【ピアノ】映画「真夜中のピアニスト」レビュー：演奏シーンから読み解く音楽演出

【ピアノ】映画「真夜中のピアニスト」レビュー：演奏シーンから読み解く音楽演出

【ピアノ】映画「真夜中のピアニスト」レビュー：演奏シーンから読み解く音楽演出

► はじめに

「真夜中のピアニスト（De battre mon coeur s’est arrêté）」は、闇社会の不動産ブローカーとして生きる28歳の主人公トムが、10年ぶりにピアノに向かい、音楽への熱意を取り戻していく物語です。ピアノ音楽の使い方において興味深い演出がされています。

・公開年：2005年（フランス）/ 2005年（日本）
・監督：ジャック・オーディアール
・ピアノ関連度：★★★★☆

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► 内容について

以下では、映画の具体的なシーンや楽曲の使われ方について解説しています。未視聴の方はご注意ください。

音楽用語解説：

状況内音楽
ストーリー内で実際にその場で流れている音楽。例：ラジオから流れる音楽、誰かの演奏

状況外音楽
外的につけられた通常のBGMで、登場人物には聴こえていない音楽

‣ 時間の経過を感じさせる構成

本編が20分ほど進んでようやくピアノの話題が登場します。この意図的な「遅さ」は、トムがピアノから離れていた10年という歳月の重みを観客に体感させる演出と解釈できるでしょう。暴力と取引に満ちた彼の日常が延々と描かれることで、音楽から遠ざかっていた時間の長さが実感として伝わってきます。

‣ 印象的なオーバーラップ手法

トムが1974年の古いテープを再生するシーンでは、ショパンの曲が流れます（状況内音楽）。しかし、しばらくしてから画面に映し出される楽譜はショパンのものではありません。これは、ショパンを音として残しながら次のシーンへ移行し（この時点で状況外音楽へ移行）、トムが演奏する予定の別の曲の楽譜を視覚的に持ってくるという、2種の楽曲を音と映像とでオーバーラップさせる演出技法です。過去と現在、記憶と現実が交錯する瞬間を表現しています。

‣ 対照的な音楽による心理描写

本編37分頃の飲食店のシーンでは、店内に流れるダンスミュージックという状況内音楽を背景に、トムが机を鍵盤に見立てて指を動かす姿が映し出されます。彼の指が辿っているのは、現在練習中のJ.S.バッハの曲です。

喧騒に満ちた現実世界の音楽と、彼の心の中で鳴り響くJ.S.バッハのクラシック音楽。この2つの対照的な音楽を同時に使用することで、現実に嫌気がさし、どんどんピアノのレッスンにのめり込んでいく主人公の心理状態が効果的に描かれています。もしこれが単純にクラシック音楽に合わせて指を動かしているだけの演出であれば、この場面の持つ切実さは表現できなかったでしょう。

‣ 現代的な演出

本編52分頃には、トムが自分の録音機材でDAW（デジタル・オーディオ・ワークステーション）にピアノ演奏を録音して聴き直すシーンがあります。この演出は2005年当時としてはやや現代的なもので、音楽を学ぶ者の孤独な自己研鑽の様子を、テクノロジーを通して描いています。録音を聴き直すことで自分の演奏を客観視しようとする真摯な姿勢が伝わってきます。

‣ 音で分かる演奏者の技量

本編74分頃、ショパンの「バラード第4番 Op.52」が流れ、窓辺に立つトムの姿が映し出されます。これは指導者であるミャオリンの自宅でのシーンなので、演奏は単なるBGM（状況外音楽）ではなく、当然ミャオリンが弾いているものだと観客は想像できます。

しかし、それをすぐに視覚的に見せるのではなく、音の質で示しています。トムが弾くJ.S.バッハよりも明らかに上手な演奏——音の粒が揃い、音楽的な表現に富んでいる——であることから、聴覚的にもミャオリンの演奏だと分かるのです。このような「映像に頼らず音楽そのものの質で演奏者を判別させる演出」は時々見られるものですが、音楽映画らしさが出る演出一つと言えるでしょう。