【ピアノ】自分が出した音をよく聴く意識とその実践法
► はじめに
多くの学習者が「自分が出した音をよく聴く」というアドバイスを耳にしたことがあるでしょう。しかし、具体的にどのように聴き、なぜそれが重要なのかを理解している人は意外と少ないものです。
本記事では、音を聴き続けることの意味と、実践的なテクニックについて解説します。
► 出した音へ意識を向けるヒント
‣ 1. なぜ、自分の出す音を良く聴く必要があるのか
【理由1 狙った音を出すため】
一つ目の理由としては、狙った音を出すためです。
良く聴けている音というのは出し方にも気をつけている音であり、聴いちゃいない音というのは出し方にも意識がないことがほとんどです。
打鍵に意識を持って、出てきた音もよく聴く。うまくいかなかったら改善する。練習の段階からこのように工夫することで、狙った音を出すことができるようになります。
【理由2 その後の音とのつながりを良くするため】
自分の音を良く聴く必要があるもう一つの理由としては、「よく聴く」というのはその音を美しく出すためだけでなく、その後の音とのつながりを良くするためにも必要だからです。
例えば、以下の譜例を見てください。
J.S.バッハ「平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第22番 BWV 867 ロ短調 より プレリュード」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、11小節目と17小節目)
矢印で示した部分には短2度音程が出てきますが、この不協和音程を自分の耳でよく聴いていないと、解決した3度の協和音程の響きを無関係な音色で出してしまうことになります。
【理由3 余韻を音楽的に響かせるため】
三つ目の理由としては、余韻をコントロールして音楽的に響かせるためです。
「リリース(離鍵)の音」は、聴くべきなのに意識が抜けがちです。ピアノは、弦楽器などのように音を出した後に抑揚をつけることができません。そのせいか、「アタック(打鍵)」には意識があっても「リリース(離鍵)」には無意識になりがちです。
しかし、特に「ノンペダル」の場合はリリース(離鍵)による余韻の作り方で音のつながりの聴こえ方がまったく変わってします。
鍵盤はON-OFFスイッチではないことを踏まえて練習していきましょう。
‣ 2. 不協和音程の解決を聴き取る
J.S.バッハの作品をはじめ、対位法を駆使して書かれたポリフォニックな作品では、不協和音程の解決をきちんと聴き取ることがポイントです。
J.S.バッハ「インヴェンション 第6番 BWV 777」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、21-24小節)
21小節目以降、2つの声部が同度から段々と開いていきます。
四角枠で囲ったところを見てください。開いていく過程で2度という不協和音程が生じて、それが、3度という協和音程へ解決しています。不協和音程によって生じた緊張感が協和音程へ解決することで解放されます。こういった部分が、不協和音程が出てくることの美しさ。
前項目でも書いたように、不協和を自分の耳できちんと聴いていないと、それを解決させる時のニュアンスを美しく作ることができません。J.S.バッハの作品では、上記のような表現が非常に多く出てきます。
「対位法」という教程では、2度、4度、7度の不協和音程が生じたときにそれをどのように解決させるのか、ということも学びます。対位法を駆使して書かれているJ.S.バッハの楽曲でその聴き取りが重要になってくることは、言うまでもありません。
不協和音程が出てくる作品自体は、あらゆる作曲家によって作られています。
それにも関わらずどうして作曲家を名指ししているのかというと、後の時代になってくると不協和音程を協和音程へ解決させずに放置して先へ行ってしまう作品も多く出てくるからです。これは伝統的な対位法の規則からは外れますが、決して悪いわけではなく、その作品が生まれた時代における表現手段の一つとして響きます。
‣ 3.「音を持っている」という感覚を身につける
ベートーヴェン「ピアノソナタ 第18番 変ホ長調 Op.31-3 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、64-66小節)
65小節目の上段「2分音符」に注目してください。16分音符の連続から解放されて2分音符へ入った瞬間に安心してしまうと、そこに落とし穴が待っています。
音を出し終わったらただ単に鍵盤だけを下げていればいいのではなく、出ている2分音符の音をしっかりと聴き続けてください。鍵盤を下げている指先に「意識」を持って音を保持するイメージです。この感覚について、「音を持ち続ける」という言い方をすることがあります。
そうすると、次の音(ここでは3拍目のEs音)をどのような「音色」で出せばいいのかを、正しく判断することができます。
フレーズが切れたように聴こえてしまうのは、次の音と「音色」が変わってしまったとき。反対に、たとえ「音量」は変わっても「音色」が同じであれば仲良しに聴こえるので、音をレガートにしたいときにも応用できる考え方です。
‣ 4. タイつなぎの拍頭の音から意識を外さない
ショパン「エチュード Op.25-7」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、60-62小節)
下段にメインメロディが来ています。
丸印で示したタイでつながれた拍頭の音は聴くのをやめてしまうケースが多いようです。どうしてそんなことが分かるのかというと、直後のメロディ音が全く関係ない音色で出てきて意識がつながっていないのが伝わってくるから。
伸びている音を聴き続けていて丸印で示しているところでもきちんと聴いていれば、その音色と仲良しの音色で次の音を出せるのです。指先のコントロールで失敗さえしなければ…。
‣ 5. 音の欠けを音のミスと同じくらい意識する
音のミスはみんな気をつけるのですが、音の欠けには意外と意識が向いていないケースがあるようです。
たった1音しかないときに欠ければさすがに問題視することと思いますが、和音の中の一部の音が欠けてしまっている場合はどうでしょうか。
モーツァルト「ピアノソナタ イ短調 K.310 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、5-7小節)
右手に出てくるような平行3度の連続によるモチーフでは、メロディはキレイに鳴っていても3度下のハモリがかするどころか部分的に鳴っていない、みたいなことになりがちです。
この楽曲に限りませんが、「音の欠けは音ミスと同じくらいもったいない」と心得て、よく自分の音を聴きながら練習するようにしましょう。
‣ 6. 声部の交差は気は心で乗り切る
ショパン「エチュード Op.25-7」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、55-57小節)
56小節目の下段を見てください。非常に大きな跳躍を繰り返していて、その結果、一部で声部の交差も起きています。
声部の交差は、ピアノ演奏において悩みの種の一つでしょう。アンサンブルのように違う音色の楽器でそれぞれの声部を担当すれば、各ラインを明確に聴き取れます。しかし、どちらもピアノの音色で演奏する場合は、演奏上のダイナミクスの差やピアノが出せる音色の差でしか違いを表現することができないからです。
グラズノフがこの楽曲をチェロとピアノのデュオ版に編曲したバージョンでは、以下の譜例のようになっています。
ショパン「エチュード Op.25-7(グラズノフ編曲によるデュオ版)」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、55-57小節)
移調されていますが、原曲にある跳躍はそのままチェロが担当。
跳躍にともなう独特なサウンドやチェロの高い音域のうなる音色が上手く使われていて、表情的なウタが表現できるように書かれています。グラズノフ編の演奏音源を聴いてみてください。
ピアノでもこういうイメージを持って演奏できればベスト。…ですが、声部の交差を聴き分けられるように弾くのはやはり難しく、巨匠の演奏を聴いてもこのあたりは一緒くたになっています。
結局のところ、よく聴きながらダイナミクスや音色について各声部への意識を持って演奏しつつも、最終的には「気は心」でベストを尽くしたと思って気持ちの折り合いをつけるしかありません。他の楽曲の例においても、ピアノ演奏において声部の交差が出てきたら、最大限の配慮をしたうえで「気は心」で乗り切ってください。
► 終わりに
「自分が出した音をよく聴き続ける」というテクニックは、単純に思えますが、実は非常に奥深いものです。この技術を身につけることで、演奏クオリティは確実に向上するでしょう。
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