【ピアノ】ショパン「ノクターン 第2番 Op.9-2」演奏完全ガイド
► はじめに
曲の背景
・作曲年:1830-31年
・出版年:1832年
・献呈:マリー・プレイエル夫人
・メディア使用例:【ピアノ】映画「愛情物語」レビュー:ピアノ的視点から見た魅力と楽曲の使われ方
・ショパンのノクターン(夜想曲)の中では最も知られている一曲
・基本旋律を変奏させていくシンプルな作り
・これは即興性を意味しており、その流れの到達点が、終盤のカデンツァという即興性の高い表現
演奏難易度と推奨レベル
この楽曲は「ツェルニー30番中盤程度」から挑戦できます。
本記事の使い方
この楽曲を、演奏のポイントとともに解説していきます。パブリックドメインの楽曲なので譜例も作成して掲載していますが、最小限なので、ご自身の楽譜を用意して読み進めてください。
各セクションごとに具体的な音楽的解釈を示していますので、練習の際に該当箇所を参照しながら進めることをおすすめします。
► 全体の構成を把握する
この作品は以下のような構造を持っており、ロンド形式です:
・A1セクション(主題):1-4小節
・A2セクション(第1変奏):5-8小節
・B1セクション(橋渡し部分):9-12小節
・A3セクション(第2変奏):13-16小節
・B2セクション(橋渡し部分の変奏):17-20小節
・A4セクション(第3変奏):21-24小節
・C1・C2セクション(展開部):25-32小節
・カデンツァ:32小節目の装飾的パッセージ
・終結部:33-34小節
主題が提示された後、装飾を伴いながら変奏されていくスタイルが特徴です。3度目の変奏を終えると、主題は元の形では戻らず、展開を経てカデンツァへと向かいます。
► 演奏のヒント
‣ フレーズ構造の理解
譜例(PD作品、Sibeliusで作成、1-4小節)

小フレーズから大フレーズへの組み立て
冒頭4小節を例に、フレーズの構造を見ていきましょう。この4小節は、4つの小さなフレーズ単位で構成されています:
・第1フレーズ:最初の問いかけ
・第2フレーズ:より発展した語りかけ
・第3フレーズ:橋渡しの役割
・第4フレーズ:最も高い頂点を形成
‣ ダイナミクス
· 跳躍音程の重要性
(再掲)

注目すべきは跳躍の広がり方です。最初は6度の跳躍から始まり、徐々に1オクターブ、そして10度へと広がっていきます。この音程の拡大がエネルギーの高まりを生み出しています。
演奏のポイント:
・各フレーズの性格を理解しておいてから弾く
・4小節目という小クライマックスへ向けて、段階的にエネルギーを配分する
・各フレーズ間の自然なつながりを意識する
· バスラインのバランス
譜例(曲頭)

メロディに注意が向きがちですが、バスラインの横のつながりも同様に重要です:
・バスラインのうち一つの音だけが大きく飛び出していないか、録音チェックする
・バスラインだけを取り出しても、それ自体がバランスよくまとまっている必要がある
· 音程関係から読み取るダイナミクス表現
(再掲)

作曲家が強弱記号を詳細に書いていない箇所でも、音程の動きから表現のヒントを得ることができます。
音楽エネルギーの基本的な考え方として:
・同音への進行は平穏な感じ
・順次進行は穏やかでエネルギーが少ない
・下行はさらにエネルギー不要
・跳躍上行は音程が広いほどエネルギーと緊張が増す
例えば、冒頭部分で6度跳躍と1オクターブ跳躍を比較すると、後者の方が明らかに大きなエネルギーを必要とします。このような箇所では強弱に差をつけることで、音楽エネルギーの自然な流れが生まれます。階段を上る際も、1段ずつより3段飛ばしのほうがエネルギーが必要なのと同じ原理です。
音楽エネルギーについてさらに詳しく学びたい方は、【ピアノ】名著「楽式論」がピアノ学習者に必須な理由:70年を超える影響力 という記事で紹介している書籍を参考にしてください。
· ダイナミクスの解釈
急激な変化か段階的な変化か
この作品では、クレッシェンドやデクレッシェンドの記号なしにダイナミクスが変わる箇所があります。これを subito で変えるか、補って段階的に変えるかを判断する必要があります。
具体例:
・4小節目の f から最後の p への変化は、左手が連続しているため突然の変化は不可能
・デクレッシェンドを補う
・11小節目と19小節目の f を比較すると、19小節目は直前にクレッシェンドがあるが、11小節目にはない
・しかし、10小節目には poco ritardando が記されている(18小節目にはない)
・つまり、11小節目の f はテンポが広がった後なので、自然に突然の変化が可能
ショパンはこのような細部まで意識して書き分けています。
‣ テンポとアゴーギク
· テンポとアゴーギクの扱い
基本テンポについて
楽譜には Andante (♪=132) の指示がありますが、これは目安です。重要なのは冒頭のアウフタクトです:
・冒頭のB音は8分音符であることを忘れない
・感覚的に弾き始めるのではなく、内的な拍感を確立してから演奏を始めることが大切
・慣例として少し長めに演奏することもあるが、必ず拍の基準を持つ
時間の揺らし方:
・アウフタクトをたっぷりと演奏した場合、その後の1小節目も同様に時間的余裕を持たせる必要がある
・「前の流れがどうだったから、次はこうする」という連続性の視点が重要
・楽譜に記された ritardando や rallentando は、ほんの少しだけゆるめるイメージで十分
・過度に遅くすると音楽が停滞し、技術的な理由で遅くしたように聴こえてしまう
注意点:
・12小節目と20小節目は対応する箇所だが、パデレフスキ版では poco rallentando の位置が異なる
・20小節目のほうがやや早めに記されているため、より大きめにゆるめるのも効果的
・30小節目の stretto は「揺らさずに進む」という指示なので、32小節のクライマックスまで止まらずに
· メロディとバスを「ずらす」演奏法について
譜例(曲頭)

基本原則:
・メロディとバスを同時に鳴らすのが基本
・あえてずらすのであれば、原則、メロディのフレーズ始まりのみに限定する
・フレーズの途中や終わりでずらすと、音楽的な意味が曖昧になり、不自然に聴こえる
上記譜例のABCのうち、ずらしても音楽的に自然に聴こえるのは「A」のみです。
· フレーズの区切りの表現方法
表現のヒント:
・ダンパーペダルを使用しているため、メロディに音響的な切れ目を作ることはできない
・フレーズの区切りは、アゴーギク(時間の微妙な揺らし)で表現する
・フレーズが切り替わる箇所で呼吸を入れ、音楽をわずかにゆるめる
・ただし、文章における句読点のように、完全な停止にならないよう注意が必要
‣ 音色
· 和音とオクターブの扱い
右手は主に単音のメロディですが、11小節目で初めて2音の和音が現れます。ここから右手の中でもメロディと内声のバランス調整が必要になります:
・トップノートのメロディを十分に際立たせる
・この作品のように各声部の役割分担が明確な楽曲では、メロディに大きな比重を置いて問題ない
30小節目の途中からメロディがオクターブユニゾンになります:
・オクターブの響きは硬質で空虚で特徴的なため、作曲家は配置を慎重に選んでいる
・音楽表現の明確な変化を感じながら、32小節の ff へ向かう
· 跳躍後の音の処理:
(再掲)

注意点:
・4小節目のはじめなど、跳躍して高音に到達した後、安心して音楽を止めてしまいがち
・ペダルを踏んで音はつながっていても、そこで音楽が途切れたように聴こえてしまう
・打鍵後も音を聴き続け、次の音へのつながりを常に意識する
‣ 12-13小節のアウフタクト部分
譜例(12-13小節)

点線で示した部分では、8分音符ごとに和声が変化します。この解釈には2つの視点があります:
第1の解釈
・独立したメロディとして捉える(ただし、メロディ性は乏しい)
第2の解釈
・13小節目から始まる本格的なメロディへの「助走」として機能する部分
・急速な和声変化により期待感を高め、メロディ出現への心理的準備を整える役割
この部分は後者で解釈し、「期待感の醸成」と捉えることで、より説得力のある演奏になります。
‣ カデンツァの練習方法
区切りを明確にする:
・効果的な練習法として、「どこが区切りなのか」を事前に決めておく
・これは暗譜の助けにもなり、万が一記憶が飛んだ際にも特定の箇所から復帰できる
区切り方の一例として:
・クレッシェンドやデクレッシェンドの開始点・終了点を参考にする方法がある
・ただし、区切りで音楽が途切れないよう、カデンツァ全体を一つの大きなフレーズとして感じることが重要
・パデレフスキ版では、最後の8音にスラーが付いているため、そこを一つのまとまりとして捉える
即興性の表現:
・バリエーションが進むにつれ、32分音符や付点16分音符、連符が増えていく
・これは即興性の高まりを意味しており、16小節目や24小節目のパッセージは特に即興的
・この流れの到達点がカデンツァという即興性の高い表現
したがって、全体として「歌いながらも軽やかに」演奏することが作品の特徴を捉えることになります。
‣ その他、演奏上の細かな注意点
冒頭の1音:
・最初のB音は単音で、左手もまだ入っていないため、音色が非常によく聴こえる
・打鍵速度をゆっくりにして、丸みのある音を作る
・この1音で曲全体の音色とテンポの基準が決まる
・音を出す前にしっかりとイメージを持つことが大切
スラースタッカートの意味:
・8小節目の右手などに見られるスラースタッカートは、「音を切る」意味ではない
・ペダルで音をつなげながら、手はスラースタッカートで演奏することで、「音は伸びているが軽い質感」を表現する
・作曲家は「軽い表現が欲しい」という意図でスタッカートを使用することもある
トリルの役割:
・7小節目の右手などに現れるトリルは、一種の「持続音」として機能
・音が減衰するピアノの特性を補い、同時に装飾的に音を彩っている
・うるさくならないよう、さらりと入れることを心がける
装飾音の処理:
・全曲を通して右手に現れる装飾音は短く軽く演奏する
・16分音符が多く使われているため、装飾音を長く弾くと区別がつかなくなる
連符の解釈
・18小節目の4連符や29小節目の8連符は、厳密な数学的正確さよりも、歌うような自由な表現が求められている
► 終わりに
・フレーズ構造を理解し、各部分の役割を明確にする
・アゴーギクで音楽の呼吸を表現する
・バスラインとメロディのバランスに注意を払う
・音程関係から自然な強弱表現を導き出す
・即興的な要素が強い楽曲であるkとおを理解し、軽やかさを保ちながら歌う
これらのポイントを意識することで、技術的な正確さだけでない演奏が実現できるでしょう。
推奨記事:【ピアノ】映画「愛情物語」レビュー:ピアノ的視点から見た魅力と楽曲の使われ方
► 関連コンテンツ
著者の電子書籍シリーズ
・徹底分析シリーズ(楽曲構造・音楽理論)
Amazon著者ページはこちら
YouTubeチャンネル
・Piano Poetry(オリジナルピアノ曲配信)
チャンネルはこちら
SNS/問い合わせ
X(Twitter)はこちら

コメント