【ピアノ】モーツァルト「ピアノソナタ ハ短調 K.457 全楽章」演奏完全ガイド
► はじめに
曲の背景
この作品は、ウィーンで楽譜出版業を営んでいたトラットネルンのために作曲されました。
モーツァルトがウィーン時代に書いた短調作品には、優雅な当時の作風とは一線を画した、異常な緊迫感が漂っています。この曲も例外ではなく、深刻な楽想と隙のない構成を備えた傑作です。
(参考文献:ピアノ音楽事典 作品篇 / 全音楽譜出版社)
演奏難易度と推奨レベル
この楽曲は「ツェルニー40番中盤程度」から挑戦できます。
本記事の使い方
この楽曲を、演奏のポイントとともに解説していきます。パブリックドメインの楽曲なので譜例も作成して掲載していますが、最小限なので、ご自身の楽譜を用意して読み進めてください。
各セクションごとに具体的な音楽的解釈を示していますので、練習の際に該当箇所を参照しながら進めることをおすすめします。
全体を通しての注意点
このソナタはモーツァルトのソナタの中ではダイナミクスがかなり細かく書かれた一作です。楽譜に記された指示を丁寧に読み取りましょう。
► 演奏のヒント
‣ 第1楽章
· 楽曲構成とテンポ設定について
楽曲構成
ソナタ形式
・提示部:1-74小節
・展開部:75-99小節
・再現部:100-185小節
テンポ設定について
目標テンポ:♩=160
· 提示部 第1主題:1-35小節
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、1-6小節)

冒頭の主題:
・1-2小節目のオクターヴで動く素材は、緊張感を持って一息で上がる
・2小節目の頭に多少のアクセントをつける解釈も一案
・スタッカート部分は、各音に対して短くアクセント・ペダルを踏む
・この問いかけに対して、2小節目の p からの素材が応えるため、対照を明確につける
・2-4小節の p の領域で一番重みが入るのは、和音からも判断すると4小節目の頭
譜例(9-12小節)

運指の参考
・9-12小節の運指は、楽譜の書き込みを参考に設定する
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、13-20小節)

同音連打の運指:
・13小節目からの左手の運指は「5121」と指を変えるのを推奨
・鍵盤のすぐ近くから打鍵するのが音を揃えるコツ
13小節目からの音楽性:
・13小節目からは、ノンペダルで弾く
・13小節4拍目の右手は重みを入れて、それをスラー終わりの音で解決させる
・14小節目の付点リズムは甘くならないように注意する
17-18小節の重要ポイント:
・17小節目はスラーを意識し、1拍目頭のメロディEs音の響きをきちんと作り、次のG音とフレーズを別にする
・3音による短いカタマリが連続していく
・重くならないように、3音ごとにデクレッシェンドしてニュアンスを作る
・ため息のように
・左手は短くならないように、余韻も含めて4分音符の長さになるように弾く
subitoの扱い
17小節目の p :
・16小節3-4拍目のメロディ素材が、17小節1拍目のEs音で終了
・1拍目裏から新しい素材開始
・したがって、subitoで p(デクレッシェンドを補わない)
19小節目の f :
・曲頭の主要素材が再登場
・モチーフを明確に取り出す必要がある
・subitoで f に(クレッシェンドを補わない)
譜例(19-22小節)

テンポについての注意:
・21小節目から3連符が連続して出てくるが、決して走らないように注意する
・22小節目の最後でテンポをゆるめず、テンポを変えずにノンストップで23小節目からの経過部へ入る
・そのほうが、3連符から通常の8分音符へ変わった効果が活きる
左手の処理:
・21-22小節の左手は、冒頭の主題
・右手の3連符ばかりに気を取られず、左手の主題の存在感を出して演奏する
・ただし、ここは右手も重要なので、両手のバランスを同じくらいで弾くことを推奨
ペダリング:
・21小節目は、1-2拍目のみペダルを踏む
・77小節目や85小節目など、似た箇所は同様に処理する
譜例(23-26小節)

ターンの注意点:
・23小節目と25小節目のメロディでは、ターンが書き譜として32分音符で書かれている
・この32分音符の始めの音でうっかり強くぶつけてコブを作らないように注意する
・メロディが装飾されているだけであって、その流れに横槍を入れてはいけない
音型による表情の付け方:
・23-26小節の4小節間の小楽節は「2小節の動機×2」で成り立っている
・前半2小節のカギマークA部分は、強調せずに「あいまいに溶かす」イメージでサラッと次の小節へ進む
・後半2小節のカギマークB部分は、より高い音域から長い時間をかけて降りてくる
・したがって、より表情的にオクターブ跳躍を意識するなど音程関係で表情をつける
譜例(27-30小節)

運指の参考
・27-30小節の運指は、楽譜の書き込みを参考に設定する
ダイナミクス処理:
・29小節目の f は、アーティキュレーションの軽快性を考慮し、やり過ぎずに
・30小節目以降は、スラーでまとめられた2音1組の「ため息音型」が出てくる
・この音型は、すべてデクレッシェンドが書かれているイメージで、後ろの音が強くならないように注意する
· 提示部 第2主題+コデッタ:36-74小節
譜例(35-39小節)

「問いかけ」と「応答」:
・譜例の部分は、分かりやすい形で「問いかけ」と「応答」になっている
・「問い」で疑問(?)を投げかけるように提示し、それを解決するかのように「応え」が続く
・この関係性は、古典派の作品では特に顕著に見られる特徴
意識すべきポイント:
・手の交差によるメロディの受け渡し
・音域の違いによる対比
・フレーズの終わり方の違い
多声表現の理解:
・36小節目からの左手で演奏する8分音符の動きは2声的
・したがって、何度も鳴らされるB音がうるさくならないように注意し、もう一方の動く音を意識する
ダイナミクス表現:
・44-45小節はメロディが半音で上がっていき、ベース音は下がっていくため、この反行を意識する
・f と書かれているが、mf くらいからクレッシェンドして45小節1拍目で f を作ると音楽的
・2拍目は終わりの音なので、叩かないようにおさめる
48-52小節の諸注意:
・48小節1拍目は偽終止
・2拍目の表で両手ともに休符になる空気感が重要
・51小節目はペダルを踏みっぱなしだと濁ってしまう
・1拍ごとに踏み変えるか、もしくはノンペダルで弾く
・ノンペダルの方向性の場合でも、左手の和音をつなげるために4拍目のみペダルを踏むのを推奨
・52小節目の左手の4分休符を見落とさないように注意する
譜例(59-62小節)

運指の参考
・59-62小節の運指は、楽譜の書き込みを参考に設定する
前進する音楽:
・59小節目からは、曲想的に音楽がどんどん前に進んでいく
・テンポはキープすべきだが、気持ちがきちんと前を向くようにする
・59小節目は p で開始する
・59小節目からのメロディは3音1組だが、ここでもやはりスラーを意識する
・3つ目の音が大きくならないように
読み取るべき音楽のエネルギー:
・63小節目からは、f になり、メロディの口数も多くなる
・エネルギーが落ちないように音楽を前へ進める
提示部のコーダ
・曲頭のモチーフが出てくるが、Es-durの主和音の分散で出てくることに着目する
· 展開部:75-99小節
素材の引用:
・79小節目からは、提示部の経過部で出てきた素材が再び顔を見せる
・演奏注意点は同様に
譜例(83-99小節)

リズム動機の持続と転調:
・3連符という単一のリズム動機が83小節目から94小節目の2分休符まで、一度も途切れることなく継続される
・この持続的な動きが楽曲に推進力を与え、聴き手の緊張感を維持する重要な役割を果たしている
・同時に目まぐるしい転調により、調性的な安定感を意図的に回避している
緊張感の維持:
・94小節目の両手で休符になる箇所まで、ノンストップで進める
・そして、緊張感はその後の p の部分からも維持する
· 再現部:100-185小節
再現部の経過部:
・118小節目からは経過部
・120小節の最後までfのままでエネルギーを落とさず演奏する
・121小節目の p ではガラリと空気を変える
fp の解釈:
・125小節目の fp は、「この音のみが f で、その直後から p の世界に入る」という一種のアクセントと見なす
・単に f と書いて次の音に p と書くのとは、楽譜から伝わる内容が全く異なる
・fp と記すことで、「打鍵が終わった直後から p の世界である」という作曲家の意図が明確に伝わる
手の交差
・133-134小節の手の交差では、右手を手前のほうにして弾くと弾きやすいようになっている
譜例(143-146小節)

運指の工夫:
・145小節目の上段のオクターブのうち、下のC音(レッド音符)を左手で取るのも一案
・そうすることで、直前の音処理が容易になる
ダイナミクスの扱い:
・153小節目の p はフレーズの中で唐突に書かれているため、subitoで表現すると音楽的に不自然になる
・152小節4拍目でデクレッシェンドするのを推奨
譜例(156-159小節)

運指の参考
・156-159小節の運指は、楽譜の書き込みを参考に設定する
譜例(164-166小節)

164-166小節における、フレーズ感に合わせた指上げの統一
状況の分析:
・メロディのフレーズを明確に分けるため、点線で示した箇所でわずかな音響の切れ目が必要
・伴奏部分(左手和音)の長さの処理に迷いが生じる
実践的解決策:
・メロディの切れ目に合わせて、すべての声部を同時に処理する
・メロディの音響を切るところで左手も切ることで、フレーズが明確になるうえ、頭が混乱しない
・伴奏部分だけが余分に残ると、妙な表現になってしまう
・全体としての音楽的なまとまりが保たれるよう意識する
楽章の終結:
・174小節1拍目のメロディG音は前のフレーズの終わりの音なので、2拍目との間に音響の切れ目を入れる
・そして、2拍目の2分音符G音ははっきりとした音で弾く
・175小節目のトリル部分ではペダルを踏んでも構わないが、1/4ペダルにし、踏み込み過ぎないように
・トリルの響きが混沌としてしまうのを避けるため
・176小節目からの p と f の交替では、f が強過ぎるとコブができたように聴こえてしまう
・重みを入れるイメージで、軽いアクセントに留める
楽章の一番最後:
・rit.する演奏よりも、in tempoでサラリと終わる解釈が多く行われている
・この後の楽章を考えて段落感をつけ過ぎないためにも、in tempoを推奨
・遠ざかっていくようなイメージを持って演奏する
‣ 第2楽章
· 楽曲構成とテンポ設定について
楽曲構成
小ロンド形式(ABACA)
・A:1-7小節
・B:8-16小節
・A:17-23小節
・C:24-40小節
・A:41-47小節
・コデッタ:48-57小節
テンポ設定について
目標テンポ:♪=70
· 1-16小節
曲頭の演奏:
・1小節目から2小節目へ移るときに、音楽を止めないで進める
・曲頭の左手は、バス音をフィンガーペダルで残して、音響的な希薄さを避ける
譜例(2小節目)

替え指のテクニック:
・2小節目には「5-3」の替え指が出てくる
・替え指は、同じ手で他の音を打鍵するのと同時に行ってもいい
・Adagioとはいえ、16分音符と16分音符のあいだなどで忙しく替え指しない
・奏法譜で示したように、内声のD音を打鍵するのと同時に替え指をすると安定する
音価と休符の非表示の注意:
・2小節3拍目の右手内声Es音は8分音符
・休符は書かれていないが、切る位置を間違えないように注意する
・3-4小節の4拍目の右手内声D音も8分音符なので、同様に気をつける
3小節目の表現:
・3小節目では、右手に3度の連続が出てくる
・レガートをサポートするように16分音符ごとにペダルを踏み変える
・この小節の左手はメロディックなので、十分に歌う
・3小節4拍目は、p と書かれた位置からフレーズを改める
譜例(4小節目)

変奏の扱い:
・4小節目からは変奏
・32分音符のはじめの音にアクセントがつかないように、細かい音符の流れの中でさりげなく弾く
・4小節3拍目のターンは、譜例の奏法譜のように弾くのが一案
譜例(5-6小節)

テンポ設定の基準:
・楽章のテンポ設定について、5-6小節のカギマーク箇所を基準とする(フィリップ・アントルモンの推奨方法)
・「楽曲が要求しているテンポを示しているフレーズを見つける」のが前提
6-7小節のニュアンス:
・6小節目の軽いニュアンスと、7小節目の深いニュアンスの差を感じて弾く
・7小節3拍目は、全く同じ音量同じ音質で2つの音を並べず、2回目のほうが少し小さくなるように響かせる
・そうすると、締めくくりとして音楽的
譜例(8小節目)

8小節目からは「第1エピソード」で、属調へ行っています。
レガートペダルの活用:
・この小節では、3拍目に「3度音程の連続によるレガート」が出てくる
・レガートペダルにおける注意点は、ペダルを1/2か1/4だけ踏み込む(ハーフペダリング)こと
・基本は1/2か1/4、必要に応じて全部踏み込む
・半分だけ踏み込むことで、パッセージを大きく濁らせることなくペダルの効果は付加できる
譜例(9-12小節)

9-12小節の演奏ポイント:
・9-12小節の運指やペダリング、装飾音の奏法は、楽譜の書き込みを参考に設定する
・このペダリングは、バス音をフィンガーペダルで伸ばした場合のペダリング
・バス音の同音連打で音響の断裂がしないようにペダルでサポートしている
・9小節4拍目のメロディは、F音を意識してD音は控えめに
・10-11小節目は、リズムがシンコペーション風にズレている
・レッド音符で示した音にやや重みを入れることで、リズムの性格を捉えたニュアンスをつけることができる
・11小節3拍目裏のメロディD音はフレーズ終わりの音なので、強くならないように
ニュアンス表現:
・13小節3拍目から始まる「トリルを書き譜にした音型」は重くならないように
・このような同じ音を行き来する音型では重くなったり持たれたりしやすいので注意する
・14小節目の2音1組の音型では、「初めの音に重みを入れて、後ろの音を軽く弾く」とニュアンスが出る
譜例(15-16小節)

エコー表現:
・15小節目に書かれている「mancando」は「だんだん弱くする」という意味
・15小節目から「mancando(だんだん弱く)」の指示により、2拍目裏の p へと向かう
・メロディの「Fa Fa Fa Fa Si」というモチーフが3回繰り返される
・1-2回目は p 、3回目のみ pp で演奏されるため、この3回目がエコー表現となっている
sf の付け方:
・16小節目の sf は、あくまでも弱いダイナミクス領域の中でのアクセント
・唐突にびっくり箱的表現にしない
重要音の見極め:
・16小節2拍目の和音「Mi Fa La」の中では、Es音が特に重要な音
・3-4拍目の32分音符の動きを考慮した判断
· 17-40小節
譜例(17-18小節)

装飾音の奏法
・17-18小節の装飾音は、譜例のように弾くのが一案
左手の応用:
・17小節目からは主題の再現だが、やはり異なる変奏が与えられている
・何となく楽譜に沿って弾くのではなく、それぞれの変奏のされ方の違いをよく観察する
運指の工夫:
・17小節目から18小節目に移るときに右手の跳躍がある
・「音が切れてしまったり、ペダルを踏むのか」といった問題が出てくる箇所
・ここは、レッド音符で示した音を左手でとってしまうことで、問題は解決する
・41-42小節目の移り変わりも同様に
ペダリング:
・19小節目は、左手の16分音符の打点に合わせてペダルを踏み替えていくのを推奨
・この際右手の音が切れないように、指レガートも徹底する
譜例(20-21小節)

和声学的理解による暗譜:
・この楽章はロンド形式ということもあり、1小節目と同じ形が他に5回(同じセクションが計3回)も出てくる
・それぞれ、右手で弾く内容は変奏されて変化している
・左手で弾く内容はまったく同じかと思いきや、4回目にあたる20小節目のみ、やや異なっている
・他の回はすべて、丸印で示した音が長3度上のD音であることに注意する
・この楽曲の主調はEs-durで、20小節4拍目はEs-durのⅤであり、21小節目でⅠになっている
・Ⅴの箇所にとってのD音は導音にあたるが、20小節目の最後ではメロディにD音がきている
・左手にもD音が出てくると導音重複(和声学では禁則)で響きのバランスを欠いてしまう
・したがって、メロディを優先させて左手側のD音を避けたと考えられる
ダイナミクスの極端な表現に注意
・21小節目の「f p f p f p」は、極端にやると音楽がギクシャクしてしまう
譜例(23小節目)

装飾音の奏法
・23小節目の装飾音は、譜例のように弾くのが一案
第2エピソードの導入:
・24小節目からは「第2エピソード」で、主調(Es-dur)の下属調へ行っている
・24小節3-4拍目の左手には、直前のメロディを追っかけする「Do Si」が含まれている
譜例(27-28小節)

運指やペダリング、装飾音の奏法:
・27-28小節の運指やペダリング、装飾音の奏法は、楽譜の書き込みを参考に設定する
・このペダリングは、やはりバスをフィンガーペダルで伸ばした場合のペダリング
譜例(28-29小節)

効率的な運指:
・29小節目の頭の和音をつかむときの手のポジション移動が問題になる
・28小節目の最後のC音を「1の指」で弾くことで、ポジション変化を経ずに和音を「2345」でつかむことが可能
・和音に含まれる、黒鍵の音であるB音を2の指でとれるように工夫している
・このB音を1の指でとろうとすると、ポジションの前後移動が発生してしまう
小音符によるパッセージの処理:
・29小節目から出てくる小音符によるパッセージは、テンポを広げ過ぎてしまうと音楽が間延びしてしまう
・素早く弾くことを心がける
ポジション移動をサポートするペダル:
・31小節目から32小節目へ移るときに右手のポジション移動がある
・31小節目の一番最後のB音でペダルを踏んでサポートする
譜例(34-37小節)

運指やペダリング、装飾音の奏法:
・34-37小節の運指やペダリング、装飾音の奏法は、楽譜の書き込みを参考に設定する
・このペダリングは、やはりバスをフィンガーペダルで伸ばした場合のペダリング
・音楽の横つながりを考えると、レッド音符で示した音はフィンガーペダルで伸ばさないほうが得策
譜例(38小節目)

38小節目からの箇所で見られる音群の演奏法:
・このような「伴奏のようであり、メロディのようでもあり」といった音群では、「つなぎ目」を歌うと考える
・具体的には、丸印で示した箇所でやや指圧を深くかける
・そうすると、線によるメロディの中にもウタができる
・音楽をまとめやすくなる、応用範囲の広い考え方
· 41-57小節
主題再現(3回目):
・41小節目からは、また主題の再現で3回目
・装飾のされ方が変わり、音数も多い
・フレーズを見失わないように注意し、どこからどこまでが一息なのかをきちんと観察する
47小節3拍目からがコデッタです。
譜例(49小節目)

運指や装飾音の奏法:
・34-37小節の運指や装飾音の奏法は、楽譜の書き込みを参考に設定する
・装飾音の初めの音をぶつけてしまいコブを作ってしまわないように
カデンツァ的表現:
・51小節目から下行していき、52小節目のフェルマータの和音へ向かう方向性を感じる
・52小節目のフェルマータ以降は短いカデンツァと捉えて弾く
・「スラー+スタッカート」のニュアンスに敏感に反応する
暗譜対策:
・54小節2拍目の左手和音と4拍目の左手和音は、ハーモニーは同じだが、音がやや異なっている
・どう異なるのかを整理しておき、暗譜に備える
譜例(56-57小節)

曲尾の表現:
・56小節3拍目の両手での休符は、詰まってしまわないように正しくカウントする
・最後に出てくる低音の32分音符がティンパニを思わせる
・一部、ティンパニが出せる低音域を超えているが、それはピアノで表現しているから
‣ 第3楽章
· 楽曲構成とテンポ設定について
楽曲構成
変則的なロンド形式
・A1:1-16小節
・A2:17-45小節
・B:46-102小節
・A1:103-119小節
・A2:120-145小節
・C:146-166小節
・B:167-220小節
・A1:221-248小節
・A2:249-274小節
・C:275-286小節
・コーダ:287-319小節
目標テンポ:付点2分音符 = 76
· 1-102小節
譜例(1-8小節)

曲頭のフレーズ構造:
・メロディは3回の繰り返しで構成され、3回目でフレーズの息を長くすることで8小節をまとめている
・全体的な音楽の方向性は、譜例で示したように、メロディがフレーズの終わりに向けておさめていく流れ
伴奏のニュアンス:
・伴奏のニュアンスもメロディに合わせる
・1小節目の左手より、2小節目のほうを大きくしない
・3小節目の左手より、4小節目のほうを大きくしない
・7小節目に小さなヤマをつくり、その後おさめる
・ただし、p の中での音楽の方向性なので、やり過ぎないように注意する
譜例(1-8小節)

運指の工夫:
・5小節目:1拍目の音を「4 1」で弾いたらすぐに手をやや手前へ滑らせながら、3拍目を5の指でつかむ
・6小節目:1拍目の音を「4 3」で弾いたらすぐに手をやや手前へ滑らせながら、4の指を5の指へ替える
・替えたら手首を少し上げると、3拍目の音を「4 2」でつかめるポジションになる
少しの工夫をしてみることで、ペダルに頼らずとも音をつなげられる良い運指が使える可能性があります。
ポジション跳躍における時間の使い方と運指:
・8小節3拍目のメロディは、間(ま)を空けずに入る
・忙しく感じる場合は、「1-5」と替え指をするのも一案
ペダリング:
・15小節1拍目から2拍目の移り変わりで、Es音の連打がある
・この連打による音響の断裂を避けるために、1拍目にペダルでサポートする
譜例(16-20小節)

ファンファーレ的表現:
・17小節目以降の、上段で連打されるメロディG音に着目
・オクターブによる3連打が金管楽器を思わせるファンファーレ的な音遣い
・小節頭のG音は単音になっているが、これは指の都合ではなく音楽そのものの要求
演奏のポイント:
・単音のG音とオクターブのG音は音楽的に別のものとして分析する
・カギマークで示したオクターブ部分のみがファンファーレ
・手首をしっかりさせたうえで指を立てて弾くと、ファンファーレ部分の音色をガラッと変えることができる
・きっぱりと言い切ったイメージで音楽をまとめる
23-30小節の演奏ヒント:
・23-24小節はゆっくりせずに一気に弾き切ることで、直後のフェルマータの休止が印象的になる
・26小節目の p でEs音がポツンと出てきたときの空気感を感じる
・29小節目の装飾音を拍の前に出さずに、「16分音符+付点8分音符」のリズムで弾く解釈が広く行われている
・30小節1拍目は、フレーズ終わりの音として強くならずにおさめ、3拍目の f からガラッと空気を変える
単独和音の意味と演奏法:
・45小節目の f の和音は、叩かずに、鍵盤のすぐ近くから打鍵して深い音を出す
・この和音の意味は、「空気を変える役割」と「次のEs-durのⅠを導き出す」という2つの意味と解釈する
譜例(46-50小節 および 74-77小節)

伴奏形の違いと表現
譜例で示した、46-50小節と後の74-77小節の伴奏を見比べてみてください:
・ほとんど同じ伴奏形のように見えるが、74小節目からの伴奏形では3拍目にもバス音が入る
・このバス音により、3拍目から次の小節の1拍目へ向けたエネルギーが発生する
・したがって、音楽の進行感はより強くなる
・46小節目からの部分よりも、よりキビキビした曲想になっていることを感じ取る
譜例(46-49小節)

運指や装飾音の奏法
・46-49小節の運指や装飾音の奏法は、楽譜の書き込みを参考に設定する
f は「すべて強く」ではない
・56-57小節は f だが、すべてを強く弾くのではなく、57小節目の頭に一番の重みが入る小節構造を理解する
音価の注意点:
・62小節目からは、エコーのように高い音域で直前の音型の断片が出てくる
・8分音符と4分音符が混ざっているので、4分音符が短くならないように注意する
譜例(65-68小節)

subitoの表現:
・66小節目の f は、スラーとスタッカートのアーティキュレーション境目に記載されている
・表現を明確に別にする必要があるため、subitoで f に変化させる(クレッシェンドを補わない)
・72小節目の p は、直前からの素材の継続性がないためsubitoで表現し、直前にデクレッシェンドを補わない
・p の箇所からは、Es音をよく聴き続けて、内声はあくまでその響きの中で動いているように弾く
譜例(74-77小節)

運指の参考
・74-77小節の運指は、楽譜の書き込みを参考に設定する
譜例(96-101小節)

運指やペダリングの参考
・96-101小節の運指やペダリングは、楽譜の書き込みを参考に設定する
ノンストップ演奏
・101-102小節では、両手での休符表現を活かすために、テンポはそのまま弾き抜ける
· 103-220小節
譜例(140-145小節)

フェルマータ付き全休符の表現:
・フェルマータのかかった全休符は、ただ単に時間を空けるために存在するのではない
・空気感を含めた音楽表現そのものであり、空気感とは一種の緊張感のようなもの
休符の直前にある音符の発音方法、その余韻の響かせ方、処理の仕方:
・どのような音量・音色で発音するか
・ペダルを使ってウェットに響かせるか、ノンペダルでドライに響かせるか
・バッ!と切るか、スッと切るか
休符のとり方:
・フェルマータも含めて、どれくらい伸ばすのか
・前後をどう聴かせたいのかという木の視点
・楽曲全体をどう聴かせたいのかという森の視点
ヒント:
・両方のフェルマータ付き全休符が長過ぎると曲途中で段落感がつき過ぎてしまう
・また、それぞれの休符の長さが違い過ぎるのも不自然
・楽曲の全体規模に比してフェルマータ付き休符が長過ぎると、全体のバランスを欠く
休符のあいだの身のこなしなど、視覚的要素:
・無造作にガサっと動いたり、次の部分の準備をサササッと進めると、聴衆は一気に夢から覚めてしまう
・身のこなしも休符における空気感のコントロールにつながっている
譜例(146-150小節)

つぶやくような表現
148小節目からのメロディは:
・つぶやくような4分音符が2回
・それに続いて、息の短い、ため息のような動き
つぶやくような4分音符の表現方法:
・打鍵は、カツンと入れずに、打鍵速度をゆっくり目で押し込むように打鍵する
・余韻も含めて4分音符の長さにするようなイメージで、離鍵(リリース)もゆっくり目を心がける
この「音の入り」と「余韻の消し方」の両方を指先でコントロールするのが、つぶやくようなサウンドを得るポイントです。
離鍵について:
・鍵盤をピッと上げてしまうと音もピッと消えてしまうので、つぶやくようなサウンドにはならない
・ゆっくり上げると、ダンパーも弦にゆっくりとくっつき、その響きを段々と止めることになる
・したがって、離鍵をゆっくりにすると余韻を作ることができる
空気を変えるsubito f :
・154小節目の f はsubitoで表現し、空気をガラッと変える
・146小節からのこのエピソードは、静的な部分と、それをいきなり断ち切る表現が交替することで成り立っている
165小節目の fp の解釈:
・「f で打鍵した後、余韻が p まで減衰したら次の音へ進む」という一種のフェルマータとして見なす解釈がある
・このような時間的な余白の取り方は、音楽に深い呼吸感を与える
・ただし、実際にフェルマータは書かれていないので、やるとしても「少し拍を引き伸ばす」くらいの感覚で十分
フレーズ処理と重み入れ:
・第193-194小節は、スラーから判断し、2拍目のメロディは大きくならないようにおさめる
・3拍目に食ってきてタイでつながっている音には、重みを入れる
譜例(205-210小節)

暗譜と音色のバランス:
・205-210小節のメロディでは、原則「321 23」の運指をワンセットとして弾き進めていく
・ただし、209-210小節では、黒鍵を短い親指で弾くのが手の運用と音色のどちらの観点からも都合良くない
・そこで、この部分に限っては、暗譜の面では少しやりにくくなっても「312 23」などの運指も考慮にいれる
運指の考え方:
・前提:手の運用や音色に大した影響がないのにも関わらず、繰り返しにおける運指を不統一にするのは避ける
・都合の良くないところが出てきてしまう場合は、「そこのみ」別案を検討する
・そのときに、暗譜を優先すべきかその他を優先すべきかを状況を見て判断する
譜例(213-216小節)

ペダリングの工夫
213-216小節では、譜例で示した位置でダンパーペダルを踏むといいでしょう。理由は以下の3点です:
・左手で演奏する和音が、切れずに済むから
・メロディの分散和音を、ペダル効果で和音化しないで済むから
・先取りされるタイ始まりの重要音に、ペダルによる音響の厚みを加えることができるから
ペダリング決定のヒント:
・ペダリングは成立すれば何でもいいというわけではない
・成立するパターンの中から音楽的なことを考慮したうえで決定する
譜例(217-222小節)

半音階とデクレッシェンド:
・217-218小節では分散和音が下行型で奏されるが、219-220小節では半音階が上行型で奏される
・このような対照的な表現がとられていることを意識する
221小節目の p へのアプローチ:
・半音階を見てみると、p のG音へたどり着く前に一瞬の時間をとることができない
・また、スムーズにG音まで流れ込んでいるため、音楽的にsubitoで表現するとギクシャクしてしまう
・そこで、「デクレッシェンドの松葉を解釈として補足する」という案が出てくる
・上行型による半音階というのは消え入る表現と相性がいいので、デクレッシェンドを自然に聴かせることができる
· 221-319小節
譜例(228-248小節)

断片化による心理的緊張:
・譜例の箇所では、音楽の連続性を意図的に断片化することで、聴き手の期待を宙づりにする技法
・完結しない音楽的文章を繰り返すことで、「この後どうなるのか」という心理的緊張を創り出す
分析対象 – 228小節目の「a piacere」から244小節目の「in tempo」まで:
・従来の規則的なテンポから解放された「a piacere(自由に)」の指示のもと、断片的な音楽素材が反復
・各フレーズは完結せず、休符によって分断されることで、聴き手に継続的な期待感を与える
技法的特徴:
・テンポ的自由度 – a piacere指示による時間感覚の変容
・断片化された語法 – 完結しない音楽的文章の反復
・減七和音の多用 – 和声的不安定性による緊張感の維持
・劇的な解決 – 244小節目のin tempoでの緊張解放
演奏上の配慮:
・休符をただの無音として扱わず、緊張感を維持する「音楽的な沈黙」として表現する
・休符時の過度な身体動作は視覚的に緊張感の連続性を損なうため避ける
・「a piacere」の区間全体でひとまとまりとして捉える
楽曲が要求する内容への反応
・242-243小節では感情が表に出てくるため、そっけなくならないように演奏する
ペダリング:
・243小節目では、装飾音をペダルで拾わないように、Es音が鳴ってからペダルを踏み込む
・ペダルを使うことで、4分音符の余韻を美しく切ることができる
ノンストップ演奏:
・244小節目のin tempoから f まではノンストップで
・247-248小節の和音も遅くせずに一気に弾く
・そうすることで、in tempoになった効果が活きる
トリル部分におけるペダリング:
・286小節目のトリル部分ではペダルを踏んでも構わない
・ただし、1/4ペダルにし、混沌としないように注意する
譜例(287-294小節)

運指やペダリングの参考:
・287-294小節の運指やペダリングは、楽譜の書き込みを参考に設定する
同音連打の解決
287小節目と289小節目の左手で弾く4分音符に注目してください。
問題点:
・287小節目では2拍目の表に右手でEs音が鳴らされる
・左手で演奏するEs音を早めに上げておかないと音が鳴らない
・しかし、早く上げてしまうと左手の音が短くなってしまう
・289小節目は、右手は1拍目裏で直前に左手でも鳴らされたC音を発音しないといけない
・テンポが速いことがさらに問題を大きくしている
解決策:
・譜例へ書き込んだように、ダンパーペダルで残してしまう
・あっという間に通り過ぎるので、ペダルの効果で一瞬だけ右手の8分音符が和音化されても問題ない
譜例(299-305小節)

楽曲理解:
・299-300小節の下段に見える付点2分音符はメロディ
・301小節目の上段のAs音は、メロディではなくバス
・それまでメロディだったH音は8分音符の動きに出てくるC音へと解決するが、この動きはメロディではない
・つまり、メロディは301小節目で伴奏へと吸収され、301小節目はメロディ不在
・高音からメロディが戻り、手を交差して低音のバス兼メロディへ移っていく
ペダリングの選択:
・301-303小節はずっと同じ和声
・したがって、「バス音を3小節間ペダルで残す」というやり方も一案
2つのアプローチ:
・バスが3小節間のびているものとして長くペダルを使う方法
・バスは印象として耳に残っているものとして、ペダル自体は1小節ずつ踏み替える方法
提案:
・この作品では、モーツァルトのピアノ音楽としては幅広い音域が使用されている
・手の交差などのテクニックが用いられていることから、交響曲を聴いているような印象も受ける
・したがって、長くペダルを使う方法を推奨
・バス、伴奏、メロディの3要素を多層的に聴かせることができるペダリングだから
曲尾の表現:
・309小節目からは特に急がないようにテンポキープを心がける
・右手で弾く4分音符の音楽的な音処理のために、各小節で1拍目のみペダルを踏むことを推奨(309-317小節)
► 終わりに
この楽曲は、モーツァルトの短調作品特有の緊迫感と深い楽想を持つ傑作です。運指、ペダリング、アーティキュレーション、フレージングなど、あらゆる要素を音楽的に理解し表現することで、この作品の魅力を引き出しましょう。
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