【ピアノ】アウフタクト(弱起)とは?ピアノ演奏での意味と具体例を徹底解説
► はじめに
本記事では、アウフタクトの基本から応用的な分析まで、具体的な楽曲例を交えながら詳しく解説します。演奏クオリティの向上と楽曲理解の深化を目指す方に、実践的な知識をお届けします。
この記事の使い方:
初級〜中級者の方:「► 応用:易しい作品を使った、より高度なアウフタクトの分析と解釈」は飛ばしてください
中上級者〜上級者の方:この項目もお読みください
まずはできる範囲から始めて、理解を深めていきましょう。
► アウフタクトの意味と基本例
‣ アウフタクトとは
通常、アウフタクト(弱起、Auftakt)は楽曲や楽節が小節線の前、つまり「弱拍」から始まる現象を指します。しかし本記事では、楽曲冒頭に限らず、フレーズの始まりで同様の手法が使われる箇所も「広義のアウフタクト」として捉えている点に注意してください。
アウフタクトは、次に来る強拍への「準備」として機能し、音楽に自然な流れを生み出す重要な要素です。
‣ 基本的なアウフタクトの例
パーセル「メヌエット ZD 225」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、1-4小節)
・最もシンプルなアウフタクトで楽曲が開始
・レッド音符で示したように、左手でその追っかけが見られる
ハイドン「ソナタ 第62番 Hob.XVI:52 Op.82 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、1-16小節)
・複数音によるアウフタクトの例
・5音のグループからなるアウフタクト
ショパン「ワルツ 第10番 ロ短調 Op.69-2」
・アクセントで始まるアウフタクト
・タイを用いた先取りで始まるアウフタクト
シューマン「パピヨン 第12番 Op.2 ニ長調」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲頭)
・オクターヴユニゾンで始まるアウフタクト
・アウフタクトでの完全4度上行は、シューマンが頻繁に用いた特徴
► やや特殊なアウフタクトの分析と解釈
‣ シューマン「謝肉祭 1.前口上」における分析
·「左手パートのみで」表現されているアウフタクト
シューマン「謝肉祭 1.前口上」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、47-52小節)
ここでは2小節単位で音楽ができていますが、バスラインを考慮すると、点線で示した部分はそれぞれ次の小節へ音楽を進ませるアウフタクト的性格を持っています。メロディは独立していて「左手パートのみで」表現されていることに着目しましょう。
·「両手で」表現されている連続的なアウフタクト
譜例(同曲、71-74小節)
ここでは1小節単位で音楽ができていますが、点線で示した部分はそれぞれ次の小節へ音楽を進ませるアウフタクト的性格を持っています。上記の例とは異なり、「両手で」表現されていることに着目しましょう。
連続的なアウフタクト使用:単発ではなく、3拍目→1拍目への「連鎖的な推進力」
実用的な気づき:「アウフタクトだと思わずに弾いている」→ 気づくことで楽曲理解が深まる
‣ ショパン「ノクターン 第2番 Op.9-2」における分析
· アウフタクト機能を持つ部分の解釈の多様性
ショパン「ノクターン 第2番 Op.9-2」
譜例(PD作品、Sibeliusで作成、12-13小節)
本作品におけるアウフタクト部分(点線で囲まれた部分)の解釈には、二つの興味深い視点があります:
メロディとしての解釈:
・点線で囲まれた部分を直接的なメロディとして捉える可能性
・しかし、この部分は純粋なメロディ性に乏しい
メロディ導入部としての解釈:
・もう一つの解釈は、この部分を13小節目から始まる本格的なメロディへの「期待感醸成部分」と見なすこと
・アウフタクト部分は、聴取者の音楽的緊張感を高め、後続のメロディへの音楽的な「架け橋」として機能
· 音楽的テンション形成
このアウフタクト部分の特徴:
・テンポやリズムの不安定さの提示
・和声の頻繁な変更による緊張感の高揚
・聴取者の期待感の構築
· 装飾音の役割
13小節目でのメロディ開始における装飾音の役割:
・メロディの出現を強調
・音楽的な「小さな驚き」の要素を導入
・sf でありながらも固い音にならないための書法上の工夫
・自然なルバート的要素
13小節目のメロディの入りは、装飾音が付いていることによって、新たなメロディの開始であることを強調しています。これらの装飾音が仮にすべて1拍目表につけられて和音演奏になっていたとしたら、印象は随分と異なるでしょう。
· 考慮すべき点
自身が演奏する実際の作品へ向かうにあたって注意すべきは、アウフタクトの機能を持つ部分において:
・そこからメロディとして解釈したほうが自然なのか
・次の小節からのメロディを導くための補助的な部分と解釈したほうが自然なのか
こういったことを、部分毎に考えてみることです。
► アウフタクトの演奏技術への応用
· 効果的な演奏開始のテクニック①
楽曲冒頭のアウフタクトは不完全な拍数で開始するため、漠然とした始まりでは、入りの拍感覚が不明確になってしまいます。ここで重要なのが「仮想休符の設定」です。
モーツァルト「ピアノソナタ ハ長調 K.330 第2楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲頭)
原曲では「カッコで示した8分休符」は記載されていません。このように「8分休符」を心の中で設定して弾き始めると、安定した良いスタートを切ることができます。3/4拍子だからといって、8分休符を3つ補って完全な1小節分を用意する必要はありません。出だしが8分音符からなので、8分休符一つだけ設定すれば十分にタイミングをつかむことができます。
楽曲によって設定すべき音価は異なりますが、応用可能です。いずれにしても、仮想の休符を意識してスタートすることが大切です。
· 効果的な演奏開始のテクニック②
前項目の譜例も同様ですが、特にアウフタクトが3音以上で始まる楽曲では、それらが単調な音の連続にならないよう注意が必要です。
ハイドン「ソナタ 第62番 Hob.XVI:52 Op.82 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、曲頭)
この楽章は5音のグループからなるアウフタクトで始まりますが、無機質に「タタタタタ」と弾いてしまっては、せっかくの開始部分が魅力を失ってしまいます。
このグループがまとまりとして2小節目へ向かっているという意識を持つ必要があります。もっと具体的には、アウフタクト直後の音(ターゲット・ノート:2小節目の頭のG音)が、それ以前の5音(アプローチ・ノート:予備運動)よりも弱くならないよう注意しましょう。音楽的な流れを考えると、ターゲット・ノートはアプローチ・ノート以上の音量で演奏するのが自然です。
だからこそ、2小節目の頭のG音は音価が長く、スラー始まりの音にも設定されているわけです。楽譜上にアクセント記号が明示されていなくても、軽いアクセントを付けることが暗に示されています。
曲頭はもちろん、8-9小節目のような曲途中に現れる同型の箇所でも、同様の演奏アプローチが求められます。
· 効果的な演奏開始のテクニック③
モーツァルト「ピアノソナタ イ短調 K.310 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、22-24小節)
カギマークで示した部分を見てください。
ここから提示部第2主題がはじまりますが、アウフタクトの「一つの8分休符と三つの8分音符」が、その後の16分音符の素材を引き出してくれます。
このような「ささいなつなぎ」を思っている以上に丁寧に扱って、走ったり、音が欠けたりしないように気をつけましょう。16分音符で少々転ぶよりも、このささいなつなぎでいい加減になってしまう方がもったいないことです。
筆者の推測ですが、この部分を弾く方の多くはささいなつなぎを弾く前から「16分音符ー! 16分音符ー!!」などと、速い動きのことで頭がいっぱいになっているのではないでしょうか。多分当たっているはずです。昔の筆者もそうだったので。
つなぎというのは次の素材を引き出してあげる役割があり、とても重要なものです。音が少なくて弾きやすくても、どんなときでも大切に扱うようにしてください。
· 効果的な演奏開始のテクニック④
「前から流れてきた結果、そこをどうしたいか」という視点が重要です:
・アウフタクトの扱いとその後の展開の関係
・音楽の相対性を意識する
・「森を見て木も見る」という全体的な視点
ルバートで弾く楽曲では、曲頭のアウフタクトをたっぷり弾いた場合、その直後のアゴーギクも引き伸ばされていないと不自然になります。つまり、単に「アウフタクトの音だけを長く弾く」と考えてしまうのでは音楽が停滞してしまうので、「前から流れてきた結果、そこをどうしたい」と考える必要があります。
ショパン「ノクターン 第2番 Op.9-2」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲頭)
ショパン「ノクターン 第2番 Op.9-2」の例で言葉を置き換えると、前から流れてきた結果(アウフタクトをたっぷり弾いたので)、そこをどうしたい(1小節目はいきなりインテンポに戻らないほうが音楽的)と考えましょう。
► 応用:易しい作品を使った、より高度なアウフタクトの分析と解釈
以下、易しい作品をもとにした、より高度なアウフタクトの分析とその解釈を紹介します。ここまでの内容を理解してからお読みください。
‣ シューマン「ユーゲントアルバム Op.68-11 シチリアーナ」
· 分析対象と基本情報
シューマン「ユーゲントアルバム(子どものためのアルバム)Op.68-11 シチリアーナ」
譜例1(PD楽曲、Sibeliusで作成、楽曲全体)
楽曲の構成:
A(aba) B(aba) A’(aba)
全体構造
A(1-24小節)
├─ a(1-8小節)
├─ b(9-16小節)
└─ a(17-24小節)
B(25-36小節)
├─ a(25-28小節)
├─ b(29-32小節)
└─ a(33-36小節)
A’
└─ ダ・カーポによる繰り返し
· 分析対象区分(1-8小節)
本分析では、特にAセクションのa(1-8小節)に着目して考察します。
譜例2(1-8小節)
この8小節間は2小節単位の4ブロックで構成され、各ブロックは8分音符によるアウフタクトで開始されます。
それぞれの2小節間のブロックはカギマークで示した8分音符によるアウフタクトから始まりますが、a〜dのすべてが作曲上、別の表現を持っているということに着目しましょう。
以下の4種類のアウフタクトが確認できます:
カギマークa 無伴奏型(1-2小節)
・特徴:左手パートが休符
・機能:主題の提示、Solo的性格の強調
カギマークb 残響型(3-4小節)
・特徴:前の和音の響きの中から発生
・機能:和声的な文脈の中での旋律の継続
カギマークc 二声同時型(5-6小節)
・特徴:左手と同時発音(2音)
・機能:和声的な厚みの付加
カギマークd 単音同時型(7-8小節)
・特徴:左手と同時発音(1音)
・機能:フレーズの開始感の強調
些細なことのようですが、それぞれ異なる表現がとられているのは、作曲家による確信犯的工夫です。読み手は、このような細部の表現を知っておかなければいけません。
演奏上の工夫:
・bの部分では左手パートの音価をきちんと伸ばし、aと同じ表現になってしまわないように注意する
・特にc,dの同時発音がある部分は、メロディが隠蔽されないように左手パートのダイナミクスに注意する
· 構造的意味
これらの異なるアウフタクトの使用は、以下の作曲技法的意図を示しています:
1. 垂直的構造の漸進的変化
・無伴奏 → 和音的背景 → 同時和音の展開
2. 水平的展開における役割
・フレーズの開始、継続、終結における機能的差異
3. テクスチュアの段階的変化
・単声 → 和声的背景 → 複声的テクスチュア
· 他作品への応用
以下の2点に着目しましょう:
・作曲技法における細部の重要性の認識
・形式構造と細部の関係性の把握
本分析手法は以下の場面で特に有効です:
・同一音型の反復的使用がある作品の分析
・教育的作品における構造理解
・ロマン派作品における細部の作曲技法研究
‣ シューマン「ユーゲントアルバム Op.68-13 愛する五月よ」
· 楽曲構造
シューマン「ユーゲントアルバム(子どものためのアルバム)Op.68-13 愛する五月よ」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、楽曲全体)
ミクロ構造(詳細):
A(1-10小節)
A(11-20小節)
B(21-24小節)
A’(25-32小節)
C(33-36小節)
B(37-40小節)
A’(41-48小節)
C(49-52小節)
マクロ構造:
この構成をより大きなセクションでまとめると:
A(1-20小節)
B(21-24小節)
A’(25-36小節)
B(37-40小節)
A’(41-52小節)
· アウフタクトの分析
シューマンはこの楽曲において、2種類のアウフタクトを使い分けています:
・無伴奏のアウフタクト:メロディのみで構成される、軽やかな性格を持つ
・和音付きのアウフタクト:和声的サポートを伴い、より充実した響きを持つ
無伴奏のアウフタクト(レッド音符)
無伴奏のアウフタクトは、A部分とA’部分にのみ登場します。これは主題を特徴づける重要な要素となっています。例えば冒頭では、8分音符2つによるアウフタクトが無伴奏で現れ、1小節目の第1拍(強拍)へ向かって流れるように導きます。
和音付きのアウフタクト(ブルー音符)
一方、A部分やA’部分の一部と、B部分やC部分の全てでは、アウフタクトが和音でハーモナイズされています。この対比はただの音楽的変化にとどまらず、「無伴奏のアウフタクトは、A部分とA’部分にのみにしか登場しない」という楽曲の構造を示す役割も果たしています。
ただ単に楽譜を追って弾いているだけだと気づきにくいものですが、このように、アウフタクトの扱われ方が楽曲構成とも結びついているのを知ることは、楽曲理解にとって重要です。
‣ シューマン「ユーゲントアルバム Op.68-21 無題」
· 楽曲の特徴と構造
シューマン「ユーゲントアルバム(子どものためのアルバム)Op.68-21 無題」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、楽曲全体)
全体構造:
・Aセクション(1-8小節)
・Bセクション(9-18小節)
この作品は、伝統的な二部分からなる基本形式としながらも、独自の工夫が施されています。特筆すべきは、Bセクションが通常の8小節ではなく10小節に拡張されている点です。
· 対主題の展開方法
この曲の最も興味深い特徴は、14小節目から現れる「3音によるアウフタクト的導入」の巧みな使用です。この素材は以下の5つのパターンで展開されています:
1. 対主題(レッド)による導入
2. 主題(ブルー)によるオクターブ上での模倣
3. 入りが上行形へ変形した対主題(グリーン)
4. 下行形へ回帰した対主題(イエロー)
5. クライマックスでの上行形の主題(オレンジ)
· 分析のポイント
1. ストレッタ技法の活用
レッド、ブルー、グリーンの主題群は、ストレッタ(追迫)的な手法で重ねられています。これにより、音楽的な緊張感と推進力が生み出されています。
2. 構造的な拡張
「3音によるアウフタクト的導入」と和声に着目すると、点線で区切った14小節2拍目から16小節3拍目へ繋げられることが分かります。つまり、14小節3拍目から16小節2拍目までの2小節間が小節の付け足しと言えます。この拡張部分は:
・音楽的な発展を可能にする
・フレーズ間の自然な接続を実現する
・全体の形式的バランスを調整する
3. フレージングの特徴
イエロー音符による主題は、先行する主題群が終わった後に単独で登場。これは16小節冒頭での構造的な区切りを明確にする役割を果たしています。
· 演奏へのアドバイス
1. 主題の識別
・各主題の特徴を把握する
・特に対位法的な部分では、声部間のバランスに注意を払う
2. フレージング
・アウフタクト的導入の性格を意識する
・主題の重なりが生じる箇所では、各声部の独立性を保つ
3. 構造的理解
・拡張された部分(14小節3拍目から16小節2拍目まで)では、音楽の自然な流れを維持する
・主題や対主題のフレーズの終わりと始まりを意識する
► 終わりに
アウフタクトの理解は、音楽表現と楽曲理解の深化に直結する重要な要素です。本記事で解説した分析手法と演奏技術を実践することで、さらに一歩進んだ音楽を目指しましょう。
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