【ピアノ】映画「譜めくりの女」レビュー:ピアノにまつわる音楽演出の緻密さを読み解く
► はじめに
「譜めくりの女(La Tourneuse de pages)」は、音楽学校の入学試験で夢を断たれた少女メラニーが、原因となった人気ピアニスト、アリアーヌへ復讐するサスペンス映画です。音楽家である監督ドゥニ・デルクールならではの、音楽的リアリティと緻密な音響演出が随所に光る作品となっています。
本記事では、主にピアノ演奏シーンやピアノが使われたBGMに焦点を当てて、その表現について分析していきます。
・公開年:2006年(フランス)/ 2008年(日本)
・監督:ドゥニ・デルクール
・ピアノ関連度:★★★★★
► 内容について
以下では、映画の具体的なシーンや楽曲の使われ方について解説しています。未視聴の方はご注意ください。
‣ オープニングが示す世界観の構築
オープニングシーンでは、深い残響とシンセサイザーのパッド音を加えたピアノ曲が流れます。この楽曲は劇中で実際に演奏されるバロック作品のメロディをアレンジしたもので、ただの導入音楽ではなく、本編との強い関連性を持っています。
演出の特徴:
・映像内の生活音を完全にミュートし、音楽のみで世界観を表現
・深い残響を伴うピアノ音は本編47分頃のBGMでも再登場し、作品全体の統一感を生み出す
・神秘的で静謐な雰囲気が、本編を通じて維持される暗く静かなトーンを予告
オープニングから様々な場面を映し出してはいますが、幼少期のメラニーの食事シーンで突如生活音のミュートが解除。そしてすぐにオープニング音楽が終わります。この音響的な切り替えにより、観客は一気に幻想から現実へと引き戻され、物語の本筋が始まる構造になっています。音楽と音響のコントラストを効果的に使った演出と言えるでしょう。
‣ 演奏シーンの「省略」と想像力の喚起
見せない演出の効果
音楽学校の入学試験前日、メラニーは父親に「パパ、全部弾いていい?」と通しリハーサルを申し出ます。しかし、この演奏シーンは一切映像に登場しません。
この省略の意図:
・直前まで練習していた曲を観客(映画の鑑賞者)が既に聴いている
・したがって、どんな曲がどう演奏されるか、観客自身が想像できる状態はすでにある
この手法は、観客の想像力を積極的に活用する洗練された演出です。すべてを見せるのではなく、適切に情報を制限することで、観客を物語により深く引き込んでいます。
‣ 音楽が暗示する復讐の始まり
ピアノの音が告げる不吉な予兆
成長したメラニーがアリアーヌと再会し、彼女の自宅に住み始めるシーン。到着したときに流れるBGMは、意図的に調律を狂わせた不吉なピアノの音で構成されています。
調律の乱れた音の音楽的伏線としての機能:
・「アリアーヌの自宅への移住=復讐の開始」を音楽で暗示
・この後に起こる不穏な展開を予感させる効果的な音楽的伏線
物語を一貫している「ピアノ」という楽器に着目した、心理的効果の活用が見られます。
‣ 場面に応じた、演奏ミスの多層的な描写
本作で最も注目すべきは、ピアノ演奏におけるミスの描写の精密さです。単に音を間違えるだけでなく、状況に応じた適切な「演奏の崩れ方」を再現しています。
①子供時代の入学試験での失敗
審査員アリアーヌの無神経さに動揺した幼いメラニー。彼女の演奏は以下のように崩れていきます:
・単純な音のミスの増加
・リズムのヨレの増加
音ミスだけでなく、リズム面でも乱れが表現され、絶妙なバランスでリアリティを追求。動揺した演奏者の心理状態が、音楽的に表現されています。
②スケール練習での技術差の描写
ピアニストのアリアーヌがスケール練習をするシーンの後、彼女の息子による同じスケール練習シーンが続きます。ここでの演出もリアリティがあります:
・8分音符が短くなり、直後の16分音符との間が詰まる
・リズムの不均等なヨレ
・音を間違えるのではなく、リズムが乱れる(スケール練習の実態に即している)
ピアノ経験者なら誰もが理解できる「スケール練習での未熟さ」を正確に再現しています。音を間違えることは少なく、むしろリズムの均等性を保てないことが課題であるという、実際の練習の特性を見事に捉えています。
③本番での極限の緊張状態
譜めくり役のメラニーが失踪し、動揺したアリアーヌが本番を迎えるシーン。ここでの演奏崩壊の描写も計算されています:
・演奏曲が現代曲であるため、一般の観客には正しい音が判別しにくい
・したがって、あえて大胆なミスを多数挿入することで、異常事態を明確に伝える
・演奏がギクシャクし、流れが完全に失われている様子を表現
観客の音楽的知識のレベルに関わらず「これは明らかにおかしい」と伝わる演出になっています。現代曲という楽曲選択も含めて、戦略的な音楽演出と言えるでしょう。
‣ 音楽家監督だからこその視点
ドゥニ・デルクール監督自身が音楽家(弦楽器奏者)であることが、本作の音楽演出に大きく影響しています:
・演奏の技術的な側面への理解
・演奏者の心理状態と演奏の乱れの相関関係の把握
・音楽が持つ心理的効果の理論的・実践的知識
これらが融合することで、ただの「ピアノが出てくる映画」ではなく、「リアリティを描いたピアノ映画」になっています。
► 終わりに
本作は、復讐劇という物語の枠を超えて、音楽そのものが持つ力と、演奏という行為の繊細さを描いた作品です。
音楽的注目点(ピアノ関連):
・ピアノの音による、オープニングからエンディングまで一貫した音響設計
・場面に応じた、演奏ミスの精密な描写
・ピアノ音楽を伏線や心理描写に活用する演出
・観客の想像力を喚起する「演奏を見せない」演出
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