンドがどのように異なっているのかをよく聴き取る
3小節目と4小節目のG音:
・メロディには「3小節3拍目のG音」「4小節1拍目のG音」と、2つのG音が近くにある
・両方とも全く同じ質の音にはならないように
・「コン!コン!」というドアをノックする音を聞いて日頃不快に思うのは、全く同じ質の音が2つ並んでいるから
・ここでは、後ろのG音のほうにより重みが入るようにすると音楽的
4小節目の幹となる音:
・4小節目の1,2,3拍目それぞれのメロディを取り出すと「ソファミ」という音階が浮き彫りになる
・これらの音が幹になっていて、他の音は「メロディを作るために装飾的に書かれている音」ということ
・これらの幹になる音がかすれないように音色をよく聴きながら演奏する
・そして、この3音もフレーズをおさめるように演奏すべきで、3拍目のE音が飛び出して強くなると常識の逆
・ハーモニーも1-2拍目のドミナントから3-4拍目のトニックに解決しており、解決のほうを強調してしまわない
2小節目と4小節目の対話
・両手のそれぞれの軸になる音を見てみると、「メロディとバス音の反行型」が見えてくる
・こういうのがすぐに目に飛び込んでくるかどうかが勝負
・この幹になる音同士のバランスを取っていく、こういうのが上達する人の仕事
1-2小節と3-4小節の関係
・1-2小節という問いかけに対して、3-4小節という応答になっている
譜例(5-7小節)

右手の音型:
・ここでの右手は音型の上行下行に合わせて少しクレッシェンド、デクレッシェンドをつける
・5小節目から右手の1拍目の音をたどっていくと、「La So Fa Mi」というように1小節ごとに順次進行で下行していく
・左手も「Fa Mi Re Do」と1小節ごとに順次進行で下行していく
・右手のラインと左手のラインが「10度音程(および複音程)」でハモっている
・こういった両手の対話のバランスをとっていく
左手の4分音符のリリース:
・左手の4分音符は「余韻も含めて1拍分の長さ」になるように、リリースを丁寧に演奏する
・打鍵、つまり「アタック」のことは丁寧に行っていても、「リリース」のことは全く意識できていない演奏は多い
・中級者以上がこのようなシンプルな作品を勉強する利点は、こういった基礎的なことを補強していく機会でもある
9小節目の和声:
・1拍目の頭の音で伸ばして響きを聴いてみると、少し切ない響きがする
・そこだけ切り取ってみると、d-mollの主和音の第一転回形
・この辺りは右手をしっかり弾くことに一生懸命になり過ぎて、存在する和声の響きを聴き取らずに機械的になりがち
・一度落ち着いて和声を感じてみると、演奏のニュアンスや音色が変わってくる
・この部分の右手スケールは、d-mollの旋律的短音階の上行形
譜例(10-11小節)

10小節目の左手:「ターータ ターータ」リズム:
・10小節目の左手は一種のメロディであり、「右手に対する副旋律」という解釈も可能
・このような「ターータ ターータ」というリズムでは「8分音符の扱い方」が重要
・それらをタイミングよく入れないとテンポが変わってしまう
・テンポキープという観点でも左手のリズムをきちんと表現するようにする
10小節目最後のFis音は、転調の旗印:
・10小節目の最後には左手にFis音が出てくる
・これはC-durの通常の音階には存在しない音なので「転調の旗印」
ハーモニーの移り変わり:
・11小節目は和声が1拍毎に変わる
・直前まではもっと長く同じ和音が続いてきたが、ここではハーモニーの移り変わりが速くなっている
・ハーモニーが変わるということも一種のリズム表現
・その移り変わりを速くしていくことで「12小節目の一区切りに向けて音楽をせき込んでいる」とも解釈可能
区切りの表現:
・12小節目は、言い切るようにはっきり演奏する
・直後が繊細なトリルであるため、そうすることで「対比」効果が生まれる
・「はっきり」といっても、スタッカートで跳ねるという意味ではない
・「テヌート+スタッカート」のようなイメージで「余韻も含めて4分音符の長さ」になるようにすると音楽的
「テヌート+スタッカート」をうまく演奏するコツ:
・「打鍵を下につくる」こと
・上に跳ね上げるように弾くと音が汚くなる
・そういう弾き方は、「デコピン・スタッカート」などと称して禁止したい
譜例(13-15小節)

第2主題の導入:
・13小節目からは「提示部 第2主題」
・14小節目から始まる第2主題のメロディを引き出してあげるイメージで開始する
・第2主題のメロディの入りは、第1主題の入りのメロディの反行になっている
脇役のパートに隠れたメロディックなラインを抽出:
・着目点は、同じ音に停滞する部分と動いている部分とが同居しているところ
・この譜例の箇所ではずっとD音が同じ音高に停滞し、それ以外の音が動いている
・左手のみで2声的になっている
・丸印で示した音をややピックアップする
譜例(14-15小節)

15小節目と17小節目のトリルの入れ方:
・トリルは「上から」入れる
・譜例に記載した運指を使用するのがおすすめ
・初心者の方で難しく感じる場合は、トリルを下からはじめて、1音減らすのもアリ
・再現部の同箇所も同じ運指で弾くことが可能
譜例(18-21小節)

各声部の対話:
・18小節目からは、4音ひとかたまりで各声部に与えられたフィギュレーションがやりとりしていく
・それらの中にもさらに軸となるやりとりが含まれている(丸印で示した音)
・これらの4分音符が、それぞれ対話をしているかのようにやりとりしている
・これらの音同士をよく聴いて演奏する
・「長い音価の音符」に注目してみると、こういった軸の音を見抜けることが多い
譜例(22-24小節)

暗い響き:
・22小節目のメロディも、第1主題の入りのメロディからきている
・ここはコードネームでいうとAm/Cであり、暗い響き
・前後の明るい響きとの差を感じて弾き、強く弾き過ぎないようにする
・そうすることで、24小節目からの喜びがさらに大きいものとなる
不必要なアクセントに注意:
・24小節目のメロディの丸印で示したC音にアクセントがついてしまっている演奏は多い
・ここでのアクセントは、基本的に不要
・その直前の2分音符D音から順次進行でつながっている音なので、一連の流れの中で弾かれるべき
・本来アクセントというのは、音楽表現上、重要なもの
・しかし、流れの中で不自然なところに入れてしまうと「目の上のたんこぶ」になってしまう
譜例(25-26小節)

モーツァルトの定番ロングトリルとペダリング:
・譜例のように1小節まるまるトリルをしてコーダやコデッタへ入っていくのは、モーツァルトの定番
・定番の「ロングトリル+アルベルティ・バス」のところでは、ノンペダル、もしくは、1/4ペダルを使うといい
・フルペダルだと響きがグワングワンになってしまい、軽快さも失われてしまう
譜例(26-28小節)

軽さが欲しいパッセージでのペダル
上段に出てくる16分音符の動きに注目してください:
・和音の中で分散されているだけなので、和音変化の際に踏み替えさえすれば、ペダルを使っても濁らない
・しかし、このような軽さが欲しいパッセージでは、あえてペダルを用いないほうがいい
・たとえ濁らなくても、ペダルで和音化されたウェットな響きは、ここでの軽さからは遠く離れたものだから
26小節目からのコーダ
・コーダでは、右手の4分音符のすべてを突き放したように強く弾いてしまわないように注意する
· 展開部(29-41小節)
29小節目からの展開部は、提示部のコーダの素材から始まり、これまでに出てきた様々な素材が展開されていきます。短調が中心に構成された展開部であることに着目しましょう。
譜例(41-43小節)

急に音価が長くなったときのテンポに注意:
・41小節目までは16分音符で動き回っているが、42小節目からはそこまでよりも長い音価が中心となる
・このような「急に音価が長くなったときのテンポ」には注意
・いきなりテンポが変わってしまいがち
・体内のカウントをしっかりとることで、テンポをそのままキープする
・補助的に、楽譜に「テンポママ」と書いておくのをおすすめ
· 再現部(42-73小節)
42小節目からの再現部はF-durですが、長調のソナタ形式であれば本来C-durで出るべき部分であり、やや変則的です。「再現 第2主題(58小節目〜)」でC-durになります。
譜例(50-53小節)

この楽章一番の難所:
・50-53小節は、この楽章一番の難所
・譜例へ書き込んだ運指を推奨
・左手だけで楽譜を見なくても弾けるようにしておくと、両手で合わせたときの安定度が大きく上がる
‣ 第2楽章
· 楽曲構成とテンポ設定について
楽曲構成
・第1部:1-32小節
・第2部:33-48小節
・第3部:49-64小節
・コーダ:65-74小節
基本的なテンポ設定
・テンポはAndanteなので、遅くない
・Adagioのように演奏せず、やや前向きに捉える
・どんなに遅くても♩= 90以上で演奏することをおすすめ
· 第1部(1-32小節)
この楽章の攻略の鍵
1-16小節がこの楽章の攻略の鍵です。この素材がそのまま後ほど繰り返されるだけでなく、楽曲のほぼすべての箇所の素材が、1-16小節に集約されています。したがって、この箇所を音楽的にしっかり理解しておけば、楽章全編に応用できます。
左手の基本的な扱い:
・左手の音型は一部を除き、曲尾までほぼずっと同じ
・少しだけバス音を強調し、それ以外の音はバスの響きの中に溶けていくように演奏する
・この伴奏形は「アルベルティ・バス」と呼ばれ、何回も出てくるので同様に演奏していく
・曲頭からの左手のアルベルティ・バスは、各拍ごとに鳴らされる保続G音のバランスをよく聴く
・どれか一つの音だけ急にコブを作ってしまわないように

アルベルティ・バスへのフィンガーペダルの使用について:
・同じ音に留まっている旋律的でないバスに対して「強調」をしてしまうと、ただ単にうるさいだけになる
・フィンガーペダルを使うことで和声の響きに厚みが出るので、使うこと自体は問題ない
・ただし、バスを旋律的に強調するのは望ましくない
・やや深めに響かせて、左手パートの他の音と弾き分ける程度で十分
1小節目の右手:
・1小節3拍目に出てくる16分音符4つ(記号を使わずに書き譜にされたターン)はC音が幹の音(他の音はC音を装飾)
・つまり、1小節目から2小節目の頭にかけて「H-C-D」という順次進行の上行ラインが隠れている
・このD音に向かって少し膨らませる
・ターンは重くならないように
・はじめのメロディH音を出したら、聴き続けてその音色と仲良しの音で3拍目を弾いてあげることが重要
2小節目の右手:
・2小節2拍目のG音はエネルギーをおさめる
・この音が大きく飛び出してしまうと不自然
・メロディのエネルギーに沿った抑揚をつけて、平坦にならないように注意する
5小節目の音楽エネルギー:
・5小節2拍目のFis音はおさめる
・そこから、6小節2拍目のG音に向かって上行していく
・それにしたがって、左手のバスラインが反行するように下行していく
・このように、両手の音域が開いていって、7小節目(1-8小節のヤマ)に入る
・5小節目の頭のメロディ音はC音で、6小節目の頭のメロディ音はD音
・「C-D」と上がっている
・このことからも、6小節目に向かっていることが読み取れる
スタッカートの扱い:
・5小節目のスタッカートは「ペッ」っと短くならないように
・曲想に合うスタッカートとはどのようなニュアンスかを考える
・5小節目のスタッカートは「長めのスタッカート」にすると曲想に合う
・「手と指を使用したスタッカート」で、置いていくようなタッチで打鍵する
譜例(6-7小節)

6小節目の両手:
・6小節目の左手はやや音が跳躍するが、レッド音符で示した跳ぶ直前の音がいい加減にならないように注意する
・6小節2拍目でG音までメロディが到達し、3拍目には4分休符がある
・ただし、7小節目のメロディ始まりのA音へ順次進行でつながっていることを理解する
・4分休符のときに気持ちまで途切れないように
・G音とA音の音色がかけ離れてしまうと、このつながりを意識できていない証拠になる
7小節目の特徴:
・6小節目で両手の音域が開いていきましたが、それで到達したのが7小節目の頭
・「メロディの音域の高さ」「バスの音域の低さ」から判断すると、7小節目は「1-8小節のヤマ」
・ここに向かって多少膨らませると音楽的
・7小節目からは右手に16分音符が出てくるので、6小節目までの左手のリズムが移ったかのよう
・それに代わり、左手が長い音価になるが、縦に刻まないように注意する
・音楽を横に流していくイメージを忘れずに
左手2声の扱い:
・7-8小節の左手パートは2声になっている
・ただし、「2声」と楽譜へ書いておくだけでは意味はなく、演奏でもそれを示すべき
具体的には:
・左手の2声のうち一番聴こえたいのは、バス
・しかし、7小節2拍目の上声(2分音符のG音)はたっぷり弾く
・8小節2拍目のFis音は、直前のG音が解決する音なので、大きくならずに
8小節目の重み入れ:
・1拍目に重みが入り2拍目でおさめる
・右手の32分音符は極めて軽く演奏する
8小節3拍目の4分休符:
・意外に「8小節3拍目の4分休符」がいい加減になっている学習者が多い印象
・休符になることで、1拍分右手が「ソロ」になる
・つまり、重要な音楽表現
クロマティックの表現:
・8小節2拍目裏からは、右手がクロマティックで降りてくる
・したがって、一つだけ音が飛び出たりしないようにバランスよく演奏する
譜例(9-10小節)

9小節目からの右手:
・9小節目からの右手は一種のバリエーション
・レッド音符で示したつなぎの部分を丁寧に歌う
10小節目の素材構造:
・譜例へ点線で示したように、10小節目は途中から別の句切れになる
・間(ま)を開ける必要はないが、構造的な理解はしておく
スタッカートのニュアンス:
・10小節目のスタッカートも、5小節目のように「長めのスタッカート」にすると曲想に合う
・「手と指を使用したスタッカート」で、置いていくようなタッチで打鍵する
対比表現
・11小節目からは「スラー」で、直前のスタッカートと「対比表現」になっている
譜例(13-15小節)

13-15小節の運指
13-15小節の右手は、運指が多少厄介な箇所です。譜例へ書き込んだ運指を参考にしてください。
クライマックス:
・14小節目でも両手の音域が開いていき、3拍目に入る
・3拍目は、「9-16小節のヤマ」であり、「1-16小節全体のヤマ」でもある
・ここへ向かうエネルギーを表現するとともに、カンタービレで演奏する
17小節目からの特徴:
・17小節目からはD-durになり、メロディは順次進行が中心に進行するのが特徴
・17-18小節のメロディを、19-20小節で少し表情豊かに反復、21小節目でさらに表情的に
・このようなメロディそのものが持つ抑揚を読み取る
20小節目の対旋律:
・20小節2〜3拍目の左手には「対旋律的なライン(Cis D H D)」が隠されている
・「右手が動いていない箇所」に入ってきているので、少しだけピックアップして聴かせる
・20小節目からはバスラインもコンスタントに動き出すため、その動きをよく耳で追うことも重要
譜例(23-24小節)

23-24小節のメロディ:
・レッド音符で示したD音は、裏の音で音価も短いので、強くならないように
・その直後の長い音価のD音は、テヌートが書かれているようなイメージで置くように打鍵する
・24小節目の右手パートは、点線箇所でフレーズを別にする
· 第2部(33-48小節)
g-mollからの光:
・33小節目からはg-mollの暗い響きになる
・しかし、36小節3拍目で「B-durのⅣ(コードネームでいうE♭/G)」の響きが出てくることで、光が差す
・この色の変化を感じて、次の小節の和音へのつながりを意識する
譜例(40-41小節)

軸となる音のバランス:
・40小節目からは、軸になる音同士のバランスに注意する
・64小節目、68小節目なども同様
楽章のクライマックス:
・45-46小節はこの楽章のクライマックス
・「減七の和音」が出てきており和声的にも不安定なので、緊張感を持って演奏する
· 第3部(49-64小節)、コーダ(65-74小節)
譜例(67-68小節)

メロディラインの流麗さ:
・67小節目のメロディE音はメロディラインを流麗にするために挟み込まれたもの
・レッド音符で示したように、メロディの軸自体は「なだらか」なもの
・これらのつながりが乱れないようにバランスを聴いて演奏する
・ここは1拍目のみで「2種類」の和声が出てきていることにも着目する
32分音符の扱い:
・71小節目の32分音符は軽く入れる
・直後の8分音符H音にかかる装飾音の役割なので、H音よりも大きくなってしまうと不自然
譜例(72-73小節)

同音連打:
・72-73小節のメロディでは、3打点続く同音連打が何度も出てくる
・すべてを均等に鳴らすと退屈な音楽になる
・↓で示した音にやや重みを入れるようにするとフレーズが明確になる
最終小節2拍目、一番最後の8分音符:
・「余韻も含めて8分音符の長さ」になるように、「離鍵(リリース)」を丁寧に行う
・つぶやくように軽いタッチで演奏するとニュアンスが出せる
コーダは65小節目からと分析するのが通常です。偶数小節の単位で進んできた音楽ですが、本当の最後の締めくくりが3小節単位になっていて意外性があります。
· 上級者による再挑戦へのヒント
緩徐楽章を音楽的に演奏するポイント
指揮者は、ゆったりとした3拍子の曲想では「各拍を2つに割って」振ることが多くあります。「♩= 60」が、割るか割らないかの基準と言われています。これ以上ゆっくりのテンポでは、割らないとテンポが分からなくなったり視覚的にも苦しく見えてしまうのです。
つまり、3/4を6/8のように振ることになり、このほうが演奏家は演奏しやすいとされてきました。
この振り方をしている指揮者の動きを見ていると、「重み入れの箇所」「呼吸の取り方」など、ピアノ演奏にも活かせることが数多く学べます。最近の指揮者は割らないで演奏する方も多いようですが、特にオペラでは、割るのが主流になっています。
‣ 第3楽章
· 楽曲構成とテンポ設定について
楽曲構成
ロンド形式:ABACA(単純ロンド)
・A部分:1-8小節
・B部分:9-20小節
・A部分:21-28小節
・C部分:29-52小節
・A部分:53-60小節
・コーダ:61-73小節
テンポ設定
・テンポは、遅くても♩=86を目指す
・あまりにもゆっくり弾くと、第2楽章との差が出ないうえに、この楽章の活き活きとした表情が失われてしまう
・かなり尺の短い楽章なので、キビキビとしたテンポでまとめたい
· 1-8小節
譜例(1-4小節)

曲の始め方
・曲頭は「アウフタクトで始まっている」ことを意識して弾き始める
右手と左手の模倣
右手で演奏している音型を左手でも模倣して「追っかけ」ています。こういった場合の基本事項は以下の通りです:
・主役(先行句)よりも追っかけ(追行句)が目立たないようにする
・先行句のニュアンスに追行句のニュアンスを合わせる
どちらが主役なのかを考えて、もう一方は主役よりも主張しないようにしましょう。また、先行句の切り方の長さに追行句も合わせて演奏することで、追行句が「エコー」のように感じられ、立体的な演奏になります。
メロディのバランス:
・曲頭のメロディでは「So So Mi」「Fa Fa Re」といったように音型が降りてくる
・後半の音型のほうが大きくなってしまわないように注意する
・シンプルな作品ではバランスが命
対比表現:
・2小節2拍目から16分音符が出てくるが、ここは直前の和音演奏との対比になっている
・表情の差を感じて演奏する
16分音符の処理:
・4小節目の16分音符の最後のG音は、丁寧に処理をする
・直後の跳躍に釣られて処理がいい加減になりがちな箇所
・また、このG音と直後の和音は「別」にして、一瞬の音響の切れ目が必要
・つなげてしまわないように注意する
3小節目の左手の特徴:
・3小節目の左手は素朴に見えて「特徴的」
・というのも、この楽章では「長く伸びる音」が少ないから
長く伸びる音が出現するのは以下の箇所のみです:
・3小節目
・7小節目
・15小節目
・34-35小節
・46小節目
・55小節目
・59小節目
しかも最長で2分音符の長さなので、「この楽曲は細かい音が中心で組み立てられている」ということになります。
5小節2拍目:
・5小節2拍目は、1小節2拍目との音程の高さの違いを感じて演奏する
・ここは曲頭とは逆に音型が上がっていくため、後半の音型のほうが高いエネルギーを持つ
・少しだけダイナミクスを上げるように
メロディラインの意識
・7-8小節のメロディでは、「La Si Do」という内包されたラインをよく聴きながら演奏する
終止の処理:
・8小節1拍目は強く叩かず、直前のドミナントの緊張感を解放させるために柔らかく
・そして、低いC音も優しく添えるだけにする
・この低音への跳躍の動きは、17-18小節の低音にも出てくる
· 9-20小節
B部分への移行:
・8小節2拍目からは新たな表情が見える
・G-durに転調し、両手共に16分音符で動き出すので、決して重くならないように
・細かい動きは「明るい情景」を感じさせる
譜例(9-12小節)

順次進行のライン
・矢印で示したように、順次進行の上行型と下行型がメロディを織りなしている
跳躍の処理:
・10小節目の跳躍でも、跳躍直前の音の処理に注意する
・10小節目は「Mi Re Do Si」「Mi Re Do Si」というように、同じメロディが繰り返されている点に注目
・10小節2拍目では、両手共に跳躍があるため、一気に音楽が開く
・直前の部分との差を感じて演奏する
2声の処理:
・15小節目の左手は2声になっている
・やはりバスラインのほうがやや大きめに聴こえるように、音楽的バランスを取る
G-durからC-durへ;
・15-16小節でG-durのカデンツがある
・16小節目は「G-durのⅠ」と解釈するが、18小節目の頭で「F音」が出てくることで「C-durの属七」になる
・第7音を出すことで「G-durのⅠ」を「C-durの属七」に読み替えるという転調方法がとられ、「主調」に戻っている
オルゲルプンクト:
・16-18小節は、G音でのオルゲルプンクト
・ここでのメロディも、以前に出てきた順次進行の上行型が活用されている(9-12小節の譜例参照)
クロマティックな下行:
・19-20小節のメロディはクロマティックに降りてくる
・したがって、多少デクレッシェンドをかけるくらいのイメージでバランスよくニュアンスを作る
離鍵の丁寧さとテンポ処理:
・20小節目のF音はうっかりスタッカートにしない
・「余韻も含めて8分音符の長さ」になるように、丁寧に「離鍵(リリース)」する
・ここでは rit. をせずにサラッと通り過ぎるくらいでいい
・もし rit. するとしても、最後の2音(Fis・F)でほんの少しやれば十分
· 21-60小節
色彩の変化:
・28小節2拍目からは、この楽章の「前半のヤマ」に向かっていく大切なセクション
・a-mollでスタートするため、色が変わることに注意する
伴奏の処理:
・29-32小節の16分音符の動きは伴奏なので、極めてleggieroで演奏する
・30小節2拍目からは6度の和音に変わるため、3度のときとのサウンドの差に耳を傾ける
統一素材:
・34小節目の「16分音符2音で1組」の素材は、「45-46小節の右手」などにも登場する
・このようにして、楽曲の統一性が保たれている
・ここでは、「16分音符2音で1組」に細かくなることで、音楽を咳き込んでいる
前半のクライマックス:
・35小節目には「楽章前半のヤマ」が来ている
・原典版にはダイナミクス指示はないが、33小節目からcresc.していく
休符の重要性:
・35小節目の8分休符をしっかり取る
・そうするとリズムが締まり、次の小節からの16分音符のスタートが活きてくる
・また、休符をきちんと取ることで、その部分の右手のメロディがよく聴こえるようになる
譜例(36-39小節)

保続音と2声的処理:
・36-39小節の左手は、E音での「保続」
・緊張感が引き伸ばされる効果が出ている
・レッド音符で示したメロディックなラインが内包されている
・それ以外の音がE音を撃ち続けるので、「左手だけでも2声的」になっている
・内包されたメロディックなラインはカンタービレで、それ以外の音は大きくならないように演奏する
つなぎの部分
・37小節目以降のメロディは、ブルー音符で示したつなぎの部分を丁寧に歌う
右手への移行:
・左手の16分音符の素材が、「同じ高さで」右手に移る
・ここは、「右手に移ったのが分からないように音色やダイナミクスを揃えて演奏する」とスムーズに連結できる
ナポリの和音:
・47小節1拍目ではa-mollのナポリの和音に入る
・この箇所には「重み」が入るため、46小節目あたりから膨らませて47小節目に入るといい
ハモリのバランス:
・47小節2拍目は、メロディと左手の上声が6度のハモリになっている
・バランスを考え、メロディが聴こえにくくならないように注意する
主調への回帰
・51小節2拍目では、いきなりC-durのⅤ7が出てくることで、一気に主調に戻るきっかけが用意される
フェルマータの効果:
・51小節目は「rit.せずに」一気に演奏してフェルマータに入る
・そうすることで、「停止」という意味のあるフェルマータが活きる
· 61-73小節
コーダの開始:
・60小節2拍目からがコーダのセクションになる
・68小節目からを終結部と解釈することもできる
スラーとスタッカートが混合しているアーティキュレーション:
・63小節目のスラーがスタッカートの音にまでつながってしまわないように
・このアーティキュレーションは、この楽曲ですでに何度か出てきた2音1組のアーティキュレーションの派生
エネルギーの方向性:
・64小節1拍目のメロディは、スラーを見て判断できるように、D音に重みが入り、裏拍のC音でおさめる
・このエネルギーが逆にならないように注意する
譜例(68-69小節)

ファンファーレ風の処理:
・68小節目のファンファーレ風の分散和音も、2音1組のアーティキュレーションの派生だと考えていい
・レッド音符に軸を持って演奏し、これらの音同士がバランスよく響くように
同一要素による音色的統一感:
・69小節目、71小節目に出てくる3度音程やラストに出てくる6度音程は、この楽曲の頭から出てきている音程が出所
・楽曲全体での音色的統一感が感じられる
譜例(72-73小節)

後半のクライマックス:
・この楽曲では、35小節目が「前半のヤマ」だが、「後半のヤマは楽曲の一番最後」
・偉そうに堂々と演奏する
打鍵の注意点:
・鳴らそうと思うと、どうしても上から叩きがちになるが、それだと音が散らばってしまう
・叩いた音は近くで聴くと大きな音に聴こえるが、ホールの奥で聴くと届いてこない
・「なるべく鍵盤の近くから打鍵する」ということを徹底する
・こういった「一つ一つ重みを持って弾いていく音型」では、「腕を使用したスタッカート」が効果的
終止の処理:
・一番最後の音は「フェルマータ」にしがちだが、モーツァルトはフェルマータを書いていない
・「余韻も含めて4分音符の長さ」になるように、丁寧に「離鍵(リリース)」する
・曲の最後はほとんど rit. を補わずに、入れるとしてもほんの少しだけにする
・楽曲がかなり短いので、最後にゆっくりし過ぎるとアンバランスだから
・このソナタ全体の締めくくりでもあるが、第3楽章のバランスも考える必要がある
► 終わりに
ブレンデルが「最も油断のならない作品」と評したように、易しく見えても奥深い作品です。一つ一つの音に耳を傾けながら、丁寧に練習を重ねていきましょう。
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