【ピアノ】モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 全楽章」演奏完全ガイド

スポンサーリンク
スポンサーリンク

【ピアノ】モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 全楽章」演奏完全ガイド

► はじめに

 

曲の背景

この作品は1789年2月に完成しました。興味深いことに、モーツァルトは同じ変ロ長調で別のソナタ(K.569a)を書き始めていましたが、第1楽章をわずか19小節まで進めたところで筆を置き、新たに本作に取り組んでいます。気に入らない楽想が続かないと判断すれば躊躇なく放棄し、改めて作曲に臨むというモーツァルト特有の創作姿勢が見て取れます。

現在、この曲はピアノ独奏曲としてだけでなく、ヴァイオリン・ソナタとしても出版されています。しかし、カール・フレッシュとアルトゥール・シュナーベルが校訂したペータース版の注釈によれば、「本来はピアノ独奏用に書かれたもので、ヴァイオリン・パートは筆跡も異なり作曲者も不明」と記されています。ケッヘルも「ヴァイオリン・パートを誰が追加したかは不明だが、モーツァルト本人ではないだろう」と述べており、後世の誰かによって書き加えられた可能性が高いとされています。

(参考文献:ピアノ音楽事典 作品篇 / 全音楽譜出版社

 

演奏難易度と推奨レベル

この楽曲は「ツェルニー40番入門程度」から挑戦できます。

 

本記事の使い方

この楽曲を、演奏のポイントとともに解説していきます。パブリックドメインの楽曲なので譜例も作成して掲載していますが、最小限なので、ご自身の楽譜を用意して読み進めてください。

各セクションごとに具体的な音楽的解釈を示していますので、練習の際に該当箇所を参照しながら進めることをおすすめします。

 

► 演奏のヒント

‣ 第1楽章

· 提示部 第1主題:1-40小節

 

譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、曲頭)

モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第1楽章」の楽譜。曲の冒頭部分が示されている。

1-3小節

オクターブユニゾンで始まる冒頭部分:

・手首の上下動を最小限に抑え、鍵盤のすぐ近くから打鍵することで、落ち着いた響きが得られる
・手首で上げ下げすると音が浮いてしまうので注意する

 

4小節目

フレージングの区切り:

・右手4小節目では、3拍目から新しいフレーズが始まる
・前の音とつなげず、明確に区切ることが重要

 

5-6小節

刺繍音の理論的理解:

・左手の和音でEs音が保持される一方、右手にE音(ナチュラル)が現れ半音でぶつかる
・これは刺繍音として機能しており、すぐにF音へ解決するため問題ない

 

7小節目

7小節目のB音上のスタッカート:

・この作品の冒頭で、7小節目のメロディB音に突然スタッカートが出現
・記号が現れたとき、「はい、スタッカートで切って弾けばいいですね」ではなく
・「なぜ、スタッカートがついたのだろう」と考えるようにする

ここでの意味:

・スタッカートが付いたB音までが前の素材
・小音符C音から新たに素材が始まる
・スタッカートは「素材の切れ目・連結の仕方」を示す目印

練習方法:

・単に音を短く切るだけでなく、「素材の区切り」として意識する
・譜読みの段階では、切れ目であえて多めに時間をとって、構造を理解しておく

 

8-11小節

モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第1楽章」8-11小節の楽譜。

・レッド音符で示した「小節のつなぎ目」かつ「折り返し地点」を歌う
・11小節目のスタッカートがない8分音符は、余韻も含めて8分音符分の長さになるよう、丁寧に離鍵する

 

12-16小節

譜例(12-16小節)

モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第1楽章」の楽譜。12小節目から16小節目が示されており、臨時記号による音色の変化について解説している。

リズムと休符(カギマークで示した箇所):

・臨時記号がつくことで、B-durの音階にはない音(Cis音)が出てきている
・ふと色気が出るのを感じ取る
・その色を出し方は、簡潔に言うと、大きく弾かないこと

 

12-14小節

・12小節冒頭は4分音符(前小節の8分音符と区別)
・付点8分休符をしっかり取ることで前後の音符のリズムが明確になる
・スラーの区切りを守る
・左手4分音符も余韻込みで正確な長さを保つ
・13-16小節のメロディに潜む「G-F-Es-D」という順次進行のラインを意識して、バランスを整える

 

16小節目

フレーズの終わり

・Cis音に重みを入れ、D音はフレーズの終わりとしておさめる

 

21-22小節

譜例(19-23小節)

モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第1楽章」の楽譜。19小節目から23小節目が示されており、楽曲中の些細な音型が持つ意味について解説している。

f の扱い(カギマークで示した箇所):

・それまでの雰囲気を断ち切る、この2小節の意味を考える
・「次のEs-durを導くための挿入」という程度の役割で、それほど大きな意味があるとは言えない
・しかし、この部分が後々の素材のもとになっていることには注目すべき

f でも叩かず、鍵盤の近くから押し込むように打鍵する
・モーツァルトの作風に合った音色を探求する

 

23-26小節

23小節目からは「推移主題」です。

23小節目のターン:

・23小節目のメロディには記号ではなく書き譜のターンが出てくる
・このターンが重くならないように
・あくまでも次のC音へ跳躍するための助走であるという認識を持つ

23小節目からの伴奏

・左手では付点2分音符のバス音のみ深く、8分音符の動きは静かに演奏する

24-25小節の同音連打の処理:

・メロディで4回続くB音の連打では、すべて同じ音質にすると平坦になる
・様々な強弱の付け方が可能だが、少なくとも8分音符のB音は小さく弾く

 

31小節目

跳躍への反応:

・旋律の大きな跳躍にはカンタービレで応える
・25小節目、29小節目、33小節目との違いを意識する

 

35-36小節

細かいパッセージとメロディックな左手:

・パッセージ内に隠れたメロディライン内声を主役として浮き立たせる
・左手の4分音符の動きはメロディックではあるが、控えめにバランスを取る

 

39-41小節

対比の演出:

・39-40小節は rit. せずノンストップで演奏することで、41小節からの p がより際立つ
・表現の効果は相対的なものなので、このようなことにも気を配る

 

· 提示部 第2主題:41-79小節

 

41-45小節

41小節目からは、「提示部 第2主題」です。第1主題の冒頭で出てきた素材と、別の素材が対位法的に組み合わされて始まります。

声部のバランス:

・左手にテーマが移行する
・43小節目からの右手の動きは、十分にメロディックだが、左手よりは目立たないように

45小節目のトリル:

・上の音から入れる
・これはレオポルド・モーツァルトの教えに基づくもの
・古典派のトリルは、自分で奏法譜を作成し、毎回同じ弾き方で練習することが本番での安定につながる

 

49-54小節

・49小節からの左手は、各拍頭に軸を置き、裏拍は軽く弾く
・49-54小節まで、メロディは似たことを繰り返すが、それぞれの表情の違いを考える

 

57-65小節

譜例(57-62小節)

モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第1楽章」57-62小節の楽譜。

・57小節からは両手とも同等の存在感で演奏する解釈が一般的
・運指の工夫が必要(運指例は譜例参照)

 

63-64小節

・63小節目の長い音価にはテヌートの感覚で深く打鍵し、64小節目へ自然に受け渡す
・両手のハーモニーのバランスに注意を払う
・63小節目と64小節目は両手のリズムが逆になることに注目

 

68小節目

長いトリル

・トリルの入りに軽いアクセントを置き、その後は軽く演奏すると効果的

 

69-73小節

モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第1楽章」69-72小節の楽譜。

69小節目からは、提示部の「コデッタ」です。

70-72小節の隠れた声部:

・カラーで示したように、左手が2声構造になっている
・バスラインと内声を区別し、多声的なイメージを持って演奏する
・74-76小節も同様

 

74小節目

裏拍の処理:

・分散オクターヴは、親指に軸を置き、裏拍の音を控えめにする
・そうすることで、エコー効果が生まれ、立体的な演奏になる

 

77-80小節

リズムの安定

・ここでの両手で作るリズムでは、左手のタイミングが正確であれば右手も安定する
・様々な音価を正確に表現することで音楽が引き締まる

 

譜例(78-81小節)

モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第1楽章」78-81小節の楽譜。セクションの変わり目におけるテンポの取り方についてのヒントが示されている。

素材の活用;

・79-80小節に出てくる音型は、21-22小節で見られた音型をひっくり返したもの
・2つに分割して、蝶番(ちょうつがい)のように提示部と展開部のつなぎとして活用している
・「ささいな音型にも、大抵関連性が隠されている」ということを踏まえて譜読みをする

 

・80小節目からは「展開部」なので、79小節目と80小節目の間にセクションの変わり目がある
・79小節目まで弾いたら、1回目は曲頭へ戻る

ここはセクションの変わり目なので時間をとってしまいがちですが、もう少し丁寧に考えてみます。

80小節目は何のためにあるのか:

・81小節目以降をDes-durへ導くためにドミナントを用意しているに過ぎない「付け足し」
・音楽的にはそれ以上の意味合いはない

演奏方法:

・79小節目と同型反復しているので、セクションの変わり目だからといってここで時間を使わない
・80小節目の終わりまではノンストップで弾いてしまう
・もし時間を使うのであれば、81小節目に入るVマークを補足したところで使う
・このようにしたほうが、楽曲の成り立ちの面から言えば音楽的
・同型反復のあいだに変な「間(ま)」が入らず、f から p になる対比効果も際立つから

 

· 展開部:80-132小節

 

101-104小節

調性の変化:

・第2主題が出てくる、c-mollへの転調部分
・101-103小節はドミナント(V)のみで明るい響きですが、104小節目で短調の響きが確定する
・この明暗の変化を理解して演奏する

 

125-129小節

譜例(125-128小節

モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第1楽章」の楽譜。125小節目から128小節までが記されており、強拍にフレーズ終わりの音がくる場合の「ため息」音型の例として使用されている。

ため息の音型:

・両手とも主役として扱う
・通常であれば、強拍には重みが入る
・しかし、ここでのように強拍にフレーズ終わりの音がくる場合は例外
・補足したように、デクレッシェンドして「ため息」のように表現

 

· 再現部:133小節

 

再現部は提示部の解説を参考にしてください。

 

‣ 第2楽章

· 1-12小節

 

3-4小節

3小節目のスタッカートは、以下の2通りのいずれかで演奏しましょう:

・「切る」というより「軽い表現」と捉え、つなげて演奏する
・本当に音を切るが、短過ぎずに置いていくようなタッチで弾く

4小節目の32分音符

・不意に出る細かい動きなので、さりげなく軽く演奏する

 

5-8小節

譜例(5-8小節

モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第2楽章」5-8小節の楽譜。

内声の2声構造:

・声部分けされていないが、左手がずっと2声になっている
・各声部の音がバランス良く聴こえるようコントロールする

5-6小節の左手の4分休符

・しっかり取ることで、4拍目の右手ソロが際立つ

8小節目の内声:

・ブルー音符で示した内声ライン(G-F-Es-D)を見抜く
・バランスを配慮し、一つだけ大きく飛び出ないように注意する

7-8小節の休符の活用:

・7小節目の左手8分音符は余韻込みで8分音符の長さになるように
・手だけでやらずに短いペダルを用いると、余韻の処理が自然になる

 

· 13-27小節

 

13-16小節

13小節目からは「第1エピソード」です。

譜例(13小節目)

モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第2楽章」の譜例。13小節目。同音連打を同じ指で弾く運指が示され、音色をそろえやすいことが説明されている。

同音連打における運指:

・上側の運指は指を変えるやり方
・下側の運指は変えないやり方
ここでは、下側のように指を変えないほうがおすすめ
連打の速度が「ゆっくり〜中庸程度」の場合は、同じ指を使ったほうが音色をそろえやすい

その他:

13小節目からは特に、テンポが速くならないよう注意する
13小節目のペダリングは、ハーフペダルで十分
14小節3-4拍の左手はメロディックなのでカンタービレに
15小節目の左手の刻みは鍵盤近くから打鍵する
様々な音価を明確に弾き分け、音価と休符の関係を意識する

 

17-20小節

表情づけ:

右手の音型に沿った強弱をつける
左手はバスラインのみ深く、連打は柔らかく、バス音同士の横つながりのバランスを取る
音楽が縦割りになりやすい箇所なので、横に流す意識を持って演奏する
19小節目の同型反復では、頂点音(D-C)のバランスを取る
後半が大きくならないよう注意する
20小節3-4拍の左手は、右手を支える「合いの手」として、さりげなくカンタービレに演奏する

 

23-24小節

譜例(23-24小節)

モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第2楽章」23-24小節の譜例。

音の解決:

23小節目のH音は、C音へ解決する音
C音はH音とD音の両方とつながりがあるため、上下からのクロマティックなアプローチを意識する
両者とのダイナミクスのバランスを取る
3-4拍目も同様

2番括弧24小節3拍目から:

右手が主役、左手の追っかけは控えめにする
・このようなトリル的な行って帰ってくる動きは重くなりがちなので注意する

 

27小節目

拍感の維持

1-2拍目はデクレッシェンドしてフレーズ終わりを表現する
3拍目頭は両手とも休符でダウンビートがないため、体内でザッツを取って拍感を保つ

 

· 32-43小節

 

32小節目以降

32小節目からは「第2エピソード」です。13小節目からの「第1エピソード」とは異なる色を持っているので、エピソード同士の差を感じて演奏しましょう。

キャラクター変化:

・子守唄のように淡々と演奏する
・場面ごとのキャラクターに差をつけることが重要

 

40小節目以降

・40小節目からは「ブリッジ(連結句)」
・40小節目は、1拍ごとにため息のようにデクレッシェンドする表情をつける

・41小節からも右手が主役、左手は控えめに
・両手の受け渡しをスムーズに1本の線のように演奏するため、更にゆっくりしたテンポで練習する

 

· 44-55小節

 

53-54小節

譜例(52-55小節)

モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第2楽章」53小節目3拍目からエンディングが開始する楽譜例

動機の再利用:

・53小節1-2拍目は、39小節1-2拍目の素材を再利用している
・音楽的な統一感を保ちながらエンディングへの移行を図っている

53小節3-4拍目から出てくるB音の3連打:

・すべて同じ音質にせず、デクレッシェンドしておさめる
・3つ目のB音にはスタッカートがないことに注意する

最終小節の2分音符の音価:

最後の長い音価が半分の長さになってしまっても気づかずにいるケースが多い
・この楽曲は4/4拍子だが、譜読みの段階では16分音符の刻みをカウントとして勘定する
・つまり、2分音符であれば16分音符8つ分の長さだが、4つで先へ進んでしまうような間違いが散見される
・テンポがゆるやかだと1拍が長いので、こういった勘定間違いが起きやすい

コーダの位置:

この楽曲では、53小節目の3拍目(矢印部分)からエンディングが始まる
一般的には小節頭からセクションが変化することが多いため、注意深く観察する必要がある
48小節目からをコーダ(終結部)とする解釈も妥当
演奏者の解釈によって表現方法が変わる興味深い例でもある

 

‣ 第3楽章

· 全体構造

 

A(1-22小節)
├─ a(1-8小節)
├─ b(9-14小節)
└─ a(15-22小節)

B(23-42小節)
├─ a(23-30小節)
├─ b(31-34小節)
└─ a(35-42小節)

ブリッジ(連結句):43-44小節

C(45-56小節)
├─ a(45-48小節)
├─ b(49-52小節)
└─ a(53-56小節)

ブリッジ(連結句):57-62小節

A(63-70小節)
├─ a(63-70小節)

D(71-84小節)

コーダ:85-89小節

 

コーダの解釈:

85-89小節のみをコーダとする
71-89小節を「コーダ」と捉える:楽章の規模からするとやや長めのコーダ

 

9小節目からの第1中間楽節(Aのb)は、後ほどの反復箇所では省略されています。

 

· A(1-22小節)

 

譜例(1-4小節)

モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第3楽章」1-4小節の譜例。

1-4小節

まず、2/2拍子であることに注意し、4/4のように拍を捉えない注意が必要です。

テンポの確立:

アウフタクトのB音の出し方でテンポの基準が決まる
どのようなテンポで進めるか明確にイメージしてから弾き始める

スタッカートの有無の判別:

1小節1拍目にスタッカートはない
響きを作って置くように打鍵し、以降のスタッカート部分と弾き分ける

左手の2声構造:

曲頭からの左手パートは、F音の保続音(1つの声部)とバスラインの動き(もう1つの声部)を区別する
バスの動きをやや多めに、保続音は静かに演奏すると、多声的に聴こえて立体的になる

その他:

3小節目のシンコペーションでは、4分音符にやや重みを入れて構造を明確にする
・1-4小節で小楽節がひと段落するが、4小節目で変にテンポをゆるめず先へ行く

 

毎日の譜読みを捗らせるヒント

譜例(9-12小節)

モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第3楽章」譜例。9〜12小節。ページをめくった直後の音に運指を書き込む例。

この譜例では9小節目から表示していますが、練習上の重要なテクニックを紹介します。

重要:新しいページの冒頭に来る音符には、必ず運指番号を記入しておく

なぜこれが重要なのでしょうか:

・例えば、◯印の音を前のページの小節から続けて弾く場合は「4」の指が自然
・ところが、この箇所から単独で練習を始めると、無意識のうちに「3」の指で弾いてしまいがち
・これでは本来の運指と異なる形で身体が覚えてしまい、通して演奏する際に混乱の原因となる
・ページをめくった直後の音は、このような落とし穴があることを認識しておく

対策:

・明らかな運指であっても、ページ冒頭の音符には運指を明記する習慣をつける
・この小さな工夫が、効率的な譜読みと確実な暗譜につながる

 

10-13小節

・10小節目の32分音符は軽く、さりげなく通り過ぎる
・12-13小節の左手は、2分音符に重みを入れて4分音符で開放するニュアンスをつける
・右手もこれに沿ったニュアンスをつける

 

14-15小節

セクション移行:

・rit. せずノンストップで15小節に入ることで、音価の対比が際立つ
・テンポ自体は変わらないよう注意する

 

· B(23-42小節)

 

23-33小節

maestoso の雰囲気:

・23小節からは音楽を変え、堂々とした雰囲気で演奏する
・シンコペーションの処理は、3小節目と同様に
・左手はバスと伴奏を区別し、バス以外は軽く弾く

多声的な演奏:

・24小節の右手は2声(B-C-BとG-A-B)に分解して捉え、各声部のバランスを取る
・27-28小節の左手も2声で捉える

 

譜例(27-28小節)

モーツァルト「ピアノソナタ K.570 第3楽章」の楽譜。27〜28小節において、運指を統一すべき音型の例として使用されている。

いくつかの版には上側の運指が書かれていますが、両小節とも同じ音型だということを考えると、下側の運指のように運指のパターンも同じ形でとることで暗譜がしやすくなります。

ここで注意しなければいけないのは、弾きやすさや音色の視点です:

・黒鍵の出てき方などによっては、同じ運指を使うと弾きにくかったり、音色面で問題が生じるケースも出てくる
・上記譜例に書かれた運指も、弾きやすさだけで言えば、上の運指のほうが楽

おすすめの折り合いの付け方:

・同じような音型が出てきたときは、運指のパターンも統一して試す
・やりにくいところがある場合は、暗譜のしやすさとどちらをとるかを検討
・甲乙つけがたいのであれば、暗譜のしやすさを優先して一旦弾き込んでみる

その他:

・31-32小節もシンコペーション。同じ素材の反復で楽章全体の統一感を演出している
・33小節目の左手は、単なる伴奏ではなく、表情的要素を含むため無機質にならないようにする
・この左手はノンレガートで弾くが、跳ね過ぎないように

 

39-40小節

譜例(39-40小節)

モーツァルトの「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第3楽章」の楽譜。39〜40小節における、練習を重ねた際の安定度を考慮した運指選択の例として使用されている。

運指の問題

40小節目について、複数の版で異なる運指が提示されています。下段に記したのは現行のヘンレ版の運指、上段は他の楽譜に見られる運指です。

初見や初期段階では、上段の運指に魅力を感じる方が多いでしょう。なぜなら、動きにくい4-5の指の連続使用を避けられるからです。しかし長期的な視点では話が変わってきます。

 

実体験

筆者自身の経験では、当初は上段の運指を採用していましたが、丸印のC音でCis音を誤って触れてしまうミスが頻発しました。これは次のB音を2の指で取るために手のポジションを奥へ移動させる必要があり、その準備として直前の3の指も奥に入れなければならないためです。この動作の過程で黒鍵を引っかけてしまうのです。

対照的に、下段の運指ではこうした問題は発生しません。4-5の指の動きにくさは練習によって克服可能であり、それさえクリアすれば、演奏の安定性は下段の運指が格段に優れています。

 

ポイント:

運指に関する違和感や問題に直面したら、複数のパターンを比較検討してみる
現在の指使いのまま反復練習することだけが唯一の解決策ではない
時には根本的に運指を見直すことで、驚くほどスムーズに弾けるようになることがある

 

· ブリッジ+C(45-56小節)

 

43-49小節

43-44小節は「ブリッジ(連結句)」、45小節目からが「C(中間部)」です。45小節目から出てくる同音連打は、23小節目など、すでに出てきている連打を引用しています。

譜例(45-48小節)

モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第3楽章」45-48小節の楽譜(スタッカート有無の区別例)

44-45小節間も rit. せずノンストップで入る
45小節目にスタッカートはなく、46小節後半から出現するスタッカートとの差をつける
46小節後半からのスタッカートは「手と指を使用したスタッカート」で演奏する
・指先だけのスタッカートにならないように注意する

 

47-48小節

左手の長い音価:

不意に出る長い音価のカンタービレをやや強調する
右手がスタッカートなので、伸びている音が特徴的に響く

 

49-53小節

譜例(49-52小節)

モーツァルトの「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第3楽章」の楽譜。49〜52小節における、わずかな運指の変更で弾きやすさが改善される例として使用されている。

運指の問題:

・カッコで示した運指は、いくつかの版に書かれているもの
・少なくとも筆者にとっては、この運指はやりにくく感じた
・直前から弾いてくると、どうしても「2」と書かれているところを「3」で弾きそうになってしまう
・それに気を取られて、右手にも影響が出てしまう

解決策:

・そこで、直前の運指を変えずに解決したのが、もうワンパターン書き込んだ運指
・直後も「21212(カギマークで示した部分)」というように同じ指のセットを使って弾いていく
・頭が混乱せずに済み、音色面でも問題が生じない
・「23」を「32」に変えただけの変更だが、驚くように弾きやすくなる
・どうしてもつまづいたりする場合は「頭が混乱しにくい運指を検討してみる」という視点で柔軟に対応する

 

49小節目からの表現:

・49小節目からの左手は45小節目からの右手と素材は同様だが、スタッカートの有無が異なる
・両手とも同等の存在感で演奏する方法もある(53小節目では完全に右手が主役になるため)

 

57-62小節は「ブリッジ(連結句)」で、63小節目から「A(主要主題)」が戻ります。

 

71小節目以降

楽章のクライマックス:

・楽章のヤマとして f で演奏するが、強奏の中でもコントロールが必要
・常にダイナミクスの天井が見える演奏にならないよう、楽曲全体のバランスを考える

 

· D(71-84小節)+コーダ

 

譜例(70-72小節)

モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第3楽章」の楽譜。70小節目から72小節目が示されており、半音階的なアプローチによる音色の変化の別の例について解説している。

カギマークで示した箇所:

・半音でのアプローチがふと顔を出す
・意識的に柔らかく演奏することで演奏面でも色を出すことができる

 

75-77小節

声部の受け渡し

譜例(74-77小節)

モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第3楽章」の譜例。74-77小節。左手と右手のバランスを同じにするために、右手を太めに弾くという考え方が示されている。

・75-76小節の左手では、レガートでカンタービレな断片が出てくる
・それに対して右手では、スタッカートによる連打混じりの素材が奏でられる

この両手のバランスの作り方には様々な解釈が可能ですが、仮に、両手とも同じくらいのバランスで作ると仮定しましょう:

・体感の力の入れ方として同じくらいの強さで弾いてしまうと、左手のほうが大きく聴こえてしまう
・音域の違いもあるが、スタッカートの素材よりも音が長く伸びている素材のほうが隙間がないから
・同じくらいのバランスで響かせるには、右手をやや太めに、もしくは、左手をやや控えめに弾く必要がある
・「同じ力配分でも、ニュアンスによっては聴こえ方のバランスが同じでない」ことを踏まえておく

 

譜例(77-78小節)

モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第3楽章」の楽譜。77小節目と78小節目が示されており、メロディの分節に合わせた指上げの統一処理について解説している。

状況:

・メロディのアーティキュレーションからすると、縦線を書き入れたところで音響の切れ目を作るべき
・しかし、8分音符と同時に鳴っている4分音符(下段・上段内声)の長さの処理に迷いが生じる
・各声部を別々のタイミングで切ると、音楽がぎこちなくなる

解決策:メロディの8分音符を切るタイミングで、すべての声部を同時に切る

理由:

・メロディの8分音符を切るタイミングは、4分音符も8-9割鳴り終わった位置
・音楽的な一貫性が保たれ、演奏も安定する
・微妙なタイミングの違いを気にして混乱することがない

練習のポイント:

・譜面に縦線で切る位置を明示する
・練習段階から意識的に同じタイミングで切る習慣をつける

 

譜例(78-82小節)

モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第3楽章」の楽譜。77小節目から82小節目が示されており、各声部の主従関係の入れ替わりについて解説している。

・78小節目に書き込んだ矢印Aからは下段が主役になる
・45小節目から始まったメロディからきている同音連打であり、なおかつ、旋律的なので主役だと分かる

つまり、ここからは以下のように弾いていくことになります:

・下段のメロディをやや太めの音で
・上段の対旋律的な動きはやや控えめで

 

主従関係をどのタイミングで戻すか:

・矢印Bから戻すのが適切
・ここからは上段と下段の存在感を同じくらいにする

理由:

・81小節1拍目の表は前のフレーズの終わりの音であり、裏の矢印Bのところから次のフレーズになっている
・しかも、上段に主役であろう上行旋律が来ているのが分かる
・したがって、ここから主従関係を戻すのが適切
・間違っても1拍目表から戻さないように注意

こういったところに、楽曲分析の結果と演奏結果の結びつきが現れます。

 

82小節目

サプライズの演出:

サプライズ的な f の和音は叩かず、鍵盤近くから押し込む
予感させないため、直前で rit. しないことが重要

拍感覚の維持:

82小節の右手8分休符に注意
両手とも休符でダウンビートがないため、体内でザッツを取って拍感を正確に

 

84-89小節

トリルと音価:

84小節の長いトリルは、入りに小さなアクセントを入れ、その後は軽く演奏する
85-89小節は音価(4分音符と8分音符)の弾き分けに細心の注意を払う

クロマティックな動き:

88小節目のメロディと反行するクロマティックな動きは大きくならないよう注意する
メロディとのバランスを保つ
クレッシェンドを入れずに最終小節の f を subito で表現することで、サプライズを演出

 

► 終わりに

 

本作は、シンプルな書法ゆえに細部の表現が問われる作品です。各フレーズの構造、声部バランス、音価の正確さ、休符の扱いなど、基本的な要素を丁寧に読み取って演奏しましょう。

 

推奨記事:【ピアノ】モーツァルトのピアノソナタ解釈本5冊:特徴と選び方ガイド

 


 

► 関連コンテンツ

著者の電子書籍シリーズ
・徹底分析シリーズ(楽曲構造・音楽理論)
Amazon著者ページはこちら

YouTubeチャンネル
・Piano Poetry(オリジナルピアノ曲配信)
チャンネルはこちら

SNS/問い合わせ
X(Twitter)はこちら

 

この記事を書いた人
タカノユウヤ

作曲の視点からピアノ学習者の学習的自立を支援/ピアノ情報メディア「Piano Hack | 大人のための独学用Webピアノ教室」の運営/音楽雑誌やサイトなどでピアノ関連の文筆
受賞歴として、第88回日本音楽コンクール 作曲部門 入賞 他。

タカノユウヤをフォローする
- モーツァルト (1756-1791)
スポンサーリンク
シェアする
Piano Hack | 大人のための独学用Webピアノ教室

コメント

タイトルとURLをコピーしました