【ピアノ】ドキュメンタリー映画「グレン・グールド 27歳の記憶」レビュー
► はじめに
グレン・グールドの若き日の姿を捉えた「グレン・グールド 27歳の記憶(Glenn Gould Off the Records/On the Records)」は、音楽ドキュメンタリーとして稀有な価値を持つ作品です。1959年にカナダで制作されたこの映画は、グールドが27歳という円熟期に差し掛かった時期の演奏と思索を、58分というコンパクトながらも濃密な時間の中に凝縮しています。
・公開年:1959年(カナダ)/ 1999年(日本)
・監督:ロマン・クロイター 、ウルフ・ケニッグ
・ピアノ関連度:★★★★★
► 内容について
‣ 二部構成が織りなす多層的なポートレート
監督を務めたロマン・クロイターとウルフ・ケニッグは、英題「Glenn Gould Off the Records/On the Records」が示す通り、本作を明確な二部構成として構築しました。それぞれ約30分弱という時間配分でありながら、対照的なアプローチによってグールドという音楽家の全体像に迫っています。
· 第一部「Off the Record」の魅力
第一部では、公的な「記録」から離れた、より私的で率直なグールドの姿が映し出されます。印象的なのは、自宅でのリハーサル風景です。コリー犬だけを聴衆として、リラックスした雰囲気の中でピアノに向かうグールドの姿は、後年の彼のキャリア選択を予見させるような静謐さに満ちています。本番の緊張感とは異なる、音楽との純粋な対話の時間が、驚くほど長く収められているのが特徴的です。
さらに、ピアノ選びの場面での音楽関係者との談笑は、グールドの楽器に対するこだわりと、同時に彼が持つユーモアのセンスを垣間見せてくれます。彼がいかに音色と触感にこだわり、自分の音楽的理想を実現するために妥協しなかったかが伝わってきます。
本作の大きな特徴は、個別インタビューの豊富さにもあると言っていいでしょう。グールドは様々なテーマについて語ります。「演奏旅行について」の彼の考えは、後にコンサート活動から完全に身を引くという決断を理解するうえで重要な証言となっています。「新ウィーン楽派の音楽について」語る場面は、その後の「作曲への関心について」の話題への流れを示す重要なものとなっています。
· 第二部「On the Record」のドラマティズム
第二部は一転して、ニューヨークのスタジオでのJ.S.バッハ「イタリア協奏曲 BWV971」のレコーディング風景に焦点を当てています。ここで使用されているのはペータース版の楽譜であり、グールドの楽譜選択の意図も興味深いポイントでしょう。
レコーディングという行為そのものが、グールドにとっていかに重要な表現手段であったかが、この第二部を通じて明らかになります。演奏する姿、録音をチェックする集中した表情、エンジニアとの細かなやり取り——これらすべてが、完璧な音楽を創造するプロセスの一部として描かれています。全神経を集中させて音楽と向き合うグールドの姿は、ドラマ以上にドラマティックであり、映画のクライマックスとして機能しています。
実際の演奏シーンが長尺で使われているため、視聴者は単に「演奏の様子を見る」のではなく、グールドの音楽そのものに没入することができます。彼の独特な姿勢、ピアノに向かう低い椅子、そして唸り声とともに紡がれる音楽は、グールド演奏の特徴として知られていますが、それをぜひ映像で体験してみましょう。
‣ 印象に残る言葉と思想
個人的に本作で最も心に残るのは、グールドの言葉そのものでした。ニューヨークに移り住まないのかという質問に対して、彼は「田舎にいると、音楽との関わり方が変わってくる」と答えています。この言葉は、彼の音楽哲学の核心を突いています。都会の喧騒や音楽業界の社交から距離を置くことで、より純粋に音楽と向き合えるという考え方は、後年のスタジオ録音への専念という選択と完全に一致しています。
グールドにとって、音楽は内省的で瞑想的な営みでした。コンサートホールという「公的空間」よりも、スタジオという「制御された私的空間」で、理想の音楽を追求することを選んだ彼の姿勢は、この27歳の時点ですでに明確に形成されていたのでしょう。
‣ 27歳という時期を切り取る意味
本作の最大の強みは、グールドのキャリアの中でも特に重要な27歳という一時期に焦点を絞っている点にあります。他のいくつかのドキュメンタリー作品が生涯を俯瞰的に捉えるのに対し、この映画は一つの時点を深く掘り下げることで、濃密な内容を実現しています。
27歳のグールドは、既に名声を確立しながらも、まだコンサートピアニストとしてのキャリアの途上にありました。しかし映像の中の彼は、すでに自分の進むべき道を見定めているように見えます。約5年後の決断の萌芽が、このドキュメンタリーの随所に見て取れるのです。
ちなみに、本作の中ではコンサートでの演奏シーンは一切出てきません。あくまで「Off the Records/On the Records」としてのドキュメンタリーです。
► 終わりに
本作は58分というコンパクトなドキュメンタリー映画ですが、長回しの演奏シーンや率直なインタビューなどを通してグレン・グールドという謎めいたピアニストの核心に迫っています。
クラシック音楽ファン、ピアノ演奏者はもちろん、ものづくりをする方にも見て欲しい一作です。
推奨記事:
・【ピアノ】ドキュメンタリー映画「グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独」レビュー
・【ピアノ】ドキュメンタリー映画「グレン・グールド エクスタシス」レビュー
・【ピアノ】映画「グレン・グールドをめぐる32章」レビュー:ゴールドベルク変奏曲の構造で描く伝記映画
► 関連コンテンツ
著者の電子書籍シリーズ
・徹底分析シリーズ(楽曲構造・音楽理論)
Amazon著者ページはこちら
YouTubeチャンネル
・Piano Poetry(オリジナルピアノ曲配信)
チャンネルはこちら
SNS/問い合わせ
X(Twitter)はこちら
![グレン・グールド 27歳の記憶 [DVD]](https://m.media-amazon.com/images/I/41WLg3jXNHL._SL160_.jpg)

コメント