【ピアノ】ヘブラーの「モーツァルト ピアノソナタ全集(デジタル録音版)」レビュー

スポンサーリンク
スポンサーリンク

【ピアノ】ヘブラーの「モーツァルト ピアノソナタ全集(デジタル録音版)」レビュー

► はじめに

 

オーストリア出身のピアニスト、イングリッド・ヘブラー(1929-2023)によるモーツァルトのピアノソナタ全集は、モーツァルト演奏の歴史において重要な位置を占める録音です。1986年8月と1991年6月、ドイツのノイマルクトにあるレジデンツプラッツ・ライトシュターデルで録音されたこの5枚組のセットは、「モーツァルト弾き」として知られるヘブラーの芸術の集大成と言える作品となっています。

 

モーツァルト ピアノソナタ全集 演奏:ヘブラー / 日本コロムビア

 

 

 

 

 

 

► 演奏者 イングリッド・ヘブラーについて

 

イングリッド・ヘブラー(Ingrid Haebler)は、20世紀を代表するモーツァルト解釈者の一人として広く認知されているピアニストです。オーストリアのウィーンで生まれ、ウィーン音楽院やザルツブルク・モーツァルテウムで研鑽を積んだ彼女は、特にモーツァルトとシューベルトの演奏で国際的な評価を確立しました。

ヘブラーの演奏は、過度なロマン主義的解釈を避けた品格ある音楽性が特徴です。彼女のモーツァルト演奏は、作曲家が生きた時代の様式感を尊重しながらも、現代のピアノで表現可能な豊かな音色と表現力を兼ね備えています。

 

► 収録内容の詳細

 

この全集には、モーツァルトの18曲のピアノソナタすべてと、「幻想曲 ハ短調 K.475」が収録されています。

 

‣ ヘブラーの演奏スタイルの特徴

· テンポ設定の考察

 

この録音におけるヘブラーの演奏において特徴的なのは、ゆっくりめのテンポ設定です。全体的に落ち着いたテンポ設定の楽曲が目立ちます。これはただ遅いテンポというわけではなく、一つ一つのフレーズに呼吸を与え、音楽の自然な流れを大切にする姿勢が感じられます。闇雲にテンポを速く弾く演奏と異なり、聴いていて疲れを感じさせません。

 

· スタッカートの処理と音色

 

急速楽章におけるヘブラーのスタッカート処理は極めて特徴的です。音を極端に短く切り、軽くコロコロと転がるようなサウンドを作り出しています。これは18世紀の鍵盤楽器であるフォルテピアノの音色を意識したものと考えられ、モーツァルトの時代の演奏様式を現代のピアノで再現しようとする試みと言えるでしょう。

この軽やかなタッチは、モーツァルトの音楽が持つ優雅さを見事に表現しています。重厚なロマン派的解釈とは一線を画し、古典派の透明な美学を追求した結果と言えます。

 

‣ パッケージング

· 物理的な構成

 

このセットは5枚のCDで構成されており、各ディスクは不織布ケースに収められています。高級なハードケースではなく簡易的な不織布ケースを使用することで、コストを抑えながらコンパクトなパッケージを実現しています。

 

· 外装と耐久性

 

5枚のCDと不織布ケースを収める外箱は紙製ですが、しっかりとした作りになっています。厚手の紙を使用し、適度な剛性があるため、棚に並べて保管する際にも型崩れしない設計です。デザインは落ち着いた色調で、表面にヘブラーの写真、裏面に各CDの曲目などの基本情報が記載されています。

 

‣ 歴史的コンテクストと意義

· モーツァルト演奏の伝統における位置づけ

 

20世紀のモーツァルト演奏史を振り返ると、様々なアプローチが試みられてきました。ロマン主義的な解釈、現代ピアノの機能を最大限に活用した演奏、そして古楽器による時代考証的演奏など、多様な方向性が並存してきました。

ヘブラーのアプローチは、現代ピアノを使用しながらも、モーツァルトの時代の演奏様式を尊重しようとする中道的な立場にあります。彼女はウィーンの伝統的な音楽教育を受けており、その土壌から生まれた解釈は、作曲家の精神により近いものと言えるでしょう。

 

· デジタル録音版の録音時期の意義

 

ヘブラーはモーツァルトのピアノソナタを1960年代にもアナログ録音しています。一方、本CDを録音した1986年と1991年という録音時期は、ヘブラーのキャリアにおける円熟期。長年にわたるモーツァルト演奏の経験が結実した時期であり、技術的な完成度と音楽的深みが理想的なバランスを保っています。

また、この時期は「ピリオド楽器による演奏が盛んになり始めた頃」であることにも注目すべきでしょう。古楽器演奏の研究成果が広まる中で、現代ピアノ奏者もモーツァルト時代の演奏習慣により意識的になっていた時期です。

 

► 終わりに

 

イングリッド・ヘブラーによる「モーツァルト ピアノソナタ全集(デジタル録音版)」は、20世紀後半のモーツァルト演奏における重要な達成の一つです。「モーツァルト弾き」としての彼女の長年の経験と深い理解が結実したこの録音は、永く聴き継がれる価値を持っていると言えるでしょう。

 

モーツァルト ピアノソナタ全集 演奏:ヘブラー / 日本コロムビア

 

 

 

 

 

 


 

► 関連コンテンツ

著者の電子書籍シリーズ
・徹底分析シリーズ(楽曲構造・音楽理論)
Amazon著者ページはこちら

YouTubeチャンネル
・Piano Poetry(オリジナルピアノ曲配信)
チャンネルはこちら

SNS/問い合わせ
X(Twitter)はこちら

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました