【ピアノ】映画「シャンドライの恋」レビュー:音楽が語る愛と献身の物語
► はじめに
ベルナルド・ベルトルッチ監督による本作は、音楽を通じて人間の感情と文化的アイデンティティの変容を描いた作品です。特に注目すべきは、主人公キンスキーが演奏する音楽の変化が、彼の内面と愛の深まりを物語っている点です。
・公開年:1999年(イタリア)/ 2000年(日本)
・監督:ベルナルド・ベルトルッチ
・ピアノ関連度:★★★★☆
► 内容について
以下では、映画の具体的なシーンや楽曲の使われ方について解説しています。未視聴の方はご注意ください。
音楽用語解説:
状況内音楽
ストーリー内で実際にその場で流れている音楽。 例:ラジオから流れる音楽、誰かの演奏
状況外音楽
外的につけられた通常のBGMで、登場人物には聴こえていない音楽
‣ クラシックからアフリカ音楽へ:愛のために失われていくもの
本作の特徴は、音楽のジャンルそのものが物語の核心的な要素となっていることです。英国人ピアニストであるキンスキーが演奏する音楽は、物語の進行とともにクラシックからポピュラー、そしてアフリカのリズムを思わせるもの(キンスキーの作曲作品)へと変化していきます。
クラシック音楽は、キンスキーにとって自己のアイデンティティ。特に映画前半では、アフリカ音楽とクラシックピアノ曲が対比的に描かれ、キンスキーとシャンドライの文化的な隔たりが強調されます。
印象的なのは、キンスキーがシャンドライの夫を救うために、屋敷の調度品や美術品を次々と売却し、ついには愛器であるグランドピアノまで手放すシーン。この一連の流れは、彼が自身の財産、文化的アイデンティティのすべてを犠牲にしていく過程を視覚的に示しています。
音楽のジャンルが変化していくことは、まさに「ピアニスト」としての生活が崩壊していく過程そのものです。クラシックから離れ、アフリカ的な要素を取り入れた作品の演奏へと移行、そして愛器の手放し。キンスキーが自らの世界から出て、アフリカから来たシャンドライの世界へと歩み寄ろうとする献身的な姿が表現されています。
‣ 官能性と情熱の高まり
ベルトルッチ監督は、官能的な音と映像美を追求することで知られていますが、本作でもその真価が発揮されています。当初の静かで寡黙なキンスキーの性格を反映したクラシックから、アフリカのリズムや打楽器的な性格を持たせた音楽へと変化することで、彼の抑えきれない情熱が表現されています。
音楽がよりプリミティブで本能的なリズムへと変化していくのは、理性的な愛から肉体的・官能的な愛へと移行していく様子を暗示しており、2人の関係性の深まりを感覚的に伝えています。
‣ 細部に宿る演出の工夫
本作では、状況内音楽(ストーリー内で実際に流れている音楽)と状況外音楽(登場人物には聴こえていないBGM)の使い分けも凝っています。
特に印象的なのは、55分40秒頃から流れるスクリャービン「12のエチュード より 悲愴 Op.8-12」のシーン。キンスキーの演奏がシャンドライのいる屋上まで聴こえてくる中、彼女が誰もいないピアノの蓋を閉じると音楽が途切れます。これはシャンドライの想像上の音楽であり、キンスキーの献身を知った彼女の動揺が表現されています。直後に大音量のアフリカ音楽を流してとうもろこしにかぶりつくシーンは、彼女の複雑な心境を物語る印象的な場面となっています。
また、本編62分頃にはベートーヴェン「創作主題による32の変奏曲 ハ短調 WoO 80」の演奏に合わせて楽譜が映し出されます。楽譜に基づく再現芸術としてのクラシック音楽の性質が強調され、アフリカ的要素を持つ音楽との対比がより鮮明になる仕掛けと解釈していいでしょう。
► 終わりに
「シャンドライの恋」は、音楽を通じて、文化や人種の壁を超えた愛の物語を紡ぎ出した作品です。音楽のジャンルの変化が、心の隔たりを乗り越えようとするプロセスと重なり、2人の男女の距離が縮まっていく様子を見事に表現しています。
ピアノや音楽に関心のある方はもちろん、映像と音楽による感覚的な表現を楽しみたい方にもおすすめの一作です。
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