【ピアノ】楽譜の音符を変更してもいい?クラシック演奏での現実的アプローチ
► はじめに
クラシック音楽の演奏において、「楽譜に書かれた音符は変更してはいけない」という考えが一般的です。しかし、この原則を絶対視するあまり、好きな楽曲への挑戦を諦めてしまうのは本当に正しいことでしょうか。
本記事では、ピアノ演奏における音符変更の考え方について、実例を交えながら現実的な視点をお伝えします。
► 基本的視点と、変更可能な例
‣ 音を変えてはいけないのは原則であり絶対ではない
ある一箇所の困難のみのために弾きたい曲を諦めるくらいであれば、その部分だけ音を変更して挑戦しても構わない、と筆者は考えています。ただし、試験やコンクールを受ける方は別です。
再現芸術としての意味合いもあるクラシック音楽では、原則、作曲家が書いた音を変更してはいけないとされています。しかし、これは原則であり絶対ではありません。
当然ながら、「少し弾きにくいから音を変えるのではなく、どうしても無理なところのみを変える」というのは徹底してください。
【変更が許容される具体例】
身体的制約による場合
例えば、ある特定の手の開き方をしたときだけ人差し指の付け根の神経に響く、という方がいます。このように身体的制約がある場合は、運指を工夫しても無理なところで多少音を変更しても構わないでしょう。
手の大きさによる制約
手の大きさ的にある一部分のみが弾けないのであれば、そこのみを変更すれば作品自体への挑戦を諦めずに済みます。演奏する人のカラーは、レパートリーの選び方も含めてのこと。「選曲の自由」があることは前提としながらも、好きな作品を諦めなくて済む方法を考えるのは悪いことではありません。
バロック時代の装飾音
バロック時代の装飾音では、楽譜に書かれた装飾音を省略することも、楽譜に指定のない箇所に装飾音を追加することも可能です。演奏家の裁量と音楽的判断が尊重されていたのです。この時代の慣習を理解することで、現代の音符変更についても柔軟な視点が得られます。
参考記事:【ピアノ】バロック期における装飾音は創作的視点で取り入れる
‣ ピアニストによる、楽譜に書かれていないオクターブバスの追加例
この項目では、ピアニストによる実際の楽譜変更例を紹介します。
書かれているよりももっと深く響くバスの響きが欲しいときにオクターブ下のバスを追加する例は、割と見受けられます。
· ショパン「バラード 第2番」での追加例
クリスチャン・ツィメルマンは、ショパン「バラード 第2番 Op.38」の演奏で、下方にオクターブバスを追加して録音しています。
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、69-71小節)
( )で示した音が追加された音です。ここは前半部分のヤマであり、バスをしっかりと響かせたかったのでしょう。
興味深いことに、作曲当時の楽器の音域が足りなくて書かなかったわけではありません。この作品が作曲された当時、ショパンが使用していたピアノでも、譜例の( )で示した低いFes音は出すことができたとされています。
この解釈は作曲家の意図を無視したことになるのかと言えば、奏者の解釈として許される範囲だと考えます。音楽の内容を大きく変えたというよりは、ショパンが書いたエネルギーの方向性を強めたに過ぎないからです。
· シューマン「謝肉祭 1.前口上」での追加例
「ピアノペダルの使い方」 著:笈田光吉 / 音楽之友社
という書籍にもヒントがあります。
シューマン「謝肉祭 1.前口上」
譜例(PD作品、Finaleで作成、106-109小節)
この例について、同書では以下のように述べています:
この例で知らなければならないことは、バスのesの音をできるだけ強く最上の効果を欲するならば、左手の下に音をつけてオクターヴとし、右手は左手の上のオクターヴの音を一つ、合計両手で三つのes音を弾くのがよいということである。
一般にバスの音すなわち根音、あるいは和音が強ければ強い程、その上に、ペダルを踏み代えずに、沢山の音を弾くことができる。
(抜粋終わり)
譜例の( )で示した2つが、追加してもよいと解説されている音です。非常に太く深い音がするので、弾いている楽曲において求める表現に必要だと思ったら、上記譜例のように追加してみるのもアリでしょう。
ただし、無闇に変更してしまうのではなく「こういう意図で変更した」としっかりと言葉にできるくらいの理由とともに変更してください。
・ピアノペダルの使い方 著:笈田光吉 / 音楽之友社
► 変更時の指針とマナー
技術的問題で変更を考えたい場合
・両手分担の可能性も含め、運指のあらゆる可能性を十分に試す
・練習方法を変えてみる
・力のある知人か専門家に相談する
これらを試したうえで、それでも物理的・身体的に不可能な場合に限り、変更を検討しましょう。
音楽的表現を考慮して変更を考えたい場合
上記ショパンやシューマンの例のように、音楽的表現を考慮して変更する場合も、「こういう意図で変更した」としっかりと言葉にできるくらいの理由を持つようにしましょう。
作曲時のミスか出版時のミスだと思う箇所がある場合
このような場合、実際は、以下の3パターンのいずれかによるでしょう:
① 作曲家や編曲家が、はじめの段階から書き間違えている
② 出版されたときに誤植されている
③ 自分の勘違い
例えば、バッハ=ブゾーニ「シャコンヌ」という作品は、作曲時(この作品の場合は編曲時)の明らかな抜けの多さで知られていて、それらが何箇所も指摘されてします。また、作曲家自身による手書きに関する楽譜(スケッチ、手稿譜、自筆譜など)の書かれた内容の解読が困難で、古くから間違って伝えられてきているものもあります。
そういったものは大抵、少し調べるだけでも情報が出てきてくれます。
いずれにしても、勝手に変更してしまう前に必ず複数の版を比較するようにしましょう。
変更する際の心構え:
・作品の本質を損なわないよう、最小限の変更に留める
・明確な理由を持つ
・変更箇所を記録しておく
変更すべきでない場合:
・少し難しいだけで諦める
・作品の性格を大きく変えてしまう変更
・試験やコンクールでの演奏(音ではなく、楽曲自体の変更を検討する)
・他の演奏者とのアンサンブル作品
► 終わりに
楽譜の尊重は基本ですが、それが音楽への挑戦を阻む壁になってしまっては本末転倒です。特に個人の学習や楽しみのための演奏においては、適切な判断のもとでの音符変更は決して悪いことではありません。
大切なのは、変更する理由を明確にし、作品への敬意を忘れずに、最小限の変更で最大限の効果を得ることです。
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