【ピアノ】ムソルグスキー 「展覧会の絵 より プロムナード」演奏完全ガイド
► はじめに
曲の背景
ムソルグスキーの全作品中でも良く知られている一曲であり、ラヴェルがオーケストラ用に編曲した版も高い人気を誇ります。
友人だった建築家ハルトマンの死(1873年)を受け、翌年の追悼展覧会を訪れた作曲家が、そこで目にした作品群にインスピレーションを得て生み出した音楽です。タイトルの付いた各小品は、展示品を見た際の印象を作曲家独自の表現手法で音化したものと言えます。
ムソルグスキーは、展覧会で一つの絵から次の絵へと歩く観覧者の足取りを「プロムナード」という統一モチーフでつなぎ合わせました。この手法により、壁に掛かった静的な美術作品の再現に留まらず、展示空間そのものと来場者の動きまでをも音楽に織り込んだ、躍動感あふれる立体的な作品世界を実現しています。
(参考文献:名曲事典 ピアノ・オルガン編 著:千蔵八郎)
演奏難易度と推奨レベル
この楽曲は「ツェルニー30番中盤程度」から挑戦できます。
本記事の使い方
この楽曲を、演奏のポイントとともに解説していきます。パブリックドメインの楽曲なので譜例も作成して掲載していますが、最小限なので、ご自身の楽譜を用意して読み進めてください。
各セクションごとに具体的な音楽的解釈を示していますので、練習の際に該当箇所を参照しながら進めることをおすすめします。
► 演奏のヒント
‣ 1-8小節
譜例(PD作品、Sibeliusで作成、曲頭)

「So-Fa」という2度の動き
プロムナード全体を通して最も重要なのが、「So-Fa」という2度下降の動きです。より広く言えば、「2度の動きの組み合わせ」がこの曲の骨格を形成しています:
・1小節目を見ると、2度の動きが3回組み合わされて構成されている(So-Fa,Si-Do,Do-Re)
・装飾音符の中にも「Do-Re」という2度の動きが内包されている
スラーとテヌートの使い分け
楽譜を見ると、スラーがついている箇所が部分的にあります。ここでの演奏のポイントは:
・スラーがついている箇所はウタなので、特にカンタービレで演奏する
・テヌートの音同士は、音と音の間に紙一枚挟まるイメージを持つ(ノンレガート)
このように使い分けることで、作曲家の意図したニュアンスが活きてきます。
フレーズのヤマを意識する
1小節目から2小節目にかけて「Do-Fa-Re」が2回繰り返されます。この場合、2回目のほうにより重みが入るのが自然です:
・最初の2小節は「2小節でワンフレーズ」だが、このフレーズのヤマは、2小節目の頭にある
・f で演奏する箇所だが、f 領域の中でダイナミクスの変化をつけて平坦にならないように
オーケストラをイメージする
この楽曲には様々な編曲がありますが、ラヴェルによるオーケストラ編曲は特に知られています。
最初の2小節はソロ演奏のイメージを持ちましょう。ピアノで管楽器の「ソロ」のイメージを出す場合、ダンパーペダルを長く踏んで「和音化」してしまわないほうが雰囲気が出ます。管楽器は基本的に単音しか出ないからです。
それが、3小節目から「アンサンブル」になるイメージです。ソロとアンサンブル部分は対比を意識してください。
フレーズの切れ目を作る
2小節目から3小節目に入るところには、一瞬の切れ目を入れて「別」のフレーズとして3小節目をスタートさせましょう。
対旋律を活かす
3小節3-4拍目の左手を見てください。「So-Fa」という動きがオクターブで出てきます。メインのメロディは右手にありますが、対旋律的に左手の「So-Fa」を少し強調させるのもメロディの模倣のようで面白いかもしれません。
(再掲)

繰り返しの処理
3-4小節は1-2小節の「繰り返し」なので、フレーズのヤマはもちろん4小節目の頭にあります。そこを活かすためにも、3小節目の頭は「少し静かめ」から始めるといいでしょう。
和音の打鍵テクニック
和音になると演奏が難しくなりますが、フォルテの音が散らばらないように気をつけてください。ポイントは:
・「鍵盤の近く」から打鍵する:高くから叩いてしまうと音が散らばる
・ポジションの「プリペア(準備)」:いきなり音を出すと叩く結果に。打鍵には「意思」と「意識」が必要
また、4分音符の刻みですが、音楽が縦割りにならないように、音楽を横に引っ張っていく意識を持ちましょう。
音程関係とエネルギー
最初の4小節には、2度の動きだけでなく、要所に4度の動きも組み合わされています。音楽には次のような原則があります:
・順次進行より跳躍進行のほうが大きなエネルギーを必要とする
・下行よりも上行のほうが大きなエネルギーを必要とする
もちろん前後関係にもよりますが、音楽のエネルギーを考える際の参考にしましょう。例えば1小節目では:
・1拍目のG音より2拍目のF音が大きくなると不自然
・2拍目のF音より3拍目のB音が小さくなるのも不自然
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5-8小節の構造変化
5小節目は1小節目の反行的な音型になっています(完全な形ではない)。
楽曲の構成について、重要なポイントがあります:
・1-4小節:「ソロとアンサンブルがセットで4小節、それが1セット」
・5-8小節:「ソロとアンサンブルがセットで2小節、それが2セット」
このように変化しています。
さらに、5-8小節に出てくるアンサンブル部分は、3-4小節のアンサンブル部分よりも音数が制限されていて、オーケストレーションが薄くなっています。そこで、3-4小節よりも若干控えめに演奏するといいでしょう。
オクターブの響きの意味
6小節目と8小節目には「オクターブのみの響き」になる箇所があります:
・「オクターブの響き」は硬質な特徴のある音
・作曲家は「どこにオクターブの響きを持ってくるか」を丁寧に選んでいる
この曲でも見事に使い分けられていますので、「どこでどういった音のカタチが選ばれているか」を注意深く読み取ってニュアンスを考えていきましょう。
部分転調への誘導
8小節目では、♫♩(8分音符2つと4分音符1つ)のリズムの繰り返しの際に、「音高」を変えることで「部分転調(調性の拡大)」のきっかけを作っています。Des-durに移行します。
ここまでのまとめ
8小節目まででは、完全なソロはもう出てきません。ここまでの演奏で重要なのは:
・ソロとアンサンブルの対比を意識する
・スラーの箇所は指圧を深くカンタービレで
・f 領域の中でも、「全部強く」にならず、フレーズのヤマを考える
・音が散らばらないように鍵盤の近くから打鍵
・4分音符の刻みは縦割りにせず音楽の横の流れを意識する
・点線箇所(特に4, 6, 8小節目の最後)は表現を別にする
・音程関係が持つエネルギーの違いを表現する
・テヌートとスラーを混同しない
‣ 9-16小節
譜例(9-16小節)

新しい表現:内声の長い音価
9小節目からは内声に「長い音価」が出てきます。これはこの楽曲での新しい表現です。長い音価が出てくることで少し落ち着きが出るので、演奏上カンタービレの意識が入るといいでしょう。
素材とバリエーション
9小節目の右手は「1つの素材とそのバリエーション(1-3拍+4-6拍)」からなっています。これを理解できれば、1つの素材の最中にフレーズが切れるのはおかしい、などと音楽表現を考えるときの参考になります。
左手には、短2度進行での「So-Fa」が多く出現します。これは曲頭から出てきている重要な動きです。
厚いオーケストレーション
10小節目は、にぎやかなフレーズです:
・6,8小節目よりもオーケストレーションが厚いイメージを持つ
・10小節目の中でもヤマがあります。f 領域の中でもダイナミクスをコントロールする
繰り返しと追加
11-13小節は9-10小節の繰り返しですが、1小節分追加されています。この追加された12小節目は、「部分転調(調性の拡大)」をするための役割になっています。
そして解釈が難しいのは12小節目の頭。ここの音は:
・前のフレーズの終わりの音であると同時に、新しいフレーズの始まりの音
・つまり、11-12小節の右手はフレーズの切れ目を作る場所がなく、「一息」で演奏する必要がある
フレーズの切れ目を考える際には、「どのように素材が連結されているか」という観点から読み取ることも必要です。
継続する注意点
14-15小節は、点線箇所が「別」の表現になりますが、それ以外の注意点はこれまで通りです。音楽が縦割りにならないように注意しましょう。
16小節目も、レッドで示した箇所は:
・前のフレーズの終わりの音であると同時に新しいフレーズの始まりの音
・つまり、16小節目の右手はフレーズの切れ目を作る場所がなく、「一息」で演奏する必要がある
‣ 17-24小節
譜例(13-20小節)

新しい音色
19小節目も同様に、フレーズの終わりと始まりを共有する音があります。
20小節目の最後は、オクターブユニゾンですが、2音だけで演奏されるので、オーケストレーションの変化を感じます。新しい音色です。
一つ注意点として、20小節5-6拍目の2つの音は、20小節3-4拍目の2つの音よりも:
・音の数が減った
・バスラインが上に上がっている
そのため、エネルギーは少し下がったと解釈するのが自然です。20小節5-6拍目のほうが強調されてしまうような解釈は不自然です。20小節3-4拍目のエコーのようなイメージで演奏するといいでしょう。
譜例(17-24小節)

テーマ再現
21小節目のメロディは、19-20小節目のフレーズを「部分的に」引用しています。
21小節目もフレーズの終わりと始まりを共有する音があり、この新しいフレーズが最初のテーマの再現になっているところが、作曲上工夫されています。注意点としては:
・最初にテーマが出てきたときと、拍子の感覚が異なっている
・曲頭では1拍目から始まっていたフレーズが、ここでは5拍目から始まっている
だからと言って、演奏で強調する箇所をずらしたりする必要はありません。注意点は同様にとらえて演奏していきましょう。
2つの終わらせ方
最終小節は、共有されている音があるため、「Do-Fa-Re」が一回分少なくなっています。この最後の終わらせ方には、大きく2つのやり方があります:
・in tempoで演奏し、すぐに次の楽曲に入る
・少しだけ rit. して終わらせる
プロムナードは、演奏発表会などで「独立した1曲」として演奏されることも多いので、その場合は②にしたほうがいいでしょう。組曲として演奏する場合は、①するピアニストが多い印象です。
一番最後のB-durのⅠの和音は、堂々と終わるのはもちろんいいのですが:
・あくまでフレーズのおさまる箇所だということは忘れずに
・つまり、4拍目や5拍目の音よりも飛び出てしまうと不自然
後半部のまとめ
後半部分での演奏上の注意点:
・赤いマーカー箇所(ブリッジ)でフレーズが切れない
・メロディ以外のSo-Faも演奏者の判断で強調可能
・音の厚みが薄くなった箇所を、厚い箇所より強調しない
・エネルギーの大きさを感じるために、バスラインの位置も観察
前半との共通の注意点:
・f 領域の中でもフレーズのヤマを考える
・音が散らばらないように鍵盤の近くから打鍵
・4分音符の刻みは縦割りにせず音楽の横の流れを意識する
・点線箇所は表現を別にする
・音程関係が持つエネルギーの違いを表現する
► 終わりに
「展覧会の絵」のプロムナードは、短尺ながら、作曲上の工夫点が多い作品です。
「So-Fa」という2度の動きを中心とした構成、ソロとアンサンブルの対比、フレーズの連結方法、オーケストレーションの変化など、多くの学びがあります。
この記事で解説した内容は、すべてを一度に実現する必要はありません。練習を重ねながら、少しずつ自分の演奏に取り入れてみてください。
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