【ピアノ】グレン・グールド映画5作品完全比較ガイド
► はじめに
伝説的なピアニスト、グレン・グールドを題材にした映画作品は複数存在しますが、それぞれに異なる特徴と魅力があります。本記事では、5つの主要作品を徹底的に比較し、お気に入りの一本を見つけるヒントを提供します。
► 作品の基本分類
主要5作品を大きく2つのカテゴリーに分けることができます:
ドキュメンタリー作品(4作)
・「グレン・グールド ロシアの旅」
・「グレン・グールド 27歳の記憶」
・「グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独」
・「グレン・グールド エクスタシス」
劇映画(1作)
・「グレン・グールドをめぐる32章」
「グレン・グールドをめぐる32章」は、歴史的事実に基づいたセミドキュメンタリー的な劇映画として製作されており、実際のグールド本人は登場しません。この点が他の4作品との最大の違いです。
► 5作品比較表
| 作品名 | 公開年 | 形式 | 上映時間 | 扱う時期 | 特徴 | おすすめの方 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独 | 2009年(カナダ) | ドキュメンタリー | 108分 | 全生涯 | 最も網羅的で情報量が多い。未公開映像・資料が豊富。特典映像22分付き | 初めてグールドを知る方、全体像を把握したい方 |
| グレン・グールド 27歳の記憶 | 1959年(カナダ) | ドキュメンタリー | 58分 | 1959年(27歳時)のみ | 一時期を深く掘り下げる。二部構成。長回しの演奏シーン。音楽哲学の核心に迫る | 音楽的側面を深く知りたい方、演奏をじっくり見たい方 |
| グレン・グールド ロシアの旅 | 2002年(カナダ) | ドキュメンタリー | 57分 | 1957年ソ連訪問時と、その前後 | 政治・歴史ドキュメントの色が強い。冷戦期の音楽外交。グールド本人の出番は少なめ | 歴史的・政治的文脈に興味がある方 |
| グレン・グールド エクスタシス | 1995年(カナダ) | ドキュメンタリー | 65分 | 全生涯 | 多角的な証言が豊富。様々な立場の人々のインタビュー | 多様な視点から人物像を知りたい方 |
| グレン・グールドをめぐる32章 | 1993年(カナダ) | 劇映画(セミドキュメンタリー) | 93分 | 全生涯 | ゴールドベルク変奏曲の構造(32章)で構成。実験的・芸術的。本人は登場しない | 芸術作品として楽しみたい方、グールドをある程度知っている方 |
► 扱う時期と範囲による比較
‣ 最も狭い範囲を扱う作品
「グレン・グールド 27歳の記憶」(58分)が最も限定的な時期を扱っています。1959年、グールドが27歳という一時期に焦点を絞り、二部構成で彼の私的な側面とレコーディングの様子を濃密に描き出しています。コンサートでの演奏シーンは一切なく、自宅でのリハーサル、ピアノ選び、そしてスタジオ録音という「Off the Records/On the Records」の世界に徹底的に迫った作品です。
‣ 特定のイベントに特化した作品
「グレン・グールド ロシアの旅」(57分)は、1957年5月、24歳のグールドがソ連を訪問した際の記録を軸に構成されています。この作品の最大の特徴は、グールド本人の出番が意外と少なく、彼を軸にした東西冷戦という政治・歴史ドキュメントとしての側面が強いことです。アシュケナージやゴルノスタエヴァといった地域性に関連する著名な音楽家たちの証言が収録されており、冷戦期の文化史に興味がある方にも適しています。
‣ 生涯全般を扱う作品
残りの3作品は、グールドの生涯全般を扱っています。
「グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独」(108分)は、最も長い上映時間を活かし、極めて充実した内容となっています。前半51分までがコンサート活動を引退するまでの時期、後半がそれ以降のスタジオ録音やラジオ制作に専念した時期を描いており、デビュー前の時期にも20分程度を分配。公開当時まで公にされてこなかったプライベート映像や資料が豊富で、22分間の特典映像も含め、網羅性と情報量では群を抜いています。
「グレン・グールド エクスタシス」(65分)も生涯全般を扱っていますが、コンパクトな時間の中で多角的な証言を集めることに重点を置いています。演奏家、作曲家、批評家、マネージャー、秘書、編集者など、様々な立場の人々による証言が収録されており、一人の芸術家の複雑な人物像が立体的に浮かび上がる構成です。
「グレン・グールドをめぐる32章」(93分)は、劇映画という形式を取りながら、J.S.バッハの「ゴールドベルク変奏曲」の構造(アリア+30の変奏+再現アリア=32)を映画全体の骨格に採用した実験的な作品です。32の独立した断章で構成され、グールドの演奏を大胆にBGMとして使用しながら、様々な場面と関係者へのインタビューを織り交ぜています。
► 特徴的な内容による比較
‣ 政治色が強い作品
「グレン・グールド ロシアの旅」は、音楽だけでなく冷戦期の音楽外交という側面から描かれており、グールドが冷戦の緩和について語るシーンも含まれています。1957年当時の映像(周辺の年代も含む)と2002年の公開時に撮影された証言者たちの映像が組み合わされ、時間を超えたドキュメントとなっています。
‣ 音楽的洞察が深い作品
「グレン・グールド 27歳の記憶」と「グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独」は、音楽的な側面を深く掘り下げています。
前者では、グールドが「田舎にいると、音楽との関わり方が変わってくる」と語るシーンが印象的で、後年のスタジオ録音への専念という選択の萌芽が見て取れます。後者では、モーツァルトのピアノソナタを弾きながらグールド自身が解説を行う映像があり、彼の明確な音楽的意図を理解できます。
‣ 人間性に迫る作品
「グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独」は、60年代以降の恋愛事情についても当事者たちが証言しており、天才ピアニストではなく一人の人間としてのグールドを理解できます。義理深さ、温かさ、そして孤独といった多面的な人間性が描かれています。
「グレン・グールド エクスタシス」では、グールドに親友がいたことが実名とともに明かされるなど、孤独を好む人物として知られる彼の別の側面を知ることができます。
‣ 芸術的実験性が高い作品
「グレン・グールドをめぐる32章」は、映画そのものが一つの芸術作品として成立しています。グールドの演奏を独立したBGMとして使う手法、映像の雰囲気に寄り添う音楽選択、ピアノ演奏が主役のエピソード、そして音楽を排した静寂のエピソードという4つのアプローチで音楽が使用されており、映画全体が一つの大きな音楽作品のように響き合っています。
► 最初の1本の選び方、2本目以降の選び方
‣ 初めて見る方へのおすすめ
グールドが気になっていて、とりあえず真っ先に何か一つ見てみたいのであれば、「グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独」がおすすめです。108分という上映時間を活かし、デビュー前から晩年まで網羅的に描かれており、貴重な未公開映像や関係者の証言も豊富です。この一本でグールドという人物の全体像を把握できることでしょう。
ただし、関係者の人選や証言内容は映像作品ごとに異なるため、他の作品とあわせて鑑賞することで、より多角的にグールドの人物像を理解することができます。
‣ 2本目以降の選び方
音楽的な側面をより深く知りたい方
「グレン・グールド 27歳の記憶」をおすすめします。一つの時期を深く掘り下げることで、グールドの音楽哲学の核心に迫っています。長回しの演奏シーンや率直なインタビューを通じて、彼が音楽とどう向き合っていたのかを体感しましょう。
歴史的・政治的文脈を知りたい方
「グレン・グールド ロシアの旅」が最適です。冷戦期の音楽外交という貴重な記録として、音楽が持つ政治的・文化的意味を考えさせられる知的刺激に満ちた作品です。
多角的な視点を得たい方
「グレン・グールド エクスタシス」は、様々な立場の人々の証言を通じて、グールドの複雑な人物像を立体的に浮かび上がらせます。コンパクトながら、他の作品では語られないエピソードも含まれています。
芸術作品として楽しみたい方
「グレン・グールドをめぐる32章」は、ドキュメンタリーとは異なるアプローチで、映画そのものが一つの芸術的表現となっています。グールドの音楽を深く知っている方ほど、この作品の構造的な美しさを味わえるでしょう。
► 終わりに
5作品それぞれに独自の価値があり、グールドという謎めいたピアニストの異なる側面を照らし出しています。まずは「グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独」で全体像を掴み、その後は自分の興味に応じて他の作品を選ぶことで、グールドという人物をより深く、多角的に理解できるでしょう。
すべての作品に共通しているのは、グールドが単なる変わり者ではなく、明確な音楽的・哲学的信念を持った真摯な芸術家であったという事実です。これらの映画を通じて、20世紀の音楽史に不滅の足跡を残した一人の音楽家の軌跡を、ぜひ体験してください。
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