【ピアノ】「Piano Music for One Hand」(テオドール・エーデル 著)レビュー:片手ピアノ音楽の歴史と作品カタログ
► はじめに
※本書は英語で書かれている洋書です。
片手のためのピアノ音楽について調べていくと、Theodore Edel 著「Piano Music for One Hand」という書籍の名前を一度は目にすることでしょう。片手音楽を学ぶうえで欠かせない歴史などの情報や作品リストが一冊にまとまっています。
この本の構成や内容について紹介します。
・出版社:Indiana University Press(インディアナ大学出版局)
・初版:1994年
・ページ数:121ページ
・対象レベル:初級~上級者(片手音楽に興味のあるすべての学習者・指導者)
インディアナ大学出版局は、アメリカのインディアナ州ブルーミントンとインディアナポリスに拠点を置く、学術出版で知られる出版局です。
Piano Music for One Hand 著:Theodore Edel / Indiana University Press
► 内容について
‣ 対象となるレベル
片手音楽というジャンルの性質上、初心者向けの作品はそれほど多く取り上げられていません。一方で、歴史を扱った「第一部:導入(Part One:Introduction)」の部分など、演奏レベルにかかわらず読み進めることができる部分も多くあります。
‣ 大きく二部に分かれた構成
「第一部:導入(Part One:Introduction)」では、片手のためのピアノ音楽の歴史的背景に加え、ドレイショク、フマガリ、ジチ、ヴィトゲンシュタインといったキーパーソンについての解説が収められています。通常の楽曲事典的な参考書では、楽曲カタログが中心となっているものが大半です。一方本書では、この第一部が30ページを超えるボリュームであることが大きな特徴と言えるでしょう。
「第二部:カタログ(Part Two: Catalogue)」では、左手のみのための独奏曲、右手のみのための独奏曲、片手とオーケストラのための作品、室内楽という4つのカテゴリーに分けて、作品が紹介されています。
‣「前書き(PREFACE)」に書かれている内容
著者のエーデル自身、これまでに二度、思いがけない手のけがを経験したことを明かしています。ある夜、木の枝の山に足を取られて右手首を強くひねってしまい、1か月間ほとんど手が使えなくなってしまったとのこと。さらに数年後、生まれて初めて受けたテニスのレッスン中、ロングショットを追って走った際に転倒し、同じ右手首の舟状骨を骨折、6週間のギプス生活を送ることになったというエピソードも紹介されています。
こうした経験を踏まえて著者は、思いがけない手のけがは誰にでも起こり得るものであり、そうしたときにこそ、片手で演奏できる音楽の豊かなレパートリーの存在を知っておくことには大きな意味がある、と述べています。シンプルな音楽から、目もくらむような超絶技巧の作品まで、ジャンルや時代を問わず幅広いスタイルの作品が存在している点も強調されていました。
‣ 第一部:導入(Part One:Introduction)
「文献の概観(Survey of the Literature)」の章について
「文献の概観(Survey of the Literature)」と題された章では、片手のためのピアノ音楽がどのような歴史的経緯の中で生まれ、発展してきたのかが概説されています。
右手のみで演奏する楽曲よりも左手のみで演奏する楽曲のほうが多い理由や、手の故障が片手音楽との出会いのきっかけになりやすいという事情にも触れられているほか、作曲や編曲における視点について「ブラームスがクララ・シューマンに宛てた手紙」を引用しながら紹介している点も読みごたえがありました。
例えば、ゴドフスキーが編曲した「ショパンのエチュードによる練習曲」のうち、左手独奏のために書かれた全22曲が、どのような背景から生まれたのかについても触れられています。
バルトークやスクリャービンといった、左手のための作品を残した著名な作曲家たちが、それぞれどのような状況でその作品を手がけたのかについても解説があります。
第一部で取り上げられているキーパーソン
第一部では、片手音楽の歴史を語るうえで欠かせない人物として、以下の4名がそれぞれ4〜5ページにわたって紹介されています。
・Alexander Dreyschock (アレクサンダー・ドレイショク)
・Adolfo Fumagalli (アドルフォ・フマガリ)
・Geza Zichy (ゲザ・ジチ / ジチ・ゲーザ)
・Paul Wittgenstein (パウル・ヴィトゲンシュタイン)
‣ 第二部:カタログ(Part Two:Catalogue)
第二部の「カタログ」の特徴
第二部のカタログでは、各作品についての特徴や出版情報といった客観的なデータが整理されています。作品によって情報量にバラツキはありますが、部分的に著者自身の評価も併記されているのが特徴です。
著者は、自分が知り得た片手用の資料はすべてリストに含めることを優先し、それぞれの音楽的な良し悪しを判断するのは読者一人ひとりに委ねたい、という姿勢をとっているとのことでした。
編曲やトランスクリプションについては、原曲の作曲家ではなく編曲者の名前のもとに分類されているのもポイントと言えるでしょう(例:「ショパンのエチュードによる練習曲」は、ショパンではなく、ゴドフスキの項目として扱われている など)。一方で、左手のパートだけが難しいタイプの「両手のための音楽」については、本書のリストからは除外されています。
なお、当然のことですが、出版年以降の最新作品については記載されていません。
► こんな方におすすめ
・インターネット上の情報ではなく、書籍としてまとまった正式な資料をもとに左手作品を探したい方
・楽曲そのものだけでなく、片手音楽の歴史的な背景やキーパーソンについても知りたい方
・左手のための作品だけでなく、情報が少ない右手のための作品についても知りたい方
・ピアノ指導者として、将来的に手の故障や障がいを持つ生徒を指導する可能性がある方
なお、本書は英語で書かれた洋書なので、その点は事前に承知しておいてください。
► 終わりに
左手作品の個別の楽曲解説に特化した文献はいくつか存在しますが、本書の魅力は、それだけに留まらず、片手音楽というジャンル全体の歴史や周辺知識をまとめて学べるところにあります。個々の楽曲解説以上に、第一部で語られている歴史的な背景こそが、本書の大きな価値なのかもしれません。
左手作品に取り組み始めたころ、その分野に詳しい女性ピアニストの方から「とにかく数多くの左手作品を実際に弾いてみて、自分に合う作品を探すことが大切」というアドバイスをいただいたことがあります。楽譜が手に入りやすい曲もあれば、なかなか見つからない曲もありますが、こうした文献をきっかけに、新しい作品との出会いのきっかけにしていただければと思います。
Piano Music for One Hand 著:Theodore Edel / Indiana University Press
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