【ピアノ】ラヴェル「前奏曲(1913)」演奏完全ガイド
► はじめに
曲の背景
この小品は、1913年にパリ音楽院の初見試験課題として書かれました。試験当日が初演となったと考えられますが、具体的な日付や演奏者については記録が残っていません。献呈先は「マ・メール・ロワ」初演に携わったジャンヌ・ルル嬢。本作は教育目的のエチュードという位置づけです。全27小節という短い構成で、冒頭の右手主題が対位法的手法で展開されていきます。
(参考文献:ピアノ音楽事典 作品篇 / 全音楽譜出版社)
演奏難易度と推奨レベル
この楽曲は「ツェルニー30番入門程度」から挑戦できます。
本記事の使い方
この楽曲を、演奏のポイントとともに解説していきます。パブリックドメインの楽曲なので譜例も作成して掲載していますが、最小限なので、ご自身の楽譜を用意して読み進めてください。
各セクションごとに具体的な音楽的解釈を示していますので、練習の際に該当箇所を参照しながら進めることをおすすめします。
► 演奏のヒント
‣ 1-3小節
譜例(PD作品、Sibeliusで作成、曲頭)

リズムの正確性を最優先に
1小節目、一番最初は8分休符になっていることを意識しましょう。何となく出るのではなく、8分休符で「イチ」の感覚をしっかり持って「体内のザッツ」をとらないと拍の感覚が曖昧になってしまいます。
最終的にはある程度自由に「d’un rythme libre(自由なリズム)」で演奏しても構いませんが、まずは楽曲の骨格を的確に捉えることが必要です。「歌う」ということと「楽曲の骨格をいい加減にしてしまう」ということは意外と結びついてしまいやすいので気をつけましょう。
右手ソロの音色統一
1小節目は、まだ左手が出てきていないので右手の「ソロ」になります。
右手のみになる場所の難しさは、音が露呈されるので、「音と音の横のつながり」にまで細かく耳を傾けられてしまうことです。
打鍵速度を揃えることで音色を揃えて、音と音の横のつながりを良くします。ダイナミクスが多少変わっても音色が同じだと、仲が悪い音には聴こえません。
音がはっきり見えないように、一音一音が縦割りにならないようにしないといけません。この際、打鍵上のテクニックとして有効なのは、「出来る限り指を鍵盤から上げないこと」です。練習するときには、テンポをかなりゆっくりに広げて、鍵盤の触覚も感じながら練習するところから始めるといいでしょう。
2-3小節のフレージング
譜例(曲頭)

カギマークで示したように、2-3小節では6度音程が2回出てきています。ポイントは:
・1回目よりも2回目のほうが、音域が下がることでエネルギーが下がっているのが読み取れる
・2回目の6度音程の後ろの音は大きくならないようにおさめる(フレーズ終わりの音だから)
左手の分散和音は2声で考える
2-3小節目の左手は分散和音になっているので、こういった音型ではバス音のみを深めに打鍵し、それ以外の音はバス音の響きの中に入れていくように柔らかく演奏すると立体的になります。左手だけで「2声」になっているイメージです。
3小節目のペダリング選択
3小節2-3拍目は下段が休符になるので、また「メロディのソロ」になります。ここでは、2パターンのペダリングが考えられます:
パターン1:ソロを強調する
譜例へ示したように、3小節2拍目でペダルが上がり切るようにして、メロディをソロにする方法。いきなりペダルを上げてしまうと音響がいきなり変わり過ぎてしまうので、段々と上げていくようにするとバス音の音響なども上手く処理できます。
パターン2:響きの連続性を優先する
2-3小節目を踏み続けるという方法。この場合は3小節2-3拍目でソロの表現を作れませんが、ピアニストの中にはこのようにする方も一定数います。
ペダルによって伸ばされている音響をどこまで維持するかということを、このように「ソロの表現」も踏まえて判断していけるとベストです。
‣ 4-7小節
(再掲)

左手でメロディ音を取る工夫
5小節1拍目の上段G音は左手でとるといいでしょう。そうすることでメロディラインを「指」でレガートにできます。
ダンパーペダルを使用して手でも繋げるのと、ダンパーペダルを使用して手は切ってしまうのとでは、出てくるサウンドが大きく異なります。ダンパーペダルを使用していても指でスタッカートにすると、決してレガートのフレーズには聴こえないのと同じ考え方です。
6-7小節目での表情の深化
4-5小節目の繰り返しが6-7小節目になっていますが、単純な繰り返しではありません。
・4小節目にはついていないクレッシェンドの松葉が6小節目にはついている
・それに伴って6小節目ではメロディがやや変形されてより高い音域を作っている
・結論: 6小節目のほうがより表情的に演奏すべき
・5小節目のメロディは「3度音程行って3度音程帰ってくる動き」
・7小節目のメロディは「5度音程行って5度音程帰ってくる動き」
・結論:音程感を考慮して7小節目のほうがより表情的に演奏すべき
このように、4-5小節目の繰り返しである6-7小節目では、音楽的な変化を感じながら表現しましょう。
‣ 8-9小節
解決音の処理
8小節目の付点2分音符のG音は、9小節目の8分音符のFis音に解決している音です(次の小節のA音に開いているとも解釈可能)。
G音は付点2分音符なので、譜面上は8分音符分だけFis音と重なって「短2度の濁り」を生み出します。この不協和は9小節目の頭ですぐに「3度音程」に開くので、譜面通り弾いても構わないのですが、和声的には解決しているということを考えると、次のような解釈も可能です。
・右手で演奏しているG音を「3拍目裏で8分休符」にしてしまい、Fis音に濁りなく受け渡す
・そこでペダルも踏み変える
・この場合は、E音とH音を指で残して9小節目のメロディへレガートに接続する
9小節目のソロ表現
9小節2-3拍目は再び「ソロ」になります。ソロというのは、それ自体「ものを言う表現」なので、ラヴェルはどこでソロにするかをかなり吟味して作曲しているはずです。
ペダリングの選択:
・9小節2拍目でダンパーペダルを踏み変えることで他の音響を無くしてソロにする
・9小節2-3拍目でダンパーペダルを使用するかどうかはどちらでも可能
ただし、「ダンパーペダルを使用する」ということは、「パッセージが和音化される」ということです。従って、本当の意味でソロ楽器で演奏しているような雰囲気を出したいのであれば、ダンパーペダルを使用しないのが適切と言えます。
‣ 10-14小節
譜例(曲頭)

ラヴェル特有の楽器法
10小節目からは「中間部」の役割になっています。ここからの特徴的なサウンドに注目しましょう:
・上段にオクターブのメロディが書かれており、さらにそのオクターブの間に下段の和声音が挟まっている
・ラヴェルが「ソナチネ」をはじめ、多くの楽曲で用いた楽器法
・オクターブの響きの中に和声音を挟むことで、ゴージャスな響きが生まれる
こういった箇所では「メロディと和声音とのバランス」が重要です。和声音のほうが控えめに聴こえるようにバランスをとらないと、単なる音のカタマリのような印象になってしまいます。
音域の変化に注目
10小節目からは、ここまでの小節とは代わり、全体的な音域がグッと上がりバス音が無くなったことに注目しましょう。メロディもオクターブになり、明らかにサウンドが変化しています。
‣ 15-19小節
(再掲)

構成を見抜く「線入れ」テクニック
15小節目では「Ralenti(rall.)」をしますが、そのテンポを16小節目で戻します。
構成を見ていくときのポイントは「線入れ」です:
・テンポを戻す箇所の直前に「線」を入れてみる
・この楽曲に限らず、そこが「段落の切れ目」になっていることが多い
・したがって、線を入れてみることで構成を見抜くことができる
この楽曲では調性もありますし、線を入れなくても構成の切れ目は判別できると思いますが、実は、ウェーベルンなどの無調以後の作品でも、この「線入れ」は有効な場合が多いのです。覚えておいて損はありません。
16小節目のアルペッジョは必須
16小節目では、上段に「オクターブのメロディと和声音」が集約されました。このアルペッジョは、手が届く方でも同時におさえずに必ずアルペッジョにしてください。作曲家は:
・「柔らかい音が欲しい」
・「トップノートを出して欲しい」
という意図でアルペッジョを書くことが多く、「手が届かなそうだから」という理由でアルペッジョを書くことは少ないのです。
16小節目からの再現とペダリング
16小節目からは「4小節目以降で出てきたリズム素材」が再現されています。
ペダリングのポイント:
・16小節目の下段ではG音とAs音が短2度音程を作る
・これはポピュラー音楽でいうところの「Fm add9コード」つまり、「G音(9th)」と「As音(3rd)」
・したがって、1小節1ペダルでOK
・17小節目と19小節目は右手に「D音とDis音」が出てくるため、ペダルを踏み変える
・この際に、低音をフィンガーペダルで残しておく
・そうすることで、ダンパーペダルを踏みかえた際の音響の断裂を防ぐことができる
‣ 20-23小節
21小節目のエコー表現
21小節目の左手で演奏する「3度音程の和音」はメロディではありません。この音はメロディ音よりも高い音域にくるため目立ってしまいがちなので気をつけましょう。「エコー」のようなイメージで極めて軽く演奏すると音楽的です。
ソロのペダリング
21小節3拍目-22小節目も右手は「ソロ」になっているので:
・この効果を活かすのであれば、段階的にペダルを上げるペダリングにする
・ただし、ラヴェル自身は別のペダリングを指示しているので、必須ではない
先取音の処理
22小節3拍目のD音は次の小節の音を「先取」しているので、こういった箇所ではやや重みを入れると骨格がはっきりします。ラヴェルは親切に「テヌート」を書いています。
‣ 24-27小節
譜例(23-27小節)

冒頭素材の回帰
24-27小節は「エンディング」の役割です。明らかに「1-3小節目の素材」からきています。
近接音の処理
25小節目のメロディと非常に近い位置にある音は、極めて静かに演奏しないとメロディの一部に聴こえてしまいます。
構成の完結性
25小節目後半からは「1小節目のメロディ」がずれて出てきています。この意味は:
・最初に聴かせた要素を最後にも聴かせることで「締めくくり感」が演出されている
・同時に、「楽曲全体のバランス」もとられている
ハモリのバランス
26-27小節はハモリになっています。ハモリの箇所では「バランス」が命です。メロディを隠蔽しないように、左手で弾く音のほうが控えめに聴こえるようにコントロールしましょう。
最後のエコー
27小節目の高く鳴らされる「3度音程の和音」も、「エコー」のようなイメージで極めて軽く演奏すると音楽的です。
フェルマータの解釈
27小節目最後の低音にはフェルマータはついていませんが、他の声部にはついています。従って、ここでは「全声部にフェルマータが付いている」と解釈して演奏しても問題ないでしょう。
► 終わりに
この小品は、わずか27小節ながら、ラヴェルの繊細な和声感覚と楽器法の妙が凝縮された作品です。
技術的には初中級者でも挑戦できますが、音楽的な深みを出すには、和声の理解、ペダリングの工夫、音色のコントロールなど、多くの要素に注意を払う必要があります。
本記事を参考に、この美しい小品を深く味わってみてください。
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