【ピアノ】なぜ、昔の作曲家は現代的なサウンドを書かなかったのか

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【ピアノ】なぜ、昔の作曲家は現代的なサウンドを書かなかったのか

► はじめに

 

モーツァルトの作品に現代のポピュラー音楽で使われるadd9のような響きが登場することがあります。これを聴くと「昔の作曲家にもこうした響きの感覚があったのなら、なぜもっと現代的なサウンドを追求しなかったのか?」という疑問が湧いてきます。

しかし、この問いの答えは単純ではありません。作曲家たちが現代的なサウンドを書かなかった理由には、技術的制約と社会的制約という二つの大きな要因があったのです。

 

► 社会的制約:「強い時代」の権威と規範

‣ 身分社会における作曲家の立場

 

バロック時代から古典派時代にかけての音楽家たちは、厳格な階層社会の中で活動していました。王侯や教会が社会の頂点に君臨し、その下に国家権力や貴族階級が位置するという構造の中で、作曲家たちは自らの社会的役割をはっきりと認識していたのです。彼らは既存の枠組みに従って作品を創作し、その時代の聴き手が理解し受容できる音楽様式や表現技法を用いることが期待されていました。

 

‣「強い時代」の文化的圧力

 

エマニュエル・バッハが活躍した時代を分析した記述がある文献(「ピアノ演奏の論理」 著:東貞一 / 音楽之友社)によれば、この時期は権威主義が支配的だった「強い時代」として特徴づけられています。社会全体の価値観や規範に対して、個人の思想や感性が絶対的に服従することが求められる文化が形成されており、この枠組みから逸脱するものは容赦なく排斥されていました。

こうした社会情勢の下では、仮に作曲家が斬新で独創的な発想を抱いたとしても、それを音楽作品として世に送り出すことは極めて困難な状況にありました。音楽創作は作曲家個人の芸術的自由の発露というより、むしろ当時の社会体制の安定性や価値観の統一性を音響的に表現する手段として捉えられていたのです。

 

► 技術的制約:楽器の進化と表現の可能性

‣ 黎明期のピアノにおけるペダル

 

現在我々が当たり前のように使っているピアノの機能も、当時は存在しませんでした。特にダンパーペダルの発達は、ピアノ音楽の表現可能性を大きく変えた重要な技術革新でした。

黎明期のピアノには、膝レバーでダンパーを動かす装置がありましたが、この中には、中央あたりから下の音域の音のみを持続させるものがありました。低音部や高音部が個別に、または同時に動くものも存在しましたが、全音域を自由にコントロールできる現在のようなシステムではありませんでした。

 

‣ 表現技法の制約

 

ドビュッシー「前奏曲集 第2集 より ピックウィック卿を讃えて」

譜例(PD作品、Finaleで作成、曲尾)

ドビュッシーの「前奏曲集 第2集」から「ピックウィック卿を讃えて」の終結部を例に考えてみましょう。この部分では、強く響く中音域の和音を、静かに響く低音と高音がエコーのように包み込んで曲が終わります。

この美しい効果は、全音域に対して有効なダンパーペダルがあってこそ実現できるものです。仮に初期の作曲家がこのような表現を思いついても、当時の楽器では物理的に実現不可能でした。

 

► ロマン派以降の変化:技術革新がもたらした新たな可能性

‣「音の画家」としての作曲家

 

後期ロマン派のピアノ曲作曲家たちについて、ピアニストのピーター・コラッジオは「ダンパーペダルを使って音の織りと音の色彩を描いた画家」と表現しています(「ピアノ・テクニックの基本」 著:ピーター コラッジオ 訳:坂本暁美、坂本示洋 / 音楽之友社 より)。現在広く使われている機能を持ったダンパーペダルが登場してからは、色彩面でピアノの可能性が大きく広がりました。

 

‣ ドビュッシーの革命

 

特にドビュッシーの中期以降の作品は、ダンパーペダルの効果面ではもちろん、ピアノ音楽の世界に非常に大きな影響を与えました。彼の音楽は、技術的進歩と社会的変化が組み合わさって生まれた新しい表現の可能性を示しています。

19世紀後半から20世紀初頭にかけて、社会構造も大きく変化し、芸術家の個人的表現がより重視されるようになりました。この社会的変化と楽器技術の進歩が相まって、これまでにない音楽表現が可能になったのです。

 

► 終わりに

 

昔の作曲家が現代的なサウンドを書かなかった理由は、彼らに創造性や想像力が欠けていたからではありません。むしろ、社会的制約と技術的制約という二重の制限の中で、彼らなりの最大限の創造性を発揮していたと考えるべきでしょう。

現代の我々が楽しんでいる多様な音楽表現は、過去の作曲家たちが築いた基礎の上に、技術革新と社会変化が加わって実現したものなのです。

音楽史を振り返ると、制約は必ずしも創造性の敵ではなく、時にはそれが新しい表現を生み出す原動力になることが分かります。各時代の作曲家たちは、与えられた条件の中で最善を尽くし、それが次の世代への橋渡しとなっていったのです。

 

ピアノ・テクニックの基本 著:ピーター コラッジオ 訳:坂本暁美、坂本示洋 / 音楽之友社

 

 

 

 

 

 

ピアノ演奏の論理 著:東貞一 / 音楽之友社

 

 

 

 

 

 


 

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この記事を書いた人
タカノユウヤ

ピアノ情報メディア「Piano Hack | 大人のための独学用Webピアノ教室」の運営をしたり、音楽雑誌やサイトなどでピアノ関連の文筆を手がけています。ピアノ音楽の作曲や編曲もしています。
受賞歴として、第88回日本音楽コンクール 作曲部門 入賞 他。

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